目が覚めると暖房を入れて、「元気ですよ~」と大家さんにわかるようにカーテンを開ける。下の部屋も暖房を入れて、ぼちぼちと朝の支度が始まる。今日は高月の図書館へ本を返却に行く日だ。雨の予想が晴れて暖かい。
忙しく朝食を食べることもなく、のんびりと1日が始まる。働いているときの朝は、トーストをコーヒーで流し込んで出かけるような日が多かった。特に用事がない時は、台所を片付けて、それから掃除や洗濯になる。忙しく働いていれば、ぎりぎりまで家の中のことをしていて、飛び出して出かけていた。だから、整理整頓が出来なかった。(という言い訳かな)台所をきれいに片付けると気持ちがいい。その延長でいようと、一つ終わったら、一つ次へと心がけている。こんなことをいまさらと思うが、たぶん今までもできたのだろうが、それ!それ!と次へ急いだ生活だった。
昨日のTVで何の話か忘れたが、今のようなコロナ禍の中で決めないほうがいいことが多い という話題があった。(法律などだろう)マイナスの感情の(状況)では判断を誤ることがおおいということだった。よく言うが、失恋した時に逢った人と結婚しないほうがいいとか と同じかもしれない。忙しい生活からも判断を誤ることが多いのかもしれない。
急げ、急げ!と生きてきた気もする。今は主婦見習いのようだ。年も取ったのだろうなぁ、「これって愛情だよね」などと感じながら主婦を楽しんでいる。このブログを書く前に開いたサッカー仲間のメールには(70歳になる少年のようなプレイヤーから)「今日サッカーができればいいだけではない何かを求めてサッカーを続けたい」 とあった。私ののんきな主婦見習いの毎日の先には、「しずかな老後のやすらぎ」があってほしいと思う。