小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

ワクチン接種後アナフィラキシーに対して、医師がアドレナリン筋注を躊躇する理由

2022年11月22日 07時23分20秒 | 新型コロナ
新型コロナワクチンの副反応として注目されている「アナフィラキシー」。
今回、アナフィラキシーによる不幸な事例が発生しました。

「命が救えなかったのか?」
という視点からの検証で、
「アドレナリンが投与されていなかった」
ことが問題視されています。

なぜ、投与されなかったのか・・・
ここには、
「アナフィラキシーでは皮膚症状があるはずだ」
という医師の脳に刷り込まれている知識が、
邪魔をしている可能性がありそうです。

例えば、救急外来に意識不明の患者さんが搬送された際、
バイタルサイン(呼吸、脈拍、血圧)が測定され、
その原因を推定することになりますが、
皮膚症状(赤い斑点やじんましん)があると重度のアレルギー、
つまりアナフィラキシーを疑う強い根拠となります。

私も研修医時代に、
「意識がない」
「ぐったりしている」
と運ばれてきた赤ちゃんを診察して、
皮膚のあちこちに赤い斑点があるのを見つけ、
「これはアナフィラキシーではないか」
と考えて家族に食事内容を確認したところ、
「卵を食べて30分後に具合が悪くなった」
ことを聞き出し、診断・治療した経験があります。

しかし、
アナフィラキシーには皮膚症状を伴わない事例があることも昔から知られていて、
ガイドラインにもしっかり記載されています。

最近改定された「アナフィラキシーガイドライン2022」には、
アナフィラキシーを疑うパターンを2つ挙げています。
(以前は3つで覚えにくいのが難点でした)

1.皮膚、粘膜、またはその両方の症状(※1)が急速に発症した場合。
さらに、A~Cのうち少なくとも1つを伴う。
  A. 気道/呼吸:呼吸不全(※3)
  B. 循環器:血圧低下または臓器不全に伴う症状(※4)
  C. その他:重度の消化器症状(※5)

※1)全身性の蕁麻疹、掻痒または紅潮、口唇・下・口蓋垂の腫脹など。
※2)数分~数時間で。
※3)呼吸困難、呼気性喘鳴・気管支攣縮、吸気性喘鳴、PEF低下、低酸素血症など。
※4)筋緊張低下[虚脱]、失神、失禁など。
※5)重度の痙攣性腹痛、反復性嘔吐など[特に食物以外のアレルゲンへの曝露後]。

2.典型的な皮膚症状を伴わなくても、当該患者にとって既知のアレルゲンまたはアレルゲンの可能性がきわめて高いものに曝露された後、血圧低下または気管支攣縮または喉頭症状が急速に(数分~数時間で)発症した場合。
 
まあ、これでもわかりにくいですよね。

1は救急外来で原因不明意識障害患者が搬送されてきた場合がイメージされます。
呼吸困難、血圧低下、激しい嘔吐のどれかがあり、かつ皮膚症状を認めればアナフィラキシーを強く疑う。
やはり皮膚症状が重要です。

2はどうでしょうか。
ここでは「アレルゲンに暴露」されていることが条件で、
その場合は皮膚症状がなくても呼吸困難・血圧低下があればアナフィラキシーを強く疑う、という内容です。

さて、今回のワクチン接種後のアナフィラキシー事例を考えてみましょう。
ワクチン接種はアレルゲン暴露に相当します。
そして皮膚症状がなくても血圧低下・呼吸困難があれば、
アナフィラキシーを疑いアドレナリン筋肉注射が必要となります。

今回の愛知県の事例の記者会見の記事から、愛西市と医師会の見解を抜粋します;

・11月5日、集団接種会場でBA.5に対応したファイザー社製のワクチンを接種し、5分後に容体が急変。息苦しさを訴え、医師は酸素マスクを装着した。
・しかし、90%を切ると呼吸不全と定義される血中酸素飽和度は54%に低下。
・その後、治療薬は投与されないまま、飯岡さんは2度にわたって血の泡を吹くと心肺停止に。
・病院に運ばれたが、約1時間半後に死亡した。死因は急性心不全だった。
・愛西市健康推進課長(11月11日): その場においては、医師はベストを尽くしていただいたと認識しております。 「肺における何かが起きたんじゃないか」と(医師が)お考えになられたと伺っております。アドレナリンの注射を指示し、看護師が血管確保を試みたんですけども、血管を探すことができなかったということで、静脈注射はできなかった。
・愛知県医師会は医療安全対策委員会で、当時対応にあたった医師から話を聞くなどして検証。 愛知県医師会の渡辺嘉郎理事: 今回の事案において、死亡に至った病態は必ずしも明らかにはされませんでした。ただワクチン接種後であったことから、アナフィラキシーの存在は強く疑われました。
・飯岡さんの症状からアナフィラキシーショックだった場合には「最重症型」とみられ、医師が診た時点でアドレナリンを打ったとしても救命できなかった可能性が高いとした。 
・愛知県医師会の渡辺嘉郎理事: 今回の事例では、看護師が女性の体調変化に気づいた時点で、救護室に運ばずその場でアドレナリンの筋肉注射をできなかった体制に問題がありました。

 会見から見えてくる当時の状況は・・・
・呼吸不全は認められ、血の泡を吹いたが、皮膚症状はなかった。
・看護師はアドレナリン静脈注射を行おうとした。
の2点がポイントだと思われます。

「血の泡を吹いた」という呼吸器症状はアナフィラキシーガイドラインにも記載はなく、現場はこのインパクトに「肺の病気ではないか」と振り回された可能性があります。
冷静に考えれば呼吸不全・血圧低下はあったわけですが・・・。

2点目に関しては、アドレナリンは基本的に“筋肉注射”であり、静脈注射にこだわるのは医療者として不思議な印象。ただし、これは正確に情報が伝わっていない可能性があります。

シンプルに、
ワクチン接種後に呼吸困難・血圧低下を認めたら、
 皮膚症状がなくてもアドレナリン筋注
を徹底すべきでしょう。

<参考>
▢ アナフィラキシーによる悲劇をなくそう―アナフィラキシーガイドライン改訂
▢ 医師会が見解…接種後の40代女性死亡は「アドレナリン注射すべきで体制に問題」【愛知発】




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする