2012年『エリザベート』‐今回は、今までの中で最も成熟した大人のトート。それに生命力もあるからねーマテ・カマラスさん
(2012年『オモシィ・マグ』創刊号より)
「2000年の東宝初演から、ミュージカル『エリザベート』でトート役を演じている山口祐一郎さん。ミュージカル界の頂点に立った今なお、真摯に演劇を愛し舞台に取り組む彼の姿は、後を追う者たちにとって、理想とする存在そのものだ。常に舞台に立ち続け多忙を極める山口さんに、今回の『エリザベート』についてお話を伺い、改めて山口トートの魅力を分析した。
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日本に、ウィーンミュージカルの存在を知らしめた作品、『エリザベート』。山口祐一郎は、同作が東宝で初演された2000年から、「死の象徴」であるトート役を演じ続けている。初演から12年目を迎える今年、「この作品を支えるに足る存在になれるよう、懸命に稽古、本番に臨みたいと思っております」と山口は気持ちを新たにしているが、すでにその存在の重要さは、「山口さんの気配りには頭が下がります」と語る多くの共演者が代弁している。
「このお話をお受けそた時、武者震いしたことを覚えております。物語の構造上の役割、マーケットのニーズ、譜面上の役割等のバランスをとることがなかなか手強かったようです」
そんなふうに当時を振り返る山口は、以来、「人間ではない」この役柄を、じつに魅力的に演じ続けている。その苦労と喜びんついて話を向けると、「足らざるものに沈殿し、過ぎたるものに赤面しつつ、演じることに喜びを感じております」と、彼の人柄をそのまま表すような謙虚な答えが返ってきた。役柄に対する解釈の変化を問うと、
「変化はあります。少しは大人(?)になったのかなあ・・・。と考えております」
たしかに、山口のトートは公演を重ねるごとに変化を遂げてきた。「死」を演じながら、生きるエネルギーを感じている」という彼のトートは、「帝王」としての堂々とした立ち振る舞いをみせる。スケールの大きい歌唱とあいまってか、エリザべーをへの愛にも、どっしりとした自信があふれている。しかし、彼のトートは、時折すさまじいまでの揺らぎを垣間見せる。そこに、人間であるエリザベートを愛したが故の苦しみや葛藤が見え隠れし、心をぎゅっとつかまれるのだ。
「死」という概念を具現化した存在であるトートは、なぜ、「生」の象徴であるようなエリザベートに、自らをコントロールできないほど魅了されたのかー。
「エリザベートの中にもトートが潜んでいるから、かもしれませんね」
『エリザベート』はほかの作品に比べ、観るものに解釈をゆだねる部分が多い。自分の感性を膨らませながら、自由に作品を楽しむことができる。「それに」、と山口は、同作が長い間愛され続けて来た理由について、こう付け加えた。「関係者全員の思いが、演劇の神様に届いたのではないかと思っております」
超絶な歌唱技法で、得も言われぬ高揚感に誘ってくれるのも山口のトートの魅力だ。そして、ラストシーン、ずっと追い続けてきたものを手にしたときに見せる表情は、公演を重ねるごとに変化を見せ、今度はどんなトートに出会えるのだろうかと、繰り返し劇場に足を運びたくなる衝動にかられる。
この作品に限ったことではなく、山口は開演前に作品の魅力や役作りについて、多くを語りたがらない。
「稽古場で破壊と創造の最中に、自らの言葉に束縛されることは避けたいと思っております。素敵な共演者やスタッフと一緒ならば、このすごい作品も乗り切れると思っております」
できあがった作品を、役柄を、言葉ではなく、自分の目と耳で、体全体で体感してほしい。山口の言葉にはそんなメッセージが込められているのではないだろうか。
「全国のお客様にこの作品を見ていただけることは、役者冥利に尽きます。世紀の傑作を存分にお楽しみください。劇場でお待ちしております」
妖しく、魅惑的な黄泉の世界へ、いざ。」