The Rest Room of ISO Management
ISO休戦
本郷和人(著)“権力の日本史”を読んで
新型肺炎国内での感染確認769人(クルーズ船635人含む)だという。クルーズ船を除けば134人となる。中国で76,288人(死者2,345人)。韓国では433人、シンガポール86人、だという。タイミングもあるのでどの数字がどの程度正しいのか。当面は傾向を知るだけのアバウトなものと思うべし、なのだろう。
そして日本の死亡者2名はクルーズ船からの人。この死者のうち“80代の女性が、今月5日に発熱の症状が見られてから、医療機関に搬送されるまでに1週間程度かかった”ことに放置された疑念が漂う。
また政府は“21日の記者会見で、これまでに日本人ら717人が下船、21日も400人超が下船することを明らかにした。”米国などのチャーター機に搭乗した外国人759人は既に出国している。
ところが、“オーストラリア保健省によると、帰国した乗客164人のうち6人が北部ダーウィンに到着した際、熱などの症状がみられたため、すぐに隔離して検査を行った結果、2人から陽性反応が出た”という。また、“米国務省によると、クルーズ船のアメリカ人乗客300人以上が自発的に送還を選んだ。このうち14人について、移動中に行われたウイルス検査で陽性反応が出たとの報告”があるとの報道が見られる。
日本政府のこれまでの説明では、検査を実施して陰性だった人を下船させているということだが、その中から外国人には発症者が出たことになる。すると日本人下船者も無条件で解放して大丈夫なのか。下船者を引き取った各国は、2週間の隔離を行うという。とにかく、船内での検査のタイミングも問題のはずではないか。しかも速報では23人が検査せずに下船させた、という事実も明らかになっている。政府厚労省の対応のいい加減さが極まっている。
思っていたより、感染爆発は1週間ほど遅れて出てきている。学校への感染拡大が見られ始めてきた。さすがに、“危機に際して、やってはいけないことの見本”とまで海外メディアに批判される日本政府の対応ではないか。
何せ、遅まきながら開催された2/16の政府対策会議に首相が同席したのはマスコミのいる冒頭3分だけだったという噂も耳にした。閣僚も書道展に出席するため欠席していたのが居たりしているようだ。ヤッテルフリ、極まれり。
まぁ、これ以外もヤッテルフリのオンパレード政権は嘘でつき固めたられていて、経済も不調だ。デフレ脱却のアホノミクスは中途半端な消費増税で景気悪化。10-12月の悪化したGDP、そこへ新型肺炎の蔓延気配。これで経済はさらに悪化するだろう。
小規模企業では“働き方改革”が経営の足枷になっている模様。これも景気悪化の要因になるのではないか。仕事を取りたいが、従業員をむやみに働かせるわけにはいかないので受注できないでいる、という声も聞いた。だが、それでも外国人労働者を雇うのはコミュニケーション障害が大きすぎてリスクが大きいと、異口同音の声が全てだ。
勿論、そういう中小企業者も労働生産性を上げる努力は必要なはずだが、その会社、部品が足の踏み場もないほど乱雑に置かれていたので、きっと無駄の多い経営になっている可能性はあるのではないかと、思われる。
何ら工夫することなく、倒産する企業も多くなるのではないだろうか。自治体や商工会議所の小規模企業への生産性向上のための施策についての指導、ガイダンスが急務と思われるが、どうだろう。
閑話休題。今の政権は“桜”疑惑に加えて、検事長人事疑惑。モリカケの内の、モリの亡霊が蘇ったかのような話題も先週あった。それでも、日本の検察は政権の闇にメスを入れずに、忖度で堕落していくのか。ここでも現政権による汚染は拡大、蔓延していくのか。
さて、先週も本郷和人教授の本“権力の日本史”を何とか斜め読みしたので感想を報告したい。
本郷教授の令和元号批判はテレビ等でコメントされていたことは知ってはいた。しかし、この本にはそれが文書(補論として)で整然と述べられていると知り、改めてそれを知りたくなったためだ。まぁ、そのついでに日本史の蘊蓄を高められれば幸甚と思った次第だ。
新書本の表紙に書かれた案内文は次の通り。“将軍よりも執権よりも「家長」が強かった鎌倉幕府。上皇が複数いたら誰が一番偉いのか?実力で抜擢すると貴族の人事は荒れる?日本史の出世と人事をつぶさに見ていくと、そこには意外な法則が!人気歴史学者が解き明かす「この国の権力のかたち」。”目次は次の通り。
第1章 天皇と上皇はどちらが偉いのか
第2章 貴族の人事と「家格」
第3章 僧侶の世界の世襲と実力
第4章 貴族に求められた「才能」とは?
第5章 才能か徳行か家柄か
第6章 武士の技能と家の継承
第7章 日本の権力をざっくり見ると
第8章 明治維新と万世一系の天皇の登場
第9章 女性天皇について日本史から考える
補論 令和という年号への違和感
読み終えて得たものは、蘊蓄の方が圧倒的に多かった。先ずは上皇の英訳から。
いまの上皇は英語でどういうのか、宮内庁の発表では“The Emperor Emeritus”。“尊敬すべき仕事をして大学を退職された教授を「名誉教授」といいますが、この英語は「professor emeritus」となります。つまり「名誉天皇」となるわけです。”と冒頭で紹介している。
“天皇と上皇はどちらが偉いのか”、勿論、上皇。上皇や女性天皇は、当初、本命の天皇候補者が若すぎるなどの場合のツナギとして設けられた、と紹介されている。しかし歴史上は、その後も退位した天皇が上皇として実権を振るった。偉くなければ、そんなポジションに就く訳があるまい。
貴族の人事はその“家格”で決まる。うすうすはそうかな、と感じてはいたが、改めてそうかと思い知ったものだ。そして、僧侶の世界もほぼその“家格”で決まる、という。
小説で“法然を描写する際に、こんなことが書かれています。彼は比叡山で修行して「智慧第一の法然房」と謳われた。(ここまではホント)妙な疑問を持たず穏当に修行を続けていれば、比叡山を束ねる天台座主になれたものを、念仏を広めたい一心で山を下りたのだ・・・・・・。これは明白な誤り。法然は美作の国の稲岡荘という荘園に勢力を持つ在地領主の息子です。”“どんなに仏教について研鑽を積んだとしても、天台座主にはなれっこない。座主にお仕えする高位の僧侶グループにも入れない。なぜなら出自が卑しいから。学問も法力も関係ないのです。”
という現実だったらしい。仏教界でものの家格で決まるとは知らなかった。だから貴族出身者が僧侶の世界でも高位を占め、その出身家格を仏教界でも引きずるというのが現実だったという。
北畠親房・神皇正統記によれば、三種の神器の“鏡は一物をたくわえず・・・これ正直の本源なり。玉は柔和善順を徳とす。知恵の本源なり。剣は剛利決断を徳とす。知恵の本源なり。”として、北畠親房は“このように、「正直」と「慈悲」と「知恵」を三徳と位置づけ、三徳をあつめ備えることを天皇=統治者の資質として要求するのです。”と本郷教授は紹介していた。
しかし、“三徳を積むのは持明院統(北朝)の人々にも可能なわけであり、そうなると南朝の正統性はまた揺らぎます。・・・田舎武士にすら「わが軍が戦うと負けるのは、あなたに徳がないせいだ」と喝破される、「帝徳に欠けた」後醍醐天皇。その天皇をあくまで守り立てねばならぬ親房は、世襲と徳の二つの価値観のあいだをしきりに行き交い、煩悶するのです。”と言っている。
武士の技能は古来より弓だったという。西洋では槍騎兵だったが、日本では弓騎兵が主体。だから実戦訓練として弓を使った“野狩り”がしきりに行われたと言う。
ならば、戦国時代に弓矢に代わる“鉄砲”が伝来したのは、武士たちにとって相当な衝撃だったに違いないはず、だが、ここではそのことには全く触れてくれていない。いずれどこかで、本郷教授が触れていることを楽しみにしたい。
その武士は、“土地が生み出す恵みに支えられた家を、父から子へ、子から孫へと受け継いでいく。それが世襲であり、世襲は武家社会を成り立たしむ根本的な原理”だったという。
“日本の権力をざっくり見ると” “日本の支配者層、貴族や武士についてみるならば、世襲は圧倒的に強力な理念であった、結局はそれに尽きるのです”と言っている。“中国では科挙が実施され新しい才能が絶え間なく補充される。” “日本では才能を基準としての登用や抜擢があったとしても、それは世襲によって形成された階層の内部にとどまり、権力グループそのものの入れ替えはなされませんでした。”
下剋上の戦国時代ですら、“才能の抜擢ができたのは、わずかに武田信玄と織田信長くらいではないでしょうか。”なぜならば大名たちが才能をどんどん抜擢するために“名もない素浪人を重く用いたりしたら、有力な国人領主たちが納得しません。彼らの協力を得られなければ、大名は自滅するしかないのです。だから大名たちは、従来の秩序を無視するわけにはいきませんでした。”
こうして世襲の社会は明治維新まで継続され、才能で構成される官僚組織は明治政府から運営されるようになった、と指摘する。世襲の“天皇”と、“世襲の一般社会”の間に、“才能の官僚機構”が入って両者を繋ぎ仲介する、こういう社会構造にして、日本社会を近代化したと本郷氏は指摘している。これは見事な卓見と言える。
“日本社会は古くから、才能の使い方に習熟していない。だから年功序列があったり、世襲があったり、絶えず争い続けるぎすぎすした人間関係はなく、まったりとしたコミュニティを指向するのでしょう。”
“才能の突出は多くの敗者を作るし、何より日本人はそれに耐えられない。と言って世襲だけでは、世界と戦うのに心許ない。”ではどうするのか。“徳を磨く”ならば儒教?では現代に適応できない。“それは、俯瞰的な思考習慣の体得、言葉を換えるなら、ゼネラリストになること”であろうか。或いは、短期での利益より、長期での本当の国益、国家としての信用を得て、短期は“やせ我慢して何とか耐え抜けば、国際的な尊敬を得られて大きな利益になる”のであろうか。“国益を考えるとは、そうした判断であって、それにはどうしても俯瞰的な考察が必要になる。精神的なものも含めて、広くものを見る。様々な要素を総合して考えねばならないのです。”と言っている。
“人間とは何か。世界はどうあるべきか。専門性の高い難問に逢着するたび、そうした大問題に立ち返り、考察を重ねていく。一つのスペシャリティが、いつでも大きな施策の幹にフィードバックされ、個と総体が連関を持ちながら考えられていく。こうした態度がおそらく、現在の「徳」でありましょう。”ならばリベラル・アーツに基礎づけられた政策科学の発展が望まれる。或いは新型肺炎のような危機に際してのコンティンジェンシー力の醸成も必要だ。
どう考えても今のアホアホ政権には、そんな高尚な立ち位置はムリ。哲学も思想もない、経済理論も全くない。否、日本人一般にもそれはムリ。3手先を読むのさえ困難。目先ばかりで右往左往。朝三暮四のお猿さん。
“万世一系の天皇”は幕末の国学思想からの明治政府の創作であって、結果としての“男系の男子”論に拠っている、と本郷教授は指摘している。つまり、それは歴史的にも意図された結果とは思われないというのだ。
皇女つまり女性皇族である内親王はあまり婚姻をしていないという歴史的事実を指摘して、“これは人々の聖―俗―穢(けがれ)観にかかわっている”と考えられると推測している。“皇女は神聖であることを強く求められ、そのため婚姻できなかった”、“彼女が性交渉を持つ、彼女の身体が犯されることはタブーとされた”、“例外は犯す主体が皇族であるときで、神聖な皇子との行為は神聖を損なうものではなかった。”こうして結果としての“男系の男子”論が成立するようになった、との指摘がある。合理的な推測である。
私は“人々の聖―俗―穢(けがれ)観”というよりも、男たる父親の天皇の娘・皇女への身勝手な思いと、天皇としての誇り、気負いがそうさせたと、考えるのが普通のような気がする。
ここでいよいよ元号・令和への教授の思い補論に至った。
ここでは同教授がテレビで指摘したという論語の“巧言令色鮮し仁”の言葉を先ず紹介している。儒教で最も大切な概念“仁”に“最も遠いのが巧言令色だと孔子が言っています。何もその文字を選ばなくても”という第一印象だとの指摘である。
2番目には“日本史で「令」といえば皇太子の命令を指す”との指摘。源平の戦いで出された以仁王の令旨が有名。もう一つは後醍醐天皇の皇子・護良親王の鎌倉幕府討幕の令旨だという。天皇は綸旨であり、“勅”、“宣”といった言葉が使用されるとの指摘。また“令”は家来を意味するという。
3番目の違和感として、“日本古来を強調するなら、なぜ梅の花”か?という指摘。梅の花見の宴席を謳った詩から取った言葉に違和感があるという。日本では花は桜ではないかということ。
まぁ、アホアホ政権に群がる学者も類は友を呼ぶの例で、レベルが低かったのだろうか。不幸なのは今上陛下である。陛下は歴史家でもあるというので、こうした本郷教授の指摘は御承知であろうというのだ。
元号に政権が関与する時代は、もう終えたほうが良いのではないかというのが、私の考え方、いかがであろうか。元号制定は皇室の私的行為としてはどうかと言いたいのだ。

« 本郷和人(著... | 新型肺炎の国... » |
コメント |
コメントはありません。 |
![]() |
コメントを投稿する |