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「アルハンブラ宮殿の思い出」   文科系

2024年11月21日 15時48分45秒 | Weblog
 表題は思い出す方々が多いはずのクラシックギターの名曲である。ちょうど「(映画)禁じられた遊び(の主題曲)」をもっと多くの方々がご存じのように。定年退職後にギター教室に通い始めて二〇年、この長い間ずっと折に触れてこの曲を練習し続けてきたが、満足に弾けないままに今日まで来て、最近やっと「来年の発表会には弾けるだろうか?」という地点に届いたもの。この曲を通して、音楽の良さ、その魅力(の一端)を表現してみたい。と言っても、音楽とスポーツは小説にせよ随筆にせよ文学にはなりにくいもの。精一杯頑張ってみよう。
 僕がクラシックギターにのめり込んだ初めは、二〇代の頃。世の中の全てが嫌いになってシャンソンの「枯れ葉」をフランス語で覚えて歌いつつ、よろしく斜めに構えていた時代のことである。まず、この楽器の音色に魅了された。「音域の広い憂愁を醸し出す、憂わしげな音、旋律。これに被さってくる多様な和音の多彩な彩り」に惹かれて、セゴビアなどのレコードを聴きまくった。まもなく「カルカッシ教則本」を買ってきて独習を始めたのだが、これは切れ切れに定年まで続いて、教則本の四分の三ほ何度か何度か進んだのだけれど、肝心の音色が今一歩。自分でも「ガチャガチャしてる」と感じていた。だからこそ、最初に先生に音出しを習ったときは、胸がときめいたものだ。初めに感じた「クラシックギターらしい音」と感じ入って、この音出しを習うだけで教室に通う価値があると決断した。それから二〇年をすぎた今、このアルハンブラである。
 初めにギター演奏を聴いたときに「二台の楽器で合奏している?」と誤解したのだが、これは旋律と装飾和音とが一台の楽器から同時に聞こえるからのこと。なんせ、太い低音が響いている間ずっと、旋律や別の装飾音が流れているのだから。アルハンブラも、高音の旋律に低音の和音を添えて演奏していくが、高音旋律を八分音符の長さの三連音符トレモロ連続で聴かせ、和音は三拍と長い通奏最低音に八分音符の半拍音をトントンと重ね添えた作りである。そして、この高音旋律と和音との相乗作用から、過ぎた日の思い出、郷愁に人を浸らせていくといった趣だ。日本の曲で言えば、「ウサギ追いし」の「ふるさと」や、「しずかなしずかな『里の秋』」のような。俳句で言えば「面白うてやがて哀しき鵜舟かな」とか「行く春を近江の人と惜しみけり」の趣を音の流れに変えたような。ただ、この曲の演奏は難しい。くっきりとしてかつさりげなく右手中三本の指で鳴らすトレモロ奏法が難しいのである。ある指の音が擦れたり、強すぎたりして、プロでも安定させにくい技術なのだ。このトレモロは、一拍五〇以下というレントの遅さでゆっくりと練習を重ねて安定させていき、そうして初めて七〇ほど、本来のアンダンテ以上の速さへと固めていく。ちょっとでも乱れたらまたレントにかえって練習といったものである。僕の場合はレントで弾いてさえ、トレモロの人差し指音が小さく、低音伴奏の親指が強すぎるのが常だったのだけれど、それが今回やっと直ってきたのである。嬉しかったから、この一ヶ月ほどは毎日二~三時間もこの曲各部を指にしみこませてきたものだ。なお、音楽の三要素、旋律、和音、リズムの内、この曲のリズムは四分の三拍子である。これがまた、人の心を踊らせ揺さぶるようにしみこんでくる。
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