小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

「ワクチン鎖国ニッポン~世界標準に向けて」(大西正夫著)

2014年05月22日 21時00分14秒 | 予防接種
明治書院、2012年発行。

著者の肩書きは「医事ジャーナリスト」「埼玉医科大学客員教授」。
扇動家の船瀬氏と異なり、長年読売新聞で記者として活躍した正当派ジャーナリストです。

内容も豊富な取材と学習の賜物で、読み応えがありました。
題名でおわかりのように、日本の予防接種行政の現状を嘆いている論調です。
つまり、医療現場の声に近い内容になっている珍しい(?)本です。

また、第二章「ガンを予防する、治療する」という項目はジャーナリストならではの視点で、EBV、HPV、HTLV-1やHBV、HCV、ピロリ菌などを扱っており、さらに第三章「多様化するワクチン、広がる用途」ではアルツハイマー病ワクチン、高血圧ワクチンなど感染症にとどまらないワクチン開発にも言及しており、小児科医の私には新鮮でした。

第六章「ワクチン不自由国日本」では、ワクチンを取り巻く世界の製薬業界の力関係など、医師のみの世界では知り得ない情報も書き込まれており、目から鱗が落ちました。

予防接種に疑問・不安を抱いている方に、ぜひオススメしたい。
でも、船瀬氏の「ワクチンの罠」の方が売れるんだろうなあ・・・ヒトの悪口の方が一般受けするんですよねえ。

メモ
 ・・・自分自身のための備忘録。

細胞培養技術を使った不活化インフルエンザワクチン
 インフルエンザを引き起こす正体がウイルスだと立証されたのは1933年のこと。ワクチンの実用化は1940年代に入ってからでした。日本で使われているワクチンは、1972年に開発されてから今日まで基本的に同じモノです。
 ワクチンの目的は、インフルエンザ・ウイルスの感染を防ぐのに必要な赤血球凝集阻止(HI)抗体を体内で人工的に作り出すことです。その製法の概略を説明します。孵化過程にある鶏卵にウイルスを接種して増殖をさせた後、遠心分離作用で卵の成分を取り除きます。これに使うウイルスは、予防する病原体と同じ感染防御抗原と呼ばれるものですが、エーテルで死滅させて増殖性をなくします。これを液状に製品化したものが不活化インフルエンザワクチンです。
 しかしこの方法は時間がかかりすぎることが難点です。新型インフルエンザ(H1N1)が発生・流行したときに間に合いません。
 何とかならないものかと欧米で確立されたのが細胞培養技術です。鶏卵の代わりにイヌ、サル、アヒルといった動物の腎臓などの細胞から作り出した増殖力の強い細胞を使い、小さなチューブに凍結保存した細胞をタンク内で大量培養できるのがミソで、製造時間も鶏卵方の1/3に短縮可能です。
 パンデミック2009で、国産ワクチン不足のために国が特別措置として緊急輸入した2種類の新型インフルエンザワクチンのうち、スイスのノバルティス社製ワクチンは細胞培養技術によるものでした。欧州ではすでに2008年頃に実用化されていました。日本ではベンチャー企業のUMNファーマ(本社・秋田市)が、米国の細胞培養技術を導入したインフルエンザワクチン開発を進めています。「ヨトウガ」の幼虫の細胞に、インフルエンザの遺伝子の一部を種にして大量培養すると2ヶ月間で製造できると云います。
 細胞培養を使った輸入ワクチンには、ワクチンの接種効果を高めるためにアジュバントと呼ばれる免疫補助(増強)剤が添加されているのも特徴です。日本のインフルエンザワクチンにはアジュバントを使っていませんが、輸入されたノバルティス社とGSK社製ワクチンには鮫の肝臓からとったスクワレンと呼ばれる肝油成分がアジュバントとして使われていました。
 欧州では1997年から高齢者向けインフルエンザワクチンにアジュバントを加えており、低下している免疫能を引き上げ、ワクチンの効果を高めることが実証されています。

なかなか普及しないインフルエンザ経鼻生ワクチン
 インフルエンザ予防に経鼻生ワクチンを使っているのは、現時点で米国とロシアに限られているようです。生ワクチンが不活化ワクチンより効果が高いことは以前からわかっていますが、生ワクチン一般に多い副作用の問題、スプレーを使うことによる環境へのウイルス暴露(汚染)をどう解決するか、課題が残ります。

これから登場する新世代の抗インフルエンザ薬「ファビピラビル」
 富山化学が開発したコードネーム「T705」(一般名ファビピラビル)は国内臨床試験を終え、2011年3月に承認申請し、国が審査中です。T705はRNAポリメラーゼ阻害薬に分類され、これまでの抗インフルエンザ薬とは異なる位置づけです。
 気道粘膜の細胞にとりついたウイルスが体内に出て増殖するのを防ぐのがNA阻害薬ですが、T705は細胞内でウイルスの増殖を直接押さえ込みます。ウイルスのRNA(リボ核酸)をつくる酵素~RNAポリメラーゼの働きを封じるところに強いインパクトがあります。
 言い換えれば、NA阻害薬がウイルス表面で活動するのに対し、T705はウイルスの増殖メカニズムそのものを攻撃する画期的な薬物なのです。

「貼るワクチン」の開発
 貼るワクチンは、確執を透過して表皮・真皮の免疫機構に届く必要があります。この開発研究に取り組む大阪大学大学院薬学研究科のチームは、コスメディ製薬と共同でワクチンを表皮・真皮に送り込めるパッチ製剤を実現しました。破傷風・ジフテリアの二種混合ワクチン成分を使った、ラットによる実験で効果があったことを報告しています。
 このチームは、貼るだけでなく、皮膚に刺すと針ごと皮膚内で溶けるマイクロニードル方式の経皮ワクチンにも取り組んでいます。直径がミクロン単位の微細な針なので、痛みはほとんど感じません。金属性微小針だと途中で折れ残る可能性があるので、素材はヒアルロン酸を用いています。だから溶けるのです。

日本における予防接種に関する法律の歴史
1880年:伝染病予防心得・・・予防接種を制度化した最初
 伝染病予防法
1948年:予防接種法・・・種痘(天然痘)、ジフテリア、腸チフス、パラチフス、コレラの予防接種が始まる。2年後に百日咳が加えられた。予防接種は「何人もこの法律に定める予防接種を受けなければならない」と国民の義務として規定され、罰則規定も設けられました。人権侵害の恐れがあるとの批判を浴び、1967年の改正で罰則規定は廃止されました。
1994年:予防接種法改正・・・その後社会問題化したワクチン禍、国家賠償訴訟などを背景に改正され、予防接種を「受けるよう努めなければならない」と修正されました。強制接種から接種努力義務への転換です。

ワクチン効果の賞味期限
【ジフテリア】ワクチン接種後は抗体が減っていき、40歳以上では一般に抗体がないと考えた方が無難であり、大人への定期的な追加接種の必要性が指摘されています。
【百日咳】乳幼児期に計4回接種するワクチンの持続効果は、一般に4-12年間、平均して10年前後と見積もられていますが、厚労省研究班の調査で、小学校高学年になると約半数が失われることが明らかになりました。

予防接種死亡事故と集団訴訟~萎縮したワクチン行政
 1968年、北海道小樽市で行われた集団種痘接種で、乳児が9日後に突然高熱を発し脊髄炎による重い後遺症が残る事故(健康被害)がありました。2年後にこれを国の責任とした訴訟を親が札幌地裁に起こしたの子きっかけに、同様の程度が全角各地に相次ぎました。
 1973年には、集団接種で知的障害、身体機能障害などの重い後遺症に悩む子どもを持つ親たち26家族67人が、国を相手取って集団訴訟を東京地裁に起こしました。インフルエンザ、ポリオ、種痘の書くワクチン、ジフテリアと百日咳の二種混合によるワクチンが原因だというものです。そのあとに続く大阪地裁、名古屋地裁、福岡地裁への集団訴訟と併せて四大ワクチン訴訟とも呼ばれました。
 全国で100健胃錠の集団訴訟ラッシュとなりましたが、いずれも国に対する賠償責任を求めたものです。基本的には地裁・高裁・そして最高裁で国は連敗に等しい有様でした。
 このような予防接種訴訟の渦中で、当時の厚生省は1976年に予防接種法の改正をしています。
 さらに1994年の改正で、接種が努力義務に変わり、接種を受けるかどうかは本人(または保護者)の意思を尊重することになりました。強制接種から個別接種への移行です。
 しかし、種痘化訴訟など一千の集団訴訟がもたらした大きな問題の一つは、健康被害救済に追われた厚生省の姿勢を守りに向かわせたことです。
 
日本におけるワクチン産業構造の推移
 1988年に承認された米国メルク社の肺炎球菌ワクチン「ニューモバックス」は、国が承認した輸入ワクチンの最初でした。ところがそれ以降、2007年承認のヒブワクチンまで輸入ワクチンの門が閉ざされました。日本のワクチン体制は、自給自足を軸足としていたからです。
 その頃の日本のワクチン産業は、武田薬品工業、明治乳業(現明治)を除くと中規模以下のメーカーで占められていました。ワクチン企業は6社、うち2社はBCG、日本脳炎の書くワクチンに特化した小規模専業メーカーです。6社のワクチン売上高は図表の2003年当時で600億円にすぎません。企業形態は4社までが財団法人、社団法人です。このうち阪大微生物病研究会は大阪大学医学部、化学及血清療法研究所は当時の熊本医科大学がそれぞれつくった財団法人なのです。
 一方、世界のワクチン史上に目を転じると、2003年の数字で云えば6600億円規模と日本とは桁違い。
 近年の日本のワクチン業界では海外ビッグファーマと日本企業の提携という現象が進みつつあります。これまでワクチンにほとんど関係のなかった日本の大手製薬企業も巻き込んで、外資大手を中心に国内ワクチン産業の再編成が始まっています。1990年代にインフルエンザワクチンの自社生産をやめた武田薬品工業も復活しました。
 2012年夏、第一三共と英国のGSK社による折半出資の合弁会社「ジャパンワクチン」が誕生しました。さらに北里研究所は第一三共と合弁事業をしており、GSKと結ばれる関係にも鳴ります。ワクチンの世界シェアで首位を争うGSKのワクチンを国内販売するとともに、ワクチン開発、臨床試験などを手がけるのが狙いです。世界のワクチン売上総額は約2兆円、その中でGSKは30種類以上のワクチンを販売するGSKのシェアは20%強、第一三共とGSKを合わせた国内のシェアは約3割になります。
 ビッグファーマの一角、米メルク社の日本法人MSD社が2012年春に阪大微研とインフルエンザワクチンの国内販売契約を結びました。日本の製薬企業の5指に入るエーザイが、サノフィパスツールと提携して新たにインフルエンザワクチンの開発に当たることも決まっています。
 欧米でのワクチンメーカーが買収も含め統廃合された結果、ワクチン部門の強化に成功した現行の5大ワクチン大手体制ができあがりました。小児用肺炎球菌ワクチンを開発した米ワイス社はファイザー社に統合されました。ワクチン開発力に定評のあった米カイロン社もスイスのノバルティス社に吸収されました。

製薬大手のワクチン関連部門の売上高
(外資大手)
 英グラクソ・スミスクライン(約5800億円)
 仏サノフィパスツール(約4300億円)
 米ファイザー(約3000億円)
 米メルク(約2900億円)
 スイス・ノバルティス(約2400億円)
 米バクスター(約240億円)
(国内大手)
 アステラス製薬(252億円)
 田辺三菱製薬(243億円)
 武田薬品工業(182億円)
 第一三共(120-130億円)


日本のワクチン行政の嘆かわしい現状
 官主導の日本は、厚労省内にワクチン関連セクションがいくつにも分散しています。
・許認可→ 医薬食品局審査管理課と血液対策課
・予防接種法の運用→ 健康局結核感染症課
・ワクチン市販後の調査→ 結核感染症課(定期接種)、メーカー/研究者(任意接種)
・ワクチン検定→ 独立行政法人医薬品総合機構(PMDA)
・ワクチン産業ビジョン→ 医政局経済課と研究開発振興課
 欧米には以前からワクチン・予防接種を国民・市民に近づけると童子に、科学的根拠に基づいた専門家同士の議論によってワクチンの有効性と安全性を確認し、政策決定に役立てている組織があります。
 その一つに、米国のACIP(予防接種諮問委員会)があります。ワクチンや血液製剤の適正使用に関する連邦政府の政策を提示することと、個別のワクチンを定期接種に組み込む是非の判断を投票で行い、政府、厚生省、CDCに助言するのが目的です。人員構成は、まず投票権を与えられるメンバーが15人で、医師、研究者、公衆衛生担当者などワクチン有識者(一人は消費者代表)、それ以外に8人の政府関係者、26人のリエゾン(予防接種業務に携わる団体代表者)、200人以上のオブザーバー(自治体の長から一般人まで誰でも)で構成されます。
 英国の組織(JCVI)の場合、定期接種のワクチンを全てそこで購入し、保健省が医療関係者に無量で私、接種対象者は無料で受けられます。
 日本では考えられないことです。

ワクチンの健康保険適用の可能性
 故・神谷医師はワクチンの任意接種を健康保険の適用対象にする可能性を模索していました。
 実はフランスとドイツでは保険適用が導入されています。フランスでは1999年に、ドイツでは2007年の医療改革で、保険給付の対象となっています。両国とも、費用対効果を元にした経済分析の結果、ワクチン保険給付によって接種率が大幅に向上し、ワクチンで予防可能な疾病の発症が減少しました。年間の直接医療費もドル換算で1億ドル前後の削減効果があったと云います。

ワクチンによる健康被害救済について
 定期接種と任意接種では救済方法が異なり、金額にも差があります。
 1976年に設けられた予防接種健康被害救済制度は、定期接種を受けて副反応が現れた人を対象にしています。国が予防接種を勧奨しているという理由で、自治事務を担当している市町村を通じて、厚労省が補償する仕組みです。当然、税金で賄われますが、国が1/2、都道府県と市町村が残り半分ずつを負担します。
 任意接種の被害者は1980年に創設された医薬品副作用被害救済制度が適用されます。PMDAが補償しますが、製薬企業から拠出された基金を財源にしています。
 米国では1986年に創設されたワクチン健康被害補償プログラムで補償されますが、興味深いのはワクチン税という税制で賄われていることです。ワクチン1本(1疾患)あたり75セントが徴収され、ファンド(基金)の財源になっているのです。
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