親と子の不思議 H.Tさんの作品です
真夜中に電話のベル。何事がと、おどろいて受話器を。隣の棟のAさんの引きつったような声。いつもおだやかな方なのに……。
「加代さん。すぐ来て!」
おびえた声だ。
「百足が、百足が出た」と。
私はパジャマのまま走った。
部屋の中でふるえている、寝間着姿のままのAさん。
私は、ふとんの中を見て、枕カバーを外して振ってみたが、居ない。
Aさんは、「確かに見た」と。まだ歯を鳴らしている。部屋の隅、タンスなどの裏側にも居ない。殺虫剤を吹き付けて、私は帰った。
明くる日、またしても深夜の電話で、私は走った。
「また百足が!」。「速く、速く、来て!」。着くなり、言うには、
「ゆうべあんたが、しっかり見てくれなかったから……」、がたがた震えて青くなっているAさん。
ふとんカバーを剥がし、枕カバーを取ると、やはり百足が飛び出して来た。
「やっぱりあんたがしっかり見てくれなかったから、二晩も……」、Aさんは昨夜と同じ事を言う。やっと側にあったスリッパでたたき、動かなくなった百足を抑えながら、
「夜中に私を呼びつけないで! 近くには娘さんが居られるのに……」
声を荒げる私に、
「娘は働いているから、疲れているでしょう。寝かせてやらな、かわいそうでしょう」
「私だって二晩も真夜中に呼びつけられて、もー大変。大迷惑です」
腹立ちと怒りとで、ひっくり返りそうだ。スリッパの下で動かなくなった百足を紙袋に入れ、踏みつけて紙にくるんでいると、
「私の棟のダストシュートに捨てないで。生き返ってまた来ると怖いから、他の棟のダストシュートに捨てて!」
〈勝手ババァー、人をなんだと思っているんだ、いいかげんにして。二度と来ないから〉と、声にならないひとり言。
「娘は働いているから、疲れているでしょう。寝かせてやらな、かわいそうでしょう」。この言葉が、私の頭の中でぐるぐる回っている。時計は三時を指し、外は真っ暗闇の真夜中。帰って、お茶を入れて、ほっと一息。私はAさんのように子どもはいない。両親は数年前に逝った。決して人に誇れるような親ではなかった。働いて働いて、貧しい時代を生きただけの親。
でも、子どもの私をAさんと同じように、どうにも理解できないエゴ愛で守り育ててくれた時も……。そう思ったら、胸がいっぱいになり、目が濡れた。
真夜中に電話のベル。何事がと、おどろいて受話器を。隣の棟のAさんの引きつったような声。いつもおだやかな方なのに……。
「加代さん。すぐ来て!」
おびえた声だ。
「百足が、百足が出た」と。
私はパジャマのまま走った。
部屋の中でふるえている、寝間着姿のままのAさん。
私は、ふとんの中を見て、枕カバーを外して振ってみたが、居ない。
Aさんは、「確かに見た」と。まだ歯を鳴らしている。部屋の隅、タンスなどの裏側にも居ない。殺虫剤を吹き付けて、私は帰った。
明くる日、またしても深夜の電話で、私は走った。
「また百足が!」。「速く、速く、来て!」。着くなり、言うには、
「ゆうべあんたが、しっかり見てくれなかったから……」、がたがた震えて青くなっているAさん。
ふとんカバーを剥がし、枕カバーを取ると、やはり百足が飛び出して来た。
「やっぱりあんたがしっかり見てくれなかったから、二晩も……」、Aさんは昨夜と同じ事を言う。やっと側にあったスリッパでたたき、動かなくなった百足を抑えながら、
「夜中に私を呼びつけないで! 近くには娘さんが居られるのに……」
声を荒げる私に、
「娘は働いているから、疲れているでしょう。寝かせてやらな、かわいそうでしょう」
「私だって二晩も真夜中に呼びつけられて、もー大変。大迷惑です」
腹立ちと怒りとで、ひっくり返りそうだ。スリッパの下で動かなくなった百足を紙袋に入れ、踏みつけて紙にくるんでいると、
「私の棟のダストシュートに捨てないで。生き返ってまた来ると怖いから、他の棟のダストシュートに捨てて!」
〈勝手ババァー、人をなんだと思っているんだ、いいかげんにして。二度と来ないから〉と、声にならないひとり言。
「娘は働いているから、疲れているでしょう。寝かせてやらな、かわいそうでしょう」。この言葉が、私の頭の中でぐるぐる回っている。時計は三時を指し、外は真っ暗闇の真夜中。帰って、お茶を入れて、ほっと一息。私はAさんのように子どもはいない。両親は数年前に逝った。決して人に誇れるような親ではなかった。働いて働いて、貧しい時代を生きただけの親。
でも、子どもの私をAさんと同じように、どうにも理解できないエゴ愛で守り育ててくれた時も……。そう思ったら、胸がいっぱいになり、目が濡れた。