その昔、自家用車にはエアコンなどついていなかった。
自家用車にエアコンが付き始めたのは、いつごろだっただろう。
近所に住むウサミさんのおばちゃんは、いつも着物に白い割烹着で、
下駄風のつっかけを、からからと音をたてて歩く。
真夏の午後、ウサミさんが、空っぽの買い物籠をさげてウチの前で立ち話をしている。
相手は、私の幼馴染の母親の、みっちゃんのママだ。
二人の声は大きいので、家の中にまで聞こえてくる。
「○○さん、ご夫婦で車で出かけたとこを見かけたんだけど、
この蒸し暑いのに車の窓を全部閉め切ってさぁ、あれじゃあ蒸し風呂だよ」
そう言うウサミさんに、みっちゃんのママが言う。
「冷房がついてるって見栄はりたいんだろけど、ご苦労なこったね」
夏休みで家にいた私は、塀ごしにそれを聞いていた。
エアコンがついている車に、『冷房車』というステッカーを貼っている人もいたのだ。
そんな話を、いつだったか若い人にしたら、
「東京の電車にも、弱冷房車ってステッカー、ありますよ」
と言った。
違う違う、そういうステッカーとは全然違う。
エアコンつきの車は見せびらかしたい自慢の種、というわけだ。
窓を閉め切って、汗が噴き出ても、さも冷房がついているように見せたいその気持ち。
庶民の見栄は、かなしくおかしい。
窓といえば、窓だって手動でくるくる回して開け閉めしていたのだ。
父が祖父と喧嘩の末に買ったブルーバードの窓がオートマティックで、
私は珍しくて何度も上げたり下げたりしたものだ。
「昔のことばっかりよく思い出すよ」
電話で母にそう言うと、
「あっはは!それが年をとるってことじゃないか」
と笑った。
中学高校や短大時代、二十代の頃のことなど、いくつもの前の過去世かと思うほど遠く、
記憶も断片的でしかない。
私はこれからも昔のことを思い出し続け、
比較的新しいことは忘れ続けてゆくんだろうか。
それが母の言うように、年をとるということなのであるなら
ま、順調に年をとっているということか。
にほんブログ村
自家用車にエアコンが付き始めたのは、いつごろだっただろう。
近所に住むウサミさんのおばちゃんは、いつも着物に白い割烹着で、
下駄風のつっかけを、からからと音をたてて歩く。
真夏の午後、ウサミさんが、空っぽの買い物籠をさげてウチの前で立ち話をしている。
相手は、私の幼馴染の母親の、みっちゃんのママだ。
二人の声は大きいので、家の中にまで聞こえてくる。
「○○さん、ご夫婦で車で出かけたとこを見かけたんだけど、
この蒸し暑いのに車の窓を全部閉め切ってさぁ、あれじゃあ蒸し風呂だよ」
そう言うウサミさんに、みっちゃんのママが言う。
「冷房がついてるって見栄はりたいんだろけど、ご苦労なこったね」
夏休みで家にいた私は、塀ごしにそれを聞いていた。
エアコンがついている車に、『冷房車』というステッカーを貼っている人もいたのだ。
そんな話を、いつだったか若い人にしたら、
「東京の電車にも、弱冷房車ってステッカー、ありますよ」
と言った。
違う違う、そういうステッカーとは全然違う。
エアコンつきの車は見せびらかしたい自慢の種、というわけだ。
窓を閉め切って、汗が噴き出ても、さも冷房がついているように見せたいその気持ち。
庶民の見栄は、かなしくおかしい。
窓といえば、窓だって手動でくるくる回して開け閉めしていたのだ。
父が祖父と喧嘩の末に買ったブルーバードの窓がオートマティックで、
私は珍しくて何度も上げたり下げたりしたものだ。
「昔のことばっかりよく思い出すよ」
電話で母にそう言うと、
「あっはは!それが年をとるってことじゃないか」
と笑った。
中学高校や短大時代、二十代の頃のことなど、いくつもの前の過去世かと思うほど遠く、
記憶も断片的でしかない。
私はこれからも昔のことを思い出し続け、
比較的新しいことは忘れ続けてゆくんだろうか。
それが母の言うように、年をとるということなのであるなら
ま、順調に年をとっているということか。
にほんブログ村