たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

月組『夢現無双』『クルンテープ』東京宝塚劇場千穐楽ライブビューイング

2019年06月09日 23時04分27秒 | 宝塚
 遠いので終わったらとにかく一目散に帰宅し、レトルトで腹ごしらえ中。あと30分しか猶予はないのですが・・・。

 とってもいい千穐楽でした。カーテンコールで泣いてしまうと涙をぬぐいながら「失礼しました」と頭を下げ、そのあとも涙腺が崩壊しそうになるたびに「今あぶなかったですね」「大丈夫でした」と必死に涙をこらえながらトップとしての務めの果たそうとするたまきちが、大きなものを背負いながら大劇場の千穐楽よりもぐっと頼もしくなっていました。最後の最後、出てくるまでに時間がかかったのはみやさんが遠慮していたからだろうと思うのですが、たまきちがみやさんをひっぱって二人で緞帳の前へ。まさかの夫婦漫才でした。みやさん「わたしがつっこみ」たまきち「わたしがぼけですね」みやさん「相手役みたい」とたまきちにもたれかかり、最後は「わたしの旦那」呼び。男役同士ですが、ほっそいみやさんがほんとに綺麗でなんだか年下のたのもしい旦那に甘えている感満載で最後はお二人の結婚式でしたかみたいな幕引きでした。誰もが切なくも幸せな気持ちになれたのではないでしょうか。サヨナラショーで『グランドホテル』の曲を歌ったあたりから、みやさんの声と立ち姿にわたしの中で涼風真世さんの面影がだぶりました。憧れの涼風さんと同じ役を演じることは奇跡だと挨拶の中でありましたが、すごいことですよね。リアル妖精のように最高に美しかったみやさん、退団は今というタイミングだったのだろうなという気がしました。

『夢現無双』、大劇場千穐楽のライブビューイングの時にも同じことを書いたような気がしますが、佐々木小次郎を倒したあとの武蔵の胸に去来したのはむなしさだったというのが印象的。「なんだこの虚しさは」、武蔵の人生に対する問いかけは答えを見つけられるどころかさらに果てしないものだと武蔵は知るのでした。父親役の紫門ゆりやさんがすごくよかったなあ。武蔵に対して「俺が憎かっただけだろう」だったかな、「人は孤独なもの」「はいつくばって生きるもの」「己を超えてゆけ」、かなりあいまいですがこんな内容の台詞が心に残りました。『鎌足』もそうでしたが、名を成したかに見えた人がもがき苦しみ這いつくばりながら生きている、与えられた人生の時間を人はそうして生きていくのだという、永遠の命題が心に沁みました。美園さくらちゃんのお通がすごくよくなっていて、武蔵を一途に追いかける芯の強い女性像がよくあっているなあと思いました。ラストで武蔵に「あのときなんて言おうとしたのですか」とたずねる眼差しのひたむきさが切なさを誘いました。お通に一緒に生きていこうと言いたいのに自分は剣の道を究めるため夫婦になろうとは言えない武蔵の影の声。なんだか沁みるラストでした。

 実直な武蔵はたまきちによく合うし、休演となった月城かなとさんのことに言及したときには涙腺崩壊で、色々ありながらここまで舞台をひっぱってきたのは大変なことだったろうなと思いました。退団者四名のうち三名が上級生という若きトップスターたまきち。すごいものを背負いながらも笑顔でたくましくなっていて素敵でした。響れおなさんが初舞台から知っているたまきちのとなりに相手役でもないのに立たせてもらってこんなにしっかりと挨拶できるようになった姿をみることができて嬉しいだったかな、幸せだったかな、あったかい言葉もしみるいい千穐楽でした。

 組長の光月るうさんが「愛の巡礼」みやさんの経歴とメッセージを紹介しながら涙した姿も印象的でした。

 まだまだ書きたいことはたくさんありますが時間切れ。明日が無事に終わっていく感じが全くしない夜。もう行けなくても仕方ない感じがしています。筆入れと印鑑は持って帰ってきたけど木曜日にもっていったみりおさんの卓上カレンダーは置いてきちゃった。

 人は這いつくばりながら生きていく・・・。


紅ゆずるさんの存在そのものが希望

2019年06月09日 11時48分31秒 | 日記
 やるべきことがたくさんあるのに体が動かない日曜日の朝、疲労困憊。気温低いですが湿度が高くおそらく電車の中や店は冷房がんがん、都心でここは冷房が特にきついと感じる店と同じレベルでどこも冷房が効きすぎているのですごくきついです。まあ都心も節電はもはやパフォーマンスでしかないですけどね、東日本大震災の当事者であった地域と全く関係なかった地域との差を実感。さらに厳しいであろうこの夏をわたしは生きて乗り切っていけるのでしょうか。自転車もけっこう足腰にきています。道路にでれば横着なのは車だけでなく真っ暗なところに突然自転車や歩行者があらわれたりもするし、ながらスマホやら雨の日は傘さしやらで危険極まりなく緊張していることもあると思います。慣れない暮らしで通勤自体がたぶんきつい。でも郷里近郊は車社会だからわたしの居場所はない、地方のなかでも車社会ではないところに居場所を求めていくしかない。全くとんちんかんでなにも知らないことをまたやろうとしているわけではないと思っていましたが、はじめてみるとまた全く別物、前職の経験はほとんど関係なく、いちからまた勉強しなおしで意味のわからない日本語が理解できなくて怒られながらあたふたしっぱなし。老眼加速中がずっと中で小さい字をみているのもきつい。慣れてしまえば前職よりも簡単なのだろうとは思いますがわたしにはどうやらこういうことをやるセンスがないっぽい。向き不向きがあってわたしはたぶん向いていない。近くの総合病院の相談室の臨床心理士にその仕事案外向いているかもよ、援助職なんて別にいいのよ、って言われましたが色々な想いがあるのだからそんなに簡単に言うなよっていう感じでした。だからもう二度と行かないと思いますが、色々な場面で首都圏と地方ではレベルが違うことも実感。外に出たことがなかった時にはわからなかったですが、これが地方なのだとわかってきました。家にいれば弟に怒られちゃうし、外に出れば初めての場所でそれは承知の上ですが主に年下たちに怒られっぱなしで、しかも空気が悪い。不思議なもので特に内勤の場合、必ずこの人はダメっていう人が一人か二人いてダメな人たちに対するストレスを共有することでつながっているようなところがあります。地域性もあるのかもしれないですが、メンタルたちを相手にしている援助職は思い返せばまだ優しかったですね、ベクトルの方向が全く別物っぽい。助け合わないとできない、この人に対してどうすればいいのかこれでよかったのかと悩んでいると、意味わからないまま怒られて涙でてきたりすると、役職者関係なく必ず声をかけてくれる雰囲気がありました。みんな涙したり悩んだりしながらやってきているから・・・。想像はついていましたが、やっぱり内勤の雰囲気はきついなあ、わたしには。面接のときにやたらと人間関係、人間関係って言われたの納得。どこでも誰とでもうまくやっていける人なんてまずいないさね。目の前の席の人が、研修期間をすぎてからきたので自分で家でマニュアルを読んで勉強した人ですって比較されているっぽい。お給料もらい以上やらねばなのですが、この日本語たちを理解していかなければならないのか、モチベーションはあがらず、来年の3月までなんて持ちそうにない、合わない時は期間限定でも長いし、一日6時間でも長いですな。療養生活を送るというわけにもいかず、とりあえず今週はまだいってみます。収入がないのも限界だし、ふたりのさゆみさんを見送るまでは死ねない。

『AnotherWorld』の「生きてさえいりゃどんな苦労も乗り越えられる」、『鎌足』の「つらい」「嬉しくない」「与志古を残しては死ねない」が美しく説得力をもって響いてくる紅ゆずるさんという役者は唯一無二。茨の道を歩んできているだろうに人に優しく、だからこその人間味あるれる舞台姿をみせてくれる存在そのものが希望。宝塚大劇場日帰りバスツアー、少なくとも8月の日曜日は参加できる、7月の平日は締め日とやらがあることを知りわからなくなりましたが一回は行ける。行って歌劇の殿堂のメモリアル展もみたい。それまでは死ねない。

 金曜日の夜、紅5のDVD再販売でアクセスが集中しすぎてキャトルレーヴのサーバーがダウンしたのかな。真夜中もずっと混みあっています状態でやっと注文できてもなんどか途中でつながらなくなりましたが無事予約することができました。すごく楽しそうなので楽しみ、楽しみ。『霧深きエルベのほとり』の余韻がすごすぎて以来すっかり紅さんファン。東京公演に行くことは無理ですが、大千穐楽のライブビューイングもチケット当たるかどうかすらわかりませんが、卒業を見届けるまでは死ねない。今はそれで生きています。

 月組のライブビューイングの前にご飯食べながら少しマニュアルを読まなければ・・・。頭にはいっていかない、どうしよう。


 5月30日(木)の始球式のへっぽこ投法、画像は全てツイッターから拾いました。

 現実逃避。





















せっかく訪問してくださるのに、まだまだある旅日記が書けないですね、ごめんなさい。