あかない日記

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伊藤左千夫と蓼科山

2020-08-09 | 人物忌

 

先日 伊藤左千夫に触れたが

当ブログ 
信州紀行 蓼科高原・女神湖
(2014/04/26)

伊藤左千夫の山唄

「信濃には八十(やそ)の
 高山ありといへど
 女(め)の神山(かみやま)の
 蓼科われは」

と讃えている歌碑を話題にしていた。


(写真:日本百名山「蓼科山」2530m)


また 深田久弥著
「日本百名山・63蓼科山」でも

伊藤左千夫に触れている。

「中でも左千夫の
絶唱であるところの
”さびしさの極みに堪へて
 天地に寄する命を
  つくづくと思う”
は、やはりこの高原に
あっての感動であった。

それから四年経て、
左千夫は東京の
陋巷(ろうこう)で死んだ。
彼の眼底には時折蓼科の
「天の花原」が
去来したことであろう。」

と記している。

蓼科山は 北八ヶ岳の連なりの北端に
孤高を誇るかのように聳えている。

その姿は 別名「諏訪富士」とも
よばれ 美しい円錐形で

北へ 約30km余にわたり
広大な裾野を伸ばして
優美な姿をさらけ出している。

 
この姿が
深田久弥に日本百名山の
一つに選ばせている。


また かつてのアララギ派の歌人
島木赤彦  伊藤左千夫  斉藤茂吉 らが
この山について 詠んだことも
選定理由のひとつに
なっていると思われる。


伊藤左千夫は
冒頭にある句を詠み讃えている。

古来その山容から
神としてまつられ
山頂にある蓼科神社の奥社は
9世紀ごろのものでは
と伝えられてもいる。


北アルプスの
槍ヶ岳や穂高連峰のような山容とは
対極の山容をもつ蓼科山は
その姿だけでも
名山の風格を備えているという。