湖面の先に 三瓶山が見える。
玉造温泉での一夜が明け ツアー二日目を迎える。
天気予報では 台風8号が
日本列島に向けて 接近しつつあるというが
今朝の空は 何とか持ちこたえている。
バスは 国道9号線を経て 宍道ICから出雲まで
山陰道を西に向けて走り 再び9号線に戻って
行く途中 神西湖(じんざいこ)を見る。
この神西湖 汽水湖で ここでもシジミが良くとれる。
収穫量は約17000トン(平成17年度)で 全国の湖沼中六位
また 単位面積当たりで見れば 全国の湖沼中一位である。
湖面の先に 三瓶山が見える。
玉造温泉での一夜が明け ツアー二日目を迎える。
天気予報では 台風8号が
日本列島に向けて 接近しつつあるというが
今朝の空は 何とか持ちこたえている。
バスは 国道9号線を経て 宍道ICから出雲まで
山陰道を西に向けて走り 再び9号線に戻って
行く途中 神西湖(じんざいこ)を見る。
この神西湖 汽水湖で ここでもシジミが良くとれる。
収穫量は約17000トン(平成17年度)で 全国の湖沼中六位
また 単位面積当たりで見れば 全国の湖沼中一位である。
夕食後 「安来節ショー」を見に行く。
会場は 温泉街中ほどに 温泉街には似合わない
三角形と半球体を組み合わせたコンクリート造り
大きな建物「玉造温泉 ゆ~ゆ」で行われていた。
8時30分からの開演 安来節の起源は江戸中期で
大正から昭和にかけて花開いたそうだ。
メインイベントはなんといっても
コミカルな動きの「どじょうすくい踊り」だが
この踊りには 阿波踊りと同じく 男と女の踊りがあって
男踊りが ユーモラスな顔や動作から全国的に人気がある。
踊りの後に 観客をステージ招いて
どじょうすくい踊りに挑戦する場面には
会場は大いに盛り上がった。
前回の話題に続き こちらも同じく縁結びです。
宮橋のすぐ下流に 湯閼伽(ゆあか)の井戸がある。
別名を ”恋来井戸” といわれており
井戸脇にある餌(恋叶いの素)を 玉湯川に住む鯉に
あげると 鯉ならぬ恋が 現れるといわれているそうだ。
この他にも「お社本舗」なる無人販売所が置かれ
それぞれ有料で販売しているそうだ。
・湯薬師広場(湯をスプレーボトルに)
・玉作湯神社(叶い石)
・姫神広場(足ふきタオル)
・ベジコロ(神話の冊子)
・清巌寺(おしろい祈願札)
本当にいろいろと考えるものですね~
感心していいものやら・・・ もう~恐れ入りました!!。
玉湯川に架かる「宮橋」は
別名を ”恋叶え橋” ともいう赤い欄干の橋で
奥に見える「玉作湯神社の鳥居」と一緒に写り込むと
良縁に恵まれるといわれているそうだ。
当方には どうでもいいことですが
加えて 玉作湯神社では 境内に祀られている
「願い石」に「叶い石」を触れさせて祈ると
願いが叶うというおまじないあるそうだ。
まあ~何でもかんでも ”縁結び” に結びつけていますね。
人を呼ぶ話題作りいっぱいです。
温泉街には足湯が3箇所ある。
温泉街の散策がてら 疲れた足を癒すことができると
人気スポットになっている。
写真は「姫神広場の足湯」で 屋根付きなので雨の日も利用できる。
他に 玉造温泉ゆ~ゆ前と たまゆら前に
ともに川床にある足湯。
こちらは 足湯広場の一角にある
神話のオブジェ「姫神」であるが
その前のカメラ印の台は
ここにカメラを置いて写真を撮れるようと
置かれている台で 他にも数か所あった。
日本最古の湯の一つに数えられている玉造温泉
「ひとたび濯げば形 容端正しく
再び 浴すれば 万の病ことごとに除こる」と
古くから 美肌の湯として 知られてきている。
その効能は「出雲国風土記」にも記されているほどで
余分な古い角質を落とし たっぷり水分を補給した
すべすべの肌が期待できる「神の湯」として
特に 女性に大人気である。
また 散策しながら 他の宿のお風呂にも入れる
「姫神さまの湯めぐり」のチケットがあり
8家の旅館が開放している。
玉湯川には多く橋が架けられているが
「勾玉橋」は勾玉があしらわれたデザイン橋で
温泉街のシンボルになっっていて 代表格だ。
欄干には巨大な緑色の勾玉が四つあって
腰かけて記念撮影ができるスポットとしても
観光客に人気がある。
護岸したの川べりには遊歩道ができていて
散策できるようになっており 足湯があったりと
工夫されている。
夕食前の時間を使って温泉街を散策する。
中央を流れる玉湯川沿いに
神話のオブジェが点々と設置されている。
こちらは 出雲神話の世界を情景描写した
ユニークなオブジェ「根の国訪問神話」
脇にはその言われの説明文がある。
また プレートには作者 彫刻・東京芸大教授の
藪内佐斗司 氏の名が刻まれている。
この他に8体もあって
温泉町の小さな守り神になっている。
川下から
①八岐大蛇退治神話
②因幡の白兎神話
③姫神
④八十神の迫害神話
⑤根の国訪問神話
⑥佐太大神誕生神話
⑦三種の神器
⑧恋山神話
⑨大国主命の妻問い
今夜の宿泊地 玉湯川沿いに桜並木と旅館などが立ち並ぶ
「玉造温泉」に午後5時過ぎ到着。
松江や出雲大社からも近く 観光拠点として利用されており
高級和風旅館が多く見られるが 他の温泉地と違い
娯楽施設はなく 歴史を重んじた落ち着いた温泉街となっている。
歴史的には 奈良時代に開湯と言われ
出雲国風土記にも記載があり 神の湯として知られ
規模 歴史ともに島根県随一で
城崎 皆生 三朝の温泉とともに
山陰を代表する温泉地となっている。
玉造という名の由来は この地にある
近くの花仙山から産出される良質の青メノウが採掘できたため
この地の人々が玉造を生業としていたことに
由来していると言われている。
伝承館の掲示板に「植田正治」が 松江を被写体にしている
ポスターが貼ってあった。
当方が この写真家・植田正治(1913~2000)を初めて知ったのは
2013年に 生誕100年によることから話題としてとり上げられ
NHKで特別番組として放映された
「写真する幸せ ~植田正治・UEDA-CHOの秘密~」であった。
内容は 砂丘シリーズに加え 異色の作品集「童暦」にも着目し
ドキュメンタリー写真が主流となった戦後試みた
「ギリギリの演出写真」をたどり
目指した写真の神髄とは何かを探っている。
植田正治は 生涯 故郷鳥取にとどまり
砂浜や砂丘を大きなホリゾントに見立てた
独特の「演出写真」を撮り続け その作風が「植田調」と呼ばれ
海外でもそのまま「UEDA-CHO」と表記されるほど
世界でその名を知られる写真家となっている。
鳥取県・伯耆町(ほうきちょう)にある「植田正治写真美術館」には
作品が12,000点が収蔵され また館内から大山を真正面に望み
「逆さ大山」を写す人工池がある。
世界最大規模のカメラレンズを設置した映像展示室では
壁面に投影された「逆さ大山」も見られるそうで
機会があれば是非訪れてみたい館だ。
館内には 勾玉の歴史がわかる 「勾玉ミュージアム」を併設している。
その一角に 2001年に NHKで放映されたドラマ「聖徳太子」の
出演者の写真が飾られていた。
このドラマ 残念ながら見られなかったが
NHK大阪放送局の新放送会館完成記念として制作された。
聖徳太子(厩戸皇子)の名は知っていても 人間像は謎とされている。
その生涯を蘇我馬子との政治的対立や
新羅からの武人との友情を交え 壮大なスケールで描かれている。
主演の聖徳太子に 本木雅弘
聖徳太子を摂政にした推古天皇に 松坂慶子
蘇我馬子に 緒形拳
太子の妻となる刀自古郎女に 中谷美紀
物部守屋に 宝田明
その出演者の写真とともに
ここで作られた装身具が飾られている。
現在作られる最高級の勾玉等は
当方には到底手にすることができない。
しかし ここには天皇家に献上された 写しだが飾られていた。
「古事記」には スサノオノミコトが 八岐大蛇を退治した後
勾玉をアマテラスオオカミに献上し
これが 皇位継承の三種の神器の一つ
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま) に
なったといわれている。
バスは宍道湖畔 玉造温泉の入り口にある
「いずもまが玉の里 伝承館」へ
この地は 勾玉や玉類の国内有数の生産地。
今も人々を魅了し 不思議な霊力さえ感じさせる勾玉だが
ふっくらとして丸みを帯びた「出雲型勾玉」を唯一継承し
勾玉製作の技術を継承する職人の技を間近で見ることができる。
また 職人に直接指導してもらえる 勾玉づくりなどが体験ができるそうで
「見て」「触れて」「体験する」を売りにしている。
バスはさらに進み 右手の山陰本線と並行しながら
左手に宍道湖をみて 国道9号を東に走る。
この宍道湖は 松江市と出雲市にまたがる湖で
外海とは隔たりが大きいものの
主に境水道・中海・大橋川を介して接続し
淡水湖ではなく 汽水湖となっている。
周囲約45km 全国で7番目に大きく 魚種が豊富で
特にシジミは 松江を代表する味覚として有名になっている。
もう一つ 宍道湖の名を高めているのは 湖を赤く染める「夕日」で
「日本の夕日百選」にも登録されて感動をよんでいるそうだが
まだその時間ではなく 雲間からの日差しが湖面に輝いていた。
出雲大社の参拝を終え バスは一路松江方面へ向かう。
途中 斐伊川を渡るが
斐伊川は 島根県内を流れる一級河川で
古事記にも ”肥河” として載っており
日本における代表的な天井川として知られる。
古くから度々洪水があって
これが八岐大蛇(ヤマタノオロチ)伝説の元になったともいう。
洪水の原因は 上流が風化しやすい花崗岩質の土地であること
もう一つに ”採鉄” が原因とも。
洪水は たびたび川の流れを変え
その都度 流域の住民を苦しめていたため
近世には 川の流れを変えて 宍道湖に注ぐようになっている。