◎地に伏して聴くに砲声の洪響を聞くが如し(田邊朔郎)
吉波彦作著『漢文研究要訣』(大同館書店、一九二五)の第三篇第四章「雑報類」から、「日本田邊博士之地震談」という文章を紹介している。本日はその二回目で、同文章の後半を紹介する。
此次震動。原因於地球収縮。所謂断層震動。可以推測而知也。此時伏地以聴。如聞砲声洪響。心胆欲砕。此後二秒間。霹靂之後。余音嬝々不絶如縷。震源地決不甚遠。当在伊豆半島。与三浦半島之中間。若就該処附近観察。其性質可知。観乎水平動為上下動。則為因地層激動而起之反射動揺。可以知已。‥‥‥而地震(水平動)之原因。随地球之冷却。而行治縮之結果。適如橘之因乾燥而皮皺。第々地球自然硬皺。於是乎為大震。余之行程二日間為露営生活。 三日朝準備突破危地。預備如登山之状。或攀懸崖。或作蛇行。或潜鉄道之下。踰越険阻。及夕而抵三島。徴発数輌汽車出沼津。昼夜行不一睡。甚矣憊。而幸無一負傷者。中途復遇悽風慘雨。二十余人三日夜在沼津時。雖人々自危。然卒得帰返而平安。誠可慰也。
途中にある「‥‥‥」は、原文のまま。
この原文の上に、若干の頭注がある。「嬝々 嫋々に同じ。」、「適。まさにと訓む。」、「第。ただと訓む。」など。
以下は、著者による訓読。〈 〉内は引用者による読み、〔 〕内は引用者による注。
〔訓読〕 此の次〈タビ〉の震動は、地球の収縮に原因し、所謂断層震動なること、以て推測して知る可き也。此の時地に伏して以て聴くに、砲声の洪響〈コウキョウ〉を聞くが如く、心胆砕けんと欲す。此の後二秒間、霹靂〈ヘキレキ〉の後、余音嬝々〈ジョウジョウ〉として絶えざること縷〈ル〉の如し。震源地は決して甚しく遠からず、当〈マサ〉に伊豆半島と三浦半島との中間に在るべし。若し該処附近に就いて観察せば、其の性質知るべく、水平動の上下動と為りしを観れば、則ち地層の激動に因りて起れる反射動揺たること、以て知るべきのみ。‥‥‥而して地震(水平動)の原因は、地球の冷却するに随ひて、収縮を行ふの結果にして、適〈マサ〉に橘の乾燥に因りて皮の皺するが如し。第〈タダ〉地球は自然の硬皺なり。是〈ココ〉に於てか大震を為す。余の行程二日間は露営生活を為し、三日の朝準備して危地を突破せり。預備して登山するの状の如く、或は懸崖を攀〈ヨ〉ぢ、或は蛇行を作〈ナ〉し、或は鉄道の下を潜〈クグ〉り、険阻を踰越〈ユエツ〉し、夕に及びて三島に抵〈イタ〉る。数輌の汽車〔自動車〕を徴発して沼津に出づ。昼夜行〈ユ〉いて一睡もせず。甚しく憊〈ツカ〉れたり。而れども幸に一の負傷者も無かりき。中途復た悽風慘雨に遇ひ、二十余人三日夜沼津に在りし時、人々自ら危〈アヤブ〉むと雖も、然かも卒〈ツイ〉に帰返するを得て平安なり。誠に慰む可き也。
辞書によれば、「余音嬝々不絶如縷」の「嬝」は、「嫋」の俗字。同じく辞書によれば、「余音嫋々不絶如縷」は、蘇軾が「前赤壁賦」で使っている表現だという。