小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

何かと話題の「亜鉛欠乏症」

2024年10月11日 08時39分51秒 | 予防接種
小児科医にとっての「亜鉛欠乏症」は、
「腸性肢端皮膚炎」の原因としてインプットされています。

しかし昨今、この亜鉛欠乏症という単語をよく耳にするようになりました。
なにやら、いろんな病気の背景になっているらしい・・・
この辺は「体調不良は“かくれ貧血”が原因」という都市伝説(?)と似ているかもしれません。

さて、亜鉛欠乏症を概観する記事が目に留まりましたので紹介します。

いろいろな病気で亜鉛欠乏状態が観察されることが判明、
しかし病気により亜鉛が欠乏するというより、
日本人の食生活の変化、つまり米を食べなくなったことが背景にあるとのこと。

亜鉛欠乏症の症状は多岐にわたり、
「この症状があれば亜鉛欠乏症を疑う」
というものは味覚障害や頑固な皮膚炎くらい。

「特徴的な症状がなく、一見、不定愁訴のような訴えの場合でも、まず亜鉛欠乏も疑ってみることが、診断のきっかけになることもあり得る」
なんてコメントをもらっても・・・、
健康診断やスクリーニング検査に入れろということ?


▢ 亜鉛の測定が推奨される症状・タイミングは?
ケアネット:2024/07/04)より一部抜粋(下線は私が引きました);
   近年、健康維持に重要な栄養素として注目を浴びる亜鉛。小児の発育や味覚異常に影響することはよく知られているが、ここ数十年で国内外の研究報告からさまざまな生理作用に関与していることが明らかになっている。先般、国内レセプトデータを解析して日本人の亜鉛不足者の特徴を発表1)した横川 博英氏(順天堂大学医学部総合診療科学講座 先任准教授)が「一般集団・患者群の血清亜鉛濃度の実際と低亜鉛血症患者の頻度やその臨床像」と題し、日本人の亜鉛欠乏の現状や検査の必要性について、6月4日に開催されたノーベルファーマのプレスセミナーにおいて解説した。

▶ 亜鉛不足はなぜ起こる?年齢や性差は?
 横川氏らが報告した研究1)からは、

▽疾病の治療を受けている日本人の3人に1人は亜鉛欠乏症(60μg/dL)
▽加齢に伴い血清亜鉛濃度は低下
▽誤嚥性肺炎、褥瘡、サルコペニア、慢性腎臓病(CKD)を併存する患者の50%以上が亜鉛欠乏症で、その関連は誤嚥性肺炎、褥瘡、サルコペニア、COVID-19、CKDの順に高い
▽利尿薬、甲状腺ホルモン治療薬、貧血治療薬、全身性抗菌薬による治療患者の50%以上が亜鉛欠乏症で、その関連は利尿薬、全身性抗菌薬、貧血治療薬、甲状腺ホルモン治療薬の順に高い

などが示唆され、この結果に対し「これらの治療薬を使わなければならない患者の状態では亜鉛欠乏を引き起こすことが多い、と解釈するのが妥当」と同氏は補足した。
 また、性別や年齢でこの結果を振り返ると、男性の場合は60歳以上から、女性では70歳以上から血清亜鉛濃度の低下が顕著になっている。加えて、厚生労働省の国民健康・栄養調査報告2)おける亜鉛摂取データによると、男性は全年齢において亜鉛摂取量が不足しているのに対し、女性では50代までは摂取量が不足しているも60~70代の摂取量は推奨量と同等であった。
 これを踏まえると、栄養素や健康に対する意識の差が血清亜鉛濃度にも表れている可能性がある。実際に日本人の亜鉛不足には摂取食品の変化が影響しており、「日本人が低亜鉛に陥っている原因の1つは、元来の主食である米の消費量が減り、米や雑穀から得られる亜鉛などの摂取量が低下していること。米飯(精白米)の100gあたりの亜鉛含有量は多くはない(0.6mg)ものの、主食の役割を考えるとその影響は大きい。このほかにも亜鉛を多く含む上記3品には牡蠣(13.2mg)、豚レバー(6.9mg)、牛肩ロース(5.6mg)がある3)ので、これらの摂取を意識した食生活が重要」と食事に対する意識を促した。

▶ 亜鉛不足による症状
 そもそも亜鉛とは、生体内の300種以上の酵素、サイトカイン、ホルモンなどに関与している栄養素で、主に筋肉(60%)、骨(20~30%)、皮膚・毛髪(8%)、肝臓(4~6%)、消化管・膵臓(2.8%)、脾臓(1.6%)などに分布している。そのため、小児の身長の伸びや味覚の維持をはじめ、皮膚代謝、生殖機能、骨格の発達、精神・行動、免疫機能にまでその影響は及ぶ。そして、亜鉛不足に関連する症状を以下のように列挙すると、身長の伸びを除き、実は高齢者にみられる症状の多くと合致することから、横川氏は「“加齢によるもの”に留めてしまうのではなく、このような症状がある場合には、一度、亜鉛測定することを推奨する」と注意喚起した。

<亜鉛不足に関連する症状>
 味がわからない
 食欲がない
 皮膚炎
 生殖機能の低下
 脱毛
 傷が治りにくい
 元気がない
 貧血
 骨粗鬆症
 口内炎
 風邪をひきやすい
 下痢
 身長の伸びが悪い

▶ 亜鉛を測定するタイミング
 この10年で医療機関での亜鉛の検査数4)は加速度的に増加し、メディカル・データ・ビジョンの急性期病院の医療情報データベースを用いて亜鉛を検査した診療科比率を算出したところ、外来では内科(19%)、小児科(10%)、外科(8%)で、入院では内科(27%)、腎臓内科(7%)、外科(6%)で主に検査が行われており、「褥瘡管理や経管栄養などを行っている患者への栄養アセスメントの観点から検査件数が増加傾向にある」と見解を示した。では、前述のような亜鉛欠乏を想起するような症状がない場合、亜鉛を測定するタイミングはあるのだろうか? 横川氏によれば、「特徴的な症状がなく、一見、不定愁訴のような訴えの場合でも、まず亜鉛欠乏も疑ってみることが、診断のきっかけになることもあり得る」と説明した。

 最後に同氏は、「血清亜鉛濃度の低下は、腎疾患や肝疾患はもちろんのこと、加齢による亜鉛の消化管吸収低下が原因で生じることもある。そのため、消化器領域の診療においても上述のような症状がみられる患者に遭遇した際には、低亜鉛を意識した検査を行ってほしい。そして、亜鉛欠乏にも配慮した併存疾患の治療を行ってほしい」と締めくくった。

<参考文献・参考サイト>
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「オートミール症候群」とは?

2024年10月08日 11時03分06秒 | 予防接種
オートミールはエンバク(燕麦、オート麦)を減量とし、
グルテンを含まないため、
小麦アレルギー患者さんでも安全に食べられる食材とされています。

ところが最近、オートミールを食べてアナフィラキシーを起こしたという報告があり、
「いったいどういうこと?」
と私は疑問に感じました。

それを扱った記事を紹介します。
実はオートミールそのものが原因ではなく、
オートミールに混入していた昆虫(ヒラチャタテムシ)のアレルギーとのこと。
なるほど。

これに似た背景の食物アレルギーに「パンケーキ症候群」という病名があります。
こちらは原料の小麦が原因ではなく、
小麦に混入したダニが原因になることで有名です。


▢ オートミール混入ヒラタチャタテ摂取によるアナフィラキシー、国内初症例-東邦大ほか
2024年09月17日:QLifePro) より一部抜粋(下線は私が引きました);

▶ アナフィラキシー患者が摂取したオートミール中に多数の虫体を確認
 東邦大学は9月9日、オートミールに混入したヒラタチャタテ(Liposcelis bostrychophila)の摂取によるアナフィラキシーの症例を日本で初めて報告したと発表した。
・・・
 ダニなどの害虫は室内環境におけるアレルゲンとして、アレルギー性喘息などの気道疾患の原因となること、さらに、害虫に汚染された食品を経口摂取した後にアナフィラキシーを発症することはこれまで報告されている。
 今回、研究グループは、オートミールに混入していたヒラタチャタテの経口摂取によるアナフィラキシーを、日本で初めて報告した。具体的には、2021年3月に東邦大学医療センター大橋病院において、オートミールと、その他の食品を経口摂取した30分後に全身に紅斑が出現し、水様性下痢や嘔吐を伴う症例を経験した患者だった。来院時に頻脈、血中酸素飽和度の軽度低下、全身に紅斑と口唇のチアノーゼが認められ、アナフィラキシーと診断した。
 原因を特定するため、摂取した食品でプリックテストを行ったところ、オートミールだけが陽性反応を示した。しかし、新品の同製品では陽性反応を示さなかったため、摂取したオートミールを顕微鏡で観察したところ、多数の虫体が混入していることが確認された。



▶ オートミール中にヒラタチャタテ特異的抗原Lipb1、患者血清に特異的IgE抗体検出
 研究グループが定量的PCR法とウェスタンブロット法を用いて詳しく調べたところ、患者が摂取したオートミール中にチャタテムシ目ヒラタチャタテ(Liposcelis bostrychophila)の特異的抗原であるLipb1および同抗原をコードする遺伝子配列を検出し、さらにウェスタンブロット法によりLipb1抗原を検出し、ELISA法により患者血清中にLipb1特異的IgE抗体を検出した。これらの結果から、オートミールに混入したヒラタチャタテの経口摂取がアナフィラキシーの原因であると結論付けた。

▶ 室内環境におけるヒラタチャタテのアレルゲンとしての重要性を提示
 ヒラタチャタテは世界中の屋内環境に生息しており、穀類や微粉末食品などを直接食害する。これまでの研究で、ヒラタチャタテは室内塵の99%から検出され、小児気管支喘息患者の重要な吸入性アレルゲンであることが指摘されているが、経口摂取によるアナフィラキシーの報告は国内で本症例が初めてとなった。海外を含め初めて、Lipb1抗原および患者血清中Lipb1特異的IgE抗体を検出したことにより、その原因がヒラタチャタテであると特定した初の報告である。
 発症のメカニズムについては、2つの可能性が考えられた。第一は、患者が生活環境の中でヒラタチャタテの粉末状になった死骸を吸入または接触することによってアレルゲンとして感作され、その後ヒラタチャタテを経口摂取することによってアナフィラキシーを発症した可能性である。第二は、患者が過去にヒラタチャタテを経口摂取したことによりアレルゲンとして感作され、アナフィラキシーを発症した可能性である。本症例は、喘息などの呼吸器症状がないことから、後者であると推察された。
 日常生活においてヒラタチャタテは、ハウスダストが蓄積した室内環境で発生しやすい一方で、0℃以下の温度や55~65%以下の湿度では生育できないため、定期的な換気や天日干しなどの環境対策が重要だ。特に、汚染されやすい保存食品は密閉容器に入れて冷蔵保存するなどの対策が必要だ。また、殺虫剤の使用も選択肢のひとつとなるが、室内環境における害虫の防除には、環境改善や湿度管理などの総合的病害虫管理(Integrated Pest Management ; IPM)に基づく対策も不可欠だ。

▶ 「オートミール症候群」という新たなアレルギー概念を提案
 ダニを摂取することで発症する「パンケーキ症候群」に比べ、チャタテムシを摂取することで発症するアレルギーはあまり知られていない。しかし、日本人のアレルギー性喘息患者を対象とした皮内テストでは、ヒラタチャタテアレルゲンの陽性率は42%、すなわち約4割のアレルギー性喘息患者でヒラタチャタテアレルギーがあることが示されている。本症例および既報告2例(海外例)では、全てチャタテムシがオートミールに混入していたため、研究グループは、「オートミール症候群」という新たなアレルギー概念を提案した。
「研究成果は、アレルギー疾患の予防と室内環境管理に新たな視点を提供し、公衆衛生の向上に貢献することが期待される。特に、オートミールなどの穀物製品の保存方法や、室内環境の管理に関する注意喚起につながることを期待する」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

▼関連リンク
・東邦大学 プレスリリース


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「紹介状ください」のストレス

2024年10月07日 15時22分38秒 | 予防接種
前回、「アレルギー検査希望」のストレスをつぶやきました。
今回は「紹介状ください」のストレスです。

学術的(病気やアレルギー)な話ではないので、
そのような目的の方はスルーしてください。

こんな患者さんが来院しました。

「しばらく前から鼻水が止まらなくて近くの耳鼻科に通院していましたが、
 処方された薬を飲んでいるけどよくならない、
 そのうち咳も始まってつらそう、
 咳止めも処方されたけどよくならない・・・」

「診断名もはっきり言われておらず、
 心配になってこちらを受診しました」

という経過でした。話を詳しく聞くと、

耳鼻科で処方された薬は抗アレルギー薬で、
鼻汁は透明だったり白濁していたり・・・

という情報から私は「鼻副鼻腔炎の後鼻漏による咳嗽」を疑いました。
アレルギー性鼻炎であれば透明な鼻汁が続くはずです。
鼻汁が透明だったり白濁したり・・・という現象は風邪の反復です。

私はまず、副鼻腔炎の治療を提案しました。
それをターゲットにした薬の反応を見て次の一手を考えましょう、と。

「じゃあ、頑張って薬を飲ませてみます」

と診療が一旦終了しました。
・・・でもその直後、患者さんが「追加の話がある」とのこと。

看護師さんに間接的に聞いてもらうと、
「大きな病院に紹介状を書いて欲しい」
と希望しているらしい。

「えっ?」

と怪訝な表情に私がなったことは皆さんも想像できると思います。

長引く鼻水と咳はアレルギーより感染症の可能性が高いと思われ、
その治療をしてみましょうと提案し、納得してもらったと思っていたのに、
「アレルギーに関して大きな総合病院の診療を希望します」
という反応は、私を信頼していないということです。

「わかりました、それなら紹介状を書きますので、
 そちらでお薬ももらってください。」

と怒りを抑えて紹介状を書き、処方箋の薬を消しました。
初めから「紹介状目的の受診」だったのですね。
まあ、このような患者さんは時々いますので、
仕方がないか・・・。

しかし、意外な反応が返ってきました。

「かぜ薬は出してください」
「かぜ薬も出してくれないなんて信じられない」

と怒り始めたのです。

・・・私の話、聞いてました?

この患者さんとの信頼関係構築は諦めました。
しょうもないつぶやきをここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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解決されない「化学物質過敏症」

2024年10月04日 06時39分55秒 | 予防接種
化学物質過敏症・・・約20年前のアレルギー学会ではたくさん演題発表がありました。
しかし最近はあまり見かけません。
原因・メカニズムが解明されたという話も聞きません。
ただ、TVでは時々取りあげられますね。

最近の状況を知るために本を買ったのですが、
こちらに紹介されていました。

<ポイント>
・化学物質過敏症は、外の環境からのさまざまな刺激に対して脳が敏感に関与する、脳過敏(中枢性感作)な疾患であることがわかってきた。わかりやすくいえば、気管支喘息は気管支が過敏な疾患、アトピー性皮膚炎は皮膚が過敏な疾患、化学物質過敏症は脳が過敏な疾患ということになる。
・脳が関与していると思われる疾患を中枢性感作症候群と呼び、同じ概念と考えられる疾患としては片頭痛、慢性疲労症候群、線維筋痛症などが存在する。

やはりというか、想定内の結論ですね。
最近では慢性腰痛もこの要素があると指摘されています。


▢ 潜在患者1000万人以上の「ナゾの病」化学物質過敏症とは何か
2024/08/20:集英社オンライン)より一部抜粋(下線は私が引きました);

「化学物質過敏症」を聞いたことがあるだろうか。身の回りにある“刺激”に体が反応し、さまざまな症状を引き起こす病で、誰にでも発症し得るが、その正しい認知は広まっていない。そんな「ナゾの病」の臨床・研究に第一線で携わる渡井健太郎医師に話を聞いた。

▶ 潜在患者1000万人以上でも広まらない認知
 どんなに医学が進歩しても、いまだ全容解明に至っていない病がある。
 世間一般、また医療従事者の間にすら認知が十分に広がっていないにもかかわらず、現在の患者数は国内で100人に1人の約120万人。重篤なアレルギー疾患や精神疾患と誤診されやすいため、潜在患者は1000万人以上ともいわれている。しかも、ある日突然花粉症になってしまうように誰にでも発症の可能性があり、患者数は増加傾向にあるという。
 その病とは「化学物質過敏症」。10年以上前になるが、筆者はこの病を発症した当人や家族を取材したことがあり、ある人は空気中に漂う香料、タバコ、排気ガスなどに鋭く反応し、不特定多数の人が利用する電車やタクシーにも乗ることができない。
 食事は有機野菜に頼らざるを得ず、ご飯が炊けるときの匂いや新聞や雑誌で使われているインクの匂い、さらに窓の外から聞こえる子どもの大きな声で体調を崩すという人もいた。
 一度罹患すると日常生活や社会活動に支障をきたし、それだけでも問題なのに、周囲の理解を得られないことから孤独感を深め、当人のみならず家族までをも苦しめるとてつもなく恐ろしい病だと感じていた。
「患者さんは多種多様な化学物質や環境条件、日用品や薬剤、食物からの微量な刺激にも敏感に反応し、その7割程度に臭覚過敏が認められます。症状は、
 じんましん、めまい、頭痛、呼吸困難、吐き気、腹痛や疼(とう)痛
など人により実にさまざまで、受診すべき診療科がわかりにくく、ドクター・ショッピングを何年も繰り返してしまう。ようやく化学物質過敏症と診断されたのは、発症から10年後という例も多いです」
そう話すのは、湘南鎌倉総合病院免疫・アレルギーセンター部長の渡井健太郎医師である。
 15年ほど前からアレルギー科医として患者と向き合う過程で喘息や薬剤アレルギー、食物アレルギー、花粉症といった一般的なアレルギー症状とは明らかに異なる患者がいることを知り、生き地獄のような日々を送る患者を救いたいと、化学物質過敏症の解明に向けての研究を続けている数少ない医師の一人だ。

▶ 多大なストレスに山奥で暮らす患者も
 渡井医師は続ける。
「同僚の医師が『一番なりたくない病気は何だろうと考えたとき、化学物質過敏症かもしれない』と言っていました。命にはかかわらないけれど、生きているほうが当然いい……とはなかなか思えない。また診療に当たる医療従事者側も、多大なストレスから人に対して攻撃的な一部の患者への対応で心をすり減らし、最後はもう診られないと診療拒否に至るケースもあります。化学物質過敏症とは、患者にとっても医療従事者にとっても非常に過酷な病です」
 となれば、なおさら一日も早い治療法の確立が望まれるが、大規模な臨床試験に基づく科学的根拠に乏しく、現段階では化学物質過敏症に保険適応の治療法はない。
 「発症につながる根本的な原因がはっきりしていない、それが大きな理由です。患者さんが反応しやすいものとして洗剤や柔軟剤に含まれる香料、またここ数年ではコロナ禍以降頻繁に使われるようになった消毒用アルコールなどの揮発性物質がありますが、ではそれらを排除した生活を送ればこの病が治るかといったらそうでもない。これらがきっかけで引き起こされてはいても、それ自体が根本原因とは言い切れないのです」
 化学物質などからの曝露(さらされること)を避けるため、人里離れた山奥で生活しているという患者がいる。でもその生活を続けていたら治るかというと、治ってはいないのだという。あくまで回避にすぎず、転地療法や対症療法ともいえない根本の解決策ではないからだ。

▶ しぼられつつある「ナゾの病」のカラクリ
 では、直接の原因として何が考えられるのか。その答えを導き出そうとした国内外の研究結果をまとめると、一つの有力な仮説が出ているという。基礎医学的な研究結果のみならず、実際に診療にあたる医師の治療経験を併せてみても、ここに来てかなり確証の高いものとなっている。
 「化学物質過敏症は、外の環境からのさまざまな刺激に対して脳が敏感に関与する、脳過敏(中枢性感作)な疾患であることがわかってきました。わかりやすくいえば、気管支喘息は気管支が過敏な疾患、アトピー性皮膚炎は皮膚が過敏な疾患、化学物質過敏症は脳が過敏な疾患ということになります。
 脳が関与していると思われる疾患を中枢性感作症候群と呼び、同じ概念と考えられる疾患としては片頭痛、慢性疲労症候群、線維筋痛症などがあります。これらに対し、脳の敏感さを抑えてあげられるような薬の投与ができないか。そして、それが症状を軽くし、本当にこの病で困っている患者を救う有効な方法なのではないかと考えられています」
 過剰に反応する化学物質をある程度避けることは必要だが、そこにポイントを置くのでなく、模索しているのは脳や神経にアプローチする治療法である。
 「ごく簡単な例ですが、スギ花粉症の人に花粉がバンバン飛んでいる映像を見せると体が自然に反応し、鼻水が出たりする。確かにスギ花粉が悪さをしてアレルギーを引き起こしてはいますが、こうした現象は脳からきている部分も多分に関与していて、原因には大きく分けて2通りが考えられるのです。
 局所麻酔薬アレルギー疑いの患者さんを調べたときも、検査で単なる生理食塩水を投与したところ、局所麻酔薬を投与されたときと同じような症状を訴えた例もあり、アレルギーや過敏症では脳が関与する、いわゆる“気のせい”と言える部分もあながち否定できない。まだ仮説段階ながら、こうした感覚や脳の問題が化学物質過敏症では大きいのではないかと考えています」

▶ 化学物質過敏症かも…と思ったら
 実際に患者を診ていると、化学物質との闘いをひたすらやり続けている人ほど治りが悪い印象を受けるという。
 これには反論する患者も少なくないと思われるが、渡井医師は「患者との信頼関係が成り立ってから」と前置きしたうえで、「化学物質との闘いは、あるところまでで制限して、気にしすぎない生活を送ってみるのも一つの手かもしれません」と、アドバイスしている。
 化学物質過敏症は血液検査などの具体的な数値による診断基準がなく、診断法としては問診が主体だ。このため、まずは化学物質過敏症以外の他疾患を除外することが重要とされる。
 そのうえで、化学物質過敏症患者を診た経験がない医師には難しいが、経験のある医師なら5分ほど話を聞けば大方診断がくだせるという。
 受診方法としては、まずは身近な病院のアレルギー科、咳などの症状が出ているなら呼吸器内科も対象となる。そこで化学物質過敏症はアレルギーとは異なる疾患なので、「アレルギーなのか、そうではないのか」を判断してもらうことが第一段階として重要だ。
 渡井医師はこのほど『化学物質過敏症とは何か』(集英社新書)を上梓し、この病気の詳細を記した。「患者への理解を深めるとともに、アレルギー科以外の専門の診療科との連携も必須となるため、医療従事者にもより関心を寄せてもらいたい」と話す。
 出版後の反響は小さくなく、患者の家族から「やっと化学物質過敏症という病気の理解ができたました」と、感想をもらったという。
 「アレルギー科医としてこの病に精通し、確実な治療につなげていきたい。そして、このようなやっかいな病を引き起こす原因の一部が脳へのストレスだとすれば、過敏症の予防のために、ストレスのかからない、ストレスをかけない生活をみんなで考える。そんなことも必要なのかもしれないなと感じています」
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