◎日本の財閥は「失業の輸出」をおこなっていた(小原敬士)
昨日の話の続きである。小原敬士の『アメリカ資本主義の分析』(東洋経済新報社、一九四七)の巻末には、「質疑応答」というものが付いている(一三九~一四五ページ)。本日は、これを紹介してみよう。
質 疑 応 答
【問】アメリカでは大きな財閥があるが、日本の財閥を解体せしめるといふのはどういふ理由ですか。
【答】それはアメリカの問題ではなくして日本の問題です。
【問】解体させる理由ですが‥‥。
【答】それは単に経済的な問題だけではなくして軍事的、政治的理由があるのではないですか。経済的にみますと、日本の財閥は失業の輸出を行ひ、国民生活を低いレヴェルに置きながら、その上に立つた安い商品を世界に輸出し、世界のマーケットを攪乱して利益を得てをりました。これはアメリカが考へてゐるやうな世界経済の調和的な発展に対して非常な害になるわけです。
【問】アメリカの経済的な新しい試みが成功しなければ資本主義は崩壊する‥‥
【答】さう簡単にもいへません。
【問】成功しなければ、結局また階級間の衝突は激化して資本主義の基礎が揺ぐといふことがいへるのではないかと思ひます。それからまた成功すれば、資本主義の矛盾が克服されて社会主義への平和な推移が見られるだらうといふやうにお聴きしたのですが、さうするとアメリカ経済の今の試みが成功するしないに拘らず、自由主義の方向を辿つてゐるといふのですか。
【答】自由主義的方向といふのが資本主義の方向ですが、その矛盾をいやといふ程経験してゐますから、それを修正することは‥‥
【問】修正といふことは社会主義ですか。
【答】社会主義とは何であるかといふことが問題になりますが、階級的対立とか、富の分配の極端な不均衡にない調和のある社会です。つまり、アメリカのやりつゝある政策といふのは資本主義として許される最大限度の努力であるやうに私は思ふのです。さういふ意味です。
【問】今の試みは資本主義の維持のための試みではないですか。矛盾を解決して行かうといふならば、資本主義の社会主義への移行のための努力ではないといふ風に考へられるのですが‥‥
【答】大体さう考へて宜しいと思ひます。
【問】さうすると、成功すると社会主義へ移行するといふわけですか。
【答】勿論、社会主義とは本質的には違ふけれども、現実的にはそれと可なり近い状態が現はれる可能性が開かれるといふのです。さういふことが可能だといふ一つの手がかりといひますか、途〈ミチ〉が細々ながらそこに与へられるわけですね。
【問】それから先生は今、成功するか、しないかといふ二つの問題を御提示になつたですが、先生御自身は成功の如何についてはどうお考へですか。
【答】それはいはゆる力関係といふものがあリますから却々〈ナカナカ〉判らないし、また軽々しくいふべきことではないですね。
【問】結局海外の資源を開発し、そこにマーケットを培養して行くといふことによつて今の資本主義の矛盾を解決して行かうといふことになると、それには限度があるのではないかと思ふのですが‥‥
【答】それはさうです。ニュー・ディール政策をやつて失業救済をするのに限度があるのと同じ意味です。これは理論経済学の問題です。アメリカでは理論的にサミュエルスンなどが頻りにやつてゐるわけですが、それがわれわれにもちよつと判らないのです。後進国の開発といつても、植民地化とどう違ふのかといふことですね、それは非常に大きな問題だと思ひます。
【問】限度があるとすれば、結局また行詰つてしまって、その方法は失敗だといふことですね。
【答】まあ長生をして見るんですね。
【問】海外投資の問題ですが、アメリカはフィリッピンでも投資は余りやつてゐないやうですが、今後はイギリスなどのやうに鉱山を興すとか、さういふ方法で培養して行くわけですか。
【答】さう思つて良いと思ひます。アラビヤについてはウォーレスが書いてゐますし、実際を見ましても、アラビヤに最近アメリカが投資するといふことです。それから、中華民国には大きな望みを掛けてゐたわけで、百億弗輸出の内中華民国へ二割、ソ連へ二割、中南米へ二割位予定してゐる。中華民国に対するアメリカの従来の輸出は一パーセントか二パーセントです。それを十倍位にする計画です。
【問】帝国主義的な植民政策とアメリカが現在採りつゝある政策との絶対的な違ひは?
【答】理論的にいふとそれがあるかないかゞ問題ですが、ともかく昔のやうなやり方では世界経済はまたゆき詰ることは確かです。
【問】例へば戦争中に日本が盛んに「日本の政策は帝国主義ではない」といつてゐましたが、戦争が済めば帝国主義として非難されてゐます、さうならばアメリカのやり方も帝国主義といへないですか。
【答】それは国内におけるニュー・ディール的な政策の努力ですね。それがある場合には帝国主義的な活動とは大分趣きが変つて来るわけでありまして、帝国主義といふのは国内においても、対外的にも搾取することです。それがアメリカでは、国内においてはニュー・ディール的な方法で階級闘争を出来るだけ避けて行かうといふのです。しかし、現実的に違ふか、どうかといふことは今後究明して行くべきものだと思ひます。
【問】先程お話しのカリブ海、ハワイ、フィリッピンですね。あれはアメリカのピューリタン的思想からいへば邪道であつたといふのですか。
【答】大体さうでせう。経済的な形においてはインピアリアリズム〔帝国主義〕といはなければならないででせうね。スコット・ニーヤリング等もさういつてをります。
【問】労働者の生活の向上を図るためには、株式配当制限といふことは別に考へてをりませんか。
【答】それはニュー・ディールの時には証券法といふものがありましたが、今では政府は考へてゐないのではないかと思ひます。
いかにも、その時代を感じさせるような質疑応答が続いている。もし私が、タイムスリップして、その質疑の場にいたとすれば、おそらく、次のように質問したと思う。――ルーズベルトは、ニュー・ディール政策の行きづまりを打開するために、第二次大戦への参戦は不可避だと考えていたのではないでしょうか。いや、むしろ、第二次大戦への参戦を望んでいたのではないでしょうか。【この話、続く】