原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

“Z世代の孫” がいない私

2023年10月06日 | 人間関係
 本日のエッセイは、2023.09.30付朝日新聞「書評」ページより 杉本昌隆氏著「師匠はつらいよ 藤井聡汰のいる日常」に対する、書評家・三宅香帆氏による書評「『理想の上司』が見せる包容力」から少しだけ引用、参照させていただく。


 以下に、それを引用しよう。

 現在の若者のことを、Z世代と呼ぶことがある。 案外この言葉が世間で定着し、広く使われているのは「Z世代の若者とどう接していいかわからない」という悩みが普遍的なものなのだからではないだろうか。 そんな悩みをもった大人たちに手渡したいのが、本書である。 本書はZ世代の筆頭である藤井聡太さんを弟子に持った、通称「杉本師匠」の日常エッセイである。
 2002年生まれの若き天才藤井さんは、瞬く間に結果を残し、将棋に普段触れない人まで彼の人柄を知ることになった。

 (以下略すが、以上朝日新聞「書評」ページよりごく一部を引用したもの。)



 話題を変えて、原左都子の私事に入ろう。

 前回、前々回のエッセイにて、先週私が郷里高校東京支部の同窓会に出席した話題に触れた。
 その時の出席者のほとんどが男性だった事を記したが。

 その際に多少驚いたのは、それら男どもが同窓会の席で“孫自慢”を始めたことだ。😮  一人がスマホのそれを提示し始めると、男どもの皆が皆スマホを取り出して孫写真を見せ合い始めるではないか!
 そういう行動とは女の特権かとの思いが頭の片隅にあった私にとって、同級生の男どものその行動に実に意外性があったものだ。 ただ、そんな同級生男性どもが何だか可愛くて、私は積極的にお孫さんたちの写真を拝見しては「可愛い!」を連発しましたよ!!😁 
 確かに我が年代の同窓生と言えば おそらく孫が可愛い盛りなのであろうと、その時に初めて気付かされるほどに 私は孫とは縁のない生活を送っている。

 いろいろな意味で、そもそも孫が欲しいなる思想が全く出ない環境下に私はあったと言えよう。
 私自身が晩婚の道程を歩んできている。 それもそれを望んであえてそうしてきた人間だ。 とにかく自分自身の夢の実現願望が強い人種であり、それを確実に実践に移してきた納得いく半生を送っている。
 子どもすらいてもいなくてもどちらでもよいとの思いが、我々晩婚夫婦の共通項でもあった。「出来たら産む、出来なければ要らない。ただし二人とも既に高齢域のため 産むなら早めがいい。」 そんな話し合いを結婚直前期に現在の亭主としていた頃には、ラッキーにも既に我がお腹に娘の生命が宿っていた。
 参考だが、結婚式後5カ月目に誕生した我が一人娘は今年30歳を迎える。(未だに独身を貫いている娘にも結婚願望が無い。) 親とすれば、娘の自由を尊重するのが娘の幸せと捉えている。


 話題を先週の同窓会に戻そう。
 
 いやいや、男どもも高齢域に達したら孫が可愛いんだ!! と実感させられた同窓会でもあった。
 この同窓会には 女子が私と幹事女性の2名しか出席していなかったため、高齢域に達した女子が孫に対して如何なる行動を採るのかは計り知れないが。

 

 「孫」ねえ。
 まさか、今後我が娘が子供を産むとも思えない現状だが。

 今現在の私の正直な思いを述べると。
 もしも我が娘が将来的に孫を産んだとして。 それを私に預けて「育ててね!」と言われても、全く自信が無い私だ…

 高齢出産だった我が娘の育児にも超難義した思い出しかない。 
 とにかく、緊急帝王切開にて生まれ出た娘の出産当初のあの体調絶不良の辛さを未だに思い起してしまう…
 腹部切開されてズタズタの私だったものだ。 そんな身体から豊かな母乳が出る訳もなく、わずか2か月で人工乳に変えたのがむしろ我が身としては助かった思いだった。


 そんな娘も、その後はすくすく育ってくれた。

 “Z世代の孫”など、二の次、三の次でいいから。
 娘の貴方自身の未来を確実に見つめて欲しい、と貴方を産んだ直後から本気で思っている母の私であることを、今更ながら娘に伝えたい。