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あられの日記

カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に。一部検索し易さ優先で、花カテゴリーに入れてる場合も。

トビに襲われた…

2012年03月28日 17時15分05秒 | 梅散歩
昨日、鎌倉へ観梅に出かけました。
観光コースは
1)貞宗寺(徳川秀忠の祖母、貞宗院の遺言で、屋敷跡に建立された寺)
2)常立寺(龍の口刑場で処刑された人を弔った寺で、しだれ梅の名所
トップ画像が常立寺です。実は既に見頃過ぎでした~
3)満福寺(義経が腰越状を書いた寺)
4)鎌倉高校前駅で、スラムダンクの舞台散策
5)稲村ケ崎(昼食)
6)本覚寺&宝戒寺(梅の名所)
7)東慶寺
 以上です。
交通手段はJR&湘南モノレール&江の電で鎌倉・江の島パス 680円を利用しました。この切符が江の電全線と湘南モノレール全線、JRの藤沢ー大船ー鎌倉間が乗り降り自由です。大船・藤沢・鎌倉・北鎌倉駅のJRの自動販売機で購入出来ます。湘南モノレールが入ってるのです。これ、なかなか面白いモノレールなんだよね。
稲村ケ崎までは順調でした。

ほらね。これは江の電の江の島駅&モノレールの江の島駅の近くにある常立寺の参道から撮影したもの。
稲村ケ崎で、すっかり春霞に霞んだ富士山と青い海を眺めつつ四阿でお昼ご飯をいただいてましたらば…。
突然、右手に持っていたアンパンが消えたのでございます。
一体何が起きたんだぁ~~!!
同じ四阿で休憩していたおじさんが「君、大丈夫?トビだよ!トビ!」
私のアンパンを強奪したのは、トビでした。
しかも、強奪したアンパンを四阿の中に捨てて行きやがった!!
ゴラァ~~ッ!!
パンを奪うなら、せめて食えよっ!!
おまけに私の指を爪て引っ掛けていきやがって!!
ちなみに、トビが捨ててったアンパンは、どこからともなく現れた2羽のハトがあっちゅー間に綺麗に片付けていったんですよ。
私のお昼ご飯…
その後、トビVSカラスの仁義なき戦いを繰り広げるのを乾いた笑いでからかっていたら、かわええリスが登場した。
アンパン1個も2個も同じじゃっ!!
と。
リスにアンパンのかけらを放り投げたら、リスがアンパンを両手に抱えて食べ始めたのです
な~ご~む~~
江の電で鎌倉駅へ。
本覚寺へ行くと、既に紅梅は散ってました!!
マジかっ!!!
んで、宝戒寺は梅が綺麗。ま、しだれ梅は見頃過ぎてたんですが…。
んでもって、ここで画像を紹介しますが、画像に問題があるんです。

わかるぅ~~?
も。一目瞭然なんですが…。
どうもね。リスにアンパンちぎった時、指にもアンコがついてたんですよ。それに気づいてなかった私…。
ええ。そうなんです。
携帯電話のレンズに、アンコのついてる指で触ってしまいました…。それに気づかないまま撮影しちゃいました。
レンズに汚れがついてるの気づいたのって帰宅後です。なので、以降もへんな画像でお届けしますね。

こちらは段葛のところにある玉縄桜です。背後に見えるのが雪ノ下教会。玉縄桜は、早咲きの桜です。大船のフラワーセンターで作られました。鎌倉ゆかりの桜なんですね。
さて、最後にJR横須賀線で北鎌倉駅へ移動。東慶寺です。

いい感じに見頃でした。

ちょうど太陽の位置が逆光。確か15時半くらいに到着したんですが、東慶寺さんは17時まで開門してます。(宝物殿は15時半まで)

今が見頃です。今週はあったかいそうなので、週末まで待つと見頃過ぎてしまうかもしれません。
宝戒寺と東慶寺にはミツマタも咲いてます。ハクモクレンはまだつぼみ。見頃は来週かな?って、なんで3月下旬に鎌倉で観梅出来るんだろう?今年の冬は本当に寒かったのね。
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コメント (2)
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墓の特定に挑戦!

2012年03月28日 04時58分34秒 | 墓所巡り
人間年を取ると、神社・仏閣に興味を持つようになるんだって!
そんでもって行く就く先はお墓なんだって!!
これはタモリさんがNHKの「ブラタモリ』の中で言ってたのですが、なんだか私最近まんまとタモリさんの意見に乗っかってるような~…。
墓所巡りも複数回繰り返し、このあたりで墓所の特定に挑んでみることにした!
おいおいおい
練習に選んだのはトップ画像のお墓です。
麟祥院こと春日局のお墓の左隣にあるお墓です。
手がかりとなりそうなのは…。
家紋・院号・亡くなった日。
家紋は…。五三の桐。
院号はコレ。
亡くなった日は、わからなかったの~。
伝通院で見かけた墓石に刻まれていた院号から探すのは失敗したんだよね。
ならば、院号と埋葬した寺の名前のダブル検索ではどうだろう?
「麟祥院・正厳院殿」
これがズバリ!!
ヒットしたのは寛文14年(1674)5月20日に亡くなった正厳院伝さん。
彼女は、毛利秀元の息女で、稲葉正則の正室でした。
名前が万菊さん。寛永2年(1625)5月生まれ。
彼女の父親・毛利秀元とは毛利輝元の一時期養嗣子となった人で、長府藩主です。ちなみに、毛利秀元は、品川の泉岳寺に葬られてます(他2カ所)。
母親は毛利秀元の側室、織田氏。
正厳院伝さんの旦那さんの稲葉正則って人は、春日局の嫡孫で、稲葉宗家三代、小田原藩主です。稲葉正則は小田原の紹太寺にお墓があります。
1)麟祥院の墓所には稲葉家のお墓が複数ある。
2)墓が春日局の墓と隣接してることから、両者の墓の出来た年代は近い。万菊さんの死亡が寛文14年(1674)ならば、春日局の死亡が寛永20年(1643)だから、わざわざ隣接して建てたのはあり得る。
3)五三の桐の家紋は~?…もしかして母方の織田氏の流れかもしれん。格式はあるからな。毛利家の家紋は有名な一に三ツ星なので絶対違う。でも五三の桐の謎は現時点で特定できない。
3)が確定させないですが、1)2)を考えると、おそらくこのお墓の主は、万菊さんではなかろうか?
と結論づけてみる。墓石には没年を刻んであることが多々あるのですが、この時自分で確認してなかったんです。(痛恨!)
やってみて墓の主人の特定には、法名・没年・家紋・埋葬寺院名が必要と思いました。墓石に生前の名前が刻まれてたらもっと確実です。
春日局は大人気で、墓参に次から次へとやってくる。その隣でくるくる墓所を回って調べる度胸が私にはなかったんですよ。でもwebで大概の疑問を解決出来る時代って素晴らしい~。必要なのはWEBで検索するキーワードを知ってるかどうか?のみだもん。
あっこさんもお墓に深入りするな!って言うし、私も調べてみて結構大変だったので、お墓巡りってそこそこで充分だなと1回やってみてこりちゃったよ。
や。一辺挑戦してみてだいたい分かったし、これからは深入りしないようにしよう~。
だって~…。お墓についてこの所立て続けに記事にしてるからか、トラックバックにやってきたのは、墓石のサイトだったのよ~。へ、凹む。んで、その前が盆栽のサイトでした。
あまりに私と遠いアイテムだから、トラックバック記事を公開してませんが…。
や。盆栽は見るのは好きなんですが、育てたい人じゃないんで。だって、盆栽って作り始めても自分が生きてる間に完成しないっていう…。究極に時間がかかるアイテムは、気が短い私には不向きだもん。

麟祥院さんの墓所をもう少し見学。

これって、鎌倉でよく見かけた古いタイプの墓石です。よ~く見ると、墓石に風とか空とか刻んであるんですよ。

この日はピーカンでして、まるで真夏の様な日差しとなり、風情が台無しだったんですけど、時代を帯びた墓石に白椿の木。地面には朽ちるを待つ白椿の花びら。なかなかに良い構図です。
そんなこんなで麟祥院を堪能した後、お茶の水方面へ南下。
到着したのは、霊雲寺さんです。

山号:宝林山
宗派:真言宗霊雲寺派
寺格:総本山
本尊:2体の大日如来。
創建年:元禄4年(1691)
霊雲寺は、徳川幕府の永代祈願所として設けられた。江戸城から見て北東の方角は鬼門であり。鬼門を鎮めるため、国家鎮護のため柳沢吉保を通じ、徳川綱吉が建立を許可。
しかし、安政4年(1857)、大正12年(1923)、昭和20年(1945)に火災・関東大震災・戦災で殆ど焼失した。
ちなみに、霊雲寺の軒丸瓦はサンスクリット!!
これ、珍しいよね。
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