◎秋葉原事件と名古屋駅前事件
今月二三日の日曜日の白昼、JR名古屋駅前で、自動車が歩道を暴走し、男女一三人を次々はねるという事件(殺人未遂事件)が起きた。
この事件を聞いて、二〇〇八年六月の秋葉原事件を思い出した人も多かったろう。
たまたま『東拘永夜抄』(批評社、二〇一四)を読んでいたところだった。この本は、秋葉原事件の加藤智大〈トモヒロ〉上告人(同事件で上告中)が書いた本である。次の一文が目にとまった。
―27 結局、世の中に真相が伝わりません。他者の失敗を教訓にして自らは同様の失敗をしないように気をつけることは、よくあることだと思います。同じことで、私は自らの「失敗」を世の中に正しく伝えることで、同じような「失敗」をした人が同じようにして事件を起こすのを未然に防げるのではないかと思うのです。
重大な事件や事故で人が死ぬと、「犠牲者の死を無駄にしないように」が合い言葉にされます。しかし、事故の場合はあつものに懲りてなますを吹くように規制が強化されることはあっても、事件の場合は何の対策もされません。言い訳のような措置がいくつか取られるだけです。一方で、米国カリフォルニア州のようにネット上での成りすまし行為を規制するような動きは、日本ではありません。
根本的な問題は、発生した事件の真相が明らかにされていないことです。原因不明なのではなく、別の事件に作り変えられていることが問題なのです。捜査機関としては、より凶悪な事件、より凶悪な犯人像を創った方が重い刑を勝ち取れるでしょう。もしくは、自らの「正義」をより輝かせられるでしよう。報道各社でも、より面白い事件、より面白い犯人像を創った方が世間の興味を引きつけられるでしょうし、実際、私が語る「面白くない真実」は見向きもされません。彼らには事件の真相を解明することにメリットはないのであり、口では「犠牲者の死を無駄にしないように」と言いつつ、実際には無駄にしているのです。【以下略】
今回の名古屋の事件の加害者が、秋葉原事件のことを知っていなかったはずはない。しかし、秋葉原事件の加害者が、『解』(批評社、二〇一二)、『解+』(批評社、二〇一三)、『東拘永夜抄』と、三冊の本を書き、同じような事件が起こることを未然に防ごうと願っていたことは、たぶん知らなかったと思う。今回の事件を起こす前に、せめてどれか一冊を手にとってほしかったと思う。
また、今後、この事件を報ずるマスコミ関係者、加害者の取り調べにあたる警察関係者に対しては、引用した文章の、第三段落を、心して読んでいただきたい、と申し上げておく。
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