浄土宗寺院大公開のお寺を求めて木津川市へ移動。
今年は木津川市の4ヶ寺のお寺が参加されていて、
まずは泉橋寺というお寺へ。
当然ながら初めての参拝となり、
ネットで調べても余り情報が無いお寺です。
お寺の場所は木津川沿いの堤防の近くにあり、
ちょっと分かりづらかったが何とか到着。
所在地:京都府木津川市山城町上狛西下55
宗派:浄土宗
御本尊:阿弥陀如来
創建:不明
開基:行基菩薩
【縁起】
【地蔵菩薩】
お寺の前には大きな地蔵菩薩坐像が見えます。
これを見たら泉橋寺より先に参拝するのは至極当然です。
ちなみに泉橋寺には駐車場がありませんので、
地蔵菩薩が祀られている場所の前に停めさせていただいた。
有料駐車場なんか全くありませんから。(^^;
デカいです。
4メートル58センチもあるそうで、
恐らく日本一の大きさの石仏の地蔵菩薩だとか。
【古地図】
第11代征夷大将軍徳川家斉が将軍になった天明7年(1787)に
発行された拾遺都名所図会に泉橋寺と地蔵石仏が描かれています。
これほど大きいお地蔵様は珍しいので、
もっと有名であっても不思議は無いんだけどねぇ。
【狛犬】
近年に建て直されたものと見られるお堂の中に、
これまたよく分からんものが安置されていました。
【表門】
もとは春日大社の若宮社の拝殿のもので、
元禄2年(1689)興福寺の子院である知足坊の門になり、
やがて知足坊の廃絶に伴い、約200年後の明治7年(1874)、
檀家の寄付により門を貰い受け、知足坊の僧数人と共に再建されたもの。
【境内】
【十三重石塔】
【本堂】
浄土宗寺院大公開に参加しているにも関わらず、
公開しているのは境内だけ。
本堂は堂内に入れないとしても、
参加する限りは本堂を開けるべきだと思う。
【観音堂】
【五輪塔】
光明皇后の御遺髪を御祀りにする為に建立されたと伝えられているが、
平重衡の南都攻めの犠牲者とされる多くの遺骨が発掘され、
これはその犠牲者達の供養塔であったとされます。
【御朱印】
今年は木津川市の4ヶ寺のお寺が参加されていて、
まずは泉橋寺というお寺へ。
当然ながら初めての参拝となり、
ネットで調べても余り情報が無いお寺です。
お寺の場所は木津川沿いの堤防の近くにあり、
ちょっと分かりづらかったが何とか到着。
所在地:京都府木津川市山城町上狛西下55
宗派:浄土宗
御本尊:阿弥陀如来
創建:不明
開基:行基菩薩
【縁起】
【地蔵菩薩】
お寺の前には大きな地蔵菩薩坐像が見えます。
これを見たら泉橋寺より先に参拝するのは至極当然です。
ちなみに泉橋寺には駐車場がありませんので、
地蔵菩薩が祀られている場所の前に停めさせていただいた。
有料駐車場なんか全くありませんから。(^^;
デカいです。
4メートル58センチもあるそうで、
恐らく日本一の大きさの石仏の地蔵菩薩だとか。
【古地図】
第11代征夷大将軍徳川家斉が将軍になった天明7年(1787)に
発行された拾遺都名所図会に泉橋寺と地蔵石仏が描かれています。
これほど大きいお地蔵様は珍しいので、
もっと有名であっても不思議は無いんだけどねぇ。
【狛犬】
近年に建て直されたものと見られるお堂の中に、
これまたよく分からんものが安置されていました。
【表門】
もとは春日大社の若宮社の拝殿のもので、
元禄2年(1689)興福寺の子院である知足坊の門になり、
やがて知足坊の廃絶に伴い、約200年後の明治7年(1874)、
檀家の寄付により門を貰い受け、知足坊の僧数人と共に再建されたもの。
【境内】
【十三重石塔】
【本堂】
浄土宗寺院大公開に参加しているにも関わらず、
公開しているのは境内だけ。
本堂は堂内に入れないとしても、
参加する限りは本堂を開けるべきだと思う。
【観音堂】
【五輪塔】
光明皇后の御遺髪を御祀りにする為に建立されたと伝えられているが、
平重衡の南都攻めの犠牲者とされる多くの遺骨が発掘され、
これはその犠牲者達の供養塔であったとされます。
【御朱印】