徒然日記

街の小児科医のつれづれ日記です。

胃ろうと人間の尊厳

2011年12月06日 22時33分23秒 | 小児科診療
 日本では高齢者がモノを食べたり飲んだりできなくなると「胃ろう」といってお腹に穴を開けて胃と繋がるトンネルを造り、そこから栄養剤を流し込んで延命を図るのがふつうです。

 ですから飲み込む力がなくても、意識がなくても、生き続けることが可能です。家庭では管理できないので入院する必要がありますが、ベッドは慢性不足状態。

 そこで「胃ろうビジネス」が登場しました。
 体の弱った高齢者の食事の介護は時間を時間と手間がかかりますが、胃ろう造設者は栄養剤を流し込むだけでよいので、医療施設としては手がかからず人件費を抑えることが可能です。
 さらに医師に不適切な「指示書」を書いてもらうことにより高額の収入を得る抜け道も利用され、保険診療の網をくぐって金儲けをする輩達が暗躍しているらしい。

 しばらく前に日本テレビの「ドキュメント日本」でその実態がルポされていました。
 胃ろう造設者のみを集めて、畳三畳ほどの狭い部屋に閉じ込め、食事という名の栄養剤注入のみで過ごす日々。TVもラジオもなく、白い壁と天上を見つめるだけの余生は生きる気力を削いでいきます。
 患者家族からは感謝されるので「必要悪」という側面もなきにしもあらず。なんだか、見ていて悲しくなりました。
 しかし、医療費を食いつぶして圧迫していく現実は無視できません。

 一方、欧米では「モノが飲み食いできない=死期」を意味します。
 本人の意志に反して(あるいは確認できないのに)胃ろうを造ることは「人間の尊厳」を傷つけることになると認識されているそうです。
 ここでも、日本の常識は世界の非常識。
 欧米で寝たきり老人が少ない理由は、ここにあったのです。

 さて、日本でもこの非人間的な処置にようやくメスが入りました;

人工栄養法、導入しない選択肢も 厚労省研究班が指針案
(2011.12.5:朝日新聞)


(人工栄養法の指針案)

 口から十分な栄養や水分をとるのが難しくなった高齢者に栄養を送る人工栄養法について、厚生労働省研究班は4日、導入までの手順や考え方を定めた指針案を公表した。生命維持の効果が少なく、患者に苦痛があるだけの場合、導入せず自然な死を迎える選択肢もあることを患者本人や家族に示し、導入後に中止や減量ができることも盛り込んだ。
 一般からも意見を募り、日本老年医学会が来春にも指針として完成させ、医療・介護現場で活用してもらうことを目指す。
 代表的な人工栄養法で、おなかの表面に穴をあけて胃に管を入れて栄養を送る「胃ろう」は現在、推定40万人が導入している。高齢者ケアの現場では、十分に栄養をとることで再び口から食べられるようになる人も一部にいる。一方で、近年、高齢者の体に負担や苦痛を伴い、人工的な延命につながりかねない場合もあるとの指摘が出ていた。


 昔の日本では、年を取って働けなくなり、家族のお荷物になると姥捨て山に捨てられる習慣がありました。「捨てられる」とは云っても、半分は自分の意志です。
 映画化された小説「楢山節考」はそんな時代を描いた作品です。東北地方では「でんでら」という、やはり人生の週末を迎える場所が用意されており、日本国中にそのような習慣が存在したことが伺われます。

 現代日本人は、生き方のみならず、死に方さえ見失ってしまっているようです。
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