Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めてⅢ

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印が趣味です。
生きた証として好き勝手に書いております。(笑)

日本第一熊野十二社権現宮(2018年12月24日参拝)

2019年01月23日 | 神社
倉敷美観地区を離れ日本第一熊野十二社権現宮へ移動。

こちらは和歌山の熊野本宮大社を模した社殿が見事で、
参拝するを楽しみにやって参りました。


所在地:岡山県倉敷市林684
御祭神:伊邪那美神、伊邪奈岐神、家都御子神、速玉之男神
創建:大宝元年(701)
社格:郷社




【由緒】
当社は往昔から熊野十二社権現として広く知られた大社で、
社伝によれば義学・義玄・義真・寿玄・芳玄ら、
修験道の祖と言われる役小角の5人の弟子達が、
熊野本宮大社の御神体を捧持した彼らは3年にわたり各地を放浪し、
役小角が赦免となった大宝元年(701)、
神託を得て現在の地に紀州熊野本宮を遷座したとされる。
 
聖武天皇は崇敬厚く児島一円を本宮領として寄進された。
本宮に模して社殿を造営し、木見に新宮、山村に那智宮を建て新熊野三山とした。
 
熊野詣が盛んになるにつれ当社参詣途次の奉幣所とし、九十九王子権現を建立。

又付近に山伏、別当の付属僧坊等、50余ケ院に及び、当社の出仕寺院とした。
 
孝謙天皇は紀州熊野山に対し日本第一大霊験根本の称を奉られ、
当社もその号を称する事になった。

応仁3年兵火の為社堂悉く炎上に及んだが、
別当大願寺天誉再建を志し諸国勧進の後、明応元年先ず一殿建立、
以後復興を見るに及んだが神領は次第に減少した。

明治時代になると神仏分離令により、十二社権現は熊野神社となり、
寺院の五流尊瀧院は天台宗寺院となった。


【鳥居】


約20分程で大型の無料駐車場に到着。


【三重塔】


駐車場から素晴らしい三重塔が見えます。

これは日本第一熊野十二社権現宮の三重塔では無く、
隣接する五流尊瀧院という寺院のものなので後ほど。


【手水舎】




これは亀というよりスッポンだな。(笑)

しかし、何故スッポンなんだろ。(^^;


【拝殿・受付】


向かって右側が拝殿、左が御朱印や御祈祷受付でした。


【参道】


参道の奥に社殿と狛犬が見えます。

てか、本殿は透塀等で遮られていないし近くで拝める。

さっきの拝殿は意味があるのか?(^^;


【狛犬】


これは備前焼ですね。(^^


【社殿】


横にズラッと並んでいます。




この第二殿のみが国の重要文化財で、
明応元年(1492)建立されたもの。




第一殿と第三殿。

正保4年(1647)建立されたもので岡山県指定重文。






第四殿と第五殿。

正保4年(1647)建立されたもので岡山県指定重文。




第六殿。

正保4年(1647)建立されたもので岡山県指定重文。


【放生池】



【境内社】






うーむ、よく分からん小さな境内社。

唯一分かるのは牛が居る天満宮だけですが、
他を見てもとても神様が居るとは思えないよ。(^^;


【龍神社】



【大黒天】



【社殿】



【八尾羅宮】





【見学通路】


社殿の裏手には見学通路があり、
真後ろから社殿を見る事が出来ました。

これは嬉しいですね。

熊野本宮大社だったら絶対に有り得ないよ。


【社殿】



【御朱印】


毎月絵柄が変わる絵付き御朱印。




八尾羅宮の御朱印。

両方とも500円のお納めでした。


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