小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

「あなたの中のミクロな世界」by NHK

2015年08月28日 08時20分41秒 | 感染症
 「あなたは一人ではない
 というフレーズで始まるこの番組。「絆」とかを連想させますが、意味がちょっと違います。
 「あなたは微生物の集合体である
 と目から鱗が落ちる発想なのです。

□ 「あなたの中のミクロの世界」 
第1回 体は微生物の宝庫
第2回 ヒトは微生物との集合体

2015年7月7日 NHK-BS
 人間の体の表面や内部に棲む微生物の多様性と働きを徹底解剖するサイエンス番組。人類とともに進化した微生物は、私たちの生命の維持にも深く関わっている。
 バクテリア、ウィルス、原生動物、菌類、ダニ、シラミ―人間の皮膚や毛髪、あるいは体内に生息する微小な生物。その数は人間の全細胞の10倍にのぼると言われる。こうした微生物の驚くべき生態と人間との知られざる関係を、特殊な撮影技術やCGで描き出していく。前編では、身体の思いがけない場所に住み着くミクロな生物たちを紹介。地球上の生物多様性と同じで、生物は身体の様々なパーツにバランスを保ちながら生息している。

 原題:LIFE ON US
 EPISODE TWO SUPERHUMAN
 制作:Smith & Nasht/Mona Lisa (オーストラリア/フランス 2014年)



 他にも私にとっての新たな知識がたくさんありました。
 「免疫系は病原体を退治するシステムと考えられてきた」
 その通り。
 免疫学のテキストには
 「免疫とは自己と非自己を認識して非自己を排除するシステムである」
 と記載されています。
 しかし、最新科学ではこうなります。
 「免疫は感染症をコントロールするシステムではなく、微生物によりコントロールされるシステムである
 
 その根拠を、近代の清潔志向が発達して新たに発生してきた病気が、逆に細菌(便微生物移植やエムバッキー)や寄生虫(鉤虫など)を体に入れることにより治ってしまったことに求めています。
 炎症性腸疾患(クローン病など)、結節性硬化症、アレルギー疾患、等々。


<メモ>
 自分自身のための備忘録。

□ 大気の薄い層が地球を守っているように、皮膚表面の微生物の層は人体を病原体の侵入から守っている。

□ ヒトは生まれた後、その90%は微生物で構成されるようになる。ヒトの体は多くの微生物が調和を保つ一つの生態系である。様々な環境に適合した生物が適所に分布し、肉食生物や寄生生物など多様である。自然の生態系を保つために多様性が必要なように、ヒトの体を健康に保つためには微生物の多様性が必要である。

□ 微生物は免疫系を制御している。腸内細菌が豊富であれば免疫系が暴走しにくい。

□ 母乳中には赤ちゃんの腸内細菌叢を形成するための微生物が含まれている。

□ 腋窩は不思議な場所。アポクリン汗腺から微生物のエサになる物質(無臭)を分泌している。キツネザルは同様の分泌腺が前胸部に帯状に分布しており、一族かどうか識別すること(=近親交配を避ける)に役立っている。他の動物では肛門や性器周囲のみに存在する。ヒトは二足歩行するようになったため、上部に移動したと考えられている。

□ 臍(ヘソ)には多様な微生物がいる。深海の熱水噴出口に生息する微生物(耐圧性放線菌)も発見された。60人の臍ぬぐいサンプルを検査すると、2300種類が検出されたが、60人すべてに共通した細菌はゼロだった。数百種類検出されたヒトや6種類しかいなかったヒトもいた。少ないと不健康の傾向あり。

□ 人の皮膚1㎠には10億以上の細菌がいる。死んだ皮膚細胞(角質、年間2kg!)がエサになっている。

□ 細菌はたんぱく質を利用して一種の会話をすることができ遺伝情報のやり取りも可能。

□ 劇症型溶連菌感染症(人食いバクテリア症)は、世界で年間16万人が犠牲になり死亡している。1980年代にアメリカのロッキー山脈周囲で集団発生した。バクテリオファージというウイルスがレンサ球菌の遺伝情報を書き換えて強毒性になった。

□ トキソプラズマ(通称ゾンビ虫)。寄生されると危険を感じにくくなりリスクの高い行動を取るようになり、交通事故に遭う確率が2.6倍になる。

□ アタマジラミ。飛ぶことも歩くことも這うことも出来ない。髪の毛がくっつきそうなほどの接触があると飛び移る。シラミなどの虫を減らし、それらが媒介する感染症を避けるためにヒトは体毛を失ったという説がある。体毛を失ったために気候に応じて皮膚色も多様になった。

□ 陰毛のヒミツ。体毛を失う際に残ったのではなく、成熟の証として集中させたという説が有力。ちなみにチンパンジーには陰毛はなく体毛より薄い毛があるのみ。

□ 虫歯。人骨の分析では狩猟採集時代は虫歯はほとんどなかった。農耕生活をするようになり虫歯で出現した。口内細菌は産業革命以後多様性を失った。唾液1的中には1億以上の細菌がいる。悪玉菌は酸を作りエナメル質を溶かす。善玉菌は酸が苦手で死んでしまう。

□ ピロリ菌は悪玉菌と善玉菌の中間的存在である。胃酸の中でも生きられるのは、アンモニアを産生して酸を中和できるから。胃がんや胃潰瘍の原因になるが、寄生虫(蟯虫など)がいるとピロリ菌がいても潰瘍にはならない。欧米で行われている抗菌薬によるピロリ菌除菌は、アレルギーや喘息の増加を引き起こすことが問題になっている。

□ ヒトの腸に住み着く寄生虫はもともと深海に生息していた。ヒトの腸・内臓にもぐり込んで陸上に進出した。

□ 寄生虫は近年、医学的に利用されつつあり、多発性硬化症、クローン病、セリアック病の患者の一部に有効であることが確認されている(治験レベルでアメリカでは現時点で違法)。寄生虫は人体に入ると、ヒトの免疫系はそれを排除するために働き炎症が惹起される。すると寄生虫は排除されないようにヒトの免疫系をコントロールして炎症を起こさせないようにする。これを利用して炎症性疾患も沈静化することが可能。ヒトの免疫系は寄生虫のような刺激物を必要としているのである。

□ 便微生物移植。健康な人の腸内フローラ(腸内細菌叢)を病気のヒトの腸に入れることにより、病気を治療する方法。欧米風の食生活、ジャンクフードは悪玉菌を増やす毛香がある。悪玉菌が毒素を出すと免疫系が激しく反応し、それが炎症を引き起こし病気(炎症性腸症候群、多発性硬化症、クローン病、アレルギーなど)の原因となる。抗菌薬や炭水化物の過剰摂取が腸内フローラを味方から敵に変えてしまった。
※ ヒトは生涯に4トンの便を排出する。
・ファーミキューテス:脂肪の吸収を促進する働きのある細菌
・アッカーマンシア・ムシニフィラ:脂肪吸収を抑制する働きがある細菌
・エム・バッキー(アフリカで発見された細菌):ハンセン病のワクチンとして開発されたが、接種によりレイノー病が治ってしまった。癌が消えたり、乾癬が治った例もある。現在はうつ病の治療に応用すべく研究されている。

□ 免疫系は病原体を排除するシステムと考えられてきたが、実際には細菌によりコントロールされてきたと考えるべきである。生活環境から細菌がいなくなると炎症性疾患が増加する。

□ ボルバキアという細菌は昆虫界に広く分布し、体内にボルバキアを有する昆虫は他の微生物が侵入するのを防ぐことができる。蚊の虫体にボルバキアを注入するとデング熱を媒介できなくなることを期待して、オーストラリア北部で実験が行われ、見事デング熱を終息させることが出来た。
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