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“技術にも品質がある”を読んで

この本は いわゆる品質工学の入門書というよりは、副題の“品質工学が生む革新的技術開発力”に示されるように、技術経営を行う経営者のためのタグチ・メソッドの真髄を紹介した本です。

さて、まず本の冒頭の “発刊の序”で 非常にショッキングな 言葉が紹介されます。
“日本の品質管理の創始者的存在である西堀栄三郎氏は、常々、以下のようなことを言われていたそうである。
「検査課の強大な会社ほど、品質は良くない。」
「スタッフと称する部門に多くの人たちがいるところほど、能率は上がっていない」
「作業標準や諸規定の設定のやかましい会社ほど、だらしない作業をしている」
これらの言葉は、ものづくりにおいて、大変、重要な問題点を指摘している。つまり、製品の品質の向上や仕事の能率向上を目指そうと思ったら、単に結果を監査するだけでも、画一的なマニュアルや仕組を整えるだけでも、不十分であるという警句である。・・・・日本の品質管理の初期段階から、既にこのような指摘がされていたとは驚きである。”
この文章が ㈱リコーの桜井社長に よるものとは“驚き”です。
著者は 品質工学界の第一人者のお1人・長谷部光雄氏で ㈱リコーの社員なので 社長の桜井氏が 序文を寄せられたのでしょう。㈱リコーでは 経営者陣頭で会社全体に品質工学 即ちタグチ・メソッドの普及を狙っているとのことで、社長自ら このような本の冒頭に このようなエピソードを 披瀝されたのでしょう。

著者の言う “技術品質とは、製品品質とは違い、見ただけでは分からない内容だ。一般的には信頼性とか耐久性とかで表現される、使ってみないと分からない品質のことである。・・・・・・購入直後だけではなく、環境が変化しても使い方が変わっても、初期と同じ品質を維持することは、高い技術力の裏づけが必要である。それを、技術品質という。”
“しかし、この品質は購入時には分からない。だからユーザーは、ブランドや評判などで技術品質を予想し、購入の判断をする。つまり、技術品質はメーカーに対する安心感や信頼感に直接関係するのである。メーカーに対して与える影響は長期的であり、経営的にも非常に重要な品質である。”
ここに至って、最近よく言われる“のれん代”や“ブランド価値”の正体が一体何なのかを この本を読んで始めて了解したような気がしました。製品の成立する背景にある “技術の質(品質)”が その正体である。つまり メーカーの持っている技術への信頼が“技術品質”だという指摘です。

そして“購入直後だけではなく、環境が変化しても使い方が変わっても、初期と同じ品質を維持すること”こそ、タグチ・メソッドの本質というか 狙い目を示している大変 重要な点です。

著者は この本で この“技術品質を担う開発や設計現場での生産性と、製品品質を担う生産現場の品質管理には別の方法論があり、それらは区別して考えなければならない”。と指摘しています。
つまり、“技術経営”は“品質工学”と“品質管理”は による両輪の駆動であると 言うのです。製品の開発・作り込み技術の品質工学と 出来上がった製品を 検査して管理する品質管理は いずれもが 健全でなければ 技術力は維持できないと いうことです。

それから NHKの番組2つを取り上げて面白いたとえ話を展開しています。それは“プロジェクトⅩ”と“ためしてガッテン”です。
“プロジェクトⅩ”は、“人間の行動に視点を置いた編集であり、ハッピーエンドまでの苦労の道程を描き出すのが目的なのだ。従ってそこでは、何故成功できたのかという論理的な因果関係は重要でなく、番組中にもほとんど触れられることはない。”つまり、技術の本質を全く語っていない、と言っています。
“それに比べて、もう一方の番組「ためしてガッテン」は、まったく異なる思想である。・・・・視聴者を人間ドラマで「感動させる」のではなく、論理的に「納得させる」番組なのである。”
例えば美味しい唐揚げの作り方では、“唐揚げの味という「結果」を測定するのではなく、料理作業の中で行われている「プロセス」を測定するのだ。・・・・・そしてプロの最適のプロセスと同じ進行になるように、手順や条件を決めること”で、一般家庭でもプロ並の唐揚げができるようになると言うのです。
このように “ためしてガッテン”では つまりはプロ技術の本質を把握し、一般家庭でもプロ並の技術を発揮させるという考え方が 大切で、“「プロジェクトⅩ」のような単純明快なシナリオで突っ走ると足元をすくわれる。技術には「ためしてガッテン」のような本質を追求する地道な積み上げが必要なのである。”と言っています。

実は、品質工学は この技術の本質を把握する手法なのです。技術の本質が 判れば 後は チューニングにより現実に合わせるだけ、と言うのが 考え方です。その中で 自動的に 想定していないような問題点も見つけ出すことが 可能になるはずだという 考え方が背景にあります。

また、著者は 信頼性工学の限界についても言及しています。“信頼性工学は、製品や部品の信頼性テスト結果や市場の実績などのデータを集め、確率や統計の手法を駆使して市場での信頼性を予測するやり方である。・・・・つまり、ある程度の市場実績があるシステムを小変更していく場合には有効だが、かなり大きな変更や革新的に新しいシステムについて信頼性を予測する場合には、決して有効とは言えないのだ。”
たしかに FMEAの手法においても、経験者のブレーン・ストーミングがベースになっていますので、経験のない世界には 全く無力です。経験が無ければ、トラブルの発生確率についてすら 想像もつかず、FMEA作成作業自体が 意味をなさなくなってしまいます。

そして、新製品商品化において “市場で発生する問題点のほとんどは、想定していなかった事態なのである。つまり、(設計プロセスでの)事前確認の不十分さや条件の見落としに起因していると言っても過言ではない。・・・・・(技術の本質を追求する地道な積み上げ)こそが、これからのマネージメントに必要な姿勢である。すでに確立してある品質管理の手法で今日の利益を確保しつつ、品質工学の手法を取り入れて明日の利益のネタを仕込む技術戦略、それが品質工学の目指す経営の姿である。” と 主張しています。

この本では 実際に品質工学の 適用の仕方は書かれていません。本書は、“一流の経営者に向かって”書いたという。“企業経営者や組織管理者を対象とした、品質工学の解説書である。”と書かれています。
そのつもりで読んで、タグチ・メソッドの本質を理解していただきたいと 思うのです。

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雲伯油屋ストライベック (グローバル鉄鋼商社)
2025-01-27 08:54:55
最近はChatGPTや生成AI等で人工知能の普及がアルゴリズム革命の衝撃といってブームとなっていますよね。ニュートンやアインシュタイン物理学のような理論駆動型を打ち壊して、データ駆動型の世界を切り開いているという。当然ながらこのアルゴリズム人間の思考を模擬するのだがら、当然哲学にも影響を与えるし、中国の文化大革命のようなイデオロギーにも影響を及ぼす。さらにはこの人工知能にはブラックボックス問題という数学的に分解してもなぜそうなったのか分からないという問題が存在している。そんな中、単純な問題であれば分解できるとした「材料物理数学再武装」というものが以前より脚光を浴びてきた。これは非線形関数の造形方法とはどういうことかという問題を大局的にとらえ、たとえば経済学で主張されている国富論の神の見えざる手というものが2つの関数の結合を行う行為で、関数接合論と呼ばれ、それの高次的状態がニューラルネットワークをはじめとするAI研究の最前線につながっているとするものだ。この関数接合論は経営学ではKPI競合モデルとも呼ばれ、トレードオフ関係の全体最適化に関わる様々な分野へその思想が波及してきている。この新たな科学哲学の胎動は「哲学」だけあってあらゆるものの根本を揺さぶり始めている。こういうのは従来の科学技術の一神教的観点でなく日本らしさとも呼べるような多神教的発想と考えられる。
 
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