『アーサー王の死-トマス・マロリーの作品構造と文体』-アーサーの盛衰⑨ - たんぽぽの心の旅のアルバム (goo.ne.jp)
『オークニーのガレス卿』物語
この物語と直接結び付く種本は確認されていないが、クレチアン・ド・トロワの『エレクとエニード』やルー・ド・ポージュの『リボー・デスコニュ(未知の美男子)』、その英語版である『リベアウス・デスゴヌス』と多くの共通したものをもっている。『ガレス』はこれらの基本的・普遍的構成要素のほかに、マロリー独自のものが組み入れられ完成した作品。
この《未知の美男子》型の作品についてのテーマモチーフと構造の問題
=若者がアーサー宮廷に登場する=
『ガレス』では背の高い美しい若者が二人の男に両脇を抱えられながら入ってくる。若者は自分の名前を明かさない。アーサー王に三つの願い事をし、そのひとつは今すぐに、あとは一年後に認めてほしいと言う。
『リボー』と『リベアヌス』でも美しい若者が宮廷にやってくる。名前はわからない。ただ母親からは《ボン・フィズ(きれいな息子)》と呼ばれていた。王に願い事をする。ひとつは騎士に叙任して貰うことである。アーサー王は願い事をすべて認める。ただガレスの願いはまず騎士になることでなく、一年間宮廷で食事をさせてほしいということである。このことに対するガウェインとランスロットの態度とガレスの反応は、物語の将来への発展の巧みな糸口となっている。
=若者はアーサー宮廷を離れる=
『リボー』と『リベアウス』では、ひとりの娘ヘリエーがアーサーのもとに現われ、苦しめられているある婦人を救出してほしいと願い出る。若者が騎士に叙任されたすぐ後である。
『ガレス』では若者が一年間台所で働くが、その年の聖霊降臨祭の日に娘が現われる。彼女の女主人が《赤国の赤騎士》に苦しめられているので助けてほしいと願い出る。その時、若者はアーサー王に約束した残り二つの願い事を申し出る。ひとつはランスロットからの騎士叙任を受けること、もうひとつはこの娘の冒険を引き受けること、アーサーはそれを認める。若者は二年間の厳しい試練をへる。また騎士叙任をアーサーからでなく、ランスロットから受ける形をとっており、ガレスとランスロットの特別な関係をはじめから作りあげている。悲劇への土台。
娘は未知の若者が冒険を引き受けたことに怒り宮廷を出る。若者は彼女の後を追い宮廷を離れる。娘の若者に対する激しい侮辱が始まる。
=若者は通行を阻む騎士と戦う=
『リボー』と『リベアウス』では《危険な谷》の通路、《危険な橋》でひとりの騎士が通行を阻止しようと待ちかまえている。若者が渡ろうとすると、二人の間で激しい戦いがおこる。若者は相手を槍で刺し落馬させる。相手は降伏し助命を願い、アーサーのもとに送られる。娘の侮辱は続く。「渡ってはならぬ、通ってはならない」という禁止をプロタゴニストが乗り越えていくテーマ。
『ガレス』では二人の騎士が、大きな川の向こう岸で若者が渡ろうとするのに立ちはだかる。両者は川のなかで激しく戦う。若者はどちらも殺す。すでに若者は前日騎士を捕らえていた6人の強盗をすべて殺し、騎士を救出している。それでも娘の侮辱は依然として続いている。
=娘はこれまでの無礼を詫び若者は許す。二人は和解する=
娘はこれまでの侮辱を謝罪し若者も許す。『リボー』と『リベアウス』では『ガレス』と異なり、若者は通行阻止の騎士と戦ったあと、二人の巨人から乙女を救助している。この和解は『リボー』では《通行阻止》と《乙女の救出》との間でおこっている。
『ガレス』では若者と娘は三人の兄弟騎士と戦ったあと、美しい城に着く。美しい草地が広がっており、藍色の天幕が方々にはられている。娘は百人のすぐれた騎士を抱えた領主で「藍の騎士ペルサウント」のものであり、早く逃げた方がいいと脅かす。若者は全く恐れることもなく早く手合わせをしたいものだと答える。ここで初めて娘は若者にこれまでの無礼を心から謝り、若者もこれを許す。
=若者は誘惑のテストを受ける=
=若者は冒険の使命を達成する=
『リボー』『リベアウス』では、若者たちはその前日に目的地に入り、ある城では泊まることにする。しかし泊まるためにはそこの城主と戦いをし、勝たなければならないという慣習がある。若者は勝ち、泊まることになる。
城主からシナドンの婦人ブロンド・エスメレーは二人の兄弟魔術師メイボンとイレインにより捕えられている、その宮殿も彼女も魔法をかけられており、メイボンは彼女に言う通りにせよと迫っていることを聞かされる。若者は宮殿まで城主に案内される。宮殿に入ると、二人の魔術師が襲ってくる。一人を討ち、さらに火を吹く馬にのって襲ってきた騎士を倒す。メイボンであった。大蛇が出てきて若者に口づけをする。その時、あなたの名はグィグライン、ガウェインの息子という声が聞こえている。その大蛇は美しい婦人に変わっていた。婦人が救出されたことに市中の人々はみな大喜びをする。救出成功は、同時に自分の身元を知ることであった。
『ガレス』は口づけによって美しい姫が出現するという伝承性をもっていない。『リボー』の若者は、前日泊まった城主から目的のシナドンの婦人、魔術師などについて情報を与えられる。同じように『ガレス』の若者が藍色の騎士から十分な知識を与えられていたのと軌を一にする。婦人が襲われている《危険の城》の前で《赤国の赤騎士》に挑戦の合図を鳴らす。遂に若者は赤騎士を倒し、甲をはぎとり首をはねようとする。赤騎士も家臣の多くの貴族・騎士も助命を嘆願する。若者は赤騎士が城の婦人にも降伏し、これまで婦人に与えた損害をすべて償い、アーサーの宮廷に赴きランスロットとガウェインにこれまで悪意を抱いていたことを謝罪するという条件で許す。赤騎士は命令通り約束を果たした。こうして若者は使命を達成した。
『リボー』の若者は救出した婦人を伴い、アーサー宮廷に帰る。王は彼女を妻として若者に与える。その後二人は自分の国に帰っていく。「若者は救出した婦人と結婚する」というこのモチーフは『ガレス』ではずっと後まで延ばされる。
=若者に対して城の門は開けられない=
作者はここで婦人を救出しその婦人と結婚するという読者一般の直線的な願望を直ちに満足させてくれない。作者の結婚へのもうひとつのプロセス-折り返しの構造を作り出したのである。城の窓からライオネスは若者に愛を誓うが、さらに12か月の冒険により武勇の名声を高めることを求める。フラストレーションの発生である。
=若者は愛の燃焼を妨げられる=
若者はライオネットの弟の騎士の城でライオネスに非常に似た美女と出会う。忽ちライオネスとの誓いを忘れ、愛を燃やす。この婦人はライオネスの魔術により自ら姿を変えたものであることわかり、二人の愛はいっそう燃える。しかし二夜続けてあいびきしているところを騎士に邪魔される。結婚の前の二人の名誉を守るためのライオネットの仕業である。その時騎士は若者により一夜は首をはねられ、もう一夜はずたずたに切り裂かれるが、そのたびに元通りになる。すべてはライオネットの魔術による。
若者のフラストレーションは解消されない。ここでは欠如→解消のプロセスは未完である。