小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

同種ワクチンの互換性について整理しました。

2019年09月28日 17時24分19秒 | 予防接種
 同じ病原体をターゲットにしたワクチンでも、複数の種類が存在するものがあります。
 日本で承認されているワクチンで例を挙げると、

日本脳炎ワクチン
① ジェービックV®(JEBIK-V:微研)
② エンセバック®(Encevac:KMB)

四種混合ワクチン
① スクエアキッズ®(Square kids:第一三共)IPVはSalk株
② テトラビック®(Tetrabik:微研)IPVはSabin株
③ クアトロバック®(Quattrovac:KMB)IPVはSabin株

B型肝炎ワクチン
① ビームゲン®(BIMMGEN:KMB)遺伝子型Cワクチン
② ヘプタバックスII®(Heptavac-II:MSD)遺伝子型Aワクチン

ロタウイルスワクチン
① ロタリックス®(Rotarix:GSK)2回投与
② ロタテック®(Rotateq:MSD)3回投与

HPVワクチン
① サーバリックス®(Cervarix:GSK)
② ガーダシル®(Gardasil:MSD)

※ 略号解説;
(微研)阪大微生物病研究会
(KMB)KMバイオロジクス(旧名:化血研)
(GSK)グラクソ・スミスクライン
(第一三共)第一三共バイオテック(旧名:北里第一三共)
※ ジャパンワクチン(北里第一三共+GSK)は2018年に解散


 等々。
 すべて不活化ワクチンで、十分な免疫を得る手目には複数回接種する必要があります。
 すると、という素朴な疑問が発生します。

 「複数回接種の中で、メーカーの異なるワクチンを混在させてもよいか?
 
 もちろん、可能であれば単一のワクチンで済ませるのが基本ですが、やんごとなき事情もありえます。
 実は答えが用意されています。
 上記の例では、

(日本脳炎ワクチン)可
(四種混合ワクチン)可
(B型肝炎ワクチン)可
(ロタウイルスワクチン)不可


 となっています。
 入れ替えても問題ないことを「互換性がある」と表現します。
 ロタウイルスワクチンのみ不可で「互換性がない」ということになります。
 以上、日本で承認されているワクチンは、互換性の有無が判明しているので、混乱せずに済みます。

 海外との出入りが多くなった昨今、日本で生まれて途中で外国へ行く子ども、逆に外国から日本に来る子どもも増えてきました。
 そこで新たな疑問が発生しました;

日本のワクチンと海外のワクチンを同じ物として考えてもよいか?

 日本製ワクチンと外国製ワクチンの互換性については、残念ながら十分な情報がありません。
 臨床現場で困っています。
 
 どこかが情報を集めて発信、あるいはネット上で閲覧できるようにして欲しいと常々感じてきました。
 そして先日、強力な情報源を見つけました。

海外渡航者のためのワクチンガイドライン/ガイダンス2019」(協和企画、2019年9月発行)
 という本です。
 日本渡航医学会が作成し、初版は2010年に発行され、私も所有していますが、ワクチン行政はコロコロ変わるので、内容が古くなって参考になりません。
 今回は待望の改訂です。
 早速購入して読んでみると・・・その中に、日本製と海外製のワクチン互換性に関する記述を見つけました。
 画期的です!
 こんな本を待っていました!
 日本渡航医学会の先生方、ありがとうございます。

 前提として以下の文章から始まります;

 「互換性が確認されていない異なる製造会社、異なる抗原のワクチンで接種を継続する場合は、被接種者の感染リスク、希望や予算、エビデンス、ワクチン学の理論、医療者の経験など、限られた情報で最良の選択をするのが現実的であり、判断が困難な場合には専門家への相談が望ましい。

 世界標準に近い、アメリカの考え方も参考になります

アメリカの考え方
・アメリカでは、同一製造会社の同一成分のワクチンであれば、有効性と安全性の臨床試験に基づいて、単価ワクチンと混合ワクチン(DPT、DPT-IPV、DPT-IPV-Hibなど)は互換性があると考えられている。
Hib、B型肝炎、A型肝炎、ロタウイルス、4価結合型髄膜炎菌ワクチンは、異なる製造会社での互換性が確認されている
・互換性が不明である場合は、利用可能なワクチンで接種すべきである。


 下線部(私が引きました)の文章は、非常に重みがあります。
 さて、私の疑問に関する該当箇所を引用・抜粋させていただき、以下のようにまとめました;



 問題になるのは、日本脳炎ワクチン。
 接種スケジュールの途中で、日本から海外(主にアジア)へ、あるいは海外から日本へ移動する人に対して、既接種をカウントするか、新たに最初から接種しなおすか、専門家の間でも意見が分かれ、混乱状態のようですね。
 他には、A型肝炎ワクチンが△で、短期的な抗体上昇を評価すると互換性がありますが、長期的な免疫持続期間のデータがないという状況です。
 (記述なし)のワクチンは、問題ないと考えていいのでしょうか・・・。

<各論>

A型肝炎(HAV)ワクチン
(互換性)
・日本製と海外製のHAVワクチンの互換性はある程度確認されている。
・同一ワクチンの入手が困難となった場合には海外製のA型肝炎ワクチン(Havrix)で接種を継続することを提案する(推奨度:2、エビデンスレベル:C)。
(わが国と国際標準との差異)
・エイムゲン®(日本のHAVワクチン)の遺伝子型はIIIB、海外製品の遺伝子型はIA(あるいはB)と異なる。
・エイムゲン®のみ3回接種で、海外ワクチンは2回接種。
・皮下注射はエイムゲン®のみ、海外ワクチンは筋肉内注射。
・海外のHAVワクチン同士では互換性に問題がないことが報告されているが、日本のHAVワクチンと海外のHAVワクチンとの互換性を検討した研究(注1&2)は少ない。



注1)Vaccine. 2017; 35;6412-5
 日本製HAVワクチン(エイムゲン)を2回接種した20歳以上の成人20例に対して、米国製HAVワクチン(HAVRIX)を1回追加接種した結果、全例で有効な抗体価上昇が得られた。ただし、免疫持続期間が不明。
注2)日本渡航医会誌 2015; 9: 48-50
 エイムゲン®を1回接種してHAVRIXを1回追加接種した成人23例に対し、①エイムゲン®3回、②HAVRIX2回、③エイムゲン®2回、④HAVRIX1回の対照群を比較した結果、各ワクチンの規定回数を完遂した①および②群と同等の抗体価上昇が得られた。ただし免疫持続期間が不明であることが課題である。


B型肝炎(HBV)ワクチン
(互換性に関する記述なし)
(参考)現行のHBVワクチン(遺伝子組み換ワクチン)は、すべてS領域によりコードされるsmall-Sタンパクを抗原とするものである。これに対し、Pre-S2とSによりコードされる middle-Sタンパクからなる“Pre-S2含有”ワクチンが開発されたが、現在まで市販されるに至っていない。

日本脳炎ワクチン
(互換性)
・日本製と海外製の日本脳炎ワクチンの互換性は確認されていない。
・日本製ワクチン(エンセバック®、ジェービックV®)で接種を開始し海外へ行った人に対し、同一ワクチンの入手が困難となった場合には、海外製の日本脳炎ワクチンで接種を継続するか、最初から接種を開始するか、症例ごとに判断する(推奨度:ー、エビデンスレベル:D)。
・中国で日本脳炎生ワクチン(乙型脳炎減毒活疫苗、SA14-14-2株)を接種した人が、日本で日本製の乾燥細胞培養日本脳炎ワクチン(北京株)で接種を継続する場合は互換性が確認されていないため、新たに初回接種から開始するか、不足分を接種するかは、専門家でも意見が分かれる。前者は過剰接種による副反応を、後者は不十分な免疫獲得を考慮する必要がある。



(わが国と国際標準の差異)
・諸外国で流通する日本脳炎不活化ワクチン株はSA14-14-2株で、日本の北京株と異なる。また、日本は皮下注射であるが、諸外国では筋肉内注射である。
・不活化ワクチンは北米、欧州、オーストラリアで流通している。
・生ワクチンは中国、ネパール、インド、スリランカ、韓国などで使用されている。
・中国本土では、中国国産の生ワクチン、不活化ワクチンが流通している。1960年代後半に開発されたラット腎細胞培養不活化ワクチン接種が開始され、2010年まで使用されたが、実際には2004年に開発されたVero細胞由来不活化ワクチンに取って代わられていった。一方、生ワクチンは1988年に流通開始し、現在では韓国やインド、ネパールなどに輸出されている。2007年以降は全省において無償で生ワクチンの接種を受けることができるようになった。不活化ワクチンも接種可能だが、費用は自己負担となる。
・香港ではIMOJEV、IXIAROが、台湾ではIMOJEVが流通している。
・マウス脳由来ワクチン接種後の追加接種としてVero細胞由来不活化ワクチン、弱毒生ワクチン、組み換え生ワクチンを接種した安全性や有効性において特に問題ないとする報告はいくつか確認できる。
・日本国内で遺伝子組み換え生ワクチンを使用すると「カルタヘナ法」に抵触する恐れがある。

ポリオワクチン/四種混合ワクチン
(互換性)
・日本ではポリオ生ワクチン(OPV)の生産は2014年に終了した。
・単独の不活化ワクチン(IPV)はイモバックスポリオ®のみであり選択の余地はない。
・四種混合ワクチンとして組み込まれているIPVには2種類ある;
(DPT-wIPV)野生株由来のSalk株(wIPV)→ スクエアキッズ®
(DPT-sIPV)ワクチン株由来のSabin株(sIPV)→ テトラビック®、クアトロバック®
・海外ではほぼwIPVなので、接種の途中で海外に渡航予定がある場合は、可能であればwIPVを選択することが望ましい。
※ 本書には記載はないが、DPT-wIPV と DPT-sIPV は互換性があるとされており、混在しても問題ない。



麻疹・風疹・おたふくかぜワクチン
(互換性に関する記述なし)

髄膜炎菌ワクチン
(互換性に関する記述なし)
(わが国と国際標準の差異)
・髄膜炎菌ワクチンは3種類存在する;①多糖体ワクチン、②結合型ワクチン、③B群に対するワクチン。
・多糖体ワクチンは2歳未満では抗体反応が悪く効果が期待できないため、2歳以上の小児に接種する。このため現在は主に結合型ワクチンが使用されている。
・日本ではメナクトラ®(4価の結合型ワクチン)が2015年から販売されている。添付文書上は、接種対象が限定されていない(日本の臨床試験は2〜55歳対象に実施された)。

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(その2)朝礼で倒れる思春期女子は「反射性失神」か、それとも「起立性調節障害」か?

2019年09月15日 14時15分22秒 | 小児医療
 前項は、「失神の診断・治療ガイドライン2012」を拾い読みしてみましたが、私の疑問は解決に至りませんでした。
 次に、医学系雑誌「日経メディカル」の2016年8月号で「どうする?その失神」という特集を組んでおり、読んでみると役に立ちそうなので、一部を抜粋します。

 まずは聖マリアンナ医大の失神外来を2012年4月から2015年12月に受診した約520人の患者のうち210人の原因疾患を分析した結果。



 心原性26%、反射性35%、起立性低血圧7%。
 次に年齢別原因別頻度の表(⇩)



 あれ?
 10歳代は「反射性失神」が最多で残りは原因不明・・・「起立性低血圧(≒起立性調節障害)」はない?
 ちょっと、というか大きく私の印象と異なります。
 ・・・この辺のことは、後ほどまた出てきます。

 次に失神に伴い、手足がガクガク震える“けいれん”が見られることがあります。
 すると、「てんかん」という病気を考えがち。
 しかし失神でもけいれんは、まれならず観察されます。

てんかんと失神との鑑別
・痙攣を起こした場合はてんかん発作を疑いがちだが、失神でも痙攣は生じ得る。発作時に痙攣を伴ったからといって、それだけでてんかんと診断すべきではない。
・てんかんと心原性失神の鑑別に有用なのは、発汗や前兆、顔面蒼白の有無などだ(⇩)。発作が起こる前に発汗を生じたり、眼前暗黒感という前兆を認めれば失神の可能性が高い。発作時に顔面蒼白を生じた場合は失神、顔面が赤くなった場合はてんかんが考えられる。顔面蒼白を確認したい場合は、顔から血の気が引いて白くなっていたかどうかを目撃者に聞いてみる。
 側頭葉てんかん発作(てんかん患者の半数弱を占める)に特徴的な前兆である「deja vu(デジャヴ)」も鑑別に有用だ。deja vuとは過去に経験したことが突然思い出されることを指す。発作のたびにdeja vuが起こるため、患者は何となく懐かしい感覚を覚える。




 「発作時に顔面蒼白を生じた場合は失神、顔面が赤くなった場合はてんかん」という鑑別点が示されました。
 経験からして、肯けます。
 意識障害の患者さんを見た際、徐脈なら失神、頻脈ならけいれん発作、と鑑別診断の本で読んだ記憶がありますし。

 成人では多い「側頭葉てんかん」は小児ではあまりいません。
「患者はなんとなく懐かしい感覚を覚える」のですか・・・不思議ですね。

 次に失神患者の重症度判定について。
 心原性>非心原性、が基本であり、これは心電図でトリアージ可能です。

失神患者の高リスク基準
 通常の診察では異常所見を認めない場合、病歴聴取や身体所見(血圧測定を含む)、心電図検査などで高リスク所見(⇩)の有無を確認し、患者のリスクを階層化する。高リスク所見がなければ、低リスクと判断できる。低リスク失神の原因としては、血管迷走神経性失神などの反射性失神がある。




 起立に伴う失神はそれだけで高リスク所見(心原性失神)から外れますね。心電図で異常がなければ、なお安心です。
 下記のように、前兆・前駆症状が目立つと反射性、前触れなく突然始まると心原性が疑われます。失神が発生した状況・環境でもある程度判断可能ですね。

心原性失神と反射性失神の鑑別(⇩)
 反射性失神では前駆症状として、熱感や口渇、胃部不快感や吐き気、あくび、めまい、頭痛などが生じる。前駆症状が10秒以上続く場合は反射性を強く疑う心原性失神では動悸や胸痛などの症状を伴う場合もあるが、一般に前駆症状は乏しく短時間で失神に至る
 失神時の状況や症状も鑑別に役立つ。
 反射性失神は起立時や座位、混雑した通勤電車内での強制立位、歯科治療中の緩やかな角度の座位といった状況で起きやすく、不快な光景や音、臭い、長時間の起立、臥床・座位後の急激な起立、脱水、入浴などが誘因になる。
 これに対し、心原性失神は体位に関係なく、就寝中や起床時、運動中・後によく起こる。




 さて次は、私の疑問の中核である“反射性失神”と“起立性低血圧性失神”の鑑別です。
 おおっ! なんと、私の疑問に対する答えが書いてあるではありませんか。

反射性失神と起立性低血圧による失神の鑑別
 反射性失神は失神患者の6割程度を占める頻度の高い失神であり、何からのストレスにより誘発される。
 また、失神患者の1~2割を占める起立性低血圧による失神と診断する上で有用なのが、起立時血圧の測定だ。起立3分以内に収縮期血圧が20mmHg以上低下するなどの基準を満たせば起立性低血圧と診断できる。また、起立時に心拍数の変動を見ることは、血管迷走神経性失神と起立性低血圧の鑑別に役立つ。起立性低血圧患者は脈が速くなって血圧が下がる傾向があり、反射性失神患者は脈が遅くなり血圧が下がる傾向がある。


 ここでも脈拍数・心拍数がポイントになります。
 血圧低下は共通ですが、
(起立性調節障害)頻脈傾向
(反射性失神)徐脈傾向

 なるほど、なるほど。

心因性失神を疑うポイント
 心因性失神患者は、周囲に誰かがいる時に発作を生じ、けがをすることはまずない。心因性の失神患者の9割は閉眼しており、失神やてんかん発作で閉眼している患者は3~4割ほどとのデータがある。そのため、発作時に閉眼していたからといって心因性と断言できないが、開眼していれば心因性は除外しやすい。


 心因性失神は“周囲にアピール”することがポイントなので、1人でいるときは発症しません。
 昔は“ヒステリー発作”と呼ばれており、私も担当したことがあります。
 周囲がつれなくするとこれ見よがしに病棟で失神する中学生女子に悩まされました。

 次は、反射性失神の生活指導についての記述です。

反射性(血管迷走神経性)失神の生活指導
 血管迷走神経性失神は、発作時に前兆を伴うことが多い。そのため前兆出現時に失神を回避するような行動を取るよう指示する。「しゃがみ込めば、脳への循環血液量が増すので失神を回避できる。前兆が出現したら、しゃがんだり横になる」と説明する。反射性失神は脳の位置が心臓より高い場合に発生するが、心臓と脳の高さが同じになれば自然に回復する
 反射性失神では、再発が防げなくても、けがをしないよう導くことが最低限必要。
 仕事中などで、しゃがんだり横になることが難しい場合は、下に示す失神回避法を伝えたい。座位では両腕を組み引っ張り合う、足を交差させて組む、立位では足を動かすなどだ。足や腕に力を入れて筋肉を収縮させると、筋肉の収縮で静脈内の血液が上半身に戻りやすくなる。これらの回避法により、血管迷走神経性失神の再発は約8割減ることが明らかになっている。




 さらに前項で出てきた「チルト訓練」がイラスト解説されていました。

再発予防に効くチルト訓練:2012年に保険適用
 血管迷走神経性失神の治療として、ガイドラインではクラスIIa(有益であるという意見が多い)の推奨ながら、再発抑制効果が高いのが「起立調節訓練法(チルト訓練)」だ(下図)。チルト訓練による血管迷走神経性失神の再発予防効果は高い。チルト訓練とは、踵を壁から15cmほど離した状態で、壁に頭から背中、臀部までを密着させた状態で起立し、その状態を30分間保つというもの。
 血管迷走神経性失神の場合、チルト訓練開始後数日は、途中で気持ち悪さを訴え、30分間訓練を継続できない患者がほとんど(血管迷走神経性失神の診断に活用できる)。気分が悪くなったり、前兆が出現したら、その時点で訓練を中止し、翌日また同様の訓練を繰り返す。
 当初30分間起立できない患者でも、1日2回の訓練で、徐々に起立時間が長くなり、10日前後で30分間続けられるようになる。チルト訓練で30分立っていられるようになれば、血管迷走神経性失神を再発することはまずない
 再発抑制効果が高いものの、患者の継続率が低いのが同訓練の課題となっている。チルト訓練を中止すると、1週間もしないうちに再発する患者がいる。朝夕30分の訓練時間を確保するのは患者にとって難しいので、30分起立できるようになった段階で訓練回数を1日1回に減らして継続させるとよい。下半身さえ動かさなければ、テレビを見たり本を読みながらでも効果は得られる。




 これらの体操とチルト訓練は、NHK-Eテレの健康番組の中でも解説されていました。
 次は起立性低血圧による失神の生活指導です。

起立性低血圧】欠かせない服用薬チェック 適切な塩分・水分摂取を。
 起立性低血圧による失神も血管迷走神経性失神と同様に、自律神経を介して生じる。そのため、不眠や疲労などの精神的・肉体的ストレスが発症に関与するといわれている。脱水による循環血液量の低下も起立性低血圧を誘発する。
 起立性低血圧による失神の場合、患者指導として推奨されるのは、立位や座位への急激な体位変換を避けること。また、誘因となる薬剤の中止や減量も推奨される。


 ここで、反射性失神と起立性低血圧による失神の生活指導内容を比べてみましょう。
 左(表5)が反射性失神、右(表6)が起立性低血圧による失神の生活指導です;


 
 誘因、誘因となる薬物はほぼ同じですね。
 違うのは、具体的な対応法。
 反射性失神は、立位をとってしばらくしてから生じるので、気配(前徴)を感じたら対策(しゃがみこむ、横になる)をとる。
 起立性低血圧による失神は、急に立ち上がらない。
 まあ、当たり前と言えば当たり前ですが・・・。

 あ、小児の失神の項目もありました。主に前大阪医科大学准教授の田中英高Dr.による解説です。

小児の失神の約8割はOD(起立性調節障害)によるもので、その原因が心疾患である割合は成人に比べて圧倒的に低く、海外では2%程度と報告されている。

 あれ? 最初のグラフでは全然なかったのに・・・いきなり8割ですか?
 この矛盾はなんなのだろう・・・誰か教えてください。

小児の起立性調節障害
 失神を初発として受診する患者もいるが、よく聞いてみると、朝起きるのがつらい状況が続いていたなど、ODを疑う所見がある患者がほとんど
 ODは自律神経の機能低下で生じ、立ちくらみや全身倦怠感、朝の食欲不振などとともに、立っていると気分が悪くなったり、失神したりする。10歳代の罹患率が高く、軽症を入れると中学生の2~3割程度がOD疑いで、そのうち検査でODと確定診断できるのは約半数、重症は全体の1%程度。
 ODの診療の進め方としては、日本心身医学会による「小児起立性調節障害診療・治療ガイドライン」が参考になる。同ガイドラインは、失神の既往や失神疑いがある小児に対して、心電図や脳波検査を行い問題がないことを確認した後に、「新起立試験」によるODのサブタイプ判定を推奨する。

新起立試験
 安静臥位から起立させ、その後の血圧回復時間を測定するもの。健常者では起立後、一過性に血圧低下を生じるが、直ちに回復し、臥位よりやや高い血圧で安定する。
 一方OD患者では、
(1)起立直後に強い血圧低下を来して血圧回復が遅延
(2)血圧低下を伴わず心拍数が増加
(3)起立中に突然血圧低下と起立失調症状が出現
(4)起立直後の血圧は正常だが、起立3~10分後に収縮期血圧が臥位時より低下
──などの異常が認められる。


 確かに、「心拍数増加(頻脈)」とは書いてあるけど、「心拍数低下(徐脈)」という単語は見当たりませんね。
 問題点としてあえて挙げたいのは、「小児起立性調節障害診療・治療ガイドライン」はネットで閲覧できません(約5000円の書籍購入が必要)。さらに「新起立試験」もネットで閲覧できません。
 つまり、一般開業医の扱う疾患ではなく、確定診断と管理は専門医あるいは病院レベルで行うべし、という高飛車なスタンスが見え隠れします。
 以前、「熱性けいれんガイドラインがネットで閲覧できないのはおかしい!」とブログに書いたら、ほどなくして公開されたことがあります。今回も密かに期待しましょう。

起立性調節障害の生活指導
 OD治療の基本は、疾病教育と非薬物療法だ。
 疾病教育として田中氏は患児がわかりやすいよう、「ODは正常よりも血管収縮力が弱かったり循環血液量が少ないために起立時に脳への血流が低下する病気」と解説している。脳への血流が低下するため、立ちくらみや失神を生じるとし、循環血液量を増やすために水分をたくさん取るよう指導している。具体的な水分摂取量は毎日1.5~2L。筋力が付くと下肢や腹部への血液の貯留が改善するため、運動の重要性も伝えている。「患児は皆運動不足で、足の筋力が弱い。少しでも筋肉を使うよう、室内はつま先で歩くよう指導している」と田中氏は言う。さらに、食塩を1日3g(梅干し2個分)余分に取り、弾性ストッキングを起床後から夕方まで着用するよう指示する。
 立ちくらみや気分不良の予防法として、起立時は頭を下げたまま30歩移動するとよいという(図A)。OD患者は起立後30秒以内に倒れることが多いが、「動き始めれば、筋肉のポンプ機能で血液が頭に行きやすくなる」と田中氏は説明する。



 ガイドラインは中等症以上の患者に、ミドドリンなどを用いた薬物療法を推奨するが、田中氏は「薬だけでは効果は期待できない。水分を十分取り、筋力を強くし、保護者には子どもにストレスを掛け過ぎないよう指導することが一番大事」と強調する。
 重症の患児は治癒まで4~5年が必要だが、軽症は適切な生活指導により短時間で治癒しやすいとのこと。10歳代の失神の原因として一般的なODへの適切な対応を実践したい。


 
 以上、「朝礼で倒れた思春期女子は反射性失神なのか、それとも起立性調節障害なのか?」と題して、2回に渡り書いてきました。
 集めた情報では、時間経過と脈拍数で判断できそうです。

(反射性失神) 起立後30分以内、徐脈傾向
(起立性低血圧)起立後30秒以内、頻脈傾向


 まず、時間経過からは反射性失神の可能性大。
 さらに(新)起立試験で起立後の脈拍変化を見れば鑑別可能と思われます。
 起立試験で明らかな異常を検出できない場合、あるいは起立後の徐脈を認めた場合はチルト試験を行うと、診断が確実になりますね。
 治療に大きな違いを見いだせませんでしたが、反射性失神に対する“チルト訓練”は手応えがありそうです。
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(その1)朝礼で倒れる思春期女子は「反射性失神」か、それとも「起立性調節障害」か?

2019年09月14日 08時48分15秒 | 小児医療
 小学生高学年〜中学生女子が「朝礼で倒れて意識を失いました」という相談を時々受けます。
 従来、思春期特有の自律神経失調症である起立性調節障害を念頭に置いて診療してきました。

 しかし、2012年に発表された「失神の診断・治療ガイドライン」(合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本救急医学会,日本小児循環器学会,日本心臓病学会,日本心電学会,日本不整脈学会)を読むと、「反射性(神経調節性)失神」に当てはまるのではないか、と感じました。このガイドラインには起立性調節障害の記述が見当たらず、起立性調節障害の成人版とも言える起立性低血圧による失神が、反射性失神とは別項目で論じられています。つまり、「起立性低血圧」(≒起立性調節障害)と「反射性失神」を別のものとしているのです。



 一方、馴染みのある起立性調節障害の項目を読むと、起立性調節障害の中の一型として「血管迷走神経性失神」が位置づけられています。
 微妙な表現ですが“神経調節性”と“血管迷走神経性”は同じようなものと考えてよいのでしょう(学会間で用語の統一をしていただきたいものです)。
 
 これはどういうことでしょうか?
 起立性調節障害と反射性失神の関係を明らかにすべく、手元の資料とネット検索で探ってみました。

 まずは失神から鑑別診断を始める、「失神の診断・治療ガイドライン2012年改訂版」(JCS2012)から。
 失神(syncope、faint)の定義は、

失神とは「一過性の意識消失の結果、姿勢が保持できなくなり、かつ自然に、また完全に意識の回復が見られること」
「意識障害」を来たす病態のなかでも、速やかな発症、一過性、速やかかつ自然の回復という特徴を持つ 1 つの症候群であり、前駆症状(浮動感、悪心、発汗、視力障害等)を伴うこともあれば伴わないこともある。共通する病態は「脳全体の一過性低灌流」(脳循循環が6〜8秒間中断されれば完全な意識消失に至り、収縮期血圧が60mmHgまで低下すると失神に至る。また脳への酸素供給が20%減少しただけでも、意識消失を来たす)である。


 失神様の症状は多岐にわたりますが、このガイドラインでは「本ガイドラインは欧州心臓病学会(European Society of Cardiology: ESC)のガイドラインに倣い,脳全体の一過性低灌流 によるものを失神として扱うこととする」との前提。
 鑑別を要する病態を表にまとめています;



 つまり、脳卒中とかてんかんは失神に含まれないのですね。
 そして、失神の種類を大きく3つに分けています。

1.起立性低血圧による失神(9%)
2.反射性(神経調節性)失神(21%)
3.心原性失神(10%)


 前述のように、1と2が別項目になっていますね。
 頻度については以下の記述;

 米国Framingham 研究における失神の原因別頻度は,
・心原性が10%
・血管迷走神経性が21%
・起立性低血圧が9%
・原因不明が37%。

 欧米のhospital-based studyの報告は,主にED(emergency department)を受診した失神疑いの一過性意識障害患者を対象としており,原因別頻度は、
・心原性失神が 5〜37%
・反射性(神経調節性) 失神が 35〜65%
・起立性低血圧が 3〜24%
・原因不明が 5〜41%

 年齢別では、若年者では反射性(神経調節性)失神の頻度が高く、高齢者では心原性失神、起立性低血圧の頻度が高くなる傾向を認める。




 あれ、全体的に起立性低血圧(≒起立性調節障害)の頻度は低く、さらに若年者(ここでは40歳以下)では起立性調節障害ではなく反射性失神の頻度が高い、とあります。
 私のイメージと少々異なります。

 失神による外傷の頻度は、

 我が国の報告では,救急搬送された失神患者の 17%が外傷を合併していた。ED 受診者を対象とした欧米の報告では、外傷の合併率は 26〜31%、うち骨折等の重症外傷が 5〜10%、打撲や血腫等の軽症外傷が 21〜25 %であった。

 診断の項目では、

 反射性(神経調節性)失神や起立性失神では臥位・立位の血圧測定あるいはチルト試験を行う

 とあります。この“チルト試験”は起立性調節障害のガイドラインでも出てくる用語ですね。
 さて、各論です。

【起立性低血圧】

 これまでの本学会の失神ガイドラインでは、起立性低血圧については、主にいわゆる古典的起立性低血圧(classical orthostatic hypotension)の診断・原因疾患を述べてきた。しかし、臨床的には起立性低血圧による失神は、起立不耐症(II─ 3. 体位性起立頻脈症候群の項参照)を伴う反射性(神経調節性)失神とその症状・病態が共通することが多い。このことは表 9 のごとく、ESC 2009 のガイドラインで強調されている。古典的起立性低血圧は、仰臥位または坐位から立位への体位変換に伴い、起立 3 分以内に収縮期血圧が 20mmHg 以上低下する
か、または収縮期血圧の絶対値が 90mmHg 未満に低下、あるいは拡張期血圧の 10mmHg 以上の低下が認められた際に診断される。失神の原因疾患としての起立性低血圧には、初期起立性低血圧(Initialorthostatic hypotension)、遅延性(進行性)起立性低血圧[delayed
(progressive)orthostatic hypotension]、体位性起立頻脈症候群[postural(orthostatic)tachycardia syndrome:POTS]も含まれている(表 9)。




 「起立性低血圧による失神は、起立不耐症を伴う反射性(神経調節性)失神とその症状・病態が共通することが多い
 これです、これ!
 ここが混乱の元。
 まあ、似ていることをGL作成者も認めているのですね。
 表を眺めると、立位をとってからの発症時間が異なることに気づきます。
 そして診断には「起立試験」「チルト試験」が必要と書かれています。
 しかし、似たような病態の疾患概念をこう並べられても、理解しにくいこと甚だしい。正しく見分けられる人がいるんでしょうか?

 起立性低血圧をきたす病態の表は、



 見ているだけでうんざりしますが・・・成人では薬剤性や基礎疾患の有無を確認する必要があるのですね。
 思春期小児では、主に(1)特発性自律神経障害、の①純粋自律神経失((Bradbury-Eggleston 症候群)がほとんどと思われます。
 
 一般に、起立性低血圧の診断には能動的立位 5 分間が推奨されているが、約 3 分間の起立で起立性低血圧の 約 90%が診断可能である。起立性低血圧に伴う失神の症状は、朝起床時、食後、運動後にしばしば悪化する。食後に惹起される失神は殊に高齢者に多く、食後の腸管への血流再分布が原因とされる。

 起立性低血圧の治療について;

クラスI
1. 急激な起立の回避
2. 誘因の回避: 脱水,過食,飲酒等
3. 誘因となる薬剤の中止・減量: 降圧薬、前立腺疾患治療薬としてのα遮断薬、硝酸薬、利尿薬等
4. 適切な水分・塩分摂取(高血圧症がなければ,水分 2〜3L/ 日および塩分 10g/ 日)

クラスIIa 2
1. 循環血漿量の増加: 食塩補給、鉱質コルチコイド(フルドロコルチゾン 0.02〜0.1mg/ 日分 2〜3),エリスロポエチン
2. 腹帯・弾性ストッキング
3. 上半身を高くした睡眠(10度の頭部挙上)
4. α刺激薬: 塩酸ミドドリン 4mg/ 日 分2、塩酸エチレフリン 15 ~ 30mg/ 日分3


 ああ、表になっていました;



 基本的には生活上の注意で、薬物療法は起立性調節障害に使われるものと同じですね。
 治療が同じだったら、疾患名を区別する必要がどこまであるんだろう?
 さて次は、反射性失神の項目を読んでみましょう。

【反射性失神】
 
 まず、用語の確認。

 本改訂版では、失神の発生に自律神経反射が密接に関係している
1.血管迷走神経性失神(vasovagal syncope)
2.頸動脈洞症候群(省略)
3.状況失神(situational syncope)(省略)
 を反射性失神(神経調節性失神)と総称する。


1.血管迷走神経性失神
 血管迷走神経性失神は、様々な要因により
・交感神経抑制による血管拡張(血圧低下)と
・迷走神経緊張による徐脈が、
 様々なバランスをもって生じる結果、失神に至る。
 さらに細かく、
(1) 一過性徐脈により失神発作に至る心抑制型(cardioinhibitory type)
(2) 徐脈を伴わず、一過性の血圧低下のみにより失神発作に至る血管制型(vasodepressor type),
(3) 徐脈と血圧低下の両者を伴う混合型(mixed type)
 に分類される。


 ハイハイ。分類好きですねえ。ますますわかりにくくなります。

 患者の多くは、程度の差はあれ発作直前に前駆症状として頭重感や頭痛・複視、嘔気・嘔吐、腹痛、眼前暗黒感等の何らかの前兆を自覚している。失神の原因となる徐脈には洞徐脈洞停止が多いが、房室ブロックもまれではない。 我が国では血管抑制型や混合型による発作頻度が比較的高いが、欧米ではむしろ心抑制型の発生頻度が高い。

 “前駆症状”や“前徴”は鑑別の際に大切です。
 それよりもここで気になったのは“徐脈”の実体で、「洞徐脈」はわかるけど、「洞停止」「房室ブロック」などの明らかな不整脈も入っていることです。

 血管迷走神経性失神は、長時間の立位あるいは坐位姿勢、痛み刺激、不眠・疲労・恐怖等の精神的・肉体的ストレス、さらには人混みの中や閉鎖空間等の環境要因が誘因となって発症し、自律神経調節の関与が発症に関わっている。血管迷走神経性失神は体動時に発生することは少なく、立位あるいは坐位で同一姿勢を維持しているときに発生しやすい。失神発作は、日中、特に午前中に発生することが多く、失神の持続時間は比較的短く(1 分以内)、転倒による外傷以外には特に後遺症を残さず、生命予後は良好である。

 血管迷走神経性失神を疑う臨床的に有用な所見には、
(1) 前兆としての腹部不快感
(2) 失神の初発から最後の発作の期間が 4 年以上
(3) 意識回復後の悪心や発汗
(4) 顔面蒼白
(5) 前失神状態の既往がある
このような失神発作時の状況から血管迷走神経性失神を疑うことができる(この失神の診断と治療効果の判定にはチルト試験が有力である)。


 まるで起立性調節障害の解説を読んでいるようです。
 病態生理の項目を読んでいても、用語がたくさん羅列されてわかりにくく、さらに「この病態だけでは説明しきれないことがある」とも書いてあるので、理解することをあきらめました。
 シェーマの方がまだわかりやすい;



 このチルト試験は、X線の造影検査をするような大がかりな器械が必要なので、開業医院ではできず、病院レベルの検査です。

 必要な場合(⇩)は紹介することになります。

チルト試験(head-up tilt test)の適応
クラスI
1. ハイリスク例(例えば外傷の危険性が高い、職業上問題がある場合)の単回の失神と,器質的心疾患を有しないかもしくは器質的心疾患を有していても、諸検査で他の失神の原因が除外された場合の再発性失神に対するチルト試験
2.血管迷走神経性失神の起こしやすさを明らかにすることが臨床的に有用である場合のチルト試験
クラスII a
1. 血管迷走神経性失神と起立性低血圧の鑑別
2. 明らかな原因(心停止、房室ブロック)等が同定されているが、血管迷走神経性失神も起こしやすく治療方針への影響が考えられる例
3. 運動誘発性あるいは運動に関係する失神の評価
クラスII b
1. てんかん発作と痙攣を伴う失神の鑑別
2. 再発性の原因不明の意識消失の評価
3. 精神疾患を有する頻回の失神発作例の評価


 ここにもマイ・キーワードが出てきました。
 降らすIIa-1 に「血管迷走神経性失神と起立性低血圧の鑑別」とあります。
 やはり、似ているけど区別する必要がある病態ということですね。

 さらにこのような記述もありました;

 血管迷走神経性失神のみならず、様々な原因による起立性低血圧、体位性起立頻脈症候群等起立不耐症(orthostatic intolerance) を伴う自律神経機能異常にチルト試験の適応がある。一方、外傷を伴わず、その他のリスクが高くない単回の失神発作で、血管迷走神経性失神の特徴が明らかなもの、他の特別な失神の原因が明らかで血管迷走神経性失神の起こしやすさが治療方針に影響しないものには適応となり難い。

 チルト試験の実際は、結構大がかりな検査です。
 検索したら動画を見つけました;

ヘッドアップティルト試験

1) チルト試験(head-up tilt test)
1 方法と感度・特異度
 チルト試験の方法は施設により相違がみられ、統一されたプロトコールはない。検査結果を左右する因子として、
(1) 傾斜角度
(2) 負荷時間
(3) 薬物負荷の有無と薬物の種類
(4) 判定基準の差
 が挙げられる。
 チルト試験は傾斜角度が急峻なほど、負荷時間が長いほど静脈還流量が減少し失神の誘発率(感度)が高くなるが、特異度は低下する。原因不明の失神例に施行されたチルト試験の陽性率は、60〜80 度の傾斜でチルト単独負荷では時間が 10〜20 分間で 6〜42 %と低く、負荷時間を 30〜60 分と延長しても 24〜75%にとどまる。
 イソプロテレノールは、心収縮力の増強(β1 刺激)との血管拡張(β 2 刺激)による静脈還流量の減少が反射性失神を誘発しやすくする。イソプロテレノール負荷を併用した場合に陽性率が 60〜87%と高くなるが、偽陽性率も高くなり特異度は 45〜100%とばらつきが大きい。
 ニトログリセリン負荷チルト試験の感度は 49〜70%〜特異度は 90〜96%である。
 その他には硫酸イソソルビド、エドロフォニウム、アデノシンが用いられる。具体的方法は表 12を参考にする。




2 評価(チルト試験に対する反応様式)
 チルト試験の判定は、血管迷走神経神経反射による悪心、嘔吐、眼前暗黒感、めまい等の失神の前駆症状や失神を伴う血圧低下と徐脈を認めた場合に陽性とする。陽性基準としては収縮期血圧 60〜80mmHg 未満や収縮期血圧あるいは平均血圧の低下が 20〜30mmHg 以上としているが,一定の基準はない。
 ESC ガイドライン 2009では、器質的心疾患を有しない例において、
・反射性の低血圧・徐脈が誘発され失神が再現される場合に血管迷走神経性失神と診断し(クラス I)
・器質的心疾患を有する例においても反射性の低血圧・徐脈が誘発され失神が再現される場合は血管迷走神経性失神と診断する(クラスII a)。
 ただし器質的心疾患を有する例においては、チルト試験の陽性所見により診断する前に不整脈や他の心血管系失神の原因の除外が必要である(クラスII a)。
 低血圧や徐脈を伴わない意識消失が誘発された場合は,精神疾患による“偽失神” の診断を考慮する(クラスII a)ことが推奨されている。
 チルト試験で誘発される血管迷走神経性失神は心拍数と血圧の反応から 3 つの病型に分類される(表 13)。



 さて、血管迷走神経性失神の治療です。

クラスI
1. 病態の説明
2. 誘因を避ける: 脱水、長時間の立位、飲酒、塩分制限等
3. 誘因となる薬剤の中止・減量: α遮断薬、硝酸薬、利尿薬等
4. 前駆症状出現時の失神回避法

クラスII a
1. 循環血漿量の増加: 食塩補給,鉱質コルチコイド(フルドロコルチゾン 0.02〜0.1mg/日分2〜3)
2. 弾性ストッキング
3. 起立調節訓練法(チルト訓練)
4. 上半身を高くしたセミファウラー位での睡眠
5. α刺激薬(ミドドリン 4mg/ 日分2)
6. 心抑制型の自然発作が心電図で確認された、治療抵抗性の再発性失神患者(40 歳以上)に対するペースメーカ(DDD、DDI)

クラスII b
1. β遮断薬: プロプラノロール 30〜60mg/日分3、メトプロロール 60〜120mg/日分3 等
2. ジソピラミド 200〜300mg/ 日分2=〜3
3. チルト試験で心抑制型が誘発された、治療抵抗性の再発性失神患者(40歳以上)に対するペースメーカ(DDD、、DDI)


 治療薬では、交感神経作動薬でも、α-刺激薬とβ-遮断薬というベクトルが異なる薬剤が併記されているのが不思議です。この辺は、循環器専門医に管理をお願いした方が安全ですね。
 非薬物療法の失神回避方法は参考になります;

2)非薬物治療
1 失神回避方法
 反射性(神経調節性)失神の前兆を自覚した場合には、その場でしゃがみ込んだり横になったりすることが最も効果的である。それ以外に、
(1) 立ったまま足を動かす
(2) 足を交差させて組ませる
(3) お腹を曲げてしゃがみ込ませる
(4) 両腕を組み引っぱり合う,
等の体位あるいは等尺性運動によって数秒から 1 分以内に血圧を上昇させ、失神発作を回避あるいは遅らせ、転倒による事故や外傷を予防することができる


(日経メディカルより)

2 失神の予防治療
i) ペースメーカ治療(省略)
ii) 起立調節訓練法(チルト訓練)
 Ector が初めて本治療法の有効性を報告し、チルト訓練と命名した。チルト台を使用せず自宅等の壁を利用して自分で起立訓練を行う起立調節訓練法としても報告されている。本治療法は薬物治療の必要性がなく、また自宅や職場でも自分で安全にいつでも行うことができる。
 起立調節訓練法は,
・両足を壁の前方 15〜20cm に出し
・臀部、背中、頭部で後ろの壁に寄りかかる姿勢を 30 分 継続する

ものである。これを 1 日に 1〜2 回、毎日繰り返す。多くの失神患者は,トレーニング開始直後は壁に寄りかかる姿勢で 30 分間起立することはできないが、毎日これを繰り返すことにより起立持続時間は徐々に延長し、トレーニング開始後 2〜3 週間で 30 分間立てるようになる。起立調節訓練中は下半身を決して動かしてはいけないことを患者に伝えておく(筋肉収縮が働き静脈還流が増加するから)。いったん30分間の立位維持姿勢が可能となると、その後は 1 日 1 回 30 分間の 起立調節訓練を毎日継続させることで失神発作の再発は長期にわたって予防される。1 日 1 回のトレーニングが有効性と継続性の面から血管迷走神経性失神の治療手段としてふさわしい。この治療法が有効であるのは、立位負荷直後の交感神経機能の亢進がトレーニングによ って有意に抑制されるためと考えられる 。



(日経メディカルより)

 起立調節訓練法はNHK-Eテレの今日の健康「起立性調節障害」でも紹介されていました。1日30分、壁に背中を付けて寄りかかるだけの訓練で数週間後には明らかな改善が得られるとすれば、試す価値が大いにありますね。

 ここで気づいたのですが、チルト試験の目的の中にあった「血管迷走神経性失神と起立性低血圧の鑑別」の解説が見当たりません!
 その後、読み進めると項目12に「小児の失神」という項目がありました。その最初に、

1.反射性失神、自律神経失調症、起立性低血圧
 小児、特に思春期の失神の原因として最も多い。反射性失神の項を参照のこと。


 これだけ?
 それに反射性失神と起立性低血圧が一緒にされているし・・・ガッカリです。
 結局私の疑問は解決せず、モヤモヤしたものが残りました。

 心原性は小児ではまれで、検査で鑑別可能と思われますので省略します。

 次に「体位性起立頻脈症候群」という項目。徐脈ではなく、頻脈になるのですね。立ったときに動悸を訴える、けど血圧は保たれるのが特徴のようです。

体位性起立頻脈症候群】(POTS:postural orthostatic tachycardia syndrome)
 本症候群は失神を来たすことは一般的にはないが、病態生理は血管迷走神経性失神に類似している。
 チルト試験で異常な心拍数の増加を示し、多くの場合起立 2 分以内に心拍数が 120〜170/ 分まで増加 する。
 POTSとほぼ同義語とされる特発性起立不耐症 (idiopathic orthostatic intolerance)の有病率は少なくと も 1/500 以上にのぼり,全米で 50 万人以上の患者がいる とされる。患者の大半は 15〜50 歳、平均年齢は 30 代前半であり、男女比は 1:4〜5 で若年女性に好発する。成人の慢
性疲労症候群例の 25〜50%に POTS が認められる。
 症状:立位に伴う動悸、ふらつき、疲労感、全身倦怠感が主体であるが、多彩な症状を認める。これらの症状は脳血流低下に基づくものであり、正確な機序は不明である。静脈還流量の減少、過換気やそれに伴う低 CO2 血症による脳循環調節の異常、脳動脈収縮が、めまいや眼前暗黒感、頭痛等の症状の原因となる。発汗や顔面紅潮等の交感神経刺激症状、悪心等の迷走神経刺激症状もみられ、さらに振戦やパニック障害のような不安神経症状を呈する。皮膚への血流低下により、四肢特に下肢のチアノーゼがみられることが多く、下肢に広汎に広がりまだら模様を呈する。



 診断:表 15(⇩)に診断基準を示す。起立もしくはチルト 5 分以内に臥位に比べ心拍数が30/ 分以上増加するが、起立性低血圧を認めない。この際に臨床経過と同様なめまい、立ちくらみ、視野異常、動悸、振戦、脱力感等多彩な起 立不耐症の症状がみられる。




 “動悸”という訴えで、起立性低血圧や反射性失神とは鑑別可能ですね。
 さて、14 番目に「採血と失神」という項目を見つけました。思春期女子の懸念事項の一つなので取りあげます。

14 採血と失神
 採血時(献血を含む)の合併症の中で失神発作は最も頻度の高い合併症であり、血管迷走神経反応(vasovagal reaction:VVR)によって発生すると考えられている。
 VVRは軽症と重症に分けられるが(表18⇩)、一般献血者を対象とした日本赤十字社の統計によると、献血時に発生した軽症VVRの発生頻度は0.76%(男性 0.605%、女性 1.012%)、重症 VVR の発生頻度は 0.027 %(男性 0.021%、女性 0.036%)である。VVRの発生は採血開始5分以内に発生することが最も多いが、採血中または採血前にも発生する。心理的不安、緊張もしくは採血に伴う神経生理学的反応によって発生する場合が多い。症状には個人差があるが、軽症から放置により重症に進行し、気分不良、顔面蒼白、痙攣、尿・便失禁に至る。




危険因子:
 VVR におけるハイリスクと考えられる献血者には下記のような特徴がある。ハイリスクに該当する場合にはあらかじめ十分な注意が必要である。反射性(神経調節性)失神患者には、病歴で採血時失神の既往のある患者が比較的多い
(1) 初回輸血
(2) 前回献血から間隔のあいた場合
(3) 若年
(4) 失神の既往(強い立ちくらみや反射性(神経調節性)失神の既往、過換気症候群を含む)
(5) 献血に対する強い不安感や緊張感(採血時の合併症経験))
(6) 強い空腹、食べ過ぎ、強い疲労感、睡眠不足
(7) 体重・血圧(※)等が採血基準の最低値・最高値(特に女性)
(8) 献血後、身体に負荷のかかる予定(急ぎの移動、重労働、激しいスポーツ等)
(9) 衣類等により体を強く締め付けた状態
(10) 水分摂取不足


※ 献血の血圧基準は収縮期血圧が90mmHg以上

予防と処置・対応;
 採血の方法、採血室の温度、環境、献血者の緊張度や体調が影響する。定期的に採血施行者の教育訓練を実施し、専門的知識を備え、応急処置について熟知し、迅速な対応を計ることが重要である。合併症を起こした献血者に対しては、その場で症状が回復しても注意を怠らず、電話等によりその後の状況を把握する。処置および対応は,以下のように行う。

(1) 医師の診察を受けさせる
(2) 献血者に安心させるように声をかけると同時に仰臥位にして頭部低位にする
(3) 症状の改善がなければ採血を中止する
(4) 衣服を緩め、足元を保温する
(5) 脈拍を測定し、適宜血圧を測定する
(6) 悪心がある場合はゆっくりと深呼吸させ、嘔吐に備えて顔を横に向け容器等の準備を行う
(7) 失神した場合は、名前を呼ぶ等声をかける
(8) 舌根沈下の恐れがある場合は、気道の確保を計る
(9) 血圧低下が続く場合、医師の指示により適宜補液等を行う
(10) 回復後は水分補給を行い、十分休養させる
(11) 医師の判断により帰宅させる。状況に応じてタクシーを利用するか、付き添って送り届ける
(12) 症状によっては医療機関を受診させる


 なるほど。
 思春期女子に予防接種をする際は、あらかじめ危険因子をチェックし、当てはまるならベッドに寝かせて接種し、しばらく様子観察してから帰宅してもらう、という方法がよさそうです。

 以上、「失神の診断・治療ガイドライン2012」の拾い読みでした。
 結局、「反射性失神」と「起立性低血圧による失神」の鑑別は迷宮入りです。
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医療機関の麻疹対策で解決できなくて困っていること

2019年09月08日 09時22分51秒 | 感染症
 医療機関における麻疹対策は、日本環境感染学会による「医療関係者のためのワクチンガイドライン2017」に準じて行われます。
 しかし現場では、解決できないこまごまとしたことに悩まされているのが現実です。
 日経メディカルの2018年の記事の中に「医療機関において麻疹対策で困ること」の一覧表を見つけました。
 すべての項目が「あるある」で頷きながら読みました。



 僭越ながら、私見をコメントさせていただきます。

抗体に関すること

・ワクチン接種歴2回後も、麻疹EIA抗体価16を獲得できない職員が1〜2割くらいいる。
→ ワクチンの有効率は100%ではありません。麻疹ワクチンでは1回接種で95%、2回接種で99%とされています。なので、抗体価獲得を目安にするとエンドレスになってしまいます。
 それから、血液検査による抗体価は、ヒトの免疫能力の一部を示すに過ぎません。免疫力は主に細胞性免疫と液性免疫に分類され、抗体価は液性免疫の指標にすぎず、細胞性免疫を評価する方法が現時点ではありません(水痘はあります)。なので、抗体価だけにこだわっても仕方ないという一面があります。
 ではどう考えるべきか?
 ワクチンの効果を考える際に、「集団免疫」という概念があります。
 その集団の中で、ワクチン接種率が一定の数値(集団免疫率)を超えると、病原体が持ち込まれて感染者が出ても広がらないという疫学的事実を重視する手法です。こちらにわかりやすい解説があります。この記事内で、麻疹の集団免疫率は90〜95%となっています。つまり、その集団内で90%以上の免疫獲得者がいれば、感染拡大は防げるということになります。
 以上より、前述の「医療関係者のためのワクチンガイドライン」では、現実的に「2回接種でOK」という基準を設定したのだと思われます。

・抗体価が基準値以上またはワクチンを2回接種している医療従事者へのN95マスクの着用について悩んでいる。
N95マスクは、空気感染対策に特化したマスクで、顔面にすき間なく密着するよう装着します。実際に使用した人の話を聞くと、「息苦しくなるので1時間が限界」だそうです。
 この場合の“悩み”は、医療従事者を麻疹感染から守る目的で悩んでいると想像されます。
 客観的に十分免疫がある医療従事者が、感染対策をどこまですべきか・・・確かに抗体がが十分あるいは2回接種者でも、100%安全とは言い切れません。
 しかし完璧を目指すスタンスを取ると、キリがありません。エボラ出血熱対策のように、宇宙服のような対策を取るという考えさえ出てきそうです。
 極論を置いておき、一般論で考えると“必要ない”となりそうです。
 経験的には、ワクチンを2回接種済みで麻疹を発症した場合、微熱と皮疹程度の軽症で済み、その患者から感染が広がる可能性は高くないと報告されています(Rosen JB, Rota JS, Hickman CJ, et al. Outbreak of mea- sles among persons with prior evidence of immunity, New York City, 2011. Clin Infect Dis 2014 ; 58(9): 1205 - 1210)。

ワクチン接種に関すること

・外部委託業者、取引業者、実習学生、見学者等の対応に苦慮している。
→ これは、外部業者と契約の際に「感染既往あるいは予防接種歴2回を確認しておく必要がある」とされています。しかし実際にはどれだけ行われているのか、データを見たことがありません。最低限、患者さんと一緒にならないよう、院内での動線を別にする方が現実的かもしれません。
 患者さんと接する実習生、見学者は受け入れる前、事前に「“感染既往あるいは予防接種歴2回”の確認」を条件に出せばよいですね。
 それと関連して、医療関係の仕事を目指す人は、感染既往/予防接種歴が確認される時代になりつつあります。逆に言うと、ワクチン拒否家族は、医療関係の仕事に就くことが困難と思われます。これは教育現場にも言えることでしょう。

・ワクチンが不足した場合の優先順位、年齢や優先対象など、多施設の取り決めを知りたい。
→ これも悩ましいですね。ワクチンの優先順位は、時と場合により異なってきます。パンデミックワクチンの優先順位を示したスライドを見つけましたので例として一部抜粋します;

優先順位については、専門家等の意見を踏まえ、以下のいずれかの考え方に基づき、政府対策本部が決定
・重症化、死亡を可能な限り抑えることに重点を置く考え方
・我が国の将来を守ることに重点を置く考え方
・重症化、死亡を可能な限り抑えることに重点を置きつつ、併せて我が国の将来を守ることにも重点を置く考え方


東京大学政策ビジョン研究センターのHPに「ワクチン配分の政策と倫理」という論文を見つけました。一部を抜粋します;



WHO、CDCは以下のように提案しています;



上記をまとめると、まず医療担当者、次に社会インフラの管理者、そして一般市民(重症化のリスクの高いヒト〜低いヒトへ:持病のある方>小児>成人>高齢者)
病院内においては、診療継続に必要な人材かつ交代要員がいない職種の順に優先順位も決まることになりそうです。

政府のインフルエンザ対策会議の配付資料から抜粋します;



日本訪問看護財団のHPにも「ワクチン接種事業に関する質問と回答」という項目があり、優先接種対象者について言及しています。

大きな病院ではあらかじめ明文化しているのでしょうか?
検索しても見つかりませんでしたが、2016年8月の関西空港での集団麻疹発症の際に大阪市立大学で院内感染が発生したときの模様が論文化されているのを見つけました。

院内麻疹に対峙する」〜麻疹患者来院に由来した職員の院内麻疹発症、その対策を考える〜
Management of Nosocomial Measles
モダンメディア 63 巻 7 号 10-15, 2017

(麻疹が疑われる外来患者を陰圧室へ入院させ、サージカルマスクの着用を勧めて飛沫の拡散に努めたが、検査部採血室で血液検査を受け、胸部X線検査や心電図検査が実施され、院内を移動したことが、後の2次感染の発症誘引となった。)
(発端症例が来院した約2週後の金曜日に、発端症例が外来受診した時に隣の診察室で診療に従事していた20歳代の医師が発熱と咽頭痛にて感染症内科の外来受診を希望された。遺伝子検査で麻疹の確定診断が得られたが、 受診数日後に発疹出現を確認した。医師は麻疹ワクチン接種が1回のみで抗体価が不十分であったために、翌月に麻疹ワクチン接種が予定されていた。)
(麻疹を発症した医師が外来受診した3日後、検査部採血室の受付担当職員が出勤後に、約3時間通常の業務を行っていたが、全身倦怠感の自覚および皮疹が出現し、感染症内科を受診した。当職員は発端症例が外来受診時に採血室を訪れていた。翌日、遺伝子検査にて麻疹の確定診断が得られた。当職員は麻疹ワクチン2回接種歴の記録があり、前回は約5年前に接種されていた。経過中に発熱はなく皮疹のみが認められ、典型的な経過を示さない修飾麻疹(modified measles)と考えられた。)
(大阪市保健所へ相談を行いながら感染対策を行った。具体的には、潜伏期間の設定、患者や2次発症者に接触した感受性職員の就業制限(最大17日間)ならびに自宅待機(計72名)・・・)
(希望者全員にワクチンを接種できる状況ではなかった。そのため行政と相談し、麻疹ワクチンの対象を接触リストに挙げられた小児と抗体価陰性の職員(若干名)を優先的に実施することとした。)


いろいろな問題(下線部)があり、参考になります。
あ、こちらにすべてまとめられていました。
医療機関での麻疹対応ガイドライン 第七版」(国立感染症研究所 感染症疫学センター 平成30年5月)

・ワクチン接種歴を確認できる母子手帳など持っていない人も多い。
→ 感染対策は「記憶よりも記録を優先」させる必要があり、記録を確認できない場合は抗体価を測定し、必要であればワクチンを接種することになります。

・ワクチン忌避の職員への対応に難渋した。
→ アメリカでは、規定のワクチンを接種していない子どもは学校へ行けません。
 日本も人権尊重と感染対策の優先順位をはっきりさせておくべきでしょう。
 将来的には、医療系教育施設への入学・医療関係職への入職の際にチェックされることになるでしょう。

診断に関すること

・本人から申し出などがなければ曝露の可能性を否定できない。
→ その通りです。また皮疹出現前でも感染力を有することを考えると、風邪と区別つかない患者さんとの接触で発症することもあります。
 これらへの対策は、ワクチン接種率を集団免疫率(90〜95%)以上に上げておくことに尽きます。

・麻疹を診察したことのある医師が少ない。
→ 私も最後に麻疹を診察してから20年くらい経過しています。典型的な経過は一応頭に入っていますが、ワクチン接種者が発症すると軽症で済む(修飾麻疹)ので、逆に診断が難しくなるというジレンマが存在します。皮疹が非典型的となり、診断のゴールドスタンダードとも言えるコプリック(Koplik)斑が出現しない例があるのです。
 もうお手上げ・・・診察室で症状・所見から診断することは困難です。
 現在、確定例の報告は血液検査による抗体価評価が必要とされるようになりました。

・修飾麻疹に関する診断方法を知りたい。
→ 症状と診察所見だけでは診断は不可能です。感染情報と患者さんの行動から推測(例:関空でのアウトブレイクでは空港の利用の有無、ジャスティン・ビーバーのコンサートでのアウトブレイクではコンサートへの参加の有無)し、遺伝子検査あるいは血液検査で評価するしかありません。

対策に関すること

・10年以上、麻疹患者の発生がないのでマニュアル通りに対応できるか不安がある。
→ 備えあれば憂いなし、病院職員のワクチン接種歴と抗体価チェックを行い、必要であればワクチン接種をしておくことに尽きます。
 当院では数年前に済ませております。

・「お見舞いの人」や「付き添い者」への麻疹対策ができていない。
→ これも悩ましい問題です。その都度感染既往やワクチン接種歴の確認をする必要がありますが、実際には困難でしょう。
 しつこく何度でも書きますが、対策はワクチン接種率を集団免疫率以上に保つことに尽きます。
 ワクチン拒否者は、病院内では行動を制限されざるを得ません。

・空気感染対応の外来診察室がない。
→ 一般小児開院では、隔離室と名付けた感染対策の部屋が用意されています。しかし、陰圧室(空気感染対応)はコストがかかりすぎて用意できません。
 おそらく、総合病院でも1つか数部屋しかないと思われます。
 気休めかもしれませんが、当院の隔離室では換気扇を回しっぱなしにしています。

・麻疹疑い患者専用の待合室がなく、発熱患者と一緒になっている。
→ 感染情報で近隣に麻疹が発生している場合は、当院では発熱患者には車の中で待っていただき、ポケベルを渡して順番が来たらお知らせして隔離室に入ってもらうようにしています。2009年の新型インフルエンザ騒動の時に実行しました。
 ただ、総合病院ではこの方法は取りにくいですね。
 某小児科医院では、ふだんから麻疹ワクチン未接種者は待合室を別にしている、という話を聞いたことがあります。

・免疫が十分あるスタッフであったとしても、N95マスクの着用は必要でしょうか。
→ 結論から申し上げると「感染予防を限りなく100%に近づけるなら必要」と言わざるを得ません。
 ワクチン2回接種者でも感染例が存在するからです(軽症で済みますが)。免疫不全患者が入院・通院している高次医療施設では考慮すべきかもしれません。
 基本的に健康な患者さんが通院する一般の小児科医院レベルでは、そこまでしていない施設がほとんどだと思います。

公衆衛生対応に関すること

・パスポートやビザの発行時に、ワクチン未接種者には発行しないくらいの取り組みを国レベルで考えて欲しい。
→ 2020年東京オリンピックを控え、このような声が聞こえてきますね。大会中の暑さや台風ばかりが話題になりますが、感染対策も重要です。
 例えば、ムスリムがメッカへの聖地巡礼する際には髄膜炎菌ワクチンの接種が推奨されていると聞いたことがあります。
 ただ、実際に行うには、その啓蒙とワクチン拒否者の扱い等、一筋縄ではいかないと思われます。

・定期接種でワクチン接種記録を一元管理できるシステムを国レベルで作って欲しい。
→ マイナンバーカードが候補ですね(賛否両論ですが)。


 ・・・以上、つらつらと書いてきましたが、やはり「国民の95%以上にワクチン2回接種」を実現できれば、上記の悩み・心配のほとんどが解決することを、あらためて実感した次第です。


<参考>
麻疹ワクチン接種、GL陽性基準の適用は困難
2019年03月15日:Medical Tribune
 医療機関における院内感染対策の一環として、日々、患者と接する医療関係者へのワクチン接種が重要とされている。各医療機関で職員向けワクチンプログラムの策定が進められているものの、ワクチン自体の流通量が潤沢でないことや医療機関にかかる費用負担、ワクチン接種推奨者の基準など、その運用に苦慮する面が少なからず見受けられる。山形大学医学部附属病院検査部部長/感染制御部部長の森兼啓太氏は、第34回日本環境感染学会(2月22〜23日)で同学会の『医療関係者のためのワクチンガイドライン第2版』(以下、GL)に準拠した麻疹抗体価陽性基準の運用は困難であると述べた。

麻疹ワクチン接種記録ありでもGL抗体価陽性基準値を満たさない職員が多数
 同院では、抗体価測定とその値によるワクチン接種の推奨について総務課労務担当が事務的に処理し、職員に対し任意で行っていた。しかし2017年に山形県で麻疹が流行したことを受け、感染制御部においてワクチンプログラムを策定することになり、GLに準拠することを考えたという。
 GLにおける麻疹・風疹・流行性耳下腺炎・水痘ワクチン接種のフローチャートによると、予防接種記録の有無により推奨者を分類した後、抗体価測定結果に基づき対応を決定する流れが示されている。すなわち、1歳以上で2回の予防接種記録がある場合、抗体価測定は必須でなくワクチン接種不要。2回の記録がない場合、1歳以上で1回の予防接種記録があれば1回のワクチン接種を要する。予防接種記録が全くない場合は抗体価測定を実施し、陽性基準を満たさない場合には1回ワクチン接種を要するというものだ。 
 そこで森兼氏は、総務課労務担当部門に保管されていた2010年以降のワクチン接種記録と2012年以降の抗体価測定結果を収集。同大学卒業の若手医師・看護師については医学部学務課に保管されている学生時代の記録の提供を申請、職員個別に同意を取得した後に収集。その他の職員に関しては、個人で所有している文書による記録(母子手帳など)の提出を求めて収集した。
 同氏は、困難を極めた接種記録情報収集・整理の過程において、麻疹の抗体価が検査センター基準値(EIA法で4.0IU/mL以上)は満たすものの、GLにおける基準値(同 16.0IU/mL以上)を満たさない者が多数いること、その中には2回の麻疹ワクチン接種記録がある者で目立つことに気付いたという。

接種記録のない職員が大多数、接種を要する数は500人以上に
 こうしたことから森兼氏は、GLにおける麻疹のフローチャートを適用することの妥当性を評価する目的で、2017年5月1日時点での同院在職者の麻疹ワクチン接種歴と抗体価記録を統合解析し、GLのフローチャートにのっとり抗体価測定やワクチン接種の必要性を判定した。なお、評価には抗体価を複数回測定している者では最も高い抗体値を、うちワクチン2回接種者については最も低い抗体価を用いた。
 その結果、全職員1,664人のうち、麻疹ワクチン接種記録が2回ある者は66人、1回の者は14人で、接種記録がない者が大多数を占めた。接種記録がない1,584人中抗体価測定を受けたことがない者は456人、抗体価測定を受けたことがある1,128人のうち628人はGL基準を満たす抗体価陽性、563人はGL基準を満たさない抗体価陽性で、抗体価陰性は3人であった(図)。


図. 麻疹ワクチン接種のフローチャートを適用した場合の全職員の内訳(森兼啓太氏提供)

GLの抗体価陽性基準は高過ぎる
 GL基準を満たさない抗体価陽性563人の抗体価(EIA法)を確認したところ、2.0〜3.9IU/mLが19人、4.0〜15.9IU/mLが544人と大多数は検査センター基準値を満たしていた。一方、2回の麻疹ワクチン接種記録がある66人の抗体価を見たところ、GL陽性基準を満たす者はわずか18人(27%)であった(表)。


表. 予防接種記録がない抗体価陽性(基準を満たさない)者と2回予防接種記録保有者の抗体価
(森兼啓太氏提供)

 麻疹ワクチンの接種記録を保有しておらず、抗体価によってその後のワクチン接種の方針を決定せざるをえない者のうち、検査センター基準では抗体価陽性だがGLの基準を満たさないためワクチン接種を要する者が544人。その一方で、2回のワクチン接種記録がある者の73%がGLの抗体価陽性基準よりも抗体価が低下しており、仮にワクチン接種記録がなければ1回接種を要する者に該当する。GL基準を満たさない抗体価陽性者の中には、書面としての接種記録がないものの2回のワクチン接種を受けている者も含まれている可能性も推測される、と森兼氏は考察した。
 それに加えて、同氏は「米疾病対策センター(CDC)をはじめとするさまざまな海外の医療者を対象としたワクチンガイドラインを参照すると、検査センター基準値陽性との記載にとどまっており、それ以上の抗体価を求める記載は見当たらない。また、GLに関するQ&Aにおいて、"基準を満たす陽性"とはワクチンを受けてもブースター効果が働かない程度の高い抗体価を設定、これ以上の判断は各施設に委ねると記載されており、高い抗体価を設定する理由が明瞭ではない」と指摘した。
 以上から同氏は、麻疹の免疫の有無を判断する際の抗体価の基準として、GLの陽性基準は高過ぎるだけでなく、不要なワクチン接種を推奨し、余分なコストも発生させるとし、「GLの陽性基準の適用は困難である」と述べた。
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