あかない日記

写真付きで日記や旅行・趣味を書き留める

東欧旅行(148) 国境

2013-04-30 | 東欧5カ国紀行

                   2箇所目の検問所

   ツアーバスは ネレトヴァの河口の町 メトコヴィチ

   ここにボスニア・ヘルツゴビナへ入国する検問所が控えている。
   しかし 手続きが滞っているのか 車が列をなしている。

   そこで 運転手はUターンして 町の狭い道をくねって
   もう一つの検問所に向かう
   ここは空いていて すんなり通過するだろうと思っていたが
   一向にはかどらない

   検問所から ここからは 大型バスは通れないので
   他の検問所に行くように指示されたようだと ガイドが説明してくれた。 

   結局 検問所から空いている検問所を教えてもらい そちらに向かう。

   最初の検問所は ネレトヴァ川に沿いE73号線を行く道だったが
   こちらは 峠越えだった。

 


東欧旅行(147) ネレトヴァ川

2013-04-29 | 東欧5カ国紀行

 

                          ネレトヴァ川

   前の回は ネレトヴァ・デルタの話題であったが
   
    このネレトヴァ川は 全長約220kmあり

  ディナル・アルプスの山中に端を発し 
  
    ボスニア・ヘルツェゴビナの国土を縦断して アドリア海に注いでいる。 

  アドリア海と内陸を結ぶ交通路として 
  
    また 水力発電用のダムも4箇所あり 
   
    水の供給源としても
 古くから重要な役割を果たしてきている。

  この流域の先 最も狭いところに 

      これから訪れる「モスタル」がある。

 


東欧旅行(146) 別れ道

2013-04-28 | 東欧5カ国紀行

 

 

  ツアーバスは 分かれ道に差し掛かる ガイドの説明が入る。

  左へは 先に訪れた「スプリット」方面 
   右へは ボスニア・ヘルゴビナの首都サラエボ
  
    そして今日の訪問地「モスタル」へ

  ボスニア・ヘルツゴビナの内戦があって それが映画化されたおり  
   人生か 運命かの分かれ道のシーンで
    この地がロケされたとのこと。

  我々の人生にも 何度か分かれ道 岐路があったが
   他の道を選んでいれば 良かったのか?悪かったのか?・・・

   今回 我々の進路は 当然 右側の道に進む。

 


東欧旅行(145) ネレトヴァ・デルタ

2013-04-27 | 東欧5カ国紀行

 

 

  ネウムを出発し先に進む。 車窓からは 優雅な田園風景が広がってくる。

  ここ一帯は ネレトヴァ川の下流 アドリア海にそそぐ河口付近で

  肥沃なデルタ地帯になっていて「ネレトヴァ・デルタ」とも呼ばれている。

  いままで かなり旅程を重ねてきて 

  途中は 石灰岩の山々と急斜面の海岸線が続いていて

  こんな水路が見え平坦なところはなかったような気がする。

  改めて この風景をみて 安らぎさえ感じられる。

 

 


東欧旅行(144) 再びネウム

2013-04-26 | 東欧5カ国紀行

 

 

  モスタルに向かうのだが 元の道を引き返すことで 再び ネウムの町に

  そして トイレ休憩は 来たときと同じスパーストアへ

  この時の様子は ブログ 「1月21日 85国境の町ネウム」で紹介している。

  争うようにして 土産品を買い求めていた状況は 今はまったく無く

  我がツアー客も既に調達済みというわけで レジも混雑することはなかった。

  ここに再び来ることを どれだけツアー客は知っていたか

  知っていれば あんな混雑しなくても また 荷物にならなかっただろうに

  商品棚には 土産品なるチョレートなどは品切れになることなく

  棚にギッシリとあった。

 

 


東欧旅行(143) ストンの長壁

2013-04-25 | 東欧5カ国紀行

 

                                                マリ・ストン側の長壁

 

   ツアーバスは アドレア沿岸を北上 一昨日 通った道をまた戻っている。
   ドブロブニクから50分ほど
   クロアチアの飛び地ドゥブロヴニクに属し ペリエシャス半島の付け根付近

    前方の山肌に 白いパイプのようなものが見えてくる。 

    この地は ローマ時代から塩の生産が盛んで 船の建造とともに
    ドブロブニクの重要な収入源であった。

    その塩田や製塩技術を外敵から守るため この長壁が建造されている。 

  これは 要塞の長壁で ストンと隣町のマリ・ストンとを結び
  約5kmにもおよぶ ヨーロッパでも二番目に長い城壁の一つ
  14世紀ごろ砦の建設が始り 完成したのは1506年とのこと。

  一方 “牡蠣”の養殖もさかんで 長壁の見学とともに
  訪れる観光客も多いとか。

 


東欧旅行(142) 大型豪華客船

2013-04-24 | 東欧5カ国紀行

 

 

  前回に続いて 船の話題を

  ツアーバスは ドブロニクの新しい橋 チトー大橋(518m)を通過する折

  航行する大型豪華客船を見る。

  まさしく “動くホテル” “動くマンション”にも見える。

  それにしても 大きい 見える階数を数えても7階もある。

  コトルでも 目近に 大型客船を見たが 

  当方は 直ぐに タイタニック号や 昨年1月のイタリアの大型豪華客船の

  転覆事故を 
思い浮かべてしまう。

  でも BS放送では 大型クルーズ船の旅などが紹介されて

   豪華な内部なども 窺うことが
できるが 

    当方には 経済的にも 参加は無理でしょう・・・

 


東欧旅行(141) 帆船

2013-04-23 | 東欧5カ国紀行

 

 

   ツアー 第7日の朝 二連泊のドブロヴニクを出立し
 

    一路 140km先の モスタルを目指す。  

   途中 ドブロヴニクの港で 昔の型の帆船を見る。 

   船の建造に際しては このブログ「第116回 造船所」で紹介しているが

    多分 昔の造船所では この型の船が建造されていたのだろう。

    ドブロヴニクで建造された船は 堅ろうで 他に真似のできない

    独特の技術により その需要は多く ドブロヴニクの発展に

    多く貢献したようだ。 

  そして 今は この帆船 観光用に また

       結婚式などの チャター船にも利用されているとのこと。

 


東欧旅行(140) ヘルツェグ・ノヴィ

2013-04-22 | 東欧5カ国紀行

                                   旧市内の北にある 城壁 カンリ・クラ

   ツアーバスは 陽が落ち始めるなか ドブロヴニクを目指し進む。
    車窓から 要塞の城壁が見えた。 

    ここは モンテネグロ アドレア海沿の最西端にある

       都市 「ヘルツェグ・ノヴィ」の市街。

   コトル湾の入り口にあって オリェン山の麓に位置し
     リゾート地になっている。

  約17万人の人口を持つ ヘルツェグ・ノヴィ基礎自治体の
    行政中心地であり アドリア海沿岸都市で
      最大のセルビア人の人口を抱えている。

  しかし この都市は 歴史は浅いが 様々な占領の歴史が
    都市の多様で 絵のように美しい建築様式の建造物を
      多く作り上げているそうだ。



東欧旅行(139) フェリー

2013-04-21 | 東欧5カ国紀行

                            すれ違う フェリー 
      

         一緒に乗船したモンテネグロの中学生と

 

  ツアーバスは 「レペタネ」という町の カーフリー港に到着。

   先のコトル湾の地図では 丁度 ”リボン”の結び目辺りだ。

   対岸の 「カメナリ」までの乗船で 大分ショートカットできる。

    当然 バスごとフェリーに乗船し

      ものの10分程度で 対岸に 接岸です。


  この辺りは アドリア海が 陸地部分に複雑に入り込んでいて

   最も 対岸までの距離が 狭いところを利用している。
 

  しかし この狭さなら 橋でも架けてたらと ふと考えたが

    この湾は 大型客船が往来しているし その高さに見合う架橋となると


      地理的・経済的にも 難しいことが分かる。

 


東欧旅行(138) ティヴァト空港

2013-04-20 | 東欧5カ国紀行

 

   ツアーバスから 空港を発見

   この「ティヴァト空港」は1971年に開港し
       モンテネグロに 二つある空港の一つ。

    空港は アドリア海に近く モンテネグロの北部にあって
     コトルまでは 7km 観光地ブドヴァにも 20kmで
      観光用に多く使用されている。

   しかし 2,500mの滑走路を1本のみ 周囲は山があり
    滑走路の先にはコトル湾があるなど
      立地条件がよろしくないことから 陸着陸が難しく
        危険な空港として
パイロット泣かせになっている。
         が 事故は開港以来発生していないそうだ。


東欧旅行(137) 国技の水球

2013-04-19 | 東欧5カ国紀行

 

  ツアー一行は コトルの見学を終え 
  再び 100km先の ドブロニクに向けて走る。

 途中 町の一角に 「水球場」を 発見。  

  「水球」は モンテネグロの ”国技” になっている。
    昨年 8月の ロンドンオリンピックでも 旧ユーゴ勢が活躍し
      男子決勝で クロアチアが イタリアに勝ち 優勝
       3位決定戦では
 セルビアが モンテネグロに 競り勝ち
        銅メダル を獲得している。

  水球は 7名で構成された 2つのチームが プールのコートで 
   ゴールにボールを入れあい 点数を競う競技だが
    体の大部分が水面下にあって 競技することから
     「水中の格闘技」とも

       また プールで行なう「ハンドボール」ともいわれている。

  因みに 日本では
    日本体育大学の水球部が376連勝して

      話題になったこともあったが。

 


如是姫像

2013-04-18 | 国内・長野

                             台座だけ 如是姫像は何処へ?

                               
                   嘗ての長野駅と如是姫像(資料から)

 

    JR長野駅へ 足を向けたが
    駅舎や周辺は 昔と似ても似つかない風景となっていた。

   新幹線や長野オリンピック等で 他の街の風景と
    代わり映えしない状況で がっくり!

   しかも 優雅なお姿の 「如是姫」像もいない。

   門前町とし その旅行客を迎える駅舎は 寺社風で
    また 駅前の噴水場には 如是姫像が
      
迎えてくれていたものだったが。

   調べると 周辺の整備のため 像は 昨年 台座から下ろされ
    2015年まで 善光寺さんに預けられているとこと。

   如是姫像は 青銅製の ハスの花形の台座部分を含め
    高さが約2.6m 
1948(昭23)年に建立された「2代目」になるが
      初代は1908(明41)年 善光寺境内に建てられ
        1936(昭11)年 駅前に移設していた。

   また 姫は善光寺本尊の阿弥陀如来によって病気から回復した
     と言われ 
善光寺さんの方向を向いていた。

 


東欧旅行(136) 聖ニコラ教会

2013-04-18 | 東欧5カ国紀行

           屋根の十字架「キ」は 東方教会のしるし 

 聖ルカ広場の北側に建つ 「聖ニコラ教会」は

  聖トルフォン大聖堂と同じように 二つの鐘楼がありが こちらは相対している。

 1909年 セルビア正教教会として 建立さて 他の教会とは違い新しい。

  聖ニコラスは  1270年頃の生まれのキリスト教司教で神学者

   日本では”サンタクロース”とよばれているが 

   数多くの 弱者の救済や 布教活動などの話などが

     残っているそうである。

  また 名前から 東京・お茶の水の「ニコライ堂」を思い起こす。

 


鹿教湯温泉

2013-04-17 | 国内・長野

               内山川に架かる 屋根付きの橋 「五台橋」

 

 上田から 松本方面 254号に沿って 進み

  「鹿教湯温泉」へ行って見た。

  
この温泉 文字の通り ”鹿が教えてくれた温泉” 

    手負いの鹿が 湯に浸かり 治ゆ
したことを

     知らせてくれたことが 後世に伝わったとある。 

      昔から”湯治場”として 今も リハビリ関係の施設が多い。

  一方 趣のある屋根付きの「五台橋」は 

     現世と神の世界を結ぶ橋としても知られている。

   屋根付きの橋は 全国約160ほどあるようだ

    こちらは 映画「マディソン郡の橋」を思い起したが・・・   

 

                

                     温泉街にある「温泉祖神」