(写真は、イタリア人女性歌手ジリオラ・チンクエッティの大ヒット曲「La Pioggia」⦅日本語名「雨」⦆の歌詞の一部をネットより引用したもの。 コピー・印刷共々不能につきパソコン画面より直接転写したため、不明瞭な点お詫びします。)
まずは、“藪蚊”の話題から始めよう。
当エッセイ集2016.05.05バックナンバー「みなさん、藪蚊にはくれぐれもご用心!」に於いて写真付きで公開したが。
私はその当時のランニング練習中に、藪蚊に刺されるとの被害に遭っている。
当時公開した写真をご覧になって頂けると一目瞭然なのだが、藪蚊に刺されたのは右足踵付近の一カ所だけにもかかわらず、右足の踵付近全体が左足の3倍程に腫れあがってしまったのだ。
その激しい痒みと言えば筆舌に尽くし難く、特に夜中など一晩中右足をかきむしらねばならない状態で、日毎悪化を続けたものだ。 その後1週間程度で腫れは引いたものの、局部の痒さはその後もしばらく続いた記憶がある。
その厳しい経験の後、屋外でのランニング練習中はとにかく藪蚊には十分な注意を払い、特に脚に関しては夏の暑い時期も足を全部覆うトレーニングスタイルを貫いている。
さて、今夏の記録的酷暑にともない、どうやら藪蚊(家蚊も含めて)の出現が遅れているとの噂を耳にしたのは、8月終り頃の事だった。 確かに蚊をあまり見かけない今夏だったような気がする。
今年自宅近くの大規模公園にてのランニング練習中に、藪蚊を発見したのは10月の事だった。 (ははあ、あの噂は当たっていてこれからが藪蚊の活躍時か、十分に気を付けねば。)と思いつつランニング練習に励んだのは11月終りの頃だ。
「あっ! 藪蚊がいるいる! さっさと帰ろう。」と思ったものの時既に遅し、だった。
足は覆っているものの腕は露出していたのが災いして、左腕上部を藪蚊に刺されているのを発見した! ただ、一度目はさほどの痒みが無いと2016年時に刺された際にも認識していた通り、まあ3日程で痒みは収まった。
そして、今週の月曜日(12月3日)の事だが、やはり公園へランニング練習に行った際の気温が23度を記録していた。
12月にして藪蚊が出現するか!?? との思いも虚しく、今度は右腕上腕部下方を刺されてしまった…
翌日の火曜日あたりから痒みが激しくなり、案の定右腕が全体的に腫れ始めた。(今回も写真撮影したものの、腕をアップで大写しすると年齢がバレそうなため公開は控える事としたが。)
2016年の悪夢のような激しい痒みも再来する事となり、一時は微熱まで出るわ、夜な夜な腕を掻き続け眠れやしないわ、散々な日々を過ごすことと相成った。 (その間もエッセイ公開は続けたが、右腕をボリボリ掻きつつの執筆だったものだ。)
本日になって腫れがひき始め、やっと“生きた心地”がしている現在である。
昨日金曜日は定例のランニング練習の日だったのだが、現在「藪蚊恐怖症」に襲われている身にして、どうしてもそれを避けたく思った。
ただ外で過ごす予定の日に家に引きこもるのも、我が性質としては絶対に嫌だ!
そこで思いついたのが、「そうだ! カラオケ行こう!!」 だったのだ。 (どんだけミーハーか、お前は!) と自分でも言いたくなりそうだが…
実は今現在、音楽スタジオにてのフルート自主練習中に、過去にカラオケで歌った歌や昔好きだった楽曲をユーチューブ等も参照しつつ、自分で譜面化して利用している。
譜面化とは言えども、あくまでも“簡易なもの”に過ぎないのだが。 我が脳内に記憶されているメロディラインをフルートにて演奏し易い♯♭の無い「ハ長調」や「イ短調」に書き換える作業をしているだけの話だ。
その中の一曲が、冒頭写真のジリオラ・チンクエッティ氏による「La Pioggia」(日本語名「雨」)である。
1969年に日本でシングルレコードとして発売されたこの楽曲を最初に聴いたのは、私が中学生の時だった。 とにかく音楽好きの私の耳に、ジリオラ・チンクエッテイ氏の歌声が響き渡った。 それをラジオで何度か聞いているうちに、イタリア語の歌詞を我が耳があくまでも“空耳”で自分勝手に記憶したのだ。
これが不思議だ。 今尚、そのイタリア語“空耳”デタラメの「La Pioggia」全曲が歌えてしまうのだ。
いや、当時中学生時代には私が好きだった他の名曲(ビートルズ等々)の歌詞もすべて記憶している。 ただ英語の歌詞に関しては既に英語を習っていた立場でもあるし、その歌詞を記憶可能なのはある程度当然でもあろう。
そんな中、当時も今も全く経験の無い「イタリア語」の空耳歌詞記憶がどれだけ正確なのか、あれから50年近くの年月が経過した今知りたくなったのだ。
そして、私はカラオケ店へ出向いた。
もちろんの事、他の楽曲も沢山歌った。
少し面白かったのは、マッシュ・マッカーンによる「霧の中の二人」の歌詞だ。
これも中学生時代に憶えた英語の歌詞だが、当時は歌詞内容など何ら理解せずして勝手に男女恋愛の曲だろうと考えていた。(“I love you”のフレーズがやたら多い曲である。)
昨日カラオケ画面で見た英語文字のその歌詞内容は私の勝手な解釈とは大いに異なっていた。 それは単なる男女恋愛を語るものではなく、要するに「愛の普遍性」を語ろうとしたのではないか、と私は初めて理解した。
最後に、ジリオラ・チンクエッテ氏による「La Pioggia」(日本語名「雨」)に話題を戻そう。
いやいや、私が中学生時代に“空耳”で憶えた歌詞が今でもほぼその通りで3コーラス歌えたのだ!
まあ要するにイタリア語とは、日本のローマ字に通じるものがあるのかもしれない。
それだからこそ、我が中学生時代の“空耳”が50年の年月を超越して生きているのであろう。
まあ、たまには藪蚊に食われてみるもんだ。
そんな思いも抱いた、昨日の我が突如の“カラオケエンジョイ”でもあった。
まずは、“藪蚊”の話題から始めよう。
当エッセイ集2016.05.05バックナンバー「みなさん、藪蚊にはくれぐれもご用心!」に於いて写真付きで公開したが。
私はその当時のランニング練習中に、藪蚊に刺されるとの被害に遭っている。
当時公開した写真をご覧になって頂けると一目瞭然なのだが、藪蚊に刺されたのは右足踵付近の一カ所だけにもかかわらず、右足の踵付近全体が左足の3倍程に腫れあがってしまったのだ。
その激しい痒みと言えば筆舌に尽くし難く、特に夜中など一晩中右足をかきむしらねばならない状態で、日毎悪化を続けたものだ。 その後1週間程度で腫れは引いたものの、局部の痒さはその後もしばらく続いた記憶がある。
その厳しい経験の後、屋外でのランニング練習中はとにかく藪蚊には十分な注意を払い、特に脚に関しては夏の暑い時期も足を全部覆うトレーニングスタイルを貫いている。
さて、今夏の記録的酷暑にともない、どうやら藪蚊(家蚊も含めて)の出現が遅れているとの噂を耳にしたのは、8月終り頃の事だった。 確かに蚊をあまり見かけない今夏だったような気がする。
今年自宅近くの大規模公園にてのランニング練習中に、藪蚊を発見したのは10月の事だった。 (ははあ、あの噂は当たっていてこれからが藪蚊の活躍時か、十分に気を付けねば。)と思いつつランニング練習に励んだのは11月終りの頃だ。
「あっ! 藪蚊がいるいる! さっさと帰ろう。」と思ったものの時既に遅し、だった。
足は覆っているものの腕は露出していたのが災いして、左腕上部を藪蚊に刺されているのを発見した! ただ、一度目はさほどの痒みが無いと2016年時に刺された際にも認識していた通り、まあ3日程で痒みは収まった。
そして、今週の月曜日(12月3日)の事だが、やはり公園へランニング練習に行った際の気温が23度を記録していた。
12月にして藪蚊が出現するか!?? との思いも虚しく、今度は右腕上腕部下方を刺されてしまった…
翌日の火曜日あたりから痒みが激しくなり、案の定右腕が全体的に腫れ始めた。(今回も写真撮影したものの、腕をアップで大写しすると年齢がバレそうなため公開は控える事としたが。)
2016年の悪夢のような激しい痒みも再来する事となり、一時は微熱まで出るわ、夜な夜な腕を掻き続け眠れやしないわ、散々な日々を過ごすことと相成った。 (その間もエッセイ公開は続けたが、右腕をボリボリ掻きつつの執筆だったものだ。)
本日になって腫れがひき始め、やっと“生きた心地”がしている現在である。
昨日金曜日は定例のランニング練習の日だったのだが、現在「藪蚊恐怖症」に襲われている身にして、どうしてもそれを避けたく思った。
ただ外で過ごす予定の日に家に引きこもるのも、我が性質としては絶対に嫌だ!
そこで思いついたのが、「そうだ! カラオケ行こう!!」 だったのだ。 (どんだけミーハーか、お前は!) と自分でも言いたくなりそうだが…
実は今現在、音楽スタジオにてのフルート自主練習中に、過去にカラオケで歌った歌や昔好きだった楽曲をユーチューブ等も参照しつつ、自分で譜面化して利用している。
譜面化とは言えども、あくまでも“簡易なもの”に過ぎないのだが。 我が脳内に記憶されているメロディラインをフルートにて演奏し易い♯♭の無い「ハ長調」や「イ短調」に書き換える作業をしているだけの話だ。
その中の一曲が、冒頭写真のジリオラ・チンクエッティ氏による「La Pioggia」(日本語名「雨」)である。
1969年に日本でシングルレコードとして発売されたこの楽曲を最初に聴いたのは、私が中学生の時だった。 とにかく音楽好きの私の耳に、ジリオラ・チンクエッテイ氏の歌声が響き渡った。 それをラジオで何度か聞いているうちに、イタリア語の歌詞を我が耳があくまでも“空耳”で自分勝手に記憶したのだ。
これが不思議だ。 今尚、そのイタリア語“空耳”デタラメの「La Pioggia」全曲が歌えてしまうのだ。
いや、当時中学生時代には私が好きだった他の名曲(ビートルズ等々)の歌詞もすべて記憶している。 ただ英語の歌詞に関しては既に英語を習っていた立場でもあるし、その歌詞を記憶可能なのはある程度当然でもあろう。
そんな中、当時も今も全く経験の無い「イタリア語」の空耳歌詞記憶がどれだけ正確なのか、あれから50年近くの年月が経過した今知りたくなったのだ。
そして、私はカラオケ店へ出向いた。
もちろんの事、他の楽曲も沢山歌った。
少し面白かったのは、マッシュ・マッカーンによる「霧の中の二人」の歌詞だ。
これも中学生時代に憶えた英語の歌詞だが、当時は歌詞内容など何ら理解せずして勝手に男女恋愛の曲だろうと考えていた。(“I love you”のフレーズがやたら多い曲である。)
昨日カラオケ画面で見た英語文字のその歌詞内容は私の勝手な解釈とは大いに異なっていた。 それは単なる男女恋愛を語るものではなく、要するに「愛の普遍性」を語ろうとしたのではないか、と私は初めて理解した。
最後に、ジリオラ・チンクエッテ氏による「La Pioggia」(日本語名「雨」)に話題を戻そう。
いやいや、私が中学生時代に“空耳”で憶えた歌詞が今でもほぼその通りで3コーラス歌えたのだ!
まあ要するにイタリア語とは、日本のローマ字に通じるものがあるのかもしれない。
それだからこそ、我が中学生時代の“空耳”が50年の年月を超越して生きているのであろう。
まあ、たまには藪蚊に食われてみるもんだ。
そんな思いも抱いた、昨日の我が突如の“カラオケエンジョイ”でもあった。