履 歴 稿 紫 影子
北海道似湾編
吹 雪 10の1
四方の山々が黄褐色に、或は紅に色づき始めた頃のことであったが、春のあの日と同じように、校長先生に引率をされて、全校の生徒が裏山へ椎茸狩りに行った。
その日は、日本晴の空が高く澄きって、山頂は丈伸した草に息切れがする程に暖かくて、小鳥の群が春のそれと同じように枝から枝へと囀って居た。
私は保君と二人で、楢の木の倒木を次から次と椎茸を探し求めて歩いたのだが、椎茸が春と同じ木に生えて居るので、その日は私にも容易に取れた。
そうした私と保君の左の手には、椎茸を数珠なりに突刺した笹が、次々と数を増していって、校長先生の集れの号令を聞いた時には、お互の手には十本程を持って居た。
それは、春の時と同じであったが、全生徒が校長先生の声に合して唱歌を歌いながら、老樹の枝でキョトンとした恰好でそうした私達の列へ愛嬌を振蒔いて居る剽軽者の栗鼠や、枝から枝を、囀りながら飛び廻って居る小鳥の群を楽しみながら山を降ったのであったが、その途中で「オイ保君よ、俺なあ春の時よりも今日の椎茸狩がとても面白かったわ。」と私は言ったのであったが、その時の保君は、「俺はなぁ、毎年のことだから、春でも秋でも同じよ、だからそんなに面白いとは思わないよ、それでもよ、義章さんにしてみれば珍らしいんだから可成り面白いんだべな、たがなぁ、もうすぐ冬が来るぞ、暖かい所から来たんだから義章さんは屹度吃驚するぞ。へこたれるなよ。雪はなぁ、毎日のようにどんどん降るぜ、そして山の大木がバリバリ音を立てて裂ける程にきつく凍れるぞ。それからなぁ、おっかない吹雪があるぞ、ピュッピュッと唸る風に吹雪いて一寸先が見えなくなるぜ、そうしてなぁ、北海道では吹雪で死ぬ人が沢山あるんだぞ。」と、身振り手振りで冬の厳しさを私に教えてくれた。
併しその時の私は「ウンそうか。」と、尤もらしく頷いて聞いて居たのであったが、内心では「何を言って居るんだい、大袈裟な、おどかすのもほどほどにしろよ、そうだろう、お前達がそうした冬を何年も越て来てるじゃないか、だから俺だって平気だい」とうそぶいて居たものであったが、やがって保君が言ったように、その厳しい冬が足早にやって来て、白鷗が乱舞をするような降雪の日が続いて、一米に近い積雪が四辺の山野を白一色に塗り潰してしまった。