goo

市場原理主義者

いったい市場原理主義者達は どこへ行ったのか。
彼らに 今の金融情勢を解説して欲しい。彼らは、今の状況を 何と 説明するのだろうか。
“日本の愚かな人々はいろはのいの字も分かっていない。”と言っていたが 自分たちはどうだったのか。

自由主義・市場原理主義を標榜し、“改革”と称して政治家に規制緩和させ自由を謳歌した投資家やエコノミストは 規制の取り払われた自由な金融市場で荒稼ぎして、格差を作り 社会を破壊したまま去って行ったのか。

日本では、最近、プロレタリア文学の小林多喜二の“蟹工船”が 読まれている。共産党への入党者も増えているようだ。めでたく出来上がった格差社会では 共産党は必要な政党なのだろう。
市場原理主義者つまり 自由放任主義者が 去って、90年代には滅亡したマルキスト達が復活しつつあるのは皮肉だ。
こんな風に 人々の思考パラダイムが グルグル循環するのを見ると 本当に人類は進歩しているのかと疑いたくなる。
戦争しては反省を繰り返す歴史を見ていても、明らかに それこそ“愚かな人々”なのかも知れない。

皮肉なことは もう一つある。それは 破綻した米国経済を IMFや世界銀行は救えるのか、ということだ。米国経済はIMFの管理下に入るのか。IMFや世界銀行の幹部は 破綻した米国経済の先導者達の仲間であることに気付くべきだ。

さて、このような金融情勢に鑑み、実態の無い“排出権取引”には バブルは存在しないと言えるのか。架空に設定された排出権取引きにより生じた先物市場などとは、考えるだに寒々しい印象だ。元々先物市場は危険分散のためのマーケットだが、それらを駆使してバブルが生じれば、それこそ今回のような問題より もっと性質の悪い恐慌となるのではないか。
実態の無い取引が どんなにバカバカしい現象を引き起こすのか。そのバカバカしい現象が どんなに真面目に生きる人々の生活を奪ってしまうことか。それこそ、シッポに振り回される 愚かな犬になりかねない。
このように経済実態の伴わない怪しげな 経済取引は 早々に止めるべきではないのか。

やっぱり マネー・ゲームには規制は必要なのだ。
規制緩和や市場原理主義は 金儲けのために 考え出された 巧妙な仕掛けではなかったのか。我々は それに利用され踊らされただけではないのか。
郵政民営化は 我々に結局 どんなメリットがあったのか。この検証は必要な作業だ。

同じように “温室効果ガスの増加による地球温暖化説”も 何かのために考え出された 巧妙な仕掛ではないのか。
ノーベル賞受賞した ゴア氏の行動も その私生活はエネルギー多消費型のようだ。こんないい加減な話はない。人種的偏見に基づいた勝手な言い分ではないと 本当に言えるのか。
捕鯨に反対し、過激なパフォーマンスを展開する団体にも 邪心がないと言えるのか。これも、人種的偏見に基づいた勝手な言い分ではないのか。“環境”にまつわる話は 怪しいものばかりだ。

ここまで 考えて来るとISOマネジメントのスキームも巧妙な仕掛けなのかも知れない。私が 言うのも何だが・・・ここらで妄想を極めるのも意味があることかも知れない。
とにかく欧米人の 戦略的巧妙さに対抗するには、それを疑い、その本質を見抜き、理解し、利用されつつも利用する狡猾さが 必要なのだ。対中国も同様だ。日本人の お人好しは もう止めるべきだ。

コメント ( 0 ) | Trackback ( )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 正確な“広田弘... お役人の緑化運動 »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。