のりぞうのほほんのんびりバンザイ

あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ。

映画館での初体験

2005年11月24日 21時57分59秒 | 日常生活
単館系の映画が好きな同期がいるため
そして、のりぞう自身が映画のジャンルにこだわりがないため
マイナーな映画もよく見に行きます。

おかげで色々な映画館体験をしています。

例えば
 ・映画館でひとりきり
  のりぞうひとりのための空間です。
  なんて贅沢なひととき。
 ・映画館で同期と3人
  顔見知りだけだと映画館でも大胆にくつろげます。
  映画館なのに体操座りで鑑賞。
 ・カップルだらけの映画館にひとりのりぞう
  ひとり客はのりぞうのみ。
  微妙に居心地が悪い待ち時間でした。。。
 ・出演者挨拶に一番前の席で遭遇。
  小さな映画館だったため、握手できそうな位置にて
  女優様を拝みました。べっぴんでした。。

冬になると寒さのため、映画館まで出かけるのが
億劫になってしまうのですが、
映画館まで出かけていって、その作品ごとの
観客数や観客層を見るのも面白いのです。

なにより、ビデオでの鑑賞では
よほど好きな映画でない限り
すぐに集中力がきれてしまうのりぞう。
味わえる感動の量も変わってしまいます。
まあ、持ち合わせている集中力の量に
問題があるんですけどね。。

そんなこんなで、昨日の映画ツアーでも
心温まる映画館体験を増やすことができました。

まず、「ヘイフラワーとキルトシュー」で
人生初の立ち見を体験。
満員の映画館は「ハウルの動く城」で
経験したことがあるのですが、立ち見はお初です。

容量の小さな映画館ではあったのですが
それでも、席の右にも左にもそして後ろにも
立ち見客がいる光景は圧巻でした。
初めての光景に、そしてこれだけの人が
集った映画にわくわく。

・・・もっとも30分後には足が疲れて
あやうくコンビニ前のヤンキーに
変身するところでした。

そして「カーテンコール」鑑賞の際に
映画館内での拍手喝采を初体験。
エンドロールが流れ終わった場内で
自然と拍手が起こり、そして少しずつ
その音が大きくなっていく、という
実に感動的な体験でした。

見知らぬ人とひととき、時間と空間、
そして感動を共有できる映画っていいな、
と改めてその魅力を実感。

・・・でもね。
これから数ヶ月は外に出て行くための
勇気と思い切りが半端なく必要なんです。
できれば、良い映画は夏公開でお願いします。。。

保存期間

2005年11月24日 00時40分01秒 | 日常生活
このブログの存在を教えている
会社の先輩からお褒めの言葉と
ご注文をいただきました。

「なかなか面白いやん。
 定年したらゆっくり読むけん
 ちゃんと保存しとってね。」

お褒めの言葉、ありがとうございます☆

でも。。。
先輩って、まだ40代では?
定年まであと何年ですか?
何年保存しておけばいいんですかー?

カーテンコール

2005年11月24日 00時24分19秒 | 映画鑑賞
■ストーリ
 東京の出版社で働く香織(伊藤歩)は、雑誌に
 掲載したスクープ記事が原因でしばらく福岡のタウン誌に
 異動することになった。そこで担当した
 “懐かしマイブーム”のコーナーへの読者からのハガキで、
 昭和30年代後半から40年代中頃にかけて、
 下関の映画館・みなと劇場にいたある芸人のことを知る。
 興味を覚えた香織は、故郷でもある下関へ取材に。
 みなと劇場を訪れた彼女は、昭和33年から今まで
 ずっと働いているという女性、宮部絹代(藤村志保)に
 出会い、幕間芸人として人気のあった安川修平(藤井隆)の
 話を聞くのだった。

■感想 ☆☆☆☆
 「昭和の時代のお話」という情報しかないまま
 予告編の雰囲気が好きだったこともあって見に行った作品。
 予想していたストーリとまったく異なる展開に正直驚いた。
 前半は昭和の古きよき時代、というよりは映画の黄金時代を
 ノスタルジックな雰囲気で伝え、後半では一転して
 在日朝鮮人問題を中心に置き、差別や親子の葛藤を
 骨太に描いている。

 見ているうちに涙が止まらなくなった。
 色々なことを思い出し、そして考えさせられた。

 今でこそ、また客足がよくなってきてはいるものの
 映画の衰退時期はかなり長く続いていたこと。
 高校時代に町の映画館が閉鎖されたこと。
 私の小学校時代にも「在日」の人はいたこと。
 苗字を日本風に変えて暮らしていたことに
 その頃は何の違和感も抱いていなかったこと。
 同和教育が頻繁に行われていたことの意味。

 いろんな記憶が蘇って、映画の題材と結びつき
 より身近な問題として私の感情を揺さぶった。

 小さい頃、同和教育などがあるたびに
 「わざわざ教えるから差別する人が増える」
 と思っていた。けれど違う。
 「しらないから、気づかないうちにしてしまう差別」
 は確かに存在する。だから私たちは知っておく必要がある。
 どんな差別が存在したのか。
 その差別が決して過去のものではないことを。

 子供を捨てなければ生きていけなかった安川。
 その父親を憎み続けながらも会いたいと願っている
 安川の娘、美里。
 30年ぶりの来日で「僕は幸せです。」と笑う安川。
 扉の向こうまで来ていながら、その扉を開けて
 父親に会うことができない美里。

 家族の重みを改めて考えさせられる。
 愛情が大きいほど、その反動も大きくなる。
 だから家族の問題はこじれも大きく、解決が困難なのだろう。

 色々なことを考えさせられたいい映画だからこそ、
 ラスト、主人公がこの取材をどういう記事にまとめたのか
 何を読者たちに伝えたのか、そこまで丁寧に描いて欲しかった。