◎真宗各派協和会の声明書「卑見」を読む
赤松徹真教授の論文〝総戦力下の神仏問題と本願寺派「宗制」〟には、神社制度調査会に向けて、真宗各派協和会が提示した声明書「卑見」の全文が紹介されている。本日は、これを引用させていただく。
神社非宗教は明治中葉以来政府の固持し来れる伝統政策なりとせらるる事は最も正当なる見解なるべし。若し国家が宗教を直営すとせば、自ら他宗教に対する圧迫となり、宗教圧迫は憲法の蹂躙となるものなれば、神社は断じて宗教との交渉を有せざる国民道想の中心たらざるべからず。然るに、現在の神社には種々の宗教的意義の附随を許すもの少からず祭事の如きも報本反始の感謝観念よりも寧ろ功利的祈願を主とし、且つ宗教信念に投合する神符護札を授与する如き祖先の霊の威力万能を認め幽明相通ずる宗教信仰の内容を帯ぶ事ありて神社本来の性質が祖先崇敬大義に存するものなることを没却し、各自の宗教信念を有する多数国民の崇敬をして不可能ならしむるものなきに非ず。且つ之が一般国民に及ぼす影響に至りては自ら純粋なる国民道徳的意義を忘失せしめ単に吉凶禍福を祈願する功利的迷信によつて神社を崇拝するもの多数ならしむるに至るべし。之れ実に国家の為に憂ふべき傾向なりと云はざるべからず。されば、神社をして健全なる一般国民の崇敬対象として何等の障碍なからしむるためには、政府年来の伝統政策を徹底せしめて全国神社の現状を調査し其設備行事より其在来の慣習によつて附随せる宗教味を除却し、祭祀に当たりても祭神の功業遺徳を讚頌し祈念する純正国民道徳の宣揚に誠意を凝らすものたらしめんことを必要とす。殊に府県社以下祭神の如き固より既に整理せられて邪神淫祠を雑へずと称せらるるも、之を崇拝する世俗一般の信念よりすれば殆ど動植物崇拝の低級なる原始宗教に近きものありて、往々にして驚くべき迷信によつて神徳の汚されつつあるものなしとぜず。これが浅薄なる功利的祈祷の念と相待ちて弊害百出、其事例は枚挙に遑あらざるものなしとせず。国家の直営と認むべき神社にして、其内容に斯かる悪影響を社会に及ぼすべき性質の附随せりとせば、いかでか之に依りて以て国民の思想を善導し統一し得べしとせん。これ吾人が今回制定せらるべき神社法によりて一般神社の尊厳を恢復し其国家的崇敬の意思を明確ならしめんことを期待する所以なり。
若し夫れ過去の歴史に拘泥し神社を宗教圏内に立たしむるに至らば、教義信仰上多数の真宗信徒がこれに参拝する能はざるのみならず、各宗信徒もまた同様なるべく、殊に科学的唯物論の学徒に居たりては全然神社崇敬の念慮を絶つべし吾人が斯の如き要請を為す所以のものは、一般国民として健全なる道徳的理念の上に立つのみならず、吾人の奉ずる真宗の教義上より、或る宗教的信仰を加味せる意義に於ては神社崇拝の許されざるものあるに由る。何となれば真宗の教徒として、その教義及び宗制の上より、宗教的信仰の意味に於ては他の諸神諸仏諸菩薩を礼敬することを許されず。されば神社にありてもまた祖先崇拝の意味にあつては歓んで是を礼拝し得るものなりと雖も、苟も宗教的意義に亘るものありとせば、これが参拝は忽ち其宗義と抵触を来すものあり。況や其祭神に於て淫祠に擬似するものあるが如き、或は其神社に参拝する多数が吉凶禍福を祈る迷信者を占むるが如き、或は宗教的意義を含める神札護札を頒布せらるるが如き、真宗教徒としてこれある為めに快く崇拝し能はざらしむるものなしとせず。凡そ真宗教義の立場としては
一、正神には参拝し邪神には参拝せず
二、国民道徳的意義に於て崇拝し宗教的意義に於ては崇拝する能はず
三、神社に向って吉凶禍福に祈念せず
四、此の意義を含める神札護札を拝受する能はず
それ今回制定せらるべき神社制度の上に神社非宗教の精神を徹底的に表現せられ以て真宗教徒として国民として神社崇拝に何等の疑義なきを得るに至らしめられんことを熱望して止まざる所以なり。これ蓋し真宗教徒に止まらず各宗教徒の等しく熱望する所なるべく、またこれ国民としての正しき理念の上に立てる要請なるべしと信ず。
要するに神社の尊厳と崇拝とは国民に普遍ならざるべからず、神社にして宗教意義の附随を存せば彼此の宗教信念と衝突するは止むを得ざる所なり。従つて神社崇拝の普遍性を失ふものなり。希くは此の点に就て十分の考察を加へられんことを。
非常によく練られた、論旨明快な声明書である。「神社非宗教」の立場に立ち、「神社をして健全なる一般国民の崇敬対象」と捉えている。すなわち、神道は「国民道徳」にとどめるべきだという主張である。
赤松論文では、残念ながら、この声明が発せられた日付が示されていない。しかし、同論文の注⑺によると、この声明書は、昭和六年版の『仏教年鑑』(一九三〇年一二月、仏教年鑑社)に収録されているということなので、一九三〇年(昭和五年)のうちに声明が発せられていることは間違いない。
明日は、「神社制度調査会」について、若干の補足をおこなう。