昨日は立川伊勢丹でうな重弁当を買い、ルミネキッチンで貝づくしの握りを買って、帰宅後のお昼は、わかめと胡瓜の酢の物を加えて豪華に日本酒で土用の鰻を食べました。そして、夜はついでに買い物したタコとセロリのマリネと、かぼちゃのグリル。こちらも白ワイン。で、しばらくして、猛烈におなかが痛くなり、夜中までずっとトイレに何度も駆け込むことに。さらに嘔吐も・・・。この熱帯夜で、汗が出ない、かえって寒気がするという状況で、とりあえず食器洗いだけして寒いからエアコンもつけずに寝ました。もしかしてこのまま朝、目覚めなければやばいことになっているのかも、でも熱中症に「下痢」はなかったはずだけど・・。
と、明け方暑くて目が覚めました。無事、生きていました。さすがに、いつものように朝食ガッツリ食べる気はしませんでした。10時からのマンションの総会に出て、顔見知りの女性に昨夜の顛末を話したら、声かけてくれてよかったのにと。彼女、元看護士さんなので、頼ればよかったのかもしれません。まあ、総会に出席としておいたので、行かなかったら誰かがピンポンしてくれるだろう、なんて。これから高齢者の一人暮らしとして、覚悟はしているけれど、身につまされました。一人暮らしのネットワークを同じマンションで作った方がいいのかも。
帰宅後はさすがにハッチもクーラー効いた部屋に一緒にいます。テレビはつけないで、ユーミンのCDをかけています。極楽・・・。夫がいたときには絶対にできなかったことですもの。
チコちゃんに叱られるでやっていたけれど、19歳ときめきのピークなんですって。それ以降は、一年の時間が早く感じてしまうとか。思春期がピークってことは、恋愛している頃がときめいてばかりで時間が長く感じるんですね。確かにそうかもしれません。ときめくものが恋愛じゃなくても、わくわくすることがなくなると、時間が早く流れる。
19歳の頃、奥手だったから初めてのBFと初デートの頃かなあ。ひげの矢田さん、今どうしているのかなあ・・。彼のおかげで甲斐バンドに夢中になったのでした。元気で生きていればそれだけでいいのだけれど。
もう、だれだれに会いに行くなんて旅をできる若者じゃないし。会ったところで、アンタだれ?だし。過去の時間は、二度と戻ってはこない。その時、充実していたらそれで十分。それを誰かに見せるなんて、おかしいよね。リア充っていうやつ。1秒過ぎればもうそれは過去なんだから、過去のかけらをばらまくことに何の意味があるのか。
昔から、記念写真とか嫌いだった。写真に写るのも嫌だった。なんで「ここでこうしています」という証拠写真を撮らなくちゃいけないのか、理解できませんでした。思い出は無理に作るものじゃないし、記憶に残らない思い出は、それだけの価値しかなかったってことだから。
昨日の鰻重で思い出したのは、新幹線がまだなかったころの家族旅行で父の故郷に東海道線の汽車に乗っていったとき、必ずお弁当は鰻弁当だった。60年生きてきたけれど、けっこう長い年月ですね。経済力はないけれど自由がある。どんな人生にも意味がある。まあ、もう少しやりたいことやってみましょう。子供のころからおなかが弱かったのは、還暦になっても変わらないのが情けないです。ピロリは永遠に私の中で生き続けるのかもしれません。