梨木香歩
『ぐるりのこと』★★★
目的の場所は過去にはない。モデルは自分でつくってゆく。
あなた方の住んでいる土地は、潅木の茂みと、栗の木と、立派な櫟の木の生えていた、野原だったのだ、と。その土地はかつて、ススキの穂並みがそよぎ、甘い栗の花が匂い、白い露草の咲いていた土地だったのだと。風が木々の葉をささやかせ、雨が草木を恍惚とさせた。山から吹き下ろす風や、盆地から抜けてゆく風、土地の傾く方角、様々な条件が、白い露草にその場所を選ばせた。そして、何代も何代も繰り返し、そこに根を張ってきた。あなたがたが毎晩眠り、夢を見て、そして笑い合い愛し合っている場所は、そういう毎日を育んできた土地なのだ、どうか誇りに思ってください、と。