いや~~、やってしまった……
あの影像は見ている方が辛かった…
先だってのG7後の「もうろう会見」で世界中に醜態を晒して、財務・金融相を引責辞任したあの方の影像の話である。
ご本人は風邪薬のせいにしてごまかしたつもりのようだが、あれは大方の指摘通り、どうひいき目に見ても酒の泥酔状態の成せる業である。
引責辞任してしばらくは社会から姿を隠すしか、あの方の身の置き場はないであろう。
同じく自他共に認める飲兵衛であるこの私も、長い人生においてあちこちで泥酔して散々醜態を晒しおおしてきている。それが故に、あの醜態の影像を見せられたことはこの私には心底辛かった。我が“飲んだくれ”の恥さらし人生がフラッシュバックするようで、私の方が穴があったら入りたい気持ちにさせられ、我が目を覆ったものである。
この機会に、私自身の過去の酒席の反省とご迷惑をお掛けした皆様への謝罪の意味も込めて、我が人生における酒の上での醜態について、少し振り返ってみることにしよう。
私の場合の泥酔の醜態の失敗は、“暴言”が最多だったであろうか…。
飲兵衛の悪癖の中でも一番嫌われるパターンであろうが、私は泥酔すると周囲に怒りをぶつけ始める癖がある。決して根も葉もない事柄について怒り始める訳ではなく、怒りの根拠は必ずあるのだが、それにしても言い過ぎであることにはいつも酔いが冷めてから気が付く。“時既に遅し”である。
ただ親しい相手同士の場合、それを後日相手からとがめられたり、それが元で不仲になったという事はないため、自責の念に怯えるほどの暴言ではなかったのかもしれない。あるいは「また始まったか」程度で、誰も相手にしてくれていなかったというのが正解であろうか。
それから私特有の泥酔時の奇癖として、相手構わず人に“くっつく”という醜態を独身時代によく晒したものである。これは特に男性は喜ぶ人も多いのだが、大いに誤解を招く醜態であり、後々まで誤解を引きずることも少なくなかった。逆にこれがきっかけで恋愛関係に発展したこともあるのだが…。
転んだり物にぶつかったりで、怪我をしたこともよくある。
ある時は、泥酔のあくる日胸に激痛を感じた。どうやら椅子から転げ落ちて胸を打った時に肋骨を痛めてしまったようだ。動いても喋っても痛く寝返りも打てない日々なのだが、酒の上での失敗のため仕事を休む訳にもいかず、完治まで相当の無理をした。自業自得である。 よく今まで命が繋がっているものだ。
泥酔すると“脱ぎ始める”人もいるようだが、幸いな事にこの奇癖は私にはない。 命拾いである。ホッ
引責辞任した財務相同様、私も“ろれつ”が回らなくなる方である。私の場合は結構飲み始め早期から回らなくなる。飲みが深まるとむしろ饒舌となり、上記のように周囲に怒りをぶちまけ始めることになる…
家で飲んでいる時に一番困惑するのは、飲酒中の不意打ちの電話である。独身時代はすべてが自己責任で済んだが、家族のいる現在はナンバーディスプレイの活用により、飲酒中に大事な電話には一切出ず後日対応することにしている。
引責辞任の財務相についても既に各種報道で叩かれているが、本人は元より、周囲もなぜ泥酔状態の要人を世界に配信される会見に出席させたのかが不可解である。側近に一人として、会見への出席を何らかの理由を付けて取り止めさせるべく決断できる人物がいなかったものなのか。
最近の若者は外での酒宴を嫌う傾向にあるとのことである。お金を散在するのが痛いというのもひとつの理由であるようだが、それよりも大きな理由は、外で酒に酔って醜態を晒している大人を見飽きているからだそうだ。(骨身に沁みるお言葉で、心より反省申し上げます。誠に申し訳ございません。)
これに関しては、若い世代の論理は正しい。この指摘には私も降参である。酒であれなんであれ、醜態を晒し合うのは信頼関係のある親しい者同士の範囲内で留めるべきである。決して自らの醜態を公の社会に露呈してはいけない。 ましてや、一国の要人が世界に向けて醜態を晒すなど、言語道断の事態である。
私も過去における酒による醜態を反省し、社会で酒の醜態を晒すことはもうやめにしようという認識は重々ある。
それにしても我が人生においてお酒は美味しく飲み続けたいから、親しい方々、今後共お酒のお付き合いをよろしくね!
あの影像は見ている方が辛かった…
先だってのG7後の「もうろう会見」で世界中に醜態を晒して、財務・金融相を引責辞任したあの方の影像の話である。
ご本人は風邪薬のせいにしてごまかしたつもりのようだが、あれは大方の指摘通り、どうひいき目に見ても酒の泥酔状態の成せる業である。
引責辞任してしばらくは社会から姿を隠すしか、あの方の身の置き場はないであろう。
同じく自他共に認める飲兵衛であるこの私も、長い人生においてあちこちで泥酔して散々醜態を晒しおおしてきている。それが故に、あの醜態の影像を見せられたことはこの私には心底辛かった。我が“飲んだくれ”の恥さらし人生がフラッシュバックするようで、私の方が穴があったら入りたい気持ちにさせられ、我が目を覆ったものである。
この機会に、私自身の過去の酒席の反省とご迷惑をお掛けした皆様への謝罪の意味も込めて、我が人生における酒の上での醜態について、少し振り返ってみることにしよう。
私の場合の泥酔の醜態の失敗は、“暴言”が最多だったであろうか…。
飲兵衛の悪癖の中でも一番嫌われるパターンであろうが、私は泥酔すると周囲に怒りをぶつけ始める癖がある。決して根も葉もない事柄について怒り始める訳ではなく、怒りの根拠は必ずあるのだが、それにしても言い過ぎであることにはいつも酔いが冷めてから気が付く。“時既に遅し”である。
ただ親しい相手同士の場合、それを後日相手からとがめられたり、それが元で不仲になったという事はないため、自責の念に怯えるほどの暴言ではなかったのかもしれない。あるいは「また始まったか」程度で、誰も相手にしてくれていなかったというのが正解であろうか。
それから私特有の泥酔時の奇癖として、相手構わず人に“くっつく”という醜態を独身時代によく晒したものである。これは特に男性は喜ぶ人も多いのだが、大いに誤解を招く醜態であり、後々まで誤解を引きずることも少なくなかった。逆にこれがきっかけで恋愛関係に発展したこともあるのだが…。
転んだり物にぶつかったりで、怪我をしたこともよくある。
ある時は、泥酔のあくる日胸に激痛を感じた。どうやら椅子から転げ落ちて胸を打った時に肋骨を痛めてしまったようだ。動いても喋っても痛く寝返りも打てない日々なのだが、酒の上での失敗のため仕事を休む訳にもいかず、完治まで相当の無理をした。自業自得である。 よく今まで命が繋がっているものだ。
泥酔すると“脱ぎ始める”人もいるようだが、幸いな事にこの奇癖は私にはない。 命拾いである。ホッ
引責辞任した財務相同様、私も“ろれつ”が回らなくなる方である。私の場合は結構飲み始め早期から回らなくなる。飲みが深まるとむしろ饒舌となり、上記のように周囲に怒りをぶちまけ始めることになる…
家で飲んでいる時に一番困惑するのは、飲酒中の不意打ちの電話である。独身時代はすべてが自己責任で済んだが、家族のいる現在はナンバーディスプレイの活用により、飲酒中に大事な電話には一切出ず後日対応することにしている。
引責辞任の財務相についても既に各種報道で叩かれているが、本人は元より、周囲もなぜ泥酔状態の要人を世界に配信される会見に出席させたのかが不可解である。側近に一人として、会見への出席を何らかの理由を付けて取り止めさせるべく決断できる人物がいなかったものなのか。
最近の若者は外での酒宴を嫌う傾向にあるとのことである。お金を散在するのが痛いというのもひとつの理由であるようだが、それよりも大きな理由は、外で酒に酔って醜態を晒している大人を見飽きているからだそうだ。(骨身に沁みるお言葉で、心より反省申し上げます。誠に申し訳ございません。)
これに関しては、若い世代の論理は正しい。この指摘には私も降参である。酒であれなんであれ、醜態を晒し合うのは信頼関係のある親しい者同士の範囲内で留めるべきである。決して自らの醜態を公の社会に露呈してはいけない。 ましてや、一国の要人が世界に向けて醜態を晒すなど、言語道断の事態である。
私も過去における酒による醜態を反省し、社会で酒の醜態を晒すことはもうやめにしようという認識は重々ある。
それにしても我が人生においてお酒は美味しく飲み続けたいから、親しい方々、今後共お酒のお付き合いをよろしくね!
若い頃は、酔っ払うこと自体が、楽しいから、よく飲み歩いたと思います。
40代過ぎに、肝臓の調子が悪くなって、晩酌も止めました。(車通勤は意外と飲む機会が少ない)
肝臓が悪くても、忘年会、歓迎会と付き合い酒は付き合う、人と話をするのが楽しい。
ただ、説教にならない様に、注意していますし、酔っ払い同士で、仕事の話もしないようにしています。
だから、女房の悪口を含む家族の話が、圧倒的に多い。
ひとから、子育てのコツを教えてもらう事も多いですね。
学生仲間と飲みに行って、「最初に酔った者勝ちやな、後の残りは1人の酔っ払いのおかげで、酔えなくなるんや」ってよく友人に言われました。
私も学生の頃は、醜態だらけでした。
有名でなくて良かった。
仲間うちだけの失態は、許してもらえる可能性があります。でもあれだけはいけません。
私は、大学入学してすぐのクラスのコンパで、座敷で立った時、スカートを残して体だけ起き上がってしまったことがあります。ぎゃあああ!
以来お酒の席にはゴムのスカートかワンピースで出ることにしております。
それにしても誰も止めなかったとは…・・
大臣さんの樹立してきた人間関係がうかがわれますね。誰が何を言っても聞かなくて、もうご無理ごもっとも、本人が痛い思いをしなければわからないよな、と見捨てられていたのかもしれませんね。お酒もコワいけどそれによって人間関係が壊れるのが恐ろしいです。
私下の子が受験になっちゃってなかなかお会いできませんけど、今度遊んでください!
私の場合、酔っ払って醜態を晒した経験は無い(自分がその様に思っているだけかも知れません)のですが、一寸一杯遣ると理屈っぽくなると共に、大阪人独特の「ボケと突っ込み」を入れます。居酒屋の女将さんや馴染み客へサービスの積りですが、初めてお客さんにはこれが誤解され、変人と見られます。この辺が酒場での会話として難しいです。
自分の体にアルコールをほんの少し入れて遣ると、今まで眠っていた感覚が静かな音を立てセットアップします。自分ながら不思議です。
適度なアルコールは頭脳に刺激を与え、健康な体を維持する上でも大事だと思います。また、酒をインターフェイスとして人間関係が密接になることも確かです。
酒によって醜態を晒す大人の醜さ、これを若者が嫌がるのは当然です。若い頃の私は何時もその様に大人を観ていましたし、その様な大人に老醜を覚えていました。
ところで、醜態とは何でしょう。観点やレベルの差もあると思いますが、拡大解釈をすれば、酒を飲んで酔っ払う事のみが醜態を晒すことではない筈です。
そもそも、この様に私がコメントを投稿すること、また、自分のブログを公開することが、私個人の醜態を晒している様なものです。
醜態を晒すことは日常生活での様々なシーン、例えば家庭内での夫婦や親子の会話、近所同士の付き合い、ビジネスに於ける会話や態度などにもあり得ます。逆に言えば、自己の醜態を晒すことで相手や仲間が自分を受け入れてくるし、生身の人間同士のコミュニケーションを育むことが出来る可能性を秘めている、と思うのです。醜態を晒すことは、人間的な成長に向けての通過点や通過儀礼かも知れません。
囲碁棋士の藤沢秀行さんも酒にまつわるエピソーゾに事欠かないそうです。しかし、棋聖戦の前は断酒を続け、6連覇を達成しました。棋士の晴れ舞台を踏んだのです。
世界中に醜態を晒し、財務・金融相を引責辞任した方も酒豪とのことです。風邪薬の飲み過ぎが原因だ、とする氏の言葉を信じるにしても、経済大国の代表がG7という晴れ舞台で醜態を晒すとは、この様な政治が続く限り、日本に明るい未来は無いです。
引責辞任した氏には、もっと早い時期に別な場所や場面で、醜態を晒すことのトレーニングを積み重ねて頂きたかった、と思います。
その代わり、家に帰った途端一気に酔いが。
外で気を使ってる分ですか。
でも、気を使うような飲み会は殆どありませんけどね。一番気を付けていたのは、醜態より酔ってからの論じ合い。酔ってからは、あまり論戦せず、且つ、勝利せずです。
相手を言い負かしても、自分の大人気なさに、朝起きると反省で落ち込みますので。
私はチラ見しただけで皆と会話をあわせましたね。
見ていられない、が本音。
そう、原さんと同じく脱がない事だけ。あとは、ほぼ同じでした。過去形になってますが将来ないとは言えないのかなぁ。
多少、学習してますが「酒」の力はそんなの吹き飛ばしますからねぇ。
そんな我が家では集まって飲む時は「政治」と「宗教」の話を禁じています。家長の権限で。
いや飲む時だけですけど…良いことないので。
許されたことでしょうに..
私も先日失敗いたしました。
朝起きてみると
キッチンのシンクの部分に
自分の傘が掛けてあることに胸騒ぎが..
ありゃ..何かあったかな?
息子が起きてきて私にひと言。
「お願いだからあれほど酔うまで飲まないで!」
「ママの為に言っているのではなく僕の為に言っているの!」
って...
「何があったか存じませんが
失礼いたしました」と謝りました。
怖くて深くは聞けませんでしたが
コートもハンガーに裾から掛けてありました。
しばらくはちょびっとだけにします。
※飲兵衛と言う言葉、自分で言う分には良いが他人に言われると面白くないと仰る方にはごめんなさい。
私は28歳の時に飲酒運転で検挙されて依頼酒は好んで飲まない事にしております。当時はみながやっている事であり、昨今のように罪の意識は薄かったようです。それでも生まれて初めて略式裁判なるものを経験し、立派な前科者なのです。判決は30日の免停でした。その後三ツ沢の施設で1日の講習を受け免停は解除されはしましたが、私の人生には大きな痛手となりました。
その時に飲んだ酒の量は水割り一杯とビールをコップ2杯程度でした。片足でもふらつく事はありませんでした。しかし、私には酒豪と違って決定的な症状がありました。肝臓が弱いせいか、コップ一杯のビールで赤面し、二杯だと体中まだら模様になるほどの外見的な変化が出て警察官は泥酔と判断を下し、会社の上司を引き取りに来させ、さんざんでした。
それ以来忘年会、新年会、お花見、暑気払いでも一滴の酒も飲みません。宴会の席ではウーロン茶を二杯ほど飲んだ後、早々に帰宅しています。従って「酒は美味しいもの」と思われている皆さんとは違って投稿する資格が無いと考える次第です。こういう不幸な男もいると、思って頂ければいいかなと言う話でした。
でも、アルコール濃度の濃いお酒を好むため、胃の調子はよくないですね。
宴会でノリの悪い奴がいると白けますし、私は飲む量を調節しなければいけない飲み会には出席しないことに決めています。