あかない日記

写真付きで日記や旅行・趣味を書き留める

インド紀行 117 ジープ

2016-02-29 | インド紀行

 

 

 

「アンベール城」は 

岩山の上に築かれた城塞なので


麓から150mほどの急坂を上ることになる。

その登る手段には 

象タクシーか ジープ利用とがある。


我々は ジープを利用する。

旅行会社の旅のしおりの注意書きには 

“ジープ内は かなり揺れがございます。

また マスクがあると便利です。” とあったので 

持参したマスクをして乗車する。

しかし 車1台がやっとの細い道を

正に007の映画を思い起こすような

スピードで登っていく。


昔からの石畳であるので 土埃などかった。

何故 マスクが必要なのか 未だに分からない。

 

 

 


インド紀行 116 アンベール城

2016-02-28 | インド紀行

 

ジャイプールの北東11kmの丘の

上に建つ「アンベール城」

2013年 世界遺産に登録されている。

 16世紀 この地を支配した

カッチャワ家の王国(アンベール王国)の砦に

1592年 ムガル帝国の第3代皇帝アクバルの

軍司令官ラージプート族の王様ラジャ・マン・シィン1世が

増改築し 中心のジャイ・マンデル殿は、


1639年に ジャイ・シング王が建造している。


1727年 サワーイ・ジャイ・スィン2世が


アンベールから 自らの名を冠した

ジャイプルへ 遷都するまで 王都であった

 丘の斜面に築かれ宮殿全体は

 高低差により仕切られて


低層は 公的エリア

上層部が 王様の私的空間となっている。


宮殿内部は 

当時勢力を誇った ムガル帝国のイスラム様式と


ラジャスタンの伝統様式が 融合した独自の建築で 


隆盛を極めた 王朝の栄華が

いたるところに 散りばめられている。


 


インド紀行 115 水中宮殿

2016-02-27 | インド紀行

 

昼食を終え 市内から 

北方にあるアンベール城に向かう途中 


右手にジャル・マハル湖があり

湖の中に宮殿が見える。

 ジャル・マハル湖は

16世紀に造られた人工湖で

23.5k㎡の広さを持ち 


現在は ジャイプールの水がめとして利用されている。


また 水の宮殿は 

18世紀ヒンドゥー教徒パルタープシン王が


夏の保養別荘として建てた。

しかし よく見ると何か変だ!

宮殿は "
沈んでいる" ように見える。

ガイドの説明では

「宮殿は 5階建てですが 

雨季の降水量が多いときには 水位が上がり


最上階しか見えなくなってしまう。」

ということで これから乾季に向かうので 

だんだんに 水位が下がるところ。
 

4階部分まで見えていたのだ。

当然 この宮殿は 使われてもいない。  

 

 


インド紀行 114 操り人形

2016-02-26 | インド紀行

 

 

ジャイプール市内での昼食レストランで

ラジャスタン地方の伝統芸能の1つ

”操り人形”を見る。

どうやらここでは 人形劇をやるわけではなく

単に土産物として売っているようだ。

 ラジャスタンの 操り人形は

頭部だけが木でできていて

衣装に頭部を据え付けた 構造になっているそうで 

エキゾチックな顔立ちと

精巧に作られた民族衣装が特徴で

インド人そっくりなので 

これが 踊るとなると 

ちょっと不気味なものになるのでは と思ったが。




インド紀行 113 昼食

2016-02-25 | インド紀行

 

 

 

昼食は ジャイプール市内

オールド・アマー・ロードの奥にある 


レストラン「スラビー」

 マハラジャの宰相の邸宅を利用した店。

伝統的な「ターリー」(小皿料理)を提供しているが 

マトン・チキンカレーなど何種類か

小分けされて ナンやケバブで食べる。

食後のデザートは 

世界一甘いお菓子といわれる「クラブ・ジャムーン」。

なお ターリーとはヒンディー語で

「ステンレス製の大皿」とか

日本で言う「定食」の
意味とか。

 また 建物内には、ターバン・ミュージアムも

併設されているが入館しなかった。




インド紀行 112 ピンク・シティ

2016-02-24 | インド紀行

 

 

旧市街は 約13kmの城壁に

ぐるりと囲まれている。


都市建設当初は 灰色だったが 

1883年に 英国のアルバート王子の訪問を祝して

街中が ピンク色に塗り替えられたことにより

 それ以降

碁盤目のように整然と区画された街並みは

 ”ピンク・シティ” の愛称で親しまれている。

 

街は ジャイプール駅付近は 

新市街で宿泊施設が多く 

その北側に 城壁に囲まれた旧市街になっており

観光は 主にこの旧市内で 

マハラジャの子孫がいまも暮らしている「シティパレス」や


石造りの天体観測機のある

「ジャンタル・マンタル」などがある。


また 旧市内の各門から通り沿いに

バザールが営業しており

 宝石やテキスタイル 陶磁器などの店が

軒を並べている。

 


インド紀行 111 ジャイプール

2016-02-23 | インド紀行

 

 

国道11号を走り トンネルを抜けると 

ツアー第三の都市 ジャイプールの町に入り

城壁の8つの門ものうち 一つの門が見えてきた。

ジャイプールは デリーから南西に約270km 

人口 約 1100万人のラージャスターン州の州都

1728年 この地方のマハラジャだった

カチワーハ族のサワイ・ジャイ・シン2世が

先祖代々の丘陵城砦であるアンベ-ル城を出て

自らの名にちなんだこの町を建設したといわれる。

タール砂漠の入口にある碁盤の目状の城塞都市である。


ジャイプールには

美しいハワ・マハル(風の宮殿)や

ムガ-ル様式とラジャスタン風の建築様式が

融合してできたシティ・パレスなどがあり

郊外にはアンベ-ル城と

観光の目玉となっている。





インド紀行 110 建設現場

2016-02-22 | インド紀行

 

先に レンガの建築について触れたが

ここでは 鉄筋コンクリート造りの
危なっかしい足場が 組まれている建設現場を見る。

 しかし 建設中なのだが 人影は見えない
長く放置されているようだ。

ここだけだはなく 
いくつか同じような現場があって
東南アジアや中国でも 多く見てきているが
どこも同じような 理由があるようだ。

特にインドは 複雑な法規に加えて改定が多く
更に認可や許可の手続きが遅いなどが
工事の遅れにつながっている。

これは工事の長期化により資金繰りがうまくいかなく
結局 倒産・破たんにつながっている。


工業の近代化の遅れもあり 
機械化や十分な建設機器を持たず。

更にコスト面から安価で多くいる
労働者を使っての人海作業で 
十分な成果を得られない。

などが 要因となっているようだ。

日本は その逆で 人手不足
外国人労働者の導入をも
検討しているというが。

 


インド紀行 109 インドの医療

2016-02-21 | インド紀行

 

 

普通のオフイスと思えるような建物だが
 看板に病院の表示がある。

インドの病院は主に 
・富裕層向けの私立病院
・中間層や準富裕層を対象とした私立病院
・貧困層を中心に利用される公的医療機関 
の三種に 大別されるという。

また 国民皆医療保険制度はないが 
貧困層への医療を行う公的医療機関では
薬剤費を除いた診療費が無料である。

 インドの各都市には
英国の植民地時代に設立した病院が多くあるが

人口との比ではまったく不足しているのが実態。

インド政府は 病院医療の民間進出を奨励し

土地や水や電気を安価に提供する代わりに
30%の入院枠と 40%の外来・診断サービスを
貧困層に無料で提供する条件を付して認可している。
しかし 民間病院は都市に偏り 
都市と農村地域のベッドの比は 4対1という。

加えて インドの全人口の70%は農村地域であるので
更に農村地域の医療は都市に比べ
その格差は 多きものになっているという。
日本も同じですね。


インド紀行 108 レンガ工場

2016-02-20 | インド紀行

 

車窓の先に 

白いミナレットのようなものが幾つか見える。


ガイドの説明では「レンガ工場の煙筒です。


このあたりは良質の土が採れるので


レンガ工場や陶器工房も多くありますよ。」という。


このようにレンガ工場があることは

レンガの需要が今もあることになる。

インドは地震が少ないので  

未だに地方の建物のほとんどが

レンガを積み上げて造られている。


赤土は特にレンガを作るのに適している。

また インドでは石材もあるが 均一的に作りやすく 

雨や水にも強く 手軽で 半永久的で

最強の建築素材として 石材に劣らなく

 廉価である。とのことようだ、


レンガの製造としては 

煙突の周りを大きなプールの様に穴を掘り


作業効率をよくするため数分割した穴に

形を整えたレンガの素材を積み上げて


火を入れて乾燥させて作っているそうで

完成までには数日を要するが。

そのために煙突があるようだ。

 


インド紀行 107 牛乳屋さん

2016-02-19 | インド紀行

 

車窓から「ミルクタンク」を運ぶ車を見る。

知らなかったが インドは 世界一の酪農国であり

生乳生産量は 日本の15倍になるそうだ。

 

乳生産量は 牛よりも水牛のほうが多く 

水牛は 高温多湿の環境に適し

乳量が豊富で 脂肪分も多いとか。

また インド人の乳利用は  

チャイに混ぜるなど 飲用が主だが

 
乳製品は チーズや発酵乳の

種類もそれほど多くないが

最近需要が増えつつあるという。

 

追:

「インドの牛乳屋さん」という曲が

日本で歌われていることを知る。


その歌の 作詞・作曲そして歌手は

 「ラーメン・つけ麺・僕イケメン」のキャッチフレーズで


また今 芸能界でお騒がせの 

狩野英孝(50TA)さんだそうだ。

“びっくりポンや!”

YouTube→その曲 

 


インド紀行 106 牛糞

2016-02-18 | インド紀行


バスが 進行する途中 

女性が しゃがみ込み 何かをしている?


ガイドの説明では

「牛の糞に藁を混ぜて 丸く固めて 燃料を作っています。

この燃料は 火力があって 長持ちし

 インドでは 良く作られています。」という

”神聖な牛” その糞だが

インドの人にとっては汚いもではなく

 
乾いてしまえば ほとんど 臭わないそうだ。


また 長期保存も可能で 貧しい地方では 電気や火力の供給は


まだ十分ではなく 重宝な燃料として 用いられているそうだ。

 また この牛糞ほかにも 使い道があるそうで

牛糞を土や粘土と混ぜて水で練り 壁等に塗り付けると

 牛糞には虫が嫌う成分が含まれているので

虫よけになり 加えて 殺菌や消毒作用にも効能がある。


更に 牛糞を燃やした灰が 研磨剤になるともいう。

まさに 糞といえども 

嫌い捨てることもなく
利用する。

 インドの風習に驚きです!

 

 

 


インド紀行 105 交通安全

2016-02-17 | インド紀行

 

 

行きかう トラックに 

”カラス”のようなものを

ぶら下げているを 多く見かけた。

ガイドに聞けば「交通安全のお守り」とか

そうじゃないかと 思ったが

インドも 交通安全への思いは 日本と同じですね

でも 日本はお守りなどは 車内に飾るが 

こちらは 外に飾り付けている。

 

このお守りには 

唐辛子やニンニクも お守りとしているそうだ。


また インドのトラックは お守りだけでなく

自分の存在感をアピール また 相手に注意を促すためか


神々 ハスの花 鳥や 動物などの図柄を

カラフルにデコレーションを施している。


神頼みも いろいろありますね。

でも 自分の運転こそ安全に! お願いします。

 


インド紀行 104 ツアーバス

2016-02-16 | インド紀行

 

前回 我々のツアーバスに触れたが。

インドのツアーバスは 今までの海外旅行では

見たことない内部になっている。

運転席と客席が間仕切りで遮断されており。

丁度 日本の電車の運転台と同じようで

ドアで出入りしている。

また 運転席は 右ハンドルで 

左側は 助手の席もあって

必ず乗車が義務付けられているようだ。

この分離は 客席には冷房があるが

運転席にはなく 扇風機はあるが

天窓を開けっぱなし。

ここにも カースト制の影が垣間見えるようだ。

先に 日本でもバス事故があり 

その法律も見直しされているようだが

小さなドアで行き来はできるようになっている。

完全に分離されているので

日本のようにドライバ-に直接話しかけることはできない

また ツアーバスはどの車も白色の車体なので

 運転台と同じように法律で決めているのだろうか。

加えて 車高が高いので 昇降ステップが高く

必ず 助手が手を差し伸べ 

介添えしてくれてはいた。

 


インド紀行 103 ゴールデン・トライアングル

2016-02-15 | インド紀行

(Web資料から)

北インドを代表する観光都市 

デリー アーグラー ジャイプール の三大都市を


地図上で結ぶと トライアングルとなり

この3都市を巡る 観光コースを

「魅惑のゴールデン・トライアングル」と

旅行会社は呼んで 観光客を募っている。


ということで 我々は それに参加し 4日目をむかえ


アーグラーから ジャイプールへ 

丁度 底辺260kmを 約5時間かけて 移動となる。


幸い 天候に恵まれ 雲一つない 

また 気温も暑くもなく 快適なバス旅行である。


しかし バスの最後部に 陣取ったので

道路の状態が悪くて 時々頭を

天井にぶつかるほど 飛び跳ねてしまい

写真を撮るのにも 苦労した。