小児のアレルギー疾患は、以下の順番で発症することが昔から観察されてきました;
(アトピー性皮膚炎)
⇩
(食物アレルギー)
⇩
(気管支喘息)
⇩
(アレルギー性鼻炎/花粉症)
1980年代に、馬場実先生(同愛記念病院)はこの現象を「アレルギーマーチ」と呼びました。
もう40年も前のことです。
しかし当時、そのメカニズムを説明することは誰もできませんでした。
私が小児科医になりアレルギー学会へ顔を出すようになった頃は、カラクリがわからないもどかしさから「説明できないなら、馬場先生はアレルギーマーチ説を撤回すべきではないか」という厳しい雰囲気もありました。
時は流れ、近年このメカニズムを説明できる病態モデルが提唱されました。
それは「二重抗原曝露説」。
抗原(=アレルゲン)が人体に侵入する経路により、免疫系の反応が異なるという学説です。
簡単に云うと、
・口から入ると消化吸収されて栄養となり、免疫反応は起こらない(経口免疫寛容)
・湿疹(皮膚の炎症部位)から侵入すると、過剰な免疫反応が起こる(経皮感作/経湿疹感作)
となります。
なるほど、これにならうといろんな現象が説明しやすくなります。
しかし本当なのか? と疑問をぬぐいきれない雰囲気もありました。
そんなタイミングで、これを証明する事件が発生しました。
それは「“茶のしずく石けん”事件」です。
ある地域で、大人の女性の小麦アレルギーの多発が観察されました。
ふつう、小麦アレルギーは乳児期に発症する病気ですが、大人、それも女性だけに発症するのは不思議な現象です。
もちろん、それまで小麦を食べても無症状だった人たちに発症したのですから、担当医師は頭を悩ませました。
症状の特徴として、顔が赤く腫れ上がることが観察されました。
いろいろ調べた結果、患者さんの共通事項として“茶のしずく石けん”の使用が浮上しました。
この石けんの成分分析により、泡立ちをよくするために小麦成分が添加されていることが判明しました。
つまり、石けんの小麦成分が皮膚から微量体内に侵入し、過剰な免疫反応を惹起し、小麦アレルギーを造ったのです。
そして、石けん使用を中止することにより、症状が軽快する例がたくさん観察されました。
この事件は、はからずも二重抗原曝露説を証明することになりました。
さて、
「アトピー性皮膚炎と食物アレルギーはどちらが先なのか?」
という疑問が昔から皮膚科と小児科の間で議論されてきましたが、二重抗原曝露説はこれも解決してくれました。
つまり、アトピー性皮膚炎が先で、経湿疹感作により食物アレルギーを発症するというメカニズム。
今や、二重抗原曝露説は揺るぎない理論となっています。
さて、この学説を臨床応用する番です。
① 経湿疹感作 → 湿疹を完璧にコントロールし、
② 経口免疫寛容→ 皮膚から浸入する前に経口投与を始めれば(=離乳食早期開始)、
⇩
食物アレルギーの発症を予防できるかもしれない!
と誰もが考えました。
現在、これを証明すべく、いろんな臨床研究が行われています。
その現況をまとめた論文を先日届いたばかりの小児アレルギー学会誌(Vol.33, No.3 2019)に見つけました。
2019年9月時点でわかっていること、わかっていないことを整理するのに役立ちます。
<ポイント>
① 経皮/経湿疹感作
Q. アトピー性皮膚炎、食物アレルギーは予防可能か?
A. 新生児期から保湿剤を積極的に定期塗布することにより、予防できる可能性がある(複数の報告あり)。
Q. 抗炎症薬(=ステロイド外用薬、免疫抑制剤外用薬)の早期開始は食物感作を予防可能か?
A. 現在検討中(成育医療センターのPACIスタディ)。ランダム化比較試験の報告は乏しい。
※ PACIスタディ:そう痒のある皮疹出現から28日以内の生後7〜13週のアトピー性皮膚炎乳児650人に対し、プロアクティブに抗炎症薬を使用する群と標準療法行う群にランダム化して鶏卵アレルギーの発症率を評価する計画。
② 経口免疫寛容/離乳食早期開始
Q. アレルゲンになりやすい食物を乳児早期に接種開始することによりピーナッツ・アレルギーは予防可能か?
A. 予防可能(LEAPスタディ:Du Toit, 2015)。
Q. アレルゲンになりやすい食物を乳児早期に接種開始することにより卵アレルギーは予防可能か?
A. まだ報告が一定していない(失敗例:STARスタディ、HEAPスタディ、BEATスタディ、STEPスタディ、成功:PETITスタディ)。
メタアナリシスによると、卵の量と加熱状態がポイントになる(Al-Saud, 2017)。
臨床研究の失敗例では、①“生”卵粉末を摂取していた、②初期量が多かった、③スキンケアに関して特別な介入を行わなかった、ことから、ゆで卵による導入と湿疹治療の同時介入を要すると考えられるようになった(Matsumoto K, et al. Are both early egg introduction and eczema treatment necessary for primary prevention of eggg allergy? J Allergy Clin Immunol 2018; 141: 1997-2001)。
□ スキンケア・アトピー性皮膚炎管理とアレルギー疾患発症予防
堀向健太:東京慈恵会医科大学小児科(日小ア誌 2019;33:316-325)
気になった箇所をメモしておきます;
・アトピー性皮膚炎が皮膚バリア破壊からの感作を通じてアレルギー疾患の発症リスクを上げる、いわゆる「アトピーマーチ」の起点となるという報告が増えている(Roduit C, et al. Phenotypes of Atopic Dermatitis Depending on the Timing of Onset and Progression in Childhood. JAMA Pediatr 2017;171:655-662)。そのため、皮膚がアトピーマーチ予防のターゲットかもしれないと考えられるようになった(Lowe AJ, et al. The skin as a target for prevention of the atopic march. Ann Allergy Asthma Immunol 2018:120:145-151)。
・アレルギー疾患の遺伝性;
両親のうち1人にアレルギー疾患歴がある場合、児のアトピー性皮膚炎発症率は37.9%、両親ともにある場合は50.5%(Bohme M. et al. Family history and risk of atopic dermatitis in children up to 4 years. Clin Exp Allergy 2003;33:1226-1231)。
・妊娠中・授乳中の食物除去やダニ抗原回避というアプローチでは、アトピー性皮膚炎は予防できないというメタアナリシスがすでに発表されている。ビタミンD仮説や衛生仮説も実現可能な予防策にはなり得ていない。そこで注目されるのが皮膚バリア機能の保護から介入する方法である。
・ポストフィラグリン時代;
2006年に発表されたフィラグリン遺伝子変異(Palmer CN, et al. Common loss-of-function variants of the epidermal barrier protein filaggrin are a major predisposing factor for atopic dermatitis. Nat Gent 2006;38:441-446)は、バリア機能からのアトピー性皮膚炎予防に注目させるようになったが、しかし最近、Netherton症候群でみられるSPINK5遺伝子多型や角質細胞同士を接着する細胞接着蛋白であるコルネオデスモシンをコードしている遺伝子もバリア機能低下をきたし、フィラグリンだけでは説明できないことも判明してきた。
・皮膚バリア機能を反映する経皮水分蒸散量(transepidermal water loss: TEWL)が高値はアトピー性皮膚炎発症を予測するという結果が複数報告されている。
→ 新生児期から皮膚バリアを積極的に補強する保湿剤定期塗布をするという手法により、アトピー性皮膚炎発症を予防できるのではないか?
・保湿剤塗布によるアトピー性皮膚炎予防(2014年)
両親もしくは兄弟にアトピー性皮膚炎の既往がある生後1週間いないのハイリスク新生児118名を、介入群59名(乳液タイプの保湿剤を毎日全全身に1日1界以上塗布)と、対照群59名(悪化部位のみワセリンを塗布)にランダム割り付けし、主要評価項目を生後32週までのアトピー性皮膚炎累積発症率とした。結果として、介入群においてアトピー性皮膚炎発症率は32%有意に低下した。しかし、副次的評価項目として検討した生後32週事典での卵白・オボムコイド感作率は、介入群と対照群に有意差を認めていない。しかし、アトピー性皮膚炎発症群と非発症群で比較すると、発症群では卵白感作率が有意に高いという結果だった(オッズ比2.86:95%信頼区間[confidence interval:CI]1.22-6.73)。
(Horimukai K, et al. Application of moisturizer to nenates prevents development of atopicc dermatitis. J Allergy Clin Immunol 2014;134:824-830)
・新生児期からの保湿剤定期使用は食物感作を減少させる(PEBBLESスタディ:Phase2、2018)
オーストラリアでの臨床研究。生後3週間のハイリスク新生児80人を保湿剤1日2回使用する群と対照群にランダム化し生後6ヶ月まで経過を観察した上で、生後12ヶ月でのアトピー性皮膚炎発症率と食物感作率を検討し、生後12ヶ月時のアトピー性皮膚炎発症率と食物感作率が低下する傾向が認められ(有意差なし)、さらに週当たり5日以上の保湿剤使用を受けた乳児のみで解析すると、保湿剤塗布群における12ヶ月時の食物感作率の有意な減少を認めた(21人中0人[0%] vs 36人中7人[19%])
(Lowe A, et al. A randomised trial of a barrier lipid replacement strategy for the prevention of atopic dermatitis and allergic sensitisation: The PEBBLES Pilot Study. Br J Dermatol 2018;178:e19-e21)
・ピーナッツアレルギーは予防可能(LEAPスタディ、2015年)
生後4ヶ月〜11ヶ月未満で(重症の)湿疹または卵アレルギーのあるハイリスク乳児640人に対し、ピーナッツ摂取群・ピーナッツ除去群にランダム化し、5歳まで観察したところ、ピーナッツ摂取群は有意にピーナッツアレルギー発症が少なかった(試験開始時に皮膚プリックテスト陰性の530人において、摂取群1.9%、除去群13.7%;p<0.001)
(Du Toit G, et al. Randomized trial of peanut consumption in infants at risk for peanut allergy. N Engl J Med 2015; 372: 803-813.)
・卵アレルギーの予防に成功(PETITスタディ、2017年)
アトピー性皮膚炎を発症している生後4〜5ヶ月の乳児121人を対象に、スキンケアに加え皮膚炎の状態に応じたプロアクティブ療法を行い、卵摂取群と卵除去群にランダムに割り付け、卵摂取群は生後6ヶ月から加熱卵粉末を卵として0.2g相当で継続摂取し、1歳で卵1/2個の負荷試験を実施、卵摂取群は卵除去群と比較して、卵アレルギーの発症リスクが約1/5になった。
(Natsume O, et al. Two-step egg introduction for prvention of egg allergy in high-risk infants with eczema(PETIT): a randomised, double-blind, placebo-controlled trial. Lancet 2017; 389: 276-286)
・卵早期開始により卵アレルギー予防を試みたランダム化比較試験6件(計3032人)に対するメタアナラシス(Al-Saud, 2017)
卵の早期導入の卵アレルギー発症予防に対する相対リスク(relative risk:RR)は0.60(95%CI 0.44-0.82)、予防効果は卵蛋白質の摂取量が4000mg/週以下の法が、それより炉奥摂取するよりも予防効果が大きかった。
(Al-Saud B, Sigurdardottir ST. Early Introduction of Egg and the Development of Egg Allergy in Children: A Systematic Review and Meta-Analysis. Int Arch Allergy Immunol 2018; 177: 350-359)
当院では約3年前からPACIスタディと同じようなプロトコールで診療してきました。
乳児早期(生後1〜2ヶ月)に湿疹を主訴に受診された患者さんに対して、痒みのない場合はアズノール®や亜鉛華軟膏で様子観察し、痒みを伴う場合は積極的にステロイド外用薬を導入、湿疹を完璧にコントロールしながらステロイド外用薬を減量(間隔を開けていく)する方法です。
開始後、半年くらいで卒業(ステロイド外用薬を中止)できる例がほとんどです。
すると確かに、以前より卵アレルギーが減少してきた印象があります。
ただ、ゼロにはなりません。
おそらく、より効果的に予防するには一旦湿疹が発症してからの対応では遅いのではないかと思われ、新生児期にTEWL(transepidermal water loss)を測定してハイリスク児には湿疹の発症前から保湿ケアを始めるべきであると感じています。
今後、以下の臨床研究が二本柱で行われ、アトピー性皮膚炎/食物アレルギー〜アレルギーマーチ予防が現実味を帯びてくる時代が来ることでしょう。
① 新生児期にTEWL高値のハイリスク児に対して保湿剤定期使用によるアトピー性皮膚炎予防と発症例は厳格に治療管理。
② アレルゲンになりやすい食物は遅らせることなく離乳食開始。
(アトピー性皮膚炎)
⇩
(食物アレルギー)
⇩
(気管支喘息)
⇩
(アレルギー性鼻炎/花粉症)
1980年代に、馬場実先生(同愛記念病院)はこの現象を「アレルギーマーチ」と呼びました。
もう40年も前のことです。
しかし当時、そのメカニズムを説明することは誰もできませんでした。
私が小児科医になりアレルギー学会へ顔を出すようになった頃は、カラクリがわからないもどかしさから「説明できないなら、馬場先生はアレルギーマーチ説を撤回すべきではないか」という厳しい雰囲気もありました。
時は流れ、近年このメカニズムを説明できる病態モデルが提唱されました。
それは「二重抗原曝露説」。
抗原(=アレルゲン)が人体に侵入する経路により、免疫系の反応が異なるという学説です。
簡単に云うと、
・口から入ると消化吸収されて栄養となり、免疫反応は起こらない(経口免疫寛容)
・湿疹(皮膚の炎症部位)から侵入すると、過剰な免疫反応が起こる(経皮感作/経湿疹感作)
となります。
なるほど、これにならうといろんな現象が説明しやすくなります。
しかし本当なのか? と疑問をぬぐいきれない雰囲気もありました。
そんなタイミングで、これを証明する事件が発生しました。
それは「“茶のしずく石けん”事件」です。
ある地域で、大人の女性の小麦アレルギーの多発が観察されました。
ふつう、小麦アレルギーは乳児期に発症する病気ですが、大人、それも女性だけに発症するのは不思議な現象です。
もちろん、それまで小麦を食べても無症状だった人たちに発症したのですから、担当医師は頭を悩ませました。
症状の特徴として、顔が赤く腫れ上がることが観察されました。
いろいろ調べた結果、患者さんの共通事項として“茶のしずく石けん”の使用が浮上しました。
この石けんの成分分析により、泡立ちをよくするために小麦成分が添加されていることが判明しました。
つまり、石けんの小麦成分が皮膚から微量体内に侵入し、過剰な免疫反応を惹起し、小麦アレルギーを造ったのです。
そして、石けん使用を中止することにより、症状が軽快する例がたくさん観察されました。
この事件は、はからずも二重抗原曝露説を証明することになりました。
さて、
「アトピー性皮膚炎と食物アレルギーはどちらが先なのか?」
という疑問が昔から皮膚科と小児科の間で議論されてきましたが、二重抗原曝露説はこれも解決してくれました。
つまり、アトピー性皮膚炎が先で、経湿疹感作により食物アレルギーを発症するというメカニズム。
今や、二重抗原曝露説は揺るぎない理論となっています。
さて、この学説を臨床応用する番です。
① 経湿疹感作 → 湿疹を完璧にコントロールし、
② 経口免疫寛容→ 皮膚から浸入する前に経口投与を始めれば(=離乳食早期開始)、
⇩
食物アレルギーの発症を予防できるかもしれない!
と誰もが考えました。
現在、これを証明すべく、いろんな臨床研究が行われています。
その現況をまとめた論文を先日届いたばかりの小児アレルギー学会誌(Vol.33, No.3 2019)に見つけました。
2019年9月時点でわかっていること、わかっていないことを整理するのに役立ちます。
<ポイント>
① 経皮/経湿疹感作
Q. アトピー性皮膚炎、食物アレルギーは予防可能か?
A. 新生児期から保湿剤を積極的に定期塗布することにより、予防できる可能性がある(複数の報告あり)。
Q. 抗炎症薬(=ステロイド外用薬、免疫抑制剤外用薬)の早期開始は食物感作を予防可能か?
A. 現在検討中(成育医療センターのPACIスタディ)。ランダム化比較試験の報告は乏しい。
※ PACIスタディ:そう痒のある皮疹出現から28日以内の生後7〜13週のアトピー性皮膚炎乳児650人に対し、プロアクティブに抗炎症薬を使用する群と標準療法行う群にランダム化して鶏卵アレルギーの発症率を評価する計画。
② 経口免疫寛容/離乳食早期開始
Q. アレルゲンになりやすい食物を乳児早期に接種開始することによりピーナッツ・アレルギーは予防可能か?
A. 予防可能(LEAPスタディ:Du Toit, 2015)。
Q. アレルゲンになりやすい食物を乳児早期に接種開始することにより卵アレルギーは予防可能か?
A. まだ報告が一定していない(失敗例:STARスタディ、HEAPスタディ、BEATスタディ、STEPスタディ、成功:PETITスタディ)。
メタアナリシスによると、卵の量と加熱状態がポイントになる(Al-Saud, 2017)。
臨床研究の失敗例では、①“生”卵粉末を摂取していた、②初期量が多かった、③スキンケアに関して特別な介入を行わなかった、ことから、ゆで卵による導入と湿疹治療の同時介入を要すると考えられるようになった(Matsumoto K, et al. Are both early egg introduction and eczema treatment necessary for primary prevention of eggg allergy? J Allergy Clin Immunol 2018; 141: 1997-2001)。
□ スキンケア・アトピー性皮膚炎管理とアレルギー疾患発症予防
堀向健太:東京慈恵会医科大学小児科(日小ア誌 2019;33:316-325)
気になった箇所をメモしておきます;
・アトピー性皮膚炎が皮膚バリア破壊からの感作を通じてアレルギー疾患の発症リスクを上げる、いわゆる「アトピーマーチ」の起点となるという報告が増えている(Roduit C, et al. Phenotypes of Atopic Dermatitis Depending on the Timing of Onset and Progression in Childhood. JAMA Pediatr 2017;171:655-662)。そのため、皮膚がアトピーマーチ予防のターゲットかもしれないと考えられるようになった(Lowe AJ, et al. The skin as a target for prevention of the atopic march. Ann Allergy Asthma Immunol 2018:120:145-151)。
・アレルギー疾患の遺伝性;
両親のうち1人にアレルギー疾患歴がある場合、児のアトピー性皮膚炎発症率は37.9%、両親ともにある場合は50.5%(Bohme M. et al. Family history and risk of atopic dermatitis in children up to 4 years. Clin Exp Allergy 2003;33:1226-1231)。
・妊娠中・授乳中の食物除去やダニ抗原回避というアプローチでは、アトピー性皮膚炎は予防できないというメタアナリシスがすでに発表されている。ビタミンD仮説や衛生仮説も実現可能な予防策にはなり得ていない。そこで注目されるのが皮膚バリア機能の保護から介入する方法である。
・ポストフィラグリン時代;
2006年に発表されたフィラグリン遺伝子変異(Palmer CN, et al. Common loss-of-function variants of the epidermal barrier protein filaggrin are a major predisposing factor for atopic dermatitis. Nat Gent 2006;38:441-446)は、バリア機能からのアトピー性皮膚炎予防に注目させるようになったが、しかし最近、Netherton症候群でみられるSPINK5遺伝子多型や角質細胞同士を接着する細胞接着蛋白であるコルネオデスモシンをコードしている遺伝子もバリア機能低下をきたし、フィラグリンだけでは説明できないことも判明してきた。
・皮膚バリア機能を反映する経皮水分蒸散量(transepidermal water loss: TEWL)が高値はアトピー性皮膚炎発症を予測するという結果が複数報告されている。
→ 新生児期から皮膚バリアを積極的に補強する保湿剤定期塗布をするという手法により、アトピー性皮膚炎発症を予防できるのではないか?
・保湿剤塗布によるアトピー性皮膚炎予防(2014年)
両親もしくは兄弟にアトピー性皮膚炎の既往がある生後1週間いないのハイリスク新生児118名を、介入群59名(乳液タイプの保湿剤を毎日全全身に1日1界以上塗布)と、対照群59名(悪化部位のみワセリンを塗布)にランダム割り付けし、主要評価項目を生後32週までのアトピー性皮膚炎累積発症率とした。結果として、介入群においてアトピー性皮膚炎発症率は32%有意に低下した。しかし、副次的評価項目として検討した生後32週事典での卵白・オボムコイド感作率は、介入群と対照群に有意差を認めていない。しかし、アトピー性皮膚炎発症群と非発症群で比較すると、発症群では卵白感作率が有意に高いという結果だった(オッズ比2.86:95%信頼区間[confidence interval:CI]1.22-6.73)。
(Horimukai K, et al. Application of moisturizer to nenates prevents development of atopicc dermatitis. J Allergy Clin Immunol 2014;134:824-830)
・新生児期からの保湿剤定期使用は食物感作を減少させる(PEBBLESスタディ:Phase2、2018)
オーストラリアでの臨床研究。生後3週間のハイリスク新生児80人を保湿剤1日2回使用する群と対照群にランダム化し生後6ヶ月まで経過を観察した上で、生後12ヶ月でのアトピー性皮膚炎発症率と食物感作率を検討し、生後12ヶ月時のアトピー性皮膚炎発症率と食物感作率が低下する傾向が認められ(有意差なし)、さらに週当たり5日以上の保湿剤使用を受けた乳児のみで解析すると、保湿剤塗布群における12ヶ月時の食物感作率の有意な減少を認めた(21人中0人[0%] vs 36人中7人[19%])
(Lowe A, et al. A randomised trial of a barrier lipid replacement strategy for the prevention of atopic dermatitis and allergic sensitisation: The PEBBLES Pilot Study. Br J Dermatol 2018;178:e19-e21)
・ピーナッツアレルギーは予防可能(LEAPスタディ、2015年)
生後4ヶ月〜11ヶ月未満で(重症の)湿疹または卵アレルギーのあるハイリスク乳児640人に対し、ピーナッツ摂取群・ピーナッツ除去群にランダム化し、5歳まで観察したところ、ピーナッツ摂取群は有意にピーナッツアレルギー発症が少なかった(試験開始時に皮膚プリックテスト陰性の530人において、摂取群1.9%、除去群13.7%;p<0.001)
(Du Toit G, et al. Randomized trial of peanut consumption in infants at risk for peanut allergy. N Engl J Med 2015; 372: 803-813.)
・卵アレルギーの予防に成功(PETITスタディ、2017年)
アトピー性皮膚炎を発症している生後4〜5ヶ月の乳児121人を対象に、スキンケアに加え皮膚炎の状態に応じたプロアクティブ療法を行い、卵摂取群と卵除去群にランダムに割り付け、卵摂取群は生後6ヶ月から加熱卵粉末を卵として0.2g相当で継続摂取し、1歳で卵1/2個の負荷試験を実施、卵摂取群は卵除去群と比較して、卵アレルギーの発症リスクが約1/5になった。
(Natsume O, et al. Two-step egg introduction for prvention of egg allergy in high-risk infants with eczema(PETIT): a randomised, double-blind, placebo-controlled trial. Lancet 2017; 389: 276-286)
・卵早期開始により卵アレルギー予防を試みたランダム化比較試験6件(計3032人)に対するメタアナラシス(Al-Saud, 2017)
卵の早期導入の卵アレルギー発症予防に対する相対リスク(relative risk:RR)は0.60(95%CI 0.44-0.82)、予防効果は卵蛋白質の摂取量が4000mg/週以下の法が、それより炉奥摂取するよりも予防効果が大きかった。
(Al-Saud B, Sigurdardottir ST. Early Introduction of Egg and the Development of Egg Allergy in Children: A Systematic Review and Meta-Analysis. Int Arch Allergy Immunol 2018; 177: 350-359)
当院では約3年前からPACIスタディと同じようなプロトコールで診療してきました。
乳児早期(生後1〜2ヶ月)に湿疹を主訴に受診された患者さんに対して、痒みのない場合はアズノール®や亜鉛華軟膏で様子観察し、痒みを伴う場合は積極的にステロイド外用薬を導入、湿疹を完璧にコントロールしながらステロイド外用薬を減量(間隔を開けていく)する方法です。
開始後、半年くらいで卒業(ステロイド外用薬を中止)できる例がほとんどです。
すると確かに、以前より卵アレルギーが減少してきた印象があります。
ただ、ゼロにはなりません。
おそらく、より効果的に予防するには一旦湿疹が発症してからの対応では遅いのではないかと思われ、新生児期にTEWL(transepidermal water loss)を測定してハイリスク児には湿疹の発症前から保湿ケアを始めるべきであると感じています。
今後、以下の臨床研究が二本柱で行われ、アトピー性皮膚炎/食物アレルギー〜アレルギーマーチ予防が現実味を帯びてくる時代が来ることでしょう。
① 新生児期にTEWL高値のハイリスク児に対して保湿剤定期使用によるアトピー性皮膚炎予防と発症例は厳格に治療管理。
② アレルゲンになりやすい食物は遅らせることなく離乳食開始。