小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

夏目漱石の病気

2024年12月23日 07時54分26秒 | 予防接種
今回は志向を変えて、文豪の病気について。
歴史に名を残すような人物は一定の比率で精神を病んでいます。
現代医学の視点から見ると、いろいろな診断名がつきます。

現代社会では精神病とはじかれる人たちも、
昔は貴重な人材として社会的な存在意義がありました。

例えばシャーマン。
神がかりは統合失調症の幻覚に近く、
また雨乞いを成功させる能力は重度の感覚過敏かもしれません。

作曲家もよく「メロディーが天から降りてくる」などと言いますが、
これも統合失調症の幻聴か、双極症の躁状態かと。

小説家の芥川龍之介が統合失調症であったことは有名です。

作家の北杜夫氏は自他共に認める双極症でしたが、
躁状態の時はどくとるマンボウシリーズ、
うつ状態の時は純文学を書き残しました。

私は彼のうつ状態の時に書かれた小説のファンで、
「幽霊」「木霊」などは青春期に繰り返し読んだものです。

され、表題の夏目漱石。
彼は明治時代に活躍しましたが、
現在でも読み継がれている小説の大家です。
江戸時代から明治時代にかけての日本社会・日本家族の価値観の変化を、
繊細な感覚で書き残しました。

さて、彼を“病気”という視点から見た記事が目に留まりましたので紹介します。

▢ 数えきれない病気と闘った夏目漱石の深傷とは…国の近代化ストレスを一身に背負った教師時代の悲劇体験天然痘、盲腸、結膜炎、胃潰瘍、痔、リウマチ、糖尿病…
富岡 幸一郎(文芸評論家)
2024/12/22:PRESIDENT Online)より一部抜粋(下線は私が引きました);

夏目漱石の作品はなぜ多くの読者を魅了し続けるのか。『ビジネスエリートのための 教養としての文豪』(ダイヤモンド社)を上梓した文芸評論家の富岡幸一郎さんは「漱石は、国の近代化の病を一身に背負った作家と言ってもいい。明治時代の巨大なストレスを背負い、自らの病気と闘い続けた作品群は、仕事でつらい思いをしているビジネスパーソンにぜひ読んでもらいたい」という――。

▶ 自分の顔にコンプレックスを抱えていたワケ
本書の6つのテーマの1つである「病」といえば、なんといっても夏目漱石です。
「病気のデパート」と呼ばれるほど、実に多くの病歴があります。
まずは3歳のとき、当時としては致死的なウイルス感染症の痘そう(天然痘)に罹患します。これは発熱とともに全身に発疹ができる病気で、致死率が極めて高く、たとえ死を免れて治ったとしても、顔面に発疹の跡が残ります。
「あばたもえくぼ」ということわざがありますが、これは本来「好きになれば、天然痘の発疹跡が残った醜いあばたさえ、かわいらしいえくぼに見える」という意味です。
漱石の顔には発疹跡のくぼみが残ってしまいましたが、これがコンプレックスとなり、ロンドン留学中に神経衰弱になった一因とされています。漱石は、できるだけあばたが目立たないように、写真を修正したこともありました。

▶ 作品に投影されたさまざまな心身の病巣
また、17歳のときには虫垂炎(俗称・盲腸)、20歳のときにはトラホーム(伝染性の結膜炎)、中年以降には胃潰瘍糖尿病を患っています。神経質でストレス耐性が低い漱石の性格は、こうした病歴によって助長されたともいえるでしょう。
糖尿病になった漱石は、インスリンや経口薬が開発されていなかった当時、「厳重食」と呼ばれた最新の食事療法、いわば近年認知度が高まった「糖質制限食」をとり入れたのですが、ストレスからくる過食傾向もありました。
特に甘いものを好み、ジャムをそのまま舐めることもあったそうです。こうした食生活が糖尿病に悪影響を及ぼしたことでしょう。
漱石が43歳の夏の日、胃潰瘍が悪化して多量の吐血をして、30分ほど意識を失い、死の淵をさまよったこともあります。
胃潰瘍による大量出血で49歳の若さで亡くなるまで、さまざまに抱えた心身の病巣が、漱石の作品にどんどん投影されていきました。

▶ 人生の節目節目で「病」に振り回される
漱石は慶応3(1867)年生まれで、明治の年号と満年齢が重なります。慶応4年が明治元年となり、このとき漱石の年齢は1歳。明治2年に2歳、明治3年に3歳……というように、まさに明治時代とともに成長したわけです。
漱石の人生は、幼いころから波瀾に満ちていました。
そもそも漱石は、生まれてすぐに養子に出されます。ところが、養父母の間で問題が起こり、9歳のとき、また夏目家に引きとられることになります。どこにも居場所がないなかで幼少期を過ごしたのが、漱石なのです。
その後、帝国大学英文科に進学しますが、23歳のときにコレラ(細菌性の感染症)が大流行。漱石自身はコレラの罹患を免れたのですが、前述のように20歳のときにトラホーム(伝染性の結膜炎)にかかっています。
初恋の相手は、24歳のときに通院していた眼科の待合室でひと目惚れした女性でした。
とにかく人生の節目節目において、「病」が漱石を振り回します。
座禅で精神を鎮めようとするも挫折、留学で神経衰弱が悪化肉体的な病が重なったことに加え、幼少期の精神的な負担の影響もあって、漱石には心理的なストレスが積み重なるようになります。
大学を卒業してから士官学校で英語の嘱託教師になりますが、この仕事がかなり厳しく、精神的に追い詰められたこともありました。
そのため、漱石は鎌倉・円覚寺で座禅を組むなど、自らの精神を鎮めようとしますが、結局のところ解決策は見つかりません。この体験は、漱石の神経衰弱や精神的な苦しみと結びついており、著作における本質的なテーマになります。

▶ 英語教師となるも生徒から反発される
32歳のときにはロンドンへ留学しますが、当時は黄色人種に対する人種差別が厳しく、漱石自身、外出することを嫌がりました。
また、留学費の不足や孤独感から、神経衰弱はますます悪化してしまいます。「夏目漱石がロンドンで発狂した」という噂まで広まったくらいです。
結局、2年の留学期間を終え、ようやく日本に戻ります。ところが、漱石のトラブルはまだまだ終わらなかったのです。
帰国後、漱石は明治政府の西洋学問の推進にともない、英語の嘱託教師として、第一高等学校(現・東京大学教養学部)で教壇に立つことになりました。
この仕事自体はよかったのですが、問題は前任の英語の先生のほうが、人気があったということです。
漱石の前任者は、ラフカディオ・ハーンという人物。帰化して日本人女性・小泉節子と結婚し、「小泉八雲」と名乗るようになった明治の文豪です。
アイルランド、フランス、アメリカ、西インド諸島、日本と放浪を続けた経験の豊かさと話のうまさが相まって、生徒たちの興味・関心を巧みに引き込んだのです。
それに対して漱石は文法や訳文に重点を置き、元来神経質なところも相まって生徒たちの人気は高まりませんでした。
結果として、生徒たちに人気のあったハーン先生が解雇され、人気のない漱石が新しい英語の先生になることに反発した生徒たちが、「前の先生のほうがよかった」と授業をボイコットしたのです。
漱石は、その反発を突っぱねて、生徒たちを厳しく指導しましたが、精神的に悪影響を及ぼしたことは想像に難くないでしょう。
しかし、漱石の悲劇はまだまだ終わりません。

▶ 叱った生徒の投身自殺で本格的な神経症に
漱石が教えていた生徒のなかに、藤村操みさおという生徒がいました。成績優秀で、中学校を飛び級で進学。普通は18〜20歳で入学するところ、16歳で第一高等学校(現・東京大学教養学部)に入った秀才です。
あるとき、漱石の英語の授業に出席していた藤村に、漱石が訳文の課題を出しました。
ところが、藤村は不遜な態度で「やってきませんでした」と言い放ちます。漱石は驚きましたが、怒りを抑えて「なぜやってこなかったのか」と尋ねました。すると藤村は「やりたくないからやってこなかった」と反発したのです。
漱石は怒りを感じましたが、冷静に「次回までにやってくるように」と注意するにとどめました。しかし、次の授業でも藤村は、同じように「やってきませんでした」と反発してくるではありませんか。
2度目ということで、さすがに癇癪かんしゃくを起こした漱石は、「勉強したくないなら、もう教室に出てこなくていい」と、藤村を叱りつけました。
これで済めばよかったのですが、なんとその数日後、16歳の藤村は栃木・日光の名瀑、華厳滝に投身自殺をしてしまうのです。
藤村は「巌頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし。始めて知る、大なる悲觀は大なる楽観に一致する」などと哲学的な問答を書いた遺書を残しました。
これは世間でも大きなニュースになり、新聞などでも報じられます。この話は、当時「煩悶はんもん青年」という流行語まで生み、もだえ苦しむことを哲学的な自殺ととらえる議論も盛んになったのです。

▶ 胃潰瘍、痔、リウマチ、糖尿病とさんざんな晩年
さて、「自分は生徒を叱っただけ、自殺は彼自身の問題だ」などと、わり切って考えられる漱石ではありません。自分が藤村を叱ったことが原因だと気に病んでしまいます。
その後、教壇に立つなり、最前列の生徒に「藤村はどうして死んだんだい」と尋ねるなど、神経衰弱を抱えていた漱石の心に、また新たなストレスがのしかかります。
小説家として活動してからも、胃潰瘍、痔、リウマチ、糖尿病などさまざまな病気に悩まされ、ついに胃潰瘍で血を吐いてしまいます。
療養や入退院を繰り返し、それでもまた小説を書き始めるのですが、そうすると、今度は胃潰瘍が再発してしまう。それから、痔の手術もしなければならなくなるという、さんざんなあり様です。
胃潰瘍は毎年のように再発し、最終的にはリウマチの治療もあって療養していた神奈川・湯河原で倒れ、さらに糖尿病も悪化し、さらにさらに胃潰瘍がどんどん悪化。もはや、何が原因かわからないくらい病に侵され、49歳で亡くなってしまいます。

▶ 明治以降の国民の病気を一身に背負う
漱石は「新しい日本語」をつくり上げ、明治を牽引してきた作家です。
明治の日本は、西洋の文明、文化の影響を受け、古いものを壊していき、新しいものをつくり上げるという作業を繰り返しました。それ自体が、日本人という民族にとって、非常にストレスだったわけです。
明治維新で西洋列強の植民地になることからは逃れられたものの、それでも、なんとかして西洋に追いつかなければならない。だから、古いものはどんどん捨て、近代化しなくてはならない。
そうやって日本の国民たちは、ものすごく無理をしてきました。その国民的ストレスを、近代文学の第一人者たる漱石は、個人のストレスのように引き受けてしまった。
国民の病気を一身に背負ったと言っていいかもしれません。巨大なストレスを背負い、闘い続けた漱石の作品は、仕事でつらい思いをしているビジネスパーソンにもぜひ読んでもらいたいと思います。


…漱石が天然痘に罹患し、一高(現在の東京大学)の英語教師の前任者は小泉八雲だった…初めて知りました。
また、糖尿病を患い、現代社会で復活した「糖質制限食」実行者でもあったとは、驚きです。

繊細な彼は劇的に変化する社会のストレスを全身で受け止め、病み、そしてそれを言葉に残した・・・小説という媒体にアウトプットしたのですね。


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アンガーマネージメント〜仏教の視点〜

2024年12月12日 16時44分07秒 | 予防接種
“アンガーマネージメント”・・・最近よく耳にする言葉です。
私自身、怒りっぽい性格なので関心があります。
今までにもいろいろ、見たり聞いたり読んだりしてきました。

「相手に期待しなければ腹が立たない」
という定番の対応から、
「相手も自分もいつかは死ぬ、と考えれば“まあいいか”と思える」
という究極の捉え方もありました。

坐禅を組んで雑念を払う仏教にも興味があります。
坐禅中も雑念は浮かんでは消えますが、
その極意は「雑念を手放すこと」と昔、
NHKのバラエティ番組“ためしてガッテン“で僧侶がコメントしていました。

そう教えられても、なかなかできませんでした。

僧侶が語るアンガーマネージメントの記事が目に留まりましたので、
紹介します。

<ポイント>
・ブッダは人間が陥りやすいあしき感情として「(とん: むさぼり、限りない欲望)」「(じん: 怒り、妬み、恨みなど)」「(ち: 愚かさ)」の3つを挙げており、これらは「三毒」と呼ばれ、人間が避けるべきものとして説いている。「貪・瞋・痴」はまさに毒であり、私たち自身をむしばみ、身を滅ぼす原因となる。
・貪(欲望)が満たされないときに、瞋(怒り)が生じる。期待が裏切られたときに怒りが生まれる、という点は現代のアンガーマネジメント理論とも一致する。
・人がイライラの火種を抱えてしまうのは『自分に対する執着心』が強すぎるから。自分を大切に思うあまり、『自分が否定される』ことを極端に恐れ、思い通りにいかないときにイライラや怒りが生じるのは、防衛本能の発露である。他人を攻撃することで、大切な自分を守ろうとしている。怒りを防衛感情である。
・仏教が教える怒りへの処方箋は『瞑想』。瞑想とは、心を『無』にしてイライラを抑え込むのではなく、『イライラしている自分を認め、全身で感じる』こと。『今、自分はイライラしている』『このモヤモヤ感は、きっと怒りの感情だ』と、瞑想によって(自身の感情を)客観的に自覚すること。
・怒りやイライラの感情は、抑えつけようとすると反発して大きくなりやすい。しかし、『イライラしている自分』に気づき、『自分は今、イライラし始めている』と認めた瞬間、心を落ち着かせることができる。怒りの感情をコントロールするための有効な方法として、自身の感情に対する「メタ認知」が重要。
・イライラや怒りを鎮めるには、火が燃え上がる前の『種火』のうちに鎮火することが重要である。
・怒りへの対処法として、整理整頓や清掃が効果的である。禅寺には『作務』(整理整頓や清掃)という強力な自己鎮静法がある。作務を徹底して行うことで、心身にたまった怒りや不浄なエネルギーが見事に消えていく。その理由は以下の通り;
1. 全身の筋肉を動かすことで、怒りのエネルギーを物や他人に向けることなく身体外に放出できる。
2. 作務を心の整理整頓や清掃として徹底的に行うことで、心に染みついたモヤモヤや、絡み合った思考が整理されていく。
・怒りを収める呼吸法として「合掌低頭」こそが完璧な型であり、心を整える所作として重要である。合掌とは「両手のひらを顔や胸の前で合わせて拝むこと」、低頭とは「頭を低く下げて礼をすること(お辞儀)」。合掌してお辞儀をしながら深くゆっくり息を吸い込み、そして頭を一番下げた状態で姿勢を保ちながら息をゆっくり吐き出し、次に頭を上げる動作に合わせて、再び深くゆっくり息を吸い込む。アンガーマネジメントの観点からは、合掌低頭をイメージしながらこの呼吸法を2~3回行う。怒っているときは呼吸が速く浅くなりがちだが、この呼吸法を行うことで副交感神経が活性化して体がリラックスし、イライラや怒り(興奮状態)を鎮める効果が期待できる。

・・・仏教的呼吸法「合掌低頭」がマインドフルネスの基本だったのですねえ。


▢ 和尚に学ぶアンガーマネジメントの極意
大浦 裕之(岩手県立中央病院)
2024/12/09:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 筆者は日頃から、アンガーマネジメントに関する記事や文献、書籍などを通じ、怒りの感情をコントロールする様々な方法を学ぶよう努めています。その中でも、特に多くの学びを得ているのが、愛知県小牧市にある大叢山福厳寺の住職の大愚元勝和尚の教えです。
 大愚和尚は、YouTubeで「大愚和尚の一問一答/Osho Taigu’s Heart of Buddha」というチャンネルを運営されており、そのチャンネル登録者数は2024年11月末時点で69.3万人、投稿動画数は1064本を数えるほどの人気を誇ります。既にご存じの方もいらっしゃるかもしれません。
 大愚和尚は、仏教の開祖の教えを、禅僧として一般の人々に向けて様々な媒体を通じて発信されています。・・・

▶ 人間が避けるべき「三毒」
 大愚和尚のYouTube動画では、怒りの感情をコントロールする方法について説かれた内容が数多くあります。その中でも、「知らず知らずのうちに身を滅ぼす『悪しき感情』とは何か?」という動画では、人間が抱きやすい悪感情と、その向き合い方について詳しく解説されています。
 大愚和尚によれば、ブッダは人間が陥りやすいあしき感情として、「(とん: むさぼり、限りない欲望)」「(じん: 怒り、妬み、恨みなど)」「(ち: 愚かさ)」の3つを挙げています。これらは「三毒」と呼ばれ、人間が避けるべきものとして説かれています。この貪・瞋・痴」はまさに毒であり、私たち自身をむしばみ、身を滅ぼす原因となるとされています。 
 特に印象的だったのは、貪(欲望)が満たされないときに、瞋(怒り)が生じるという指摘です。貪は「〜すべき」や「過度な期待」とも言い換えることができますが、これらの期待が裏切られたときに怒りが生まれる、という点は現代のアンガーマネジメント理論とも一致しています。ブッダの時代の約2600年前の人間も、現代の私たちと同様の課題を抱えていたこと、そしてブッダが既にアンガーマネジメントに通じる教えを説いていたことに驚きを覚えます。
怒りは防衛感情
 大愚和尚は著書の中で、「人がイライラの火種を抱えてしまうのは、『自分に対する執着心』が強すぎるから」と述べています1)。また、「自分を大切に思うあまり、『自分が否定される』ことを極端に恐れ、思い通りにいかないときにイライラや怒りが生じるのは、防衛本能の発露です。他人を攻撃することで、大切な自分を守ろうとしているのです」と説明し、怒りを防衛感情として位置付けています1)。なお、本連載第5回「脳科学的に見た『怒り』の発生メカニズム」では、怒りの本質について、脳科学の視点から解説しています。ご参照ください。

▶ 感情をメタ認知することが重要
 大愚和尚は、「では、どうすればイライラの種火を消すことができるのでしょうか。仏教が教えるその処方箋は『瞑想です」と述べています1)。ただし、ここで言う瞑想とは、坐禅を組んだり、心を静めて仏に祈ることではありません。大愚和尚は、「瞑想とは、心を『無』にしてイライラを抑え込むのではなく、『イライラしている自分を認め、全身で感じる』ことを指す」としています。「『今、自分はイライラしている』『このモヤモヤ感は、きっと怒りの感情だ』と、瞑想によって(自身の感情を)客観的に自覚することができる」と和尚は説明しています1)。
 さらに、「怒りやイライラの感情は、抑えつけようとすると反発して大きくなりやすい。しかし、『イライラしている自分』に気づき、『自分は今、イライラし始めている』と認めた瞬間、心を落ち着かせることができる」と述べ1)、怒りの感情をコントロールするための有効な方法として、自身の感情に対する「メタ認知」の重要性を強調しています(「メタ認知」については本連載第12回「怒りのコントロールに必須のスキル──『メタ認知』編」をご参照ください)。このように、仏教においてもメタ認知が重視されている点は注目に値します。

▶ 心の修行の意味
 大愚和尚の動画「一問一答/Osho Taigu’s Heart of Buddha『乱れた感情を整え《心のマスター》になる方法』」では、上述のメタ認知によるアンガーマネジメントについて詳しく解説されています。内容は、負の感情コントロールに悩む20歳代の男性が和尚に心の鍛錬法を相談するもので、アンガーマネジメントのトレーニングについて深く考えさせられる動画です。
 初めてこの動画を見たとき、私は非常に衝撃を受けました。大愚和尚は、なぜ感情のコントロールが難しいのかを、スポーツの技術習得に例えながら、丁寧に分かりやすく解説しています。「心のマスター」になることの難しさ、そして諦めずに努力を続ける重要性を力強く説いています。また、怒りを火に例え、「イライラや怒りを鎮めるには、火が燃え上がる前の『種火』のうちに鎮火することが重要」と述べ、その対処法を火事の初期対応になぞらえています。
 この動画は約30分のものですが、自身の怒りのコントロールに悩んでいる方にはぜひご覧いただきたい内容です。時間がない方は、22:57~26:13の3分16秒分だけでも見ていただければと思います(この部分では、具体的な和尚の「処方箋」が紹介されています)。・・・
 この部分で特に印象に残るのは、大愚和尚の以下の言葉(一部抜粋)です。「皆さんは今の仕事に就くために、これまでどれだけ勉強してきましたか? 生業をなすために、どれだけ時間とお金、エネルギーをかけて努力してきたでしょうか? しかし、自分の心を修めるためにそれ(時間とお金とエネルギー)を使う人はほとんどいません。だからこそ、心が未熟なままなのです」。和尚はこう喝破し、「心の修行は、人生をかけて本気で取り組む価値がある」と力説しています。
 この部分は何度見ても新たな気付きを得られ、自分の生き方を見つめ直すヒントが詰まっています。心の修行に取り組む意義を再確認するきっかけとなるでしょう。

▶ 作務がアンガーマネジメントに
 大愚和尚によれば、怒りへの対処法として、整理整頓や清掃が効果的とされています。和尚は次のように述べています1)。「禅寺には『作務』という強力な自己鎮静法があります。作務とは、整理整頓や清掃のことです。作務を徹底して行うことで、心身にたまった怒りや不浄なエネルギーが見事に消えていきます。整理とは、不要なものを捨てること。整頓とは、物を元の位置に戻すこと。そして清掃とは、新品のような輝きを保ち続けることを指します。ただ漠然と掃除をするのではなく、この意義を意識しながら作務に取り組むのです」。
 では、なぜ作務を行うと怒りが鎮まるのでしょうか。大愚和尚は、その理由として以下の2点を挙げています。
1. 全身の筋肉を動かすことで、怒りのエネルギーを物や他人に向けることなく身体外に放出できる。
2. 作務を心の整理整頓や清掃として徹底的に行うことで、心に染みついたモヤモヤや、絡み合った思考が整理されていく。
 大愚和尚は、「どうしようもなく腹が立ったときやキレそうになったとき、その行き場のないエネルギーを物や相手に向けたり押さえ込んだりするのではなく、徹底的に作務を行うことで、心身の鎮静と浄化に役立てるべき」と推奨しています1)。怒るたびに身の回りがきれいになるのは、まさに一石二鳥と言えるでしょう。・・・

▶ アンガーマネジメント的呼吸法
 大愚和尚は、全国各地で一般の方向けに講習会「大愚道場」を開催しています2)。この大愚道場は、講義を聴くだけではなく、参加者が仏教を体感できるワークショップ形式(体験型授業)で行われます。参加者は他の受講者と共に、瞑想の基本である「呼吸や姿勢に意識を向ける」練習を通じて、それが日常生活にどのような変化をもたらすかを実際に体験します。
 昨年の冬、仙台のある総合病院で行ったハラスメント防止対策研修会の翌日に、偶然にも同地で大愚道場が開催されることを知り・・・参加しました。様々な学びがありましたが、その中でも特にお伝えしたいのが呼吸法です。
 怒りを感じたときの対処法として「深呼吸を数回行う」という方法は広く知られていますが、大愚道場ではその基盤となる呼吸法の重要性について学び、実践的なヒントを得ることができました。皆様も、僧侶が「合掌低頭(がっしょうていず)」を行う場面をご覧になったことがあるかと思います。合掌とは「両手のひらを顔や胸の前で合わせて拝むこと」、低頭とは「頭を低く下げて礼をすること(お辞儀)」を意味します。大愚和尚は、この「合掌低頭」こそが挨拶の完璧な型であり、心を整える所作として重要であると述べています1)。
 合掌低頭における呼吸法についてですが、合掌してお辞儀をしながら深くゆっくり息を吸い込みます。そして、頭を一番下げた状態で姿勢を保ちながら、息をゆっくり吐き出します。次に頭を上げる動作に合わせて、再び深くゆっくり息を吸い込みます。この方法により、普段は無意識に行っている呼吸を意識することができ、「マインドフルネス」の基本を体感できます。
 アンガーマネジメントの観点からは、合掌低頭をイメージしながらこの呼吸法を2~3回行うことが勧められます。怒っているときは呼吸が速く浅くなりがちですが、この呼吸法を行うことで、副交感神経が活性化して体がリラックスし、イライラや怒り(興奮状態)を鎮める効果が期待できます。いわゆる「魔の6秒間」をこの呼吸の間にやり過ごすことができるのです。
 怒りのコントロールには、大愚和尚の教えにあるように、自身の感情を認識し、心を落ち着かせる技術が欠かせません。瞑想や作務、呼吸法といった実践的な方法を通じて心を鍛えることが、日々のストレスを軽減し、心の平穏を保つための鍵となるということでした。
・・・

<参考資料>
1) 大愚元勝:『苦しみの手放し方』(ダイヤモンド社、2020)
2) 大愚道場|ワークショップ形式の仏教講座| 佛心宗 大叢山福厳寺
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“睡眠障害”という視点から見た起立性調節障害

2024年12月12日 06時59分23秒 | 小児医療
欧米の起立性調節障害は循環器疾患として扱われていますが、
日本では循環器疾患+心身症という扱いです。

なぜそうなってしまったのか・・・
「イヤなことを見たり聞いたりすると気分が悪くなる」
という項目があるのです。
循環器疾患と関係ない内容ですよね。
それに、イヤなことを見たり聞いたりすれば、
気分爽快になる人なんているのでしょうか?

それはさておき、
心身症という疾患は心療内科・精神科にもまたがる概念で、
内科疾患中心に診療する小児科医には不得手です。
しかし小学生・中学生が意を決して心療内科・精神科を受診しても、
「使える薬がありません」と門前払いを食らうのが現実です。

何とかならないものか・・・と私は漢方薬に活路を見出すべく模索中です。

起立性調節障害の患者さんは「朝起きられない」症状が定番ですが、
夜更かし(眠れない)&朝起きられない、つまり“睡眠障害”という視点からの診療、
つまり睡眠医療からのアプローチという記事が目に留まりましたので紹介します。

<ポイント>
・日本には軽症例を含め約70万人の起立性調節障害患者がいると推定され、これは中高生の約10%に相当し、その86%で朝の起床困難が認められると報告されている。しかし朝適切な時刻に起きられない症状はこれまで治療が難しかった。
・起立性調節障害の主症状である起立時の血圧低下や血圧の維持困難については、血管にある交感神経を刺激して血圧を上げる作用がある「ミドドリン」が処方されるが、睡眠の問題には効果がない。これまで入眠を助ける薬はあったが「朝適切な時刻に起床できない」という症状は治療が非常に困難とされてきた。近年、睡眠医療からのアプローチで、治療薬による起床時刻の調節が期待できるようになってきたが、多くの患者が最初に受診する小児科では、こうした治療法がほとんど浸透していない。
・若年層に多くみられる、極端な夜更かしと遅起きは「睡眠・覚醒相後退障害DSPS)」という別の病気と定義される。睡眠医療の立場から見ると、起立性調節障害の患者の大部分は併存症としてのDSPSとも診断が可能と考えられる。これに対して、抗精神病薬の「アリピプラゾール」によって起床困難の改善が期待できるとする報告を、岡山大学大学院精神神経病態学教室の高木学教授が2014年に医学誌に公表した。
・アリピプラゾールは神経伝達物質の1つ「ドーパミン」の量を調節する作用がある。さらに近年、アリピプラゾールは直に脳の視交叉上核(外部からの刺激がなくとも、ほぼ24時間サイクルの「概日リズム」をつかさどる“最高位”の体内時計)に作用していることが明らかとなった。DSPSの場合には、同核からのシグナルが強く、かつ後ろにずれているため、日常の明暗サイクルに合わせるのが困難になっている。遅れてしまっていた視交叉上核のシグナルから離脱して普通の生活リズムに合わせやすくなるのが、アリピプラゾールの作用メカニズムと考えられている。
・アリピプラゾールは精神科領域の薬のため不安に思われるかもしれないが、早起きを促すために使う量は精神疾患の場合の10~20分の1という微量のため過剰な心配は無用である。一生服用を続けなければならないということもない。起立性調節障害やDSPSの原因となる発育の遅れていた脳内の部位が体の成長に追いつく20歳過ぎごろには、服薬をやめられる可能性が高い。
・DSPSと起立性調節障害は概念としては別の疾患である。一方は睡眠・覚醒、もう一方は血圧の問題が主ではあるものの、相互に併存しているケースは非常に多くみられる。血圧も睡眠も脳の視床下部という領域でコントロールされており、その領域の機能不全というか、体の発育の部位による“時差”が症状の背景にあるのではないか。


▢ 起立性調節障害に睡眠医療を―思春期の「朝起きられない」問題、薬で改善の可能性
2024年03月21日:メディカルノート)より一部抜粋(下線は私が引きました);

思春期に多くみられ、長期の不登校や引きこもりの引き金になることもある起立性調節障害。多くが睡眠の問題を同時に抱えているが、特に朝適切な時刻に起きられない症状はこれまで治療が難しかった。近年、睡眠医療からのアプローチで、治療薬による起床時刻の調節が期待できるようになってきた。ところが、多くの患者が最初に受診する小児科では、こうした治療法がほとんど浸透していないという。思春期の「朝起きられない」問題に対する薬を使った治療の方法や効果、治療薬によって覚醒が“正常化”するメカニズムなどについて、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の神林崇教授への取材を基にまとめた。

▶ 薬による睡眠治療が「よい循環」のきっかけに
13歳ころから頭痛と倦怠感、立ちくらみが出現して小児科を受診。約半年後に起立性調節障害と診断された14歳女性の症例である。
治療前は、22時ごろに布団に入ってもなかなか寝付けず、朝は9~10時まで起きることができないため学校に行けずにいた。入眠を助ける「メラトニン」と、起床を調節するために低用量の「アリピプラゾール」で治療を開始した。投与3日目から22時には入眠、朝は7時に起床できるようになり、1カ月後には休日を除いて睡眠習慣が固定され、頭痛がなければ朝から登校できるようになったという。
「治療を始めてから週に2、3回は朝から登校できるようになったとのことです。すぐに朝シャキッと起きて毎日学校に行けるわけではありませんが、朝起きるのが少し楽になり、よい循環のきっかけになるのではないかと思います」と神林教授は治療の効果を解説する。

▶ 中高生の約10%が起立性調節障害と推定
日本小児科学会は、軽症例を含め約70万人の起立性調節障害患者がいると推定している(「小児期発症慢性疾患を有する患者の成人期移行に関する調査報告書」<2016年5月>)。これは中高生の約10%に相当する。患者は立ちくらみ、失神、倦怠感、動悸、頭痛などの症状がみられるほか、朝の起床困難や夜の入眠困難など睡眠に関する問題を併発している場合も多く、起立性調節障害の86%で朝の起床困難が認められると報告されている。
若年層に多くみられる、極端な夜更かしと遅起きは「睡眠・覚醒相後退障害(DSPS)」という別の病気と定義される。神林教授は「睡眠医療の立場から見ると、起立性調節障害の患者の大部分は併存症としてのDSPSとも診断が可能と考えられる」という。
起立性調節障害の主症状である起立時の血圧低下や血圧の維持困難については、血管にある交感神経を刺激して血圧を上げる作用がある「ミドドリン」が処方されるが、睡眠の問題には効果がない。これまで入眠を助ける薬はあったが、「朝適切な時刻に起床できない」という症状は治療が非常に困難とされてきた。しかし、抗精神病薬の「アリピプラゾール」によって起床困難の改善が期待できるとする報告を、岡山大学大学院精神神経病態学教室の高木学教授が2014年に医学誌に公表した。同時期から神林教授もアリピプラゾールの有効性に気付き、治療を始めていたという。
神林教授らの研究グループはDSPS患者に対して2~4週間、アリピプラゾールを用いて治療したところ、12人の患者の平均で就寝時刻が1時42分から0時36分に、起床時刻が9時36分から7時24分にそれぞれ早まり、睡眠時間が8.2時間から6.9時間に短縮されたという研究結果を2018年に発表している。

▶ 思春期に遅起きになる理由
思春期ごろに就寝・起床時刻が遅くなることは多くの人が経験しているのではないだろうか。
研究によると、小学校から中学校にかけて成育に伴い睡眠時間が減少し、就寝時刻も遅くなっていく。第二次性徴とともに睡眠時間が長くなる場合があるものの、その伸び方は個人差が大きい。一方で就寝時刻は成長とともにさらに遅くなるため、結果的に起床時刻は遅くなる。加えて、就寝の2~3時間前には「睡眠禁止ゾーン」と呼ばれる覚醒度の高い時間帯があり仕事や勉強がはかどりやすいのだが、勢いに任せていると容易に夜更かしができてしまう。そして、その反動で起床時刻も遅くなってしまうことになる。
DSPSと起立性調節障害は概念としては別の疾患である。一方は睡眠・覚醒、もう一方は血圧の問題が主ではあるものの、相互に併存しているケースは非常に多くみられる。「両方合わせて『若年性起床困難症』という病名を考慮してもよいのではないかと考えています。血圧も睡眠も脳の視床下部という領域でコントロールされています。その領域の機能不全というか、体の発育の部位による“時差”が症状の背景にあるのではないかと思います」と、神林教授は言う。

<睡眠医療の観点から推奨される治療薬>
早寝対策:メラトニン(メラトベル)1~2mgを眠前に(15才以下)
     レンボレキサント(デエビゴ)2.5~5mgを眠前か不眠時頓用に
早起き対策:アリピプラゾール(エビリファイ)を0.5mg(体重60kg未満)、1mg(同60kg以上)朝か昼に

▶ 受診する医療機関の探し方
思春期の睡眠問題で生活や学業に支障が出ている場合、どのような医療機関を受診すればよいのだろうか。
起立性調節障害が疑われる場合、小児科を受診するケースが多いという。起立性調節障害を専門にしているクリニックなどもあるが、いずれも睡眠医療の観点からの治療はほとんどまだ浸透していないという。
「血圧の問題があっても、適切な時刻に起きて服薬できなければ治療に支障をきたします。受診先を探す場合、日本睡眠学会のウェブサイトに『認定専門医療機関』の一覧が掲載されています。そのうち『機関A』の施設を受診してください」と神林教授はアドバイスする。

▶ 新型コロナ後遺症による過眠にも効果
起立性調節障害やDSPSと直接関係はないが、新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」)の後遺症としてまれに過眠になるケースがあり、そうした症状の起床時刻調節にもアリピプラゾールは効果が期待できると神林教授はいう。「新型コロナの後遺症は症状が多岐にわたり、こうしたケースはほとんど知られていないのではないかと思います。比較的若い人に多く、新型コロナ感染後に1日14~15時間寝てしまうようになった方が、アリピプラゾールで治療したところ朝起きて学校に行けるようになったというケースがありました。思い当たる症状がある方は、同じように睡眠学会の認定専門医療機関を探して受診してみるとよいでしょう」。

▶ アリピプラゾールが覚醒を促すメカニズム
アリピプラゾールがなぜ覚醒を促すのか、そのメカニズムについても解明が進んでいる。
アリピプラゾールは神経伝達物質の1つ「ドーパミン」の量を調節する作用がある。脳内でドーパミンが過剰に放出されているときにはそのはたらきを抑えることにより鎮静などの作用が現れる。逆に不足しているときにははたらきを補い、気分を向上させるなどの方向で作用するとされる。DSPSの治療に用いるような低用量ではドーパミンが活性化されることで長時間の睡眠を短縮する効果があると考えられるという。
ただ、これだけではなぜ朝の起床を早めるのかは説明できない。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の李若詩・日本学術振興会特別研究員らによって行われた実験で、アリピプラゾールは直に脳の視交叉上核に作用していることが明らかとなった。視交叉上核は、外部からの刺激がなくとも、ほぼ24時間サイクルの「概日リズム」をつかさどる“最高位”の体内時計である。しかし、DSPSの場合には、同核からのシグナルが強く、かつ後ろにずれているため、日常の明暗サイクルに合わせるのが困難になっている。
生物の体内時計は1つだけではなく、脳のほかの部位や体細胞にも存在する。普段は視交叉上核からのシグナルに同期しているが、それがアリピプラゾールの投与により弱くなれば光の明暗や食事、親に起こされるなどの刺激で正しいサイクルに同調しやすくなる。「遅れてしまっていた視交叉上核のシグナルから離脱して普通の生活リズムに合わせやすくなるのが、アリピプラゾールの作用メカニズムと考えられます」と神林教授は説明する。
アリピプラゾールは統合失調症や双極性障害(躁うつ病)など精神疾患の治療薬として承認されているため、使用に不安を感じることがあるかもしれない。神林教授は「早起きを促すために使う量は、精神疾患の場合の10~20分の1という微量です。もともと大量に長期間服用しても大きな弊害は認められていないので心配はないと思います。アリピプラゾールは精神疾患にも用いられる薬ですが、起立性調節障害は精神疾患ではありません」と話す。
また、一生服用を続けなければならないということもない起立性調節障害やDSPSの原因となる発育の遅れていた脳内の部位が体の成長に追いつく20歳過ぎごろには、服薬をやめられる可能性が高いという。神林教授は「医師と相談しながら薬の量を調節して様子を見て、状態がよくなっているようなら徐々に減らしていくことが大切です。加えて、これまで起立性調節障害で実践されてきた非薬物治療との組み合わせが非常に重要になると考えています」と指摘する。
・・・

このような記事を読むたびに、
という思いが頭をもたげてきます。

昔読んだ、栃木県足利市にある「ココファームワイナリー(※)」創設者である川田昇氏が書いた本に、
こんなエピソードが載っていました。

「体の大きな自閉症の青年が親に連れられて入所希望の面接に来た」
「入室して興奮気味の青年はいきなりズボンとパンツを下ろしてペニスを出し、
 親の方を向いた」
「母親がそれをしごき射精して落ちついた」
「いつもこうなんです、こうしないと暴れて大変なんです、と母親」
「ここで受け入れてもらえなかったら、帰りに一家心中します」

「その青年の入所を認め、彼はブドウ作りの農作業に従事した」
「1年後にはたくましい農夫になっていた」
「もちろん、人前で自慰行為をすることはなくなっていた」
「人間は太陽が昇ったら体を動かして労働し、
 腹が減ったら食事を取り、
 日が暮れたら疲れ果てた体を休めるために眠る、
 というリズムが基本であり、
 これが狂っていると体がおかしくなるのではないか」

※ ココファームワイナリー:障害者がブドウを作りワインをつくっている施設。
この高品質なワインが沖縄のサミットで使われて全国に名が知れ渡った。

つまり私の言いたいことは、
眠れなくて起きられなくて不登校状態になっている若者には、
肉体労働をして体のリズムを再構築するリハビリテーション・プログラムが必要なのではないか、
ということです。

私は小児科医なので、夜尿症児も診療しますが、
夜尿症治療の第一歩は「生活指導・生活改善」です。
それでもダメだったら初めて薬物治療を考慮します。

私の起立性調節障害に対するイメージは、
「自分の体の使い方を教えられていない、
 自分の体の使い方がわからない子どもたち」
です。

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小児でも1日1回で済む吸入ステロイド薬「レルベア®」登場

2024年12月10日 14時40分35秒 | 気管支喘息
現在、喘息治療の第一選択薬は吸入ステロイドです。
小児では飲み薬の抗ロイコトリエン薬が優先されますが、
やはり発作を繰り返して入院するような喘息児には吸入ステロイドが必要です。

吸入ステロイドはいろいろな形態の薬剤があり、大きく以下の3つに分けられます;
1.ネブライザー:電動吸入器を使うタイプ(パルミコート®)、
2.pMDI:霧状の薬液を噴霧しそれを吸い込むタイプ(キュバール®、アドエア・エアー®など)、
3.自分で息を吸い込むタイプ(アドエア・ディスカス®、フルタイド・ディスカス®など)

2024年8月に3にニューフェイスが登場しました。
その名は「レルベア®」。
従来の薬剤はすべて「1日2回吸入」でしたが、
レルベアは「1日1回吸入」でよいという特徴があります。
なお、成人用は10年以上前(2013年)にすでに発売されています。
今回新発売となったのは、その小児バージョンです。

これは便利ですね。
紹介記事を提示します;

<ポイント>
・商品名と仕様:小児用レルベア50エリプタ14吸入用、同50エリプタ30吸入用
・適応:気管支喘息
・成分:
(気管支拡張薬)ビランテロールトリフェニル酢酸塩
(ステロイド薬)フルチカゾンフランカルボン酸エステル
・1ブリスター中に、
 ビランテロール(VI)25μg+フルチカゾンフランカルボン酸エステル(FF)50μgを含有
・用法用量:5歳以上12歳未満の小児に、1日1回1吸入投与(VI 25μg・FF 50μg)する。

▢ ビランテロール・フルチカゾン(レルベア)小児喘息に1日1回吸入でよいICS/LABA配合薬
北村 正樹=医薬情報アドバイザー
2024/09/20:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 2024年8月23日、喘息治療配合薬ビランテロールトリフェニル酢酸塩・フルチカゾンフランカルボン酸エステル商品名:小児用レルベア50エリプタ14吸入用、同50エリプタ30吸入用)が発売された。1ブリスター中に、ビランテロール(VI)25μgおよびフルチカゾンフランカルボン酸エステル(FF)50μgを含有している。同薬は、6月24日に製造販売が承認され、8月15日に薬価収載されていた。適応は「気管支喘息(吸入ステロイド薬および長時間作動型吸入β2刺激薬の併用が必要な場合)」、用法用量は「5歳以上12歳未満の小児に、1日1回1吸入投与(VI 25μg・FF 50μg)する」となっている。
 なお、同成分配合製剤としては、2013年9月、レルベア100(VI 25μg・FF 100μg)とレルベア200(VI 25μg・FF 200μg)が成人の気管支喘息で承認。2016年12月、レルベア100に成人の慢性閉塞性肺疾患(COPD)が追加承認された。
・・・
 日本で小児気管支喘息に使用可能なICS/LABA配合薬には、フルチカゾンプロピオン酸エステル(FP)・ホルモテロールフマル酸塩水和物(フルティフォーム)、FP・サルメテロールキシナホ酸塩(アドエア)が承認されているが、いずれも1日2回の吸入投与が必要である。
 レルベア50は、1日1回吸入投与で小児喘息治療の利便性の改善による患者のアドヒアランスと喘息症状のコントロールの向上が期待できるICS/LABA配合薬だ。
・・・海外では、2024年8月現在、米国にて5歳以上の小児に対する喘息適応で承認されている。また、日本においては2024年6月、既存のレルベア100で12歳以上の小児気管支喘息に対して用法用量が追加承認された。
 重大な副作用として、肺炎(0.5%)のほか、アナフィラキシー反応(咽頭浮腫、気管支痙攣など)の可能性もあるので十分注意する必要がある。また、その他の副作用として主なものに、口腔咽頭カンジダ症、発声障害(各1%以上)などがある。
 薬剤使用に際して、下記の事項についても留意しておかなければならない。
●既存の同成分配合製剤と適応や用法用量(対象患者を含む)が異なるので十分注意すること
●患者の吸入指導資材として、製薬会社から「小児用レルベア50エリプタの使い方」が提供されている
●患者、保護者またはそれに代わる適切な者に、急性の発作に対して使用しないことなど使用上の注意事項を指導すること(添付文書の「効能又は効果に関連する注意」「重要な基本的注意」「特定の背景を有する患者に関する注意」を参照)
●医薬品リスク管理計画書(RMP)では、重要な潜在的リスクとして「重篤な心血管系事象」「副腎皮質ステロイド薬の全身作用(副腎皮質機能抑制、骨障害、眼障害など)」が挙げられている

・・・あれ、これを読んでも、従来の薬剤との比較がわかりません。
今までの薬のどの量に相当するのか?

こちらに答えが書いてありました。

■ アドエア250を1日朝夕とレルベア100を1日1回吸入
■ アドエア500を1日朝夕とレルベア200を1日1回吸入

レルベア50はアドエア125に相当する計算になりますね。

アドエアの標準量は、小児では以下の通りです。
(乳幼児)アドエア50を1日朝夕
(学童) アドエア100を1日朝夕
すると、レルベアは乳幼児に相当する量の設定はなく、
学童以上で「アドエア100を1日朝夕吸入」してもコントロールが不十分な場合に
「レルベア50を1日1回吸入」が選択される
ということになりますか。

なんとも微妙な量の設定・・・。
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カスハラ患者は診療拒否できる?

2024年12月08日 13時40分30秒 | 医療問題
医療現場では年々、“カスハラ”が増えて話題になっています。

当院でも経験があります。
・時間外に来て「診てくれるまで帰らない」と座り込む。
・受付で大声で怒鳴り、周囲が萎縮。
等々。

また、ネット上の口コミは匿名であることを利用して、
悪口を書き込む方もいらっしゃいます。

まあ、こちらの言葉が足らないとか、
説明しても理解してもらえなかったとかの要素も無きにしも非ずですが・・・。
大抵、「自分の希望通りの診療が受けられなければ逆上する」タイプと感じています。

例えば、「食物アレルギーの検査をしてください」という患者さんはやっかいです。
なぜかというと、「検査だけでは食物アレルギーかどうか判断しにくい」という事情があり、
それを説明して理解してもらうのが大変だから。

「ある特定の食物を食べると毎回、同じ症状が同じ経過で発症する」
これが食物アレルギーです。
症状が出たり出なかったりは違います。

そして現行のアレルギー検査は感度・精度が不十分なため、
陽性に出ても食べて無症状のこともあり、
陰性に出ても食べると症状が出ることもあります。

近年はアレルゲンコンポーネントを利用することにより、
一部の食物では検査の精度が上がってきましたが、
まだすべての食物に対してできるわけではありません。

・・・以上のようなことを説明するのですが、
複雑なので理解不十分な患者さんが、
「どうしてやってくれないんですか!」
と怒ったり、泣いたりするのです。
この“泣いたり”の場合は大抵、
保育園から検査の指示が出て板挟みになっている例が多いですね。
保育園側の知識レベルも問題で、啓蒙が必要です。

さて、カスハラ患者を診療拒否できるか?
と言う記事が目に留まりましたので読んでみました。

う〜ん、微妙ですねえ。
迷惑行為で困る患者も「緊急性あり」「他院で診療不能」であれば拒否できないとのこと。
その二つを満たしていない場合、正当な理由(診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合)があれば、その時点で初めて診療拒否ができるとのこと。
信頼関係ですか・・・
ネット上に悪い口コミを書いて当院を信頼していないのに、
また来院した場合は、拒否していいってこと?

以前、こどもの喉を観察する際に、
私の顔につばを吐かれたことがありました。
コロナ以前のことです。
そうとう、イヤだったんでしょうねえ。
お母さんもばつが悪かったのかしばらく来院しなかったのですが、
ほとぼりが冷めたらまた通院しています。
迷惑行為ではあるけど、信頼関係はなくなっていない・・・かな。

<ポイント>
・医師法19条1項は診療義務(応招義務)について定めており、「正当な事由」がある場合に限り、診療拒否ができる、としている。
・患者の迷惑行為が「正当な事由」に該当するかについては、厚生労働省が通知を出している(「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」、令和元年12月25日医政発1225第4号)。
・前項によると、迷惑行為の態様に照らし、「診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合(※)には、新たな診療を行わないことが正当化される」とされている。
※ 例)「診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等」が挙げられている。ただし、緊急対応が必要な場合は除かれており、緊急対応が必要な例として「病状の深刻な救急患者等」が挙げられている。
・診療拒否をした場合に損害賠償責任が認められるかどうかについても同様の判断基準が用いられている。具体的には、
(1)信頼関係が喪失しているかどうかという正当性があること、
(2)緊急で診療を行う必要性がないこと、
(3)他の医療機関による診療可能性があること。
──が判断基準となっている。
・問題はやはり(1)の証明。どんな迷惑行為があったのかも具体的に医療記録に記載しておく。その際「暴言」と記載するだけではなく、何を言われたのかを具体的に記録する。また「大声」とだけ記載するのではなく、例えば「廊下に響きわたるほどの大声」など、声の程度が分かるよう詳細な記載も証明に役立つ。


▢ 医療現場のカスハラ、診療拒否できるのはどんなケース?
桑原 博道 福田 梨沙(仁邦法律事務所)
2024/12/03:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 東京都で2024年10月、全国初のカスタマーハラスメント防止条例が成立しました(2025年4月に施行)。もっとも同条例には迷惑行為を行ったカスタマー(顧客)に対する罰則はなく、実効性の確保が課題となりそうです。
 カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)には、医療現場も苦しんできました。特に医療現場では診療義務(応招義務)が課せられており(医師法19条1項)、カスハラ対策として「迷惑患者の診療拒否はできるのか」が問題となっています。そこで迷惑患者に対する診療拒否が問題となった最近の裁判例を挙げ、どういう場合に診療拒否ができるのかを考えてみたいと思います。

【事例1】救急搬送されてきた患者からカスハラを受けたケース
 女性患者が病院に救急搬送されてきました。担当した医師は問診を行い、心エコー検査を行うと説明。すると患者は突然、「なぜ男性医師がやる必要があるのですか。信じられない。看護師さんの業務範囲じゃないんですか」と激高しました。医師が心エコー検査は看護師の業務ではないと説明しても、「そんなの信じられない」と大声を出し、医師による心エコー検査を激しく拒絶しました。そのため、患者の同意を得て、女性看護師が心電図検査を実施しました。心電図検査では異常はありませんでした。
 医師は患者の夫に対し、今回のような症状の場合、基本的には精神疾患も診られる病院に搬送依頼したほうがよいと思うことや、今後、同様の症状でこちらの病院を受診しても、検査を拒否する以上、責任ある診断ができないことなどを説明しました。しかし患者は大声を上げ、「納得できない」「ここを動かない」「帰らない」「今すぐ点滴をしてください」などと主張しました。さらに帰宅を促す夫の髪を引っ張ったり、顔をたたいたりしました。
 医師は状況が変わらない場合には警察の介入もやむを得ないと判断し、その旨を看護師に伝えました。看護師は患者と夫に対し、「患者が帰らない場合には警察に相談させてもらうことになる」と告げました。そうしたところ、患者と夫は病院を立ち去りました。
 その後、患者は病院を開設する医療法人に対し、医師が患者の治療を拒否したことが不法行為に当たるとして、患者の精神的苦痛に対する慰謝料150万円等の支払いを求める訴訟を提起しました。
 この事例について、裁判所は「医師は違法に患者の診療を拒否したとはいえず、不法行為が成立するとは認められない」と判断し、患者の請求を棄却しました(札幌地裁令和5年4月26日判決)。このように判断した理由として、心電図検査に異常は認められず、緊急に医学的処置を行う必要性があったとは認められないため、患者が求めていた点滴治療を行う必要性も認められないことを挙げています。さらに、患者の言動は、著しい迷惑行為となっていたことからすると、医師が治療を行うために必要な医師と患者との信頼関係を築くことができないと判断。それ以上の診療を拒絶したことは、医師法19条1項の趣旨を踏まえても社会通念上相当であったといえるとしています。

【事例2】慢性疾患の患者が高圧的な態度で抗議してきたケース
 患者はA医院で糖尿病の治療を受けていましたが、A医院への定期的な通院が仕事の都合上、困難であったため、B病院に対する診療情報提供書が作成されました。しかし患者はその後速やかにB病院を受診せず、糖尿病の治療を中断しました。患者がB病院を受診したのは、診療情報提供書が作成されてから3年以上が経過した後でした。患者はその後もインスリンなどが不足した際や、血糖値が高くなった際などに処方を受けるためにB病院に来院はするものの、糖尿病・内分泌内科への通院は不定期でした。また通院しても、血液検査などの必要な検査を金銭的な理由から拒否したりすることがありました(その一方で患者は頻繁に飲酒をしていました)。さらに処方されたインスリンを指示通りに注射しないようなことや、血糖値の自己測定を指示通りに行わないようなこともありました。
 ある日、患者は友人と飲酒していましたが、インスリンが切れていることを思い出し、B病院へ足を運び医師の診察を受けました。医師は患者に血液検査が必要であると説明。しかし患者は手持ちが十分でないことを理由に血液検査を断り、次回の診察の際に血液検査を受けると言いました。これに対し医師は、それではインスリンを処方することはできないので、血液検査を改めて受けるよう告げました。これに対して患者は医師に対し、高圧的な態度で「金がないんだよ」「こっちが言うようにインスリン処方すればいいんだよ」「うるさい、採血はできない」などと大声で主張しました。
 そのため医師は、翌月に血液検査を実施することを条件に、血液検査を実施することなく、インスリンなどを処方しました(これに対して患者は、裁判で声を荒げたり、大きな声を出したり、高圧的な態度を取ったりしていないと供述しています。しかし裁判所は、こうした供述はカルテの記載と整合していないので認められないと判断しています)。
 B病院は、これ以上患者の診療を継続することは困難であると判断しました。そこで医療相談室長が患者に電話して、B病院への出入りを禁止すると伝えました。しかし患者は出入り禁止を告げられた当日中にB病院に来院し、酩酊状態のまま医療相談室長を呼び出し、呼び捨てにしつつ大声で抗議をするとともに、院長を出せなどと訴えました。また自ら警察に連絡し、警察官に臨場を要請しました。結局、患者は自ら臨場を要請した警察官に連れられてB病院を離れました。
 患者はその翌日、B病院に電話をかけ、応対した医療相談室長に対し「診療を拒否することはできない」「暴言を吐いたり脅したりはしていない」と抗議しました。また患者は同日、再度B病院に電話をかけ、応対した職員に対し「本件は裁判になるから事実確認が必要であり、可能であれば院長からも話を聞きたい」などと言いました。その後も患者は繰り返しB病院に電話をかけ、自らの言い分を述べたり、治療の継続を求めたりしました。しかしB病院はその後も患者の診療を拒否しました。
 その後、患者は医療相談室長に対し、治療を受けることを妨害された精神的苦痛に対する慰謝料として150万円の支払いを求めるとともに、B病院を開設する医療法人に対して、糖尿病インスリン注射等の治療行為の実施を求める訴訟を提起しました。
 この事例について、裁判所はB病院が患者との間の診療契約を解除し、患者に対する今後の治療を拒否すると判断したことは、「医師法19条1項の趣旨を十分に参酌したとしてもなお、社会通念上是認することができない不当な行為であると認めることはできないというべきである」と判断し、患者の請求を棄却しました(東京地裁令和4年8月8日判決)。
 このように判断した理由として、患者が受けていた治療は糖尿病という慢性疾患に関するものであり、直ちに患者の生命・身体に危険が生じるものではなく、その治療に当たって緊急性があるとはいえないこと。また、糖尿病の治療が行える医療機関はB病院以外にも多数あり、B病院が診療を拒否したとしても、他院で糖尿病の治療を受けることが十分に期待できる状況にあったこと。そして患者は、自らの糖尿病の治療に協力的ではなく、そのような状況下において、血液検査を求める医師に対して高圧的な態度で、医師の診療方針に大声で反発したことなどを挙げています。
 これらを踏まえ、裁判所は「この時点において、B病院と患者との間で信頼関係を維持することは困難な状況にあったといえ、B病院が患者に対する今後の糖尿病の治療を拒否すると判断したとしても、やむを得ない。そしてその後における患者の態度からすると、その後も患者の治療を拒否したこともまた、やむを得ない」としました。

【事例3】患者がプレゼントを持参したケース
 ある夏の日、女性患者がX病院に救急搬送されてきました。通勤中に転倒し、上口唇挫創、下口唇挫創、四肢擦過傷の傷害を負っていました。男性医師(形成外科医)は上口唇の縫合処置等を実施。またその後2回、上口唇のレーザー治療を行いました。そして2回目の治療を行い約1カ月経過した2月のとある日に、患者から「義理チョコではありません」などと記載されたメッセージとともに、手作りのお菓子などを渡されました。それまでも高級チョコレート、高級紅茶ティーバッグ、クリスマスカード、クリスマスプレゼントなどを渡されていました。
 さらに患者は3月に自転車事故により右手切創の傷害を負い、Yクリニックを受診しました。患者はYクリニックの医師に、「X病院の医師から上口唇の縫合処置を受けた」と伝えました。それに伴いYクリニックの医師は、X病院の医師宛てに縫合を目的とする紹介状を作成しました。患者は4月、この紹介状を持参してX病院を訪れ、上口唇の縫合処置等を施した医師による診療を希望しました。しかし当該医師から診療を受けられませんでした。患者は5月に、再びX病院を訪れ、当該医師による診療を希望しましたが診療を受けることはできませんでした。
 その後、患者は当該男性医師に対し、診療行為を拒否したことが不法行為に当たるなどとして、300万円の支払いを求める訴訟を提起しました。
 この事例について、裁判所は診療拒否が不法行為に当たるとは言えないと判断し、患者の請求を棄却しました(東京地裁令和4年3月10日判決)。裁判所はまず、前提として、医師による診療拒否が不法行為に当たるか否かは、医師法19条1項の趣旨を踏まえて社会通念に照らして判断されるべきであり、具体的には、(1)緊急の診療の必要性の有無、(2)他の医療機関による診療可能性の有無、(3)診療拒否の理由の正当性の有無──などの事情を総合考慮して判断するのが相当としました。
 この前提に立った上で、本件を見ると(1)~(3)のいずれも認められないと判断しました。
(1)の緊急の診療の必要性の有無については、患者の傷害である右手切創についてはYクリニックの医師からX病院の医師宛てに縫合を紹介目的とする紹介状が作成されたものの、Yクリニックにおいて直ちに縫合処置が実施されなかったことから、緊急の診療の必要性があったとは認められないことを理由に挙げています。
(2)他の医療機関による診療可能性の有無については、患者の右手切創に対する縫合処置は当該医師しか行えないものではなく、他の医療機関によっても行えることから、他の医療機関による診療可能性がなかったとも認められないとしました。
(3)診療拒否の理由の正当性の有無については、当該医師が患者の診療を行わなかった理由は他の患者を診療する予定があっただけでなく、患者から高級チョコレート、高級紅茶ティーバッグ、クリスマスカード、クリスマスプレゼントなどをもらい、さらには『義理チョコではありません』などと記載されたメッセージとともに手作りのお菓子等をもらったことから、患者から交際を申し込まれたと思い、患者とは距離を置いたほうがよいと考えたことにあったと認められ、このような理由からすれば、当該医師による診療拒否の理由には正当性があったといえると判断しました。

【事例4】診療拒否が違法とされたケース
 ある女性患者が不妊治療のため、クリニックでの受診を開始しました。しかし看護師がクリニック外で患者と個人的に接触し、さらに治療方針に影響を与える発言をしてしまいました。このことがクリニックで問題視され、診察を担当していた医師は患者とその夫に対し、正式に謝罪しました。
 ところがその後、看護師の身の回りで次のような出来事がありました。クリニックから帰宅途中のこと。看護師は見知らぬ女性から「●さんですか」「患者さんに悪いことをしたと思っていないのですか」などと声をかけられました。これに対し、クリニックで話をしたいと提案しましたが断られました。また看護師はこの女性を撮影しましたが、携帯電話を奪われ、写真データを消去されました。このことを看護師はクリニックに報告し、警察署にも相談しました。
 医師は患者に電話し、「患者の知り合いと名乗る女性がクリニックから帰宅途中の看護師に声をかけ、看護師が当該女性を携帯電話で撮影したところ、この女性が携帯電話を奪い、もみ合いになりながら、この女性により同写真のデータが削除されるという事件が発生した。看護師が警察に被害届を出したため、今後、診療はできない」と伝えました。以降、患者は、クリニックでの診療を受けなくなりました。
 その後、患者と夫はクリニックを開設する医療法人に対し、診療を不当に拒否されたとして慰謝料600万円等を求める訴訟を提起しました。
 この事例について、裁判所は次のように判断しました(東京地裁令和3年3月30日判決)。まず看護師と見知らぬ女性とのクリニック外でのトラブルがあったことは、事実であると考えられると指摘。しかし「この事件について、患者が関与したことを裏付ける的確かつ客観的な証拠はない。それにもかかわらず、患者から適切に事情聴取をしないままに、直ちに患者の診療を拒否したことについては、その手続において不適切な点があったといえる。またこの事件が発生したことをもって患者と夫に帰責することはできない」としました。
 そのため、この事件の発生を理由に患者とクリニックの間の信頼関係が損なわれたものとは認められないと判断。患者の診療内容が不妊治療であって、その緊急性は高くなく、他の病院においても同程度の水準の治療を受けることが可能であったからといって、診療拒否に正当な事由があったものと認めることはできないとしています。
 一方でクリニックのスタッフからすれば、この事件への患者の関与を疑うことについて、無理もない面もあると言及。またクリニック内部において、患者の診療の続行について一定の抵抗感が生じたこともうかがわれ、診療拒否に至ったことについて、全く理由のないものであったともいい難いと認定。さらに診療拒否後もクリニックは、患者との間で不妊治療を継続することができる方途を模索しており、患者に対し一定の条件の下で診療を再開する内容の提案を行っていたことを指摘しています。
 これらを踏まえ、「この診療拒否の違法性は一定程度に留まるというべきである。その上、不妊治療自体はクリニック以外においても受診することが可能である。そこで患者の被った精神的苦痛に対する慰謝料としては20万円が相当である」と判断し、この限度で患者の請求を認めました。

▶ 診療拒否をした場合の損害賠償責任、「3つの判断基準」を留意
 医師法19条1項は診療義務(応招義務)について定めており、「正当な事由」がある場合に限り、診療拒否ができる、としています。患者の迷惑行為が「正当な事由」に該当するかについては、厚生労働省が通知を出しています(「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」、令和元年12月25日医政発1225第4号)。これによると、迷惑行為の態様に照らし、「診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合(※)には、新たな診療を行わないことが正当化される」とされています。そして、「※」の例として、「診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等」が挙げられています。ただし、緊急対応が必要な場合は除かれており、緊急対応が必要な例として「病状の深刻な救急患者等」が挙げられています。
 この解釈は行政上の解釈ということになりますが、事例1~4の通り、裁判上、診療拒否をした場合に損害賠償責任が認められるかどうかについても同様の判断基準が用いられています。具体的には、(1)信頼関係が喪失しているかどうかという正当性があること、(2)緊急で診療を行う必要性がないこと、(3)他の医療機関による診療可能性があること──が判断基準となっています。そのため、事例4のように、(2)や(3)が認められても、(1)がないことを理由として損害賠償責任が認められることがあります。
 したがって診療拒否をする場合には、3つの判断基準を一つひとつ検討する必要があります。最も判断に迷うのは、(1)と思われますが、厚生労働省からの通知で挙げられている例のほか、事例1や事例2のような暴言や身勝手な治療・検査の求め、事例3のような好意をうかがわせる行動も(1)に含まれると考えてください。
 また3つの判断基準は、いざというときに証明もできるように準備しておく必要があります。このうち(2)は医療記録の記載で証明できますし、(3)もインターネット検索などで証明できます。問題はやはり(1)の証明です。そこで事例2のように、どんな迷惑行為があったのかも具体的に医療記録に記載しておきましょう。その際「暴言」と記載するだけではなく、何を言われたのかを具体的に記録しましょう。また「大声」とだけ記載するのではなく、例えば「廊下に響きわたるほどの大声」など、声の程度が分かるよう詳細な記載も証明に役立ちます。その一方で裁判例4のように、患者自身の関与が証明できないにもかかわらず診療拒否をすることは要注意です。
 さらに診療拒否の方法ですが、ここで挙げた事例ではすべて口頭(電話を含む)で行われています。しかしより慎重を期すならば、3つの判断基準、特に(1)の証明(医療記録にある具体的な記載内容)を念頭に置いた文案を作成し、弁護士にもチェックしてもらい、文書で通知する方がよいものと考えます。
 なお事例4のように、医療者が医療機関外で患者と個人的に付き合うことに端を発するトラブルも頻繁にありますので、患者との個人的付き合いは控えましょう。過剰なプレゼントや贈答についても、関係性が壊れた後にはプレゼントや贈答の受領を持ち出されてトラブル化しやすいので、受領は控えましょう。受領を断ることで関係性が壊れることを心配する医療者もいますが、そのことのみで患者と医療者としての関係性が壊れるとは思えません。



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魚アレルギーの話題〜パルブアルブミンは経皮感作が多い〜

2024年12月08日 13時03分36秒 | 食物アレルギー
レルギー専門医である私にとって、
魚アレルギーは捉えどころがない・・・という印象があります。

以前調べてまとめたのがこちら
実は魚アレルギーには3種類あって、
1.魚アレルギー
2.アニサキスアレルギー
3.ヒスタミン中毒
それを知らないと患者さんに十分な説明ができません。

珍しく魚アレルギーを扱った記事が目に留まりましたので、
読んでみました。

内容は1の魚アレルギー内の話題で、
①口腔アレルギー症候群:口腔内のイガイガ感中心
②じんましん
③食物依存性運動誘発アナフィラキシー:特定の魚を食べる&運動で症状が出る
と3つに分け、それぞれアレルゲンが異なるのではないか、と言及しています。

魚のアレルゲンはパルブアルブミンとコラーゲンが代表的ですが、
パルブアルブミンは経皮感作、
コラーゲンは経皮感作以外、
の傾向があるとのこと。

経皮感作例では除去&湿疹病変をしっかり治療すると、
治る可能性が高いことも判明。

これは以前から指摘されてきたことで、
記事中に登場する千貫先生は、
「症状は侵入経路を再現するような場所に出る」
とセミナーでよく話されていますね。

<ポイント>
・魚アレルギーでは口腔アレルギー症候群(OAS)を呈することが多いが、蕁麻疹などの即時型アレルギー症状や食物依存性運動誘発アナフィラキシー(FDEIA)を呈することもある。
・魚アレルギーの主な抗原としては、筋形質蛋白質であるパルブアルブミンコラーゲンが知られている。
・Cyp c 1(コイのパルブアルブミン)検出16例では全例にアトピー性皮膚炎や手湿疹などの湿疹病変が認められた。一方、Cyp c 1非検出例では湿疹病変が認められたのは5/8例のみだった。
・パルブアルブミンによる魚アレルギーでは経皮的感作の可能性が高いと考えられた。
・Cyp c 1検出群ではアジ、カレイの粗抗原へのIgE抗体は全例で陽性だった。
 → パルブアルブミンはアジ・カレイ粗抗原特異的IgE抗体で代用できるかもしれない。
・魚コラーゲンを原因抗原としている症例はFDEIA症状を呈し、原因抗原により臨床症状に違いが見られる可能性がある。

▢ 魚アレルギー、原因抗原により臨床症状に違い
2024年11月:Medical Tribune)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 島根大学病院皮膚科の越智康之氏らは、同科を受診した魚アレルギー患者を対象に原因抗原同定と臨床症状および予後について検討。その結果、「Cyp c 1検出群では全例に湿疹病変の既往があり、パルブアルブミンが原因の魚アレルギーでは経皮感作が成立している可能性が高い」「原因抗原により臨床症状に違いが見られる可能性がある」ことなどを第122回日本皮膚科学会(6月1~4日)で報告した。

▶ 口腔アレルギー症候群が多い
 諸外国と比べ魚介類の摂取量が多く魚を生で摂取する機会も多い日本では、魚アレルギーの頻度が高い。魚アレルギーでは口腔アレルギー症候群(OAS)を呈することが多いが、蕁麻疹などの即時型アレルギー症状や食物依存性運動誘発アナフィラキシー(FDEIA)を呈することもある。
 魚アレルギーの主な抗原としては、筋形質蛋白質であるパルブアルブミンコラーゲンが知られているが、感作経路などにより臨床症状に違いが出る可能性がある。
 今回、越智氏らは同科を受診した魚アレルギー患者を対象に原因抗原、臨床症状、予後について検討した。
 対象は、2009~22年に同科を受診した魚アレルギー患者24例(男性8例、女性16例、平均年齢14.9歳)。各種魚によるプリック-プリックテストを実施し、CAP-FEIA法を用いて原因抗原およびコイのパルブアルブミンであるCyp c 1、魚ゼラチンを検査。臨床症状や患者背景を明らかにするとともに予後を解析した。

▶ 24例中16例でCyp c 1を検出
 解析の結果、臨床症状はOASが12例、蕁麻疹が10例、口唇腫脹が2例、FDEIAが1例に認められた。越智氏は「蕁麻疹や口唇腫脹に分類した患者の多くは乳幼児であり、言葉を発せられないためこのように分類したが、実際にはOASから始まって蕁麻疹が出現した可能性が高いと考えられる」と説明した。
 基礎疾患としてはアトピー性皮膚炎が18例(75%)、乳児湿疹が2例、手湿疹が1例で、3例には基礎疾患が認められなかった。
 Cyp c 1は24例中16例で検出され、8例では検出されなかった。
 アトピー性病変および基礎疾患を有する症例ではその治療を行った上で、Cyp c 1が検出された症例に対してはパルブアルブミン含量に基づく食事指導を実施した。基礎疾患がなかった3例では皮膚テストで摂取可能な魚を検索して食事指導を行った。
 Cyp c 1検出の有無別に予後(完治:まったく食事制限が必要ない、軽快:食事制限が一部解除できた、不変:食事制限が全く解除できなかった)を検討したところ、Cyp c 1検出例では完治が6例、軽快が5例、不変が2例、不明が3例。Cyp c 1非検出例ではいずれも2例ずつだった。
 Cyp c 1検出16例では全例にアトピー性皮膚炎や手湿疹などの湿疹病変が認められた。一方、Cyp c 1非検出例では湿疹病変が認められたのは5例のみだった。同氏は「このことからパルブアルブミンによる魚アレルギーでは経皮的感作の可能性が高いと考えられた」と指摘した。

▶ Cyp c 1検出の7割で症状が改善
 Cyp c 1検出例のうち完治または軽快したのは16例中11例(69%)で、多くに臨床症状の改善が認められた。Cyp c 1非検出例のうち完治または軽快したのは8例中4例(50%)で、完治した2例はいずれも湿疹合併例だった。
 Cyp c 1検出群と各種魚(アジ、サバ、カレイ、マグロ、サケ、イワシ)特異的IgE抗体の関連についても検討した。その結果、Cyp c 1検出群ではアジ、カレイの粗抗原へのIgE抗体は全例で陽性だった。Cyp c 1 IgE抗体価のクラスとマグロ以外の魚種のIgE抗体価のクラスには統計学的に有意な相関が見られた。越智氏は「各種魚の特異的IgE抗体を測定することで、保険適用外のCyp c 1検査の代替になる可能性がある」と述べた。
 以上から、同氏は「今回検討した魚アレルギーの24例では22例に口腔周辺症状が認められ、24例中21例で湿疹病変の既往が認められた。Cyp c 1検出群では16例全例に湿疹病変の既往があり、これはパルブアルブミンが原因の魚アレルギーでは経皮感作が成立している可能性が高いという既報(千貫祐子ほか、Monthly Book Derma 2021: 307: 13)の結果を支持している。魚コラーゲンを原因抗原としている症例はFDEIAの臨床症状を呈しており、原因抗原により臨床症状に違いが見られる可能性がある。湿疹病変の既往がない3例はいずれもパルブアルブミン以外が原因抗原と考えられ、コラーゲンが原因抗原であることが判明している症例以外については今後アレルゲンコンポーネントを解析していく必要がある」とまとめた。

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喘息診療ガイドライン2024

2024年12月04日 05時56分59秒 | 予防接種
この秋(2024年10月)に「喘息予防・管理ガイドライン2024」が発行されました。
成人喘息を扱った、日本の治療の標準です。

今回初めて「クリニカルクエスチョン」が導入されました。
これは近年のガイドラインに必要とされる形式です。

それを扱った記事を紹介します;

<ポイント>
CQ1.ICSへの追加はLABAとLAMAどちらが有用?
 → ICSへの追加治療としてLABAとLAMAはいずれも同等に推奨される(エビデンスの確実性:B[中])
CQ2.中用量以上のICSでコントロール良好例のステップダウンは?
 → 中用量以上のICSでコントロール良好な場合はICS減量を行うことが提案される(エビデンスの確実性:C[弱])
CQ3.FeNOに基づく管理は有用か?
 → FeNOに基づく管理を行うことが提案される(エビデンスの確実性:B[中])
CQ4.喘息の長期管理薬としてのマクロライドの位置付けは?
 → マクロライド系抗菌薬を長期管理の目的で投与しないことが提案される(エビデンスの確実性:C[弱])

略称が多くて一般の方にはよくわからないと思われますが…

CQ1は、ICS(吸入ステロイド薬)への追加はLABA(長期間作用型β刺激薬)とLAMA(長時間作用型抗コリン薬)のどちらがよいか、という質問です。β刺激薬は狭くなった気管支を広げる作用があり、抗コリン薬は気管支を狭くしないイメージです。
成人領域ではICS+LABA+LAMAの“トリプル吸入剤”が認可されたのでこのCQが取りあげられました。
小児科領域では抗コリン薬はほとんど使用されておらず、β刺激剤中心ですが、LAMAも同等の効果があるとすると、将来臨床応用されてくる可能性がありますね。

CQ2は、十分量の吸入ステロイド薬を長期間投与すると、副作用が発生するという報告が近年相次いだため取りあげられた質問です。
結論として、漫然と投与を続けるのではなく、減量が可能なら必要最低量で維持することが推奨される内容です。ただ「減量が提案される」としつつも、推奨度Cと一歩腰が引けていますね。
私は小児に対して低用量〜中用量で管理し、年1回の呼吸機能検査で病態を評価し、継続・減量を検討しています。中用量+LTRAでもコントロール不良患者は総合病院小児科へ紹介していますが、ごく稀です。

CQ3はFeNO(呼気一酸化窒素濃度)を用いた喘息管理の是非を問う内容です。
喘息患者では症状がないときも気管支の炎症がくすぶっていますが、FeNOはこの気道炎症の程度を反映するとされています。その数値を評価して管理してよいものかどうか・・・回答は「是」。
私は小児喘息患者でFeNO測定が可能になる小学生以上で年1回、FeNOを評価し、治療に反映させています。目安は20以下は良好、35以上は不良とし、臨床症状と合わせて治療薬の継続・増量・減量をしています。

CQ4は昔流行した抗菌薬(=抗生物質)の併用が有用かどうか、再確認する内容です。
マクロライド系抗菌薬は少量でも気道クリアランス効果があるとされ、併用された時代がありました。
しかし真実は、その頃標準治療であったテオフィリン系薬剤の血中濃度を上げる作用があるため、その薬効が強くなったという背景が判明しました。
今回の検討でも有意な効果は証明できず、この治療法は過去のものとなりました。

…以上、自分の日常診療を振り返るよい機会になったCQですね。


▢ 喘息予防・管理ガイドライン改訂、初のCQ策定/日本アレルギー学会
2024/12/04:ケアネット)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 2024年10月に『喘息予防・管理ガイドライン2024』(JGL2024)が発刊された。今回の改訂では初めて「Clinical Question(CQ)」が策定された。そこで、第73回日本アレルギー学会学術大会(10月18~20日)において、「JGL2024:Clinical Questionから喘息予防・管理ガイドラインを考える」というシンポジウムが開催された。本シンポジウムでは4つのCQが紹介された。

▶ ICSへの追加はLABAとLAMAどちらが有用?
 「CQ3:成人喘息患者の長期管理において吸入ステロイド薬(ICS)のみでコントロール不良時には長時間作用性β2刺激薬(LABA)と長時間作用性抗コリン薬(LAMA)の追加はどちらが有用か?」について、谷村 和哉氏(奈良県立医科大学 呼吸器内科学講座)が解説した。
 喘息の治療において、ICSの使用が基本となるが、ICS単剤で良好なコントロールが得られない場合も少なくない。JGL2024の治療ステップ2では、LABA、LAMA、ロイコトリエン受容体拮抗薬、テオフィリン徐放製剤のいずれか1剤をICSへ追加することが示されている1)。そのなかでも、一般的にICSへのLABAの追加が行われている。しかし、近年トリプル療法の有用性の報告、ICSとLAMAの併用による相乗効果の可能性の報告などから、LAMA追加が注目されており、LABAとLAMAの違いが話題となることがある。
 そこで、ICS単剤でコントロール不十分な18歳以上の喘息患者を対象に、ICSへ追加する薬剤としてLABAとLAMAを比較した無作為化比較試験(RCT)について、既報のシステマティックレビュー(SR)2)のアップデートレビュー(UR)を実施した。
 8試験の解析の結果、呼吸機能(PEF[ピークフロー]、トラフFEV1[1秒量] )についてはLAMAがLABAと比べて有意な改善を認め、QOL(Asthma Quality of Life Questionnaire[AQLQ])についてはLABAがLAMAと比べて有意な改善を認めたが、いずれも臨床的に意義のある差(MCID)には達しなかった。また、喘息コントロール、増悪、有害事象についてはLABAとLAMAに有意差はなく、同等であった。
 以上から、「ICSへの追加治療としてLABAとLAMAはいずれも同等に推奨される(エビデンスの確実性:B[中])」という推奨となった1)。ただし、谷村氏は「ICS/LAMA合剤は上市されていないため、アドヒアランス・吸入手技向上の観点からはICS/LABAが優先されうると考える。個別の症状への効果などの観点から、LABAとLAMAを使い分けることについては議論の余地がある」と述べた。

▶ 中用量以上のICSでコントロール良好例のステップダウンは?
 「CQ4:成人喘息患者の長期管理において中用量以上のICSによりコントロール良好な状態が12週間以上経過した場合にICS減量は推奨されるか?」について、岡田 直樹氏(東海大学医学部 内科学系呼吸器内科学)が解説した。
 高用量のICSの長期使用はステロイド関連有害事象のリスクとなることが知られ、国際的なガイドライン(GINA[Global initiative for asthma]2024)3)では、12週間コントロール良好であれば50~70%の減量が提案されている。しかし、適切なステップダウンの時期や方法、安全性については十分な検討がなされていないのが現状であった。
 そこで、中用量以上のICSで12週間以上コントロール良好な喘息患者を対象に、ICSのステップダウンを検討したRCTについて、既報のSR4)のURを実施した。
 抽出された7文献の解析の結果、ICSのステップダウンは経口ステロイド薬による治療を要する増悪を増加させず、喘息コントロールやQOLへの影響も認められなかった。単一の文献で入院を要する増悪は増加傾向にあったが、イベント数が少なく有意差はみられなかった。一方、重篤な有害事象やステロイド関連有害事象もイベント数が少なく、明らかな減少は認められなかった。
 以上から、「中用量以上のICSでコントロール良好な場合はICS減量を行うことが提案される(エビデンスの確実性:C[弱])」という推奨となった1)。岡田氏は、今回の解析はすべての研究の観察期間が1年未満と短く、骨粗鬆症などの長期的なステロイド関連有害事象についての評価がなかったことに触れ、「長期的な高用量ICSの投与により、ステロイド関連有害事象のリスクが増加することも報告されているため、高用量ICSからのステップダウンにより、ステロイド関連有害事象の発現が低下することが期待される」と述べた。

▶ FeNOに基づく管理は有用か?
 「CQ1:成人喘息患者の長期管理において呼気中一酸化窒素濃度(FeNO)に基づく管理は有用か?」について、鶴巻 寛朗氏(群馬大学医学部附属病院 呼吸器・アレルギー内科)が解説した。
 FeNOは、喘息におけるタイプ2炎症の評価に有用であることが報告されている。FeNOは、未治療の喘息患者ではICSの効果予測因子であり、治療中の喘息患者では経年的な肺機能の低下や気道可逆性の低下、増悪の予測における有用性が報告されている。しかし、治療中の喘息におけるFeNOに基づく長期管理の有用性に関するエビデンスの集積は十分ではない。
 そこで、臨床症状とFeNO(あるいはFeNOのみ)に基づいた喘息治療を実施したRCTについて、既報のSR5)のURを実施した。
 対象となった文献は13件であった。解析の結果、FeNOに基づいた喘息管理は1回以上の増悪を経験した患者数、52週当たりの増悪回数を有意に低下させた。しかし、経口ステロイド薬を要する増悪や入院を要する増悪については有意差がみられず、呼吸機能の改善も得られなかった。症状やQOLについても有意差はみられなかった。ICSの投与量については、減少傾向にはあったが、有意差はみられなかった。
 以上から、「FeNOに基づく管理を行うことが提案される(エビデンスの確実性:B[中])」という推奨となった1)。結語として、鶴巻氏は「FeNOに基づく長期管理は、増悪を起こす喘息患者には有用となる可能性があると考えられる」と述べた。

▶ 喘息の長期管理薬としてのマクロライドの位置付けは?
 「CQ5:成人喘息患者の長期管理においてマクロライド系抗菌薬の投与は有用か?」について、大西 広志氏(高知大学医学部 呼吸器・アレルギー内科)が解説した。
 小児を含む喘息患者に対するマクロライド系抗菌薬の持続投与は、重度の増悪を減らし、症状を軽減することが、過去のSRおよびメタ解析によって報告されている6)。しかし、成人喘息に限った解析は報告されていない。
 そこで、既報のSR6)から小児を対象とした研究や英語以外の文献などを除外し、成人喘息患者の長期管理におけるマクロライド系抗菌薬の有用性について検討した適格なRCTを抽出した。
 採用された17文献の解析の結果、マクロライド系抗菌薬は、入院を要する増悪や重度の増悪を減少させず、呼吸機能も改善しなかった。Asthma Control Test(ACT)については、アジスロマイシン群で有意に改善したが、MCIDには達しなかった。同様にAsthma Control Questionnaire(ACQ)、AQLQもマクロライド系抗菌薬群で有意に改善したが、MCIDには達しなかった。
 以上から、本解析の結論は「マクロライド系抗菌薬の持続投与は、喘息患者に有用な可能性はあるものの、長期管理に用いることを推奨できる十分なエビデンスはない」というものであった。これを踏まえて、JGL2024の推奨は「マクロライド系抗菌薬を長期管理の目的で投与しないことが提案される(エビデンスの確実性:C[弱])」となった1)。また、この結果を受けてJGL2024の「図6-5 難治例への対応のための生物学的製剤のフローチャート」における2型炎症の所見に乏しい喘息(Type2 low喘息)から、マクロライド系抗菌薬が削除された。

■参考文献
1)『喘息予防・管理ガイドライン2024』作成委員会 作成. 喘息予防・管理ガイドライン2024.協和企画;2024.
2)Kew KM, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2015;2015:CD011438.
3)Global Initiative for Asthma. Global Strategy for Asthma Management and Prevention, 2024. Updated May 2024
4)Crossingham I, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2017;2:CD011802.
5)Petsky HL, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2016;11:CD011439.
6)Undela K, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2021;11:CD002997.

(ケアネット 佐藤 亮)
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「直美」が人気上昇中!〜“なおみ”ではなく“ちょくび”と読みます〜

2024年12月02日 06時52分21秒 | 予防接種
“直美”という単語が医療界で話題になっています。
この漢字は“なおみ”ではなく“ちょくび”と読みます。
人物の名前ではありません。

ではどういう意味かというと、
「研修期間を過ぎたら容外科へ進むこと」
という意味です。

30年以上前に医師免許を取得した私にとって、
「美容外科」は皮膚科や形成外科の一部が担うマイナーな診療科でした。
さらに雑誌広告で「包茎を治しましょう」「バストアップを」「しわを取りましょう」
など、なんとなく怪しいイメージも付随していました。

実際に「包茎手術」は金儲けしようと高須クリニックの高須 克弥氏が創作したモノとカミングアウトしています。

しかし現在、メジャーな診療科である内科や外科を選択せず、
マイナーな美容整形を選択する研修医が無視できないほど増加しており、
医療崩壊を招きかねないと問題視されてきています。

第一の理由は、医師の仕事が“ブラック企業”であること。
「働き方改革」でも医師だけ蚊帳の外でしたよね。

私自身、勤務医時代は24時間ポケベルで拘束され、
夜間点滴が漏れただけで呼ばれる総合病院小児科に在籍していて、
身体を壊して開業せざるを得なかった被害者の1人です。

第二の理由は、政府のなりふり構わない“医療費削減“方針のため、
ふつうに真面目に保険診療をしていると赤字になってしまう構造です。
なお、美容外科は自由診療ですから、収入が単純計算で1.5倍になります。

政府の医療界に対する方針は、
巷の働き方改革に逆行し、
1人でやりくりしている開業医に夜間対応を求め、
そうしないと加算が取れないしくみにしています。

開業医の平均年齢は60歳を超えています。
すると病名の一つや二つつく半病人です(私もその1人)。
満身創痍の還暦過ぎの人間に「夜も働け」という方針が、
現在の医療界を崩壊に向けているのです。

こちらを先に改革しないと、
マイナ保険証が普及しても診療する医師がいなくなります。
現場を知らない官僚の方々、再考していただきたい。

この問題を扱った記事を紹介します。

▢ 「保険医の待遇を改善しないと美容医の増加は食い止められない」
2024/11/27:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 ここ数年、初期研修修了後すぐに、美容を目的に自由診療下で医行為を行う美容医療の道に進む「直美(ちょくび)」の医師の増加が話題となっている。一方、既に何らかの専門医資格を有する中堅医師の中にも、美容医療クリニックに転職する人は決して少なくない。今、多くの医師が美容医療の道を志す背景や、保険診療の現場で起きている問題点について、日本美容外科学会(JSAPS)の理事を務める東京慈恵会医科大学形成外科学講座主任教授の宮脇剛司氏に話を聞いた。
・・・
──近年、若手を中心に美容医療の道に進む医師が増えています。この現状をどう捉えていますか。
宮脇 全ての美容医療クリニックにおける採用人数を把握するのは困難なため、正確な数は分かりませんが、ちまたでは毎年500人程度の医師が美容医療の世界に転身していると言われています。このうち、初期研修修了後すぐに美容医療クリニックに就職する、いわゆる「直美(ちょくび)」の医師は年間200人近くに上るとも推算されており、若い医師を中心に、美容医療が医師のキャリアの選択肢の1つとなっているのは間違いありません。
 こうした流れの背景には様々な要因が考えられますが、
(1)コスパ(コストパフォーマンス)とタイパ(タイムパフォーマンス)を重視する医師が増えたこと、
(2)美容医療市場がここ数年で急拡大し、一大産業になったこと
──の2点が大きいと考えます。かつては、初期研修修了後は大学医局に入って専門医を目指すのが、ほとんどの医師がたどる“王道ルート”でしたしかし拘束時間や給料を考えると、コスパやタイパは決して良いとは言えません。一方、ほとんどの美容医療クリニックでは大学とは比べものにならないほどの給料が保証されており、当直もありません
 「医師たるもの昼夜問わずがむしゃらに働くべきだ」という考えの下で育ってきた我々の世代ですら、医師の働き方改革の影響で、労働時間に対する意識がかなり変わってきています。コスパやタイパを重視する今の20~30歳代の医師が美容医療の道を目指すのは、ある意味当然の流れだと思います。
 美容医療の世界は、コロナ禍以降、大手の美容医療クリニックを中心に施設数が急増し、いまや医師の巨大な収入源になり得る産業として存在感を増しています。SNS戦略などにより、一般の人にとって美容医療は以前より身近な存在になっていると感じますし、美容医療に携わっている医師の中には、SNSを通してきらびやかな私生活をアピールする人も少なくなく、こうした生活に憧れる若手医師が美容医療に流れている側面もあります。
 コスパやタイパを重視する若手医師が増えたと言うと「今の若者は意識が低いのが問題だ」という結論に帰着しがちですが、私はそうではないと考えます。もっと根本的な問題は、日本の保険医の給料が労働時間や仕事内容に対する対価としてあまりにも低く、今の経済状況に追いついていないことではないでしょうか。美容医療に転身した若手医師は、この保険診療の限界にいち早く気付いた人だと言えるでしょう。

▶ 既に大学病院のマンパワー不足は深刻、行き着く先は大学崩壊か
──若手の医師のみならず、形成外科や皮膚科の専門医や、そもそも別領域が専門の中堅医師の転身も相次いでいます。
宮脇 一生懸命努力してスキルアップしても、日本の診療報酬の仕組みにおいては、手術などの保険診療は教授クラスが行っても研修医が行っても診療報酬は一律であり、その結果、給料は役職や経験年数に応じて多少違うものの、横並びになりがちです。専門医資格を取得し、努力して研さんを積んできた中堅医師では、こうした点に対する不満が噴出しやすく、モチベーション低下につながっているのだと考えます。
──一方で、美容医療を選ぶ医師が増えることで、保険医の減少や医師偏在の加速を懸念する声も聞かれます。
宮脇 まさにそこが一番の問題で、医師の働き方改革の影響で、医師数が十分に確保できている東京都ですら、診療科によっては、患者が受診したいタイミングで受診できず、医師を求めて病院を探し回らなければいけない事態が起こり始めています。
 大学病院は、時間外労働の制限などによって人手不足が特に顕著になり、外来を縮小したり手術件数を減らしている病院も少なくありません。当科でも、今年に入ってからは急患を断らざるを得ないケースが増えました。こうした状況の中で、美容医療へ転身する医師が増加して大学の医師不足が加速すると、いずれは講座の維持が難しくなり、大学崩壊の危機に直面する可能性もあるでしょう。保険医の数を維持するためには付け焼き刃的な対応ではなく、何かしらの抜本的な施策が欠かせないのではないかと思います。
 例えば、専門医資格を有する医師や腕のいい医師には金銭的インセンティブを与えて、給料を引き上げるのも1つの手でしょう。美容医療に転身する医師の中には、保険診療自体にはやりがいを感じているけれど、金銭的な問題で保険診療を離れてしまう医師も少なくありません。そのため、美容医療クリニックと同等の給料を保証できれば、美容医療への医師の流出をある程度は食い止められるはずです。とはいえ、今の国民皆保険制度のままでは医療費の財源が限られていますから、スキルの高い医師が診察・執刀する場合は、選定療養費のような自己負担の仕組みで患者に請求できるといった、新たな仕組みの構築が望ましいでしょう。
 このほか、初期研修修了後の何年かは保険診療への従事を義務付けることも案としては考えられますが、保険診療の魅力そのものが上がらなければ、結局はその後、美容医療などへの医師の転身を食い止めることは難しいと思います。

▶ 「保険医療機関での合併症対応は保険か自費か」の悩みも
──美容医療の質に目を向けると、不適切な施術に伴う合併症について、消費生活センターなどに寄せられる相談件数は年々増えており、その原因としてスキル不足の医師の増加を指摘する声もあります。
宮脇 厚生労働省は、今年の6月から「美容医療の適切な実施に関する検討会」(以下、検討会)を開催しており、美容医療を提供する医療機関に、年に1回、安全管理措置の実施状況の報告を義務付ける方針などを固めました(関連記事:厚労省検討会、安全で質の高い美容医療提供のための報告書案公表)。
 もっとも、日本美容外科学会(JSAPS)では、カウンセラーによるアップセル(顧客単価の引き上げ)や不適切な施術に伴う合併症などの問題に対して、相当前から警鐘を鳴らしており、例えば2020年と2022年には、安全な美容医療を提供するための「美容医療診療指針」を関連学会合同で作成するなど、様々な取り組みを行ってきました。厚労省の検討会の内容を取りまとめた報告書でも示された通り、今後は関連学会で、質の高い美容医療の提供に向けた研修制度や有害事象発生時の対応などを盛り込んだガイドラインを策定予定です。
 JSAPSは、形成外科専門医資格を有する医師のみが取得可能な専門医制度を設けており、美容医療の質の担保という観点では、美容外科に携わる医師全員が形成外科専門医や、日本美容外科学会(JSAPS)専門医を取得していることが望ましいと考えます。とはいえ、実際にはSNS戦略がうまければ、専門医を持っていなくても売れっ子医師になることは可能ですし、「美容医療の世界では、スキルを磨くよりもSNSで集客できる方が重要だ」という意見も聞かれます。自由診療であり、患者に人気のある医師が必ずしも十分なスキルを兼ね備えているとは限らないため、合併症が生じた際に自院で対処できず、保険医療機関に丸投げするケースが後を絶ちません。
 保険診療が限界に来ている中で、美容医療のトラブルに対応していると、現場はさらに逼迫してしまいます。また、実際に我々がこうした患者に遭遇した際に特に困るのは、「医療費をどうするのか」という点です。
 美容医療は自費診療なので、美容医療による健康被害は基本的に全て自費診療とするのが医療機関の共通認識となっているものの、命に関わるような状態で運ばれてくる患者に対して、「お金を払えないなら診ない」というわけにもいきません。実際の判断は、合併症に対応した医師や医療機関に委ねられており、対応に苦慮することもしばしばあります。本来は、美容医療を提供する医療機関でフォローアップ体制をきちんと作るべきですが、美容医療による合併症を保険診療で診るべきなのかどうかを含めて、国は明確な見解を示すべきだと考えます。

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