小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

風邪診療、日本の常識は世界の非常識?

2023年10月02日 07時06分44秒 | 小児医療
2023年10月現在、
日本の診療所ではいわゆる“風邪薬”が品不足で入手困難な状況です。
その理由として、
はじまりは数年前のジェネリック医薬品を扱う製薬会社の不祥事でした。
しかし新型コロナ流行で、風邪薬がたくさん処方されたことも影響し、
現在は慢性的に不足している状態が続きます。

さてこの“風邪薬”について少し考えてみましょう。

まず“風邪”について。
いわゆる“風邪”は「ほとんどが軽症で済む一過性の感染症」のことを呼びます。
その原因の9割はウイルスとされ、残りの1割が細菌(バクテリア)その他です。

そして“風邪”の際に処方される薬が“風邪薬”ということになります。
その内容は…症状を和らげる薬たち。
咳がつらければ咳止め、
鼻水が止まらなければ鼻水止め、
高熱でだるければ解熱剤…

さて、これらの薬は風邪を治してくれるのでしょうか?

答えは「No!」です。
風邪薬は症状を和らげるだけ、
風邪を治しているのは「人間の免疫力」です。

例えば、発熱は風邪症状の最もたるものですが、
これは体温を上げることにより、
悪さしている病原体(主にウイルス)をやっつけている武器です。

なので、熱が下がるまで解熱剤を一日何回も使うのは間違った方法です。
つらいときだけ、体とウイルスの戦いに休憩を入れてあげる、
そんなイメージで頓服する薬です。

抗生物質はどうでしょうか?
抗生物質は最近、抗菌薬と呼ばれるようになりました。
そう、「菌をやっつける薬」です。
つまり、ウイルスには効かないため、
風邪の9割を占めるウイルス感染症には無効、
飲んでも下痢や薬疹などの副作用が問題になるだけです。

でも、日本では子どもが風邪をひくと診療所を受診し、
風邪薬をもらって養生することが一般的です。

では、外国ではどうなのでしょう。

日本のように「風邪を引いたからすぐ受診」という国は例外的で、
まず自宅療養・治療し、
治りが悪かったらそこで初めて医療機関を受診するスタンスが一般的なようです。
その点、日本は恵まれているのでしょう。

イギリスで働いた経験のある医師が、
日本の風邪診療を見て???と感じた記事を紹介します。

イギリスでは解熱剤のみの処方が一般的で、
咳止め・鼻水止めは処方されない、と書いてあります。
なぜかというとエビデンス(有効であるという科学的根拠)が乏しいからです。
代わりに咳止めとしてはハチミツを推奨…。

また、薬好きの日本人→他剤を処方する医療者、
という文化が日本にあることも指摘しています。

これは結構根深いですね。
この文化を変える啓蒙活動を続けて初めて、
薬漬けの風邪診療から脱却できるのかもしれません。


▢ 日本での風邪診療の「カルチャーショック」
~患者満足と医療経営、両立はできないのか?
 佐々江龍一郎:NTT東日本関東病院
2019年12月15日)より抜粋;
 「風邪の患者さんはしっかりお薬を出すと満足してくれるよ」
 日本での風邪の標準診療について、帰国したばかりの私に日本の医師である友人は親切に助言してくれたのだ。2017年のことだ。日本は医療がフリーアクセスということもあり、特に冬場の診療所や中小病院の外来診療は風邪で受診する患者が多い。一般的な風邪の患者の場合、抗生剤(クラリスロマイシンなど)や解熱剤(ロキソニン)、鎮咳薬(コデイン)、去痰薬(ムコダイン)やトラネキサム酸など多剤処方の「セット」で対応するのは合理的だ。
 しかし、患者・医療者の両方の立場で英国で24年間過ごした私にとって、この「風邪に対する多剤処方」はカルチャーショックであった。英国では、風邪の患者に対する処方は解熱薬(アセトアミノフェンやNSAIDs)が中心だ。積極的に鎮咳薬などを出すこともなく、例えば咳嗽に対して最近の英国のNICEガイドラインは、蜂蜜が咳に効く一定のエビデンスがあるとし、5~10mLの蜂蜜と紅茶を混ぜて服用することを推奨している。
 これまで、多様な症状それぞれに対して薬剤を処方し、合わせて5~6種類の薬を約1週間分、計100錠以上の錠剤を処方することも、されることも経験したことがなかった。処方された薬の内服だけで「お腹が一杯」と感じてしまう人もいるのではないか。仮に英国でそうした処方を頻回にすると、地域の処方マネージメントチームが処方データを監視し、指導を受けることになるだろう。

◆「多剤処方が標準」の日本の風邪診療
 ではなぜ日本の風邪診療は多剤処方が標準なのだろう。さまざまな同僚医師に尋ねたところ、「患者は風邪の症状を緩和したくて受診している。処方によって症状が改善すれば患者も満足し、また病気になったときに受診する。その結果、クリニックの売り上げにもつながる」とのことだった。
 確かにフリーアクセスの日本では、患者の十分な満足度が得られないと患者が離れてしまうリスクがある。薬をたくさん処方するのは日本の一つの「文化」であり、患者もそれを求めているという意見もある。少ない処方であれば「過小医療」と捉え、十分な医療を受けられなかったと感じる患者もいるだろう。そして経営的側面から、初・再診料に加えて処方箋料、院内処方なら薬剤料などを算定できることを考慮するのは、診療報酬が決して高くない保険診療では理解できる。
 では、日本の保険診療で患者満足度と医療経営を両立させるには、多剤処方に頼るしかないのだろうか。

◆多剤処方でなければ「過小医療」?
 風邪に多剤処方しないことは、医学的に「過小医療」なのだろうか。
 例えば、American Family Physician のウェブサイトには、風邪に対する薬物療法の最新のエビデンスが分かりやすくまとめられている。「コデインは効果がない」、「抗ヒスタミン単剤では症状の改善はない」、「ムコダイン(カルボシステイン)はプラセボと変わらない」、「ビタミンC、経鼻ステロイドは効かない」とどれも否定的で、これらの推奨度もA判定ばかりだ。解熱薬のみ症状緩和に効果があると唯一推奨されている(A判定)。
 つまり、風邪に対するほとんどの薬物療法には、効果的についての科学的なエビデンスがなく、「良くてもグレー」でしかない。もちろんエビデンスのみでは臨床診療はできない。しかし、風邪に対して解熱薬のみを処方しても、「医学的には決して過小医療ではない」はずである。

◆多剤処方による弊害も
 医療者が良かれと思い風邪に多剤処方をすると、時に「思いがけない副作用」に遭遇することもある。特に高齢患者では、抗ヒスタミン剤の抗コリン作用による急性尿閉や急性閉塞隅角緑内障に気をつけなければいけない。
 鎮咳薬として使われているコデインには呼吸抑制、過鎮静などの副作用があり、英米では12歳以下は禁忌となっている。コデインの大量の摂取は「薬物依存のリスク」にもなり得る。厚生労働省研究班が2018年に行った調査によると、日本の薬物依存の治療を受けている10代の患者のうち40%あまりは、依存のきっかけは違法薬物ではなく、コデインなどの市販薬の大量摂取であったとの報告もある。

◆多剤処方で本当に患者は満足するのか
 ほとんどの風邪に対する薬物療法の医学的エビデンスが「良くてグレー」なのであれば、どのようにすれば日本の風邪患者に多剤処方せずに満足してもらえるのだろうか。
 日本の病院で働いていると、「日本人は薬が好きだ」という医療者側の意見をよく耳にする。確かに欧米に比べ、日本の患者は風邪に対して薬を求める傾向はある。しかしどの国でも「薬が嫌い」な患者も一定数いる。一方で、情報過多の時代の中であれ、適切な医療情報にありつけず、「薬は絶対必要」という間違った固定観念を持った患者も一定数いる。
 つまり、同じ日本人患者でも多様な価値観と解釈モデルがあり、それに応じた説明と処方が適切なはずだ。どんなに医療者が優しい態度で質の良い医療を提供していても、「患者の解釈モデルを理解し、価値観に応じた治療」でなければ患者は満足できない。
◆「風邪の患者との対話は患者満足につながる」
 日本医師会の調査でも「医師の説明」は、受けた医療の満足度に最も大きく影響していることが分かっている。つまり患者の治療に対しての解釈モデルを理解する姿勢を見せ、話し合うことでも患者の満足度は各段に高くなる。
 例えば日常の風邪診療に対して、初診時に抗菌薬をどうしても欲しがる患者にも遭遇する。そのような患者に対して、私は英国家庭医療の後期研修医時代の指導医から「delayed prescription」という方法があることを教わった。抗菌薬を処方するものの、一定期間(数日〜1週間)服用を待ってもらい、症状が継続、増悪した場合に患者の判断で服用してもらう方法である。
 2017年のCochrane Reviewでは、咽頭痛や中耳炎の患者に対する「抗菌薬投与群」と「delayed prescription群」を比較したところ、患者満足度はどちらも同等(91% vs 86%)である一方で、抗菌薬使用率は「delayed prescription群」で有意に減少した(93% vs 31%)とまとめられている。

◆発想の転換が必要
 風邪の診療において対話することは診療時間が増えるので、合理的でないといった医師もいるだろう。しかし風邪の診療でも多少時間をかけて患者が納得できる治療の説明をするだけで、患者の満足度は上がる。それにより、経営面や診療面では医師にとっても満足できる結果になるはずだ。そして増え続ける医療費の観点からも、多剤処方においても数を減らすことや、セット処方でも少ないバリエーションを用意するなどの配慮も効果的だ。
・・・

さて日本の小児科医の中でも、
「薬漬けの風邪診療を脱却しよう」
という動きがあります。

その一つが「抗生物質の適正使用」です。
これは皆さん、耳にしたことがあると思います。
ウイルス感染症に無効である抗菌薬は、
必要な時だけ使いましょう、という動きです。

私の近隣の小児科開業医は、抗菌薬をめったに処方しない医師ばかりです。
しかし、耳鼻科医は当たり前のように「中耳炎予防」と説明して、
患者さんを抗菌薬漬けにしていますね。

耳鼻科学会が作成した「中耳炎診療ガイドライン」なるものがありますが、
それを読むと抗菌薬の使用方法がすごくストイックです。
裏話では「耳鼻科医の抗菌薬乱用を防ぐ目的で作られた」
とささやかれています。

小児科医である私も、
風邪薬脱却を目指しています。

それは、他の医師と少し異なり、
漢方薬を選択することです。

漢方薬は西洋薬と異なり、
「風邪を治す」効果が期待できます。

他院を通院しているけど治らなくて困るという患者さんが流れてきます。
漢方薬に切り替えると、
「効果が実感できた」
という患者さんが多いです。
ただし、「苦い漢方薬を飲む」というハードルが子どもに課せられますが。

例えば柴胡剤という漢方があります。
この柴胡という生薬は、
炎症を抑える作用があります。
つまり、病原体が暴れてダメージを受けた組織を修復してくれるのです。

一方の西洋医学では、
例えば細菌感染に対する抗菌薬投与では、
細菌をやっつけてくれるけど、
細菌が暴れてダメージを受けた組織修復はご自分でどうぞ、
というスタンスにとどまります。

現在、当院外来では約半分の患者さんに漢方薬を処方しています。

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クスリとしてのハチミツ

2019年10月29日 08時18分08秒 | 小児医療
 近年、一部の小児科医の間で密かにハチミツ・ブームが起こっています。
 かぜ薬(咳止め)としてハチミツを処方しているのです。

 「え? ハチミツって薬なの?」

 という反応がふつうですよね。
 当初、私もそうでした。
 でも、れっきとした医学論文もあるのです。

小児の夜間の咳に対するハチミツの有効性
2012年08月21日:Medical Tribune


 イスラエルの小児科医が1〜5歳の小児の風邪症状に対してハチミツと偽薬(=プラセボ:ハチミツに似たナツメヤシ・シロップ)を投与したところ、ハチミツ投与群の方が、対象者全員で咳と睡眠の改善が認められ、さらにハチミツ群の方が改善の程度が有意に高かった、という内容です。
 ただハチミツは、乳児ボツリヌス症のリスクがあるため、1歳未満の乳児には使用できないこと,さらには齲歯リスクの観点からハチミツの使用は必要最小限にとどめるべき、との注意点も示しています。
 気になることは、この研究が「イスラエルハチミツ連盟などによる資金提供を受けて実施」されていること、偽薬(プラセボ)でも効果があったことですね。関連団体からお金をもらっていると、その団体に有利な結果が出る傾向がありますから。

 一方、なんと「WHOは1歳未満の乳児以外への咳止めとして使用を推奨している」という文章もあり、ちょっと驚きました。
 同じ論文を扱った記事をもう一つ見つけました;

薬よりも効果が高い?かぜの代替療法
2014/12/24:日経メディカル



 「子どもの咳には蜂蜜が効果的かもしれない」─。にしむら小児科の西村龍夫氏はこう話す。実際、就寝30分前にスプーン半分から2杯の蜂蜜を与えた小児の群は、プラセボを投与した群に比べ夜間の咳嗽が緩和され、夜間の咳に伴う本人と親の睡眠状態を有意に改善したというランダム化比較試験(RCT)のデータがある(図A)。
 日本薬局方には「ハチミツ」が収載されている。「外来で親に説明し、初回は薬局で処方してもらうとよい」(西村氏)。ただし、蜂蜜にはボツリヌス中毒の恐れがあるため、1 歳未満には与えないよう注意が必要だ。
 蜂蜜入りコーヒーは、成人を対象にしたRCTでもステロイドやグアイフェネシンを含む去痰薬よりも咳嗽を軽減させている(Raeessi MA, et al.Prim Care Respir J. 2013;22:325-30.)。成人では蜂蜜単独よりも蜂蜜入りコーヒーの方が咳嗽を軽減させる効果が高いという(Raeessi MA, et al:Iranian Journal of Otorhinolaryngology.2011;23:1-8.)。



 フムフム・・・。
 ハチミツって咳止め効果があるんだ!
 と思いきや、実は、クスリでなくても何かを飲ませるだけで乳幼児の夜間咳嗽は改善するという報告もあります。

乳幼児の夜間咳嗽にはプラセボでも効果
2014/11/20:日経メディカル
 急性の非特異的咳嗽で受診した生後2~47カ月の乳幼児に対して、就寝前のアガベネクター(アガベシロップともいう。リュウゼツラン由来の天然甘味料で、主にフルクトースとグルコースからなる)またはプラセボの投与により、無治療に比べて有意に症状の軽減効果があることがランダム化比較試験(RCT)の結果として示された。米Pennsylvania州立大学のIan M. Paul氏らが、JAMA Pediatrics誌電子版に2014年10月27日に報告した。
 ・・・・・
 ペンシルバニア州内の大学に付属する小児科外来施設2カ所で、2013年1月28日から2014年2月28日に、生後2~47カ月の小児で急性の非特異的咳嗽が発生してから7日以内の患者を登録。発熱、鼻閉、鼻漏など咳嗽以外の症状を有する小児も登録可能とした。喘息や肺炎など、治療が可能な疾患が疑われる患者は除外した。
 ・・・・・
 介入前夜と介入日の夜の各症状のスコアの差を求めて3群間で比較したところ、治療なし群に比べて、アガベネクター群とプラセボ群では、咳嗽の煩わしさ(P=0.06)以外の項目に有意な改善が認められた(P<0.05)。しかし、アガベネクター群とプラセボ群には、差は認められなかった。



 ここでは1歳未満にも使えるアガペネクター(成分はフルクトースとグルコース、つまりハチミツと同じ)を採用し、アガペネクター投与群と偽薬群と何も投与しない群で比較したところ、投与2群は非投与群より咳嗽が改善したけど、アガペネクターと偽薬では差がなかった、という結果です。つまり、ハチミツ類似のアガペネクターが効いたわけではない、ということ。
 論文著者の結論は「急性の非特異的咳嗽を呈する乳幼児には・・・プラセボ効果のみが期待される治療の実施を検討してもよいのではないか」というオチ(?)でした。

 ウ〜ン・・・上記を読んでも、
 「本当にハチミツってクスリとして効果があるの?」
 という素朴な疑問が残ります。
 
 たくさんの信頼できる論文を集めて解析したコクラン・レビューにも蜂蜜の評価がありました。

蜂蜜は小児の急性咳嗽に効くのか?
2018/04/23:ケアネット
 小児の咳症状は、外来受診の理由となることが多い。蜂蜜は、小児の咳症状を和らげるために、家庭で一般的に用いられている。University of Calabar Teaching HospitalのOlabisi Oduwole氏らは、小児の急性咳嗽に対する蜂蜜の有効性を評価するためにシステマティックレビューを実施し、2018年4月10日、Cochrane Database of Systematic Reviewsに公開した。本レビューは、2010、2012、2014年に続く更新。本レビューの結果、蜂蜜は、無治療、ジフェンヒドラミン、プラセボと比較して、咳症状を多くの面で軽減するが、デキストロメトルファンとはほとんど差がない可能性が示唆された。また、咳の持続時間についてはサルブタモール、プラセボより短縮する可能性はあるが、蜂蜜使用の優劣を証明する強固なエビデンスは認められなかったと結論している。
 著者らは、MEDLINE、Embase、CENTRAL(Cochrane Acute Respiratory Infections Group's Specialised Registerを含む)などをソースとして、2014~18年2月のデータを検索した。また、2018年2月にはClinicalTrials.govとWHOのInternational Clinical Trial Registry Platformも同様に検索した。対象とした試験は、急性の咳症状で外来受診した12ヵ月~18歳の小児に対する治療(蜂蜜単独、蜂蜜と抗菌薬の併用、無治療、プラセボ、蜂蜜ベースの咳止めシロップ、その他の咳止め薬)における無作為化比較試験で、899例の小児を含む6試験。今回の更新で、3試験331例の小児が追加された。これらの試験では、蜂蜜をデキストロメトルファン、ジフェンヒドラミン、サルブタモール、ブロメライン(パイナップル科の酵素)、無治療、プラセボと比較していた。



 有効、無効の論文が混在する中で、結論は「急性咳嗽に対して蜂蜜使用の優劣を証明する強固なエビデンスは認められなかった」というもの。
 まあ、“微妙”ということです。
 
 では、最も有効な咳止め薬は?
 知りたいですよね。
 ・・・実は、存在しないんです。

「風邪による咳に効く薬はない」米学会が見解
2017/12/08:HealthDay News:ケアネット
 しつこい咳を抑える風邪薬を探し求めている人に、残念なニュースだ。市販されているさまざまな咳止めの薬から米国で「風邪に効く」とされているチキンスープといった民間療法まで、あらゆる治療法に関して米国胸部医学会(ACCP)の専門家委員会が文献のシステマティックレビューを行ったところ、効果を裏付ける質の高いエビデンスがある治療法は一つもなかったという。これに基づき同委員会は指針をまとめ、「風邪による咳を抑えるために市販の咳止めや風邪薬を飲むことは推奨されない」との見解を示した。
 このシステマティックレビューと指針はACCP専門家委員会の報告書として「Chest」11月号に掲載された。筆頭著者で米クレイトン大学教授のMark Malesker氏によると、数多くの米国人が風邪による咳に対して市販薬を使用しており、2015年の米国における市販の風邪薬や咳止め薬、抗アレルギー薬の販売額は95億ドル(約1兆700億円)を超えていたという。
 今回、同氏らはさまざまな咳に対する治療法の効果を検証したランダム化比較試験(RCT)のシステマティックレビューを実施した。その結果、抗ヒスタミン薬や鎮痛薬、鼻粘膜の充血を緩和する成分が含まれる風邪薬に効果があることを示す一貫したエビデンスはなかった。また、ナプロキセンやイブプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)の試験データの分析からも、これらの効果を裏付けるエビデンスはないことが分かった。
 ACCPがこのトピックについてシステマティックレビューを実施したのは2006年に発表した咳ガイドライン以来だが、「残念ながら2006年以降、風邪が原因の咳に対する治療の選択肢にはほとんど変化がない」と同氏らは説明している。



 なんだか、力の抜けるオチになってしまいました。
 結局は、(薬を飲ませる行為を含めた)家族の優しい看護が最も有効な治療、というこでなのでしょう。

 実はハチミツ、クスリとしては人間と長い付き合いがあります。
 以下に、Wikipediaから一部抜粋しました:

薬用
・古代エジプトの医学書エーベルス・パピルスおよびエドウィン・スミス・パピルスには内用薬および外用薬(軟膏剤、湿布薬、坐薬)への蜂蜜の活用が描かれている。

・『旧約聖書』の「サムエル記・上」には疲労と空腹により目のかすみを覚えたヨナタンが蜂蜜を食べて回復する逸話が登場する。

・古代ギリシャでは医学者のヒポクラテスが炎症や潰瘍、吹き出物などに対する蜂蜜の治癒効果を称賛している。

・古代ローマの皇帝ネロの侍医アンドロマコスは、蜂蜜を使った膏薬テリアカを考案した。テリアカは狂犬病に罹った犬や毒蛇に噛まれた際の、さらにはペストの治療薬として用いられた。テリアカの存在は奈良時代に日本へ伝えられ、江戸時代になってオランダ人によって現物が持ち込まれた。

薬効とその科学的根拠
・蜂蜜は古来、外科的な治療に用いられてきた。古代ローマの軍隊では、蜂蜜に浸した包帯を使って傷の治療を行っていた。蜂蜜は無毒で非アレルギー性で、傷にくっつくことはなく、痛みを与えず、心を落ち着かせ、殺菌スペクトルは広域で、抗生物質の耐性菌にも有効であり、かつ耐性菌を生まない。元となる花の種類は効果に差を生じさせないようである。創傷(けが)に有効性を示した研究は少なくなく、火傷では流水後、火傷に直接つけるかガーゼに浸潤させたり、また閉塞性のドレッシング材にて覆ってもいい。交換頻度は、滲出液によってハチミツが薄まる速度に応じて行う。

・蜂蜜には強い殺菌力のあることが確認されており、チフス菌は48時間以内に、パラチフス菌は24時間、赤痢菌は10時間で死滅する。また、皮膚の移植片を清浄で希釈や加工のされていない蜂蜜の中に入れたところ、12週間保存することに成功したという報告がある。蜂蜜の殺菌力の根拠についてカナダのロックヘッドは、浸透圧が高いことと、水素イオン指数が3.2ないし4.9で弱酸性であることを挙げている。蜂蜜の持つ高い糖分は細菌から水分を奪って増殖を抑える効果をもたらし、3.2ないし4.9という水素イオン指数は細菌の繁殖に向いていない。しかしながらポーランドのイズデブスカによって、蜂蜜に水を混ぜて濃度を10分の1に薄めても殺菌力を発揮することが確認され、ロックヘッドの主張と両立しないことが明らかとなった。アメリカのベックは、皮膚のただれた箇所に蜂蜜を塗って包帯を巻くとリンパが分泌され、それにより殺菌消毒の効果が得られると主張している。前述のように蜂蜜に含まれる酵素グルコースオキシターゼは、グルコースから有機酸(グルコン酸)を作り出すが、その過程で生じる過酸化水素には殺菌作用がある。人類は古くから蜂蜜がもつ殺菌力に気付いていたと考えられ、防腐剤として活用した。

・蜂蜜は古来瀉下薬として用いられ、同時に下痢にも効くとされてきた。蜂蜜に含まれるグルコン酸には腸内のビフィズス菌を増やす効能があり、これが便秘に効く理由と考えられる。フランスの医学者ドマードは、悪性の下痢を発症し極度の栄養失調状態にある生後8か月の乳児に水と蜂蜜だけを8日間、続けてヤギの乳と水を1:2の割合で混ぜたものを与えたところ、健康状態を完全に回復させることに成功したと報告している。これは、蜂蜜のもつ殺菌作用によって腸内環境が改善されたためと考えられている。

・古代エジプトの医学書中には盲目の馬の目を塩を混ぜた蜂蜜で3日間洗ったところ目が見えるようになったという記述が登場する。また、マヤ文明ではハリナシバチが作った蜂蜜を眼病の治療に用いていた。その後、蜂蜜が白内障の治療に有効であることが科学的に明らかとなった。インドでは20世紀半ばにおいて、蜂蜜が眼病の特効薬といわれていた。

・欧米には「ハチミツがガンに効くという漠然とした"信仰"に近いもの」が根強く存在する。1952年に西ドイツのアントンらが19000人あまりを対象に職業別の悪性腫瘍発症率を調べたところ、ほとんどの職業において1000人中2人の割合であったところ、養蜂業の従事者については1000人中0.36人の割合であった。この結果からは養蜂業従事者の生活習慣の中に悪性腫瘍を抑制する要因があることが読み取れるが、それを蜂蜜の摂取に求める見解がある。フランスのアヴァスらは、動物実験によってハチミツに悪性腫瘍を抑制する作用があることを確認している。また、前述のように蜂蜜には生成の過程でローヤルゼリーに含まれる物質が混入すると考えられているが、カナダのタウンゼンドらはローヤルゼリーの中に悪性腫瘍を抑制する物質(10-ヒドロキシデセン酸)を発見している。

・二日酔いには蜂蜜入りの冷たい水が有効であるとされる。蜂蜜に含まれるフルクトースは肝臓がもつアルコール分解機能を強化する効果をもち、さらにコリンやパントテン酸にも肝臓の機能を高める作用がある。デンマークの医師ラーセンは、泥酔者に蜂蜜を飲ませたところ、短時間で酔いから覚めたと報告している。また、ルーマニアのスタンボリューは124人の肝臓病患者が蜂蜜を摂取することにより全快したと報告している。

・古代ローマの詩人オウィディウスは『恋愛術(恋の技法)』の中で、精力剤としてヒュメトス産の蜂蜜を挙げている。蜂蜜の精力増強作用について、19世紀の科学者は懐疑的であったが、20世紀に入りイタリアのセロナは0.9gの蜂蜜中に20国際単位の発情物質が含まれると発表した。

・蜂蜜には血圧を下げる効能があるといわれてきた。蜂蜜にはカリウムが多く含まれるが、食塩を過剰に摂取した際にカリウムを摂取すると血圧を下げることができる。また、蜂蜜に含まれるコリンには高血圧の原因となるコレステロールを除去する効果がある。

・古代エジプトや中国の文献には、蜂蜜の駆虫作用に関する記述がみられ、甘草と小麦粉、蜂蜜から作った漢方薬「甘草粉蜜糖」は駆虫薬として知られる。1952年(昭和27年)に日本の岐阜県岐阜市にある小学校で実験が行われ、蜂蜜を飲んだ小学生の便からは回虫の卵がなくなるという結果が得られた。蜂蜜に含まれるどの成分が駆虫作用をもたらすかについては明らかになっていない。

・その他に、鎮静作用が認められ、咳止め、鎮痛剤、神経痛およびリウマチ、消化性潰瘍、糖尿病に対する効能が謳われている。

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(その2)朝礼で倒れる思春期女子は「反射性失神」か、それとも「起立性調節障害」か?

2019年09月15日 14時15分22秒 | 小児医療
 前項は、「失神の診断・治療ガイドライン2012」を拾い読みしてみましたが、私の疑問は解決に至りませんでした。
 次に、医学系雑誌「日経メディカル」の2016年8月号で「どうする?その失神」という特集を組んでおり、読んでみると役に立ちそうなので、一部を抜粋します。

 まずは聖マリアンナ医大の失神外来を2012年4月から2015年12月に受診した約520人の患者のうち210人の原因疾患を分析した結果。



 心原性26%、反射性35%、起立性低血圧7%。
 次に年齢別原因別頻度の表(⇩)



 あれ?
 10歳代は「反射性失神」が最多で残りは原因不明・・・「起立性低血圧(≒起立性調節障害)」はない?
 ちょっと、というか大きく私の印象と異なります。
 ・・・この辺のことは、後ほどまた出てきます。

 次に失神に伴い、手足がガクガク震える“けいれん”が見られることがあります。
 すると、「てんかん」という病気を考えがち。
 しかし失神でもけいれんは、まれならず観察されます。

てんかんと失神との鑑別
・痙攣を起こした場合はてんかん発作を疑いがちだが、失神でも痙攣は生じ得る。発作時に痙攣を伴ったからといって、それだけでてんかんと診断すべきではない。
・てんかんと心原性失神の鑑別に有用なのは、発汗や前兆、顔面蒼白の有無などだ(⇩)。発作が起こる前に発汗を生じたり、眼前暗黒感という前兆を認めれば失神の可能性が高い。発作時に顔面蒼白を生じた場合は失神、顔面が赤くなった場合はてんかんが考えられる。顔面蒼白を確認したい場合は、顔から血の気が引いて白くなっていたかどうかを目撃者に聞いてみる。
 側頭葉てんかん発作(てんかん患者の半数弱を占める)に特徴的な前兆である「deja vu(デジャヴ)」も鑑別に有用だ。deja vuとは過去に経験したことが突然思い出されることを指す。発作のたびにdeja vuが起こるため、患者は何となく懐かしい感覚を覚える。




 「発作時に顔面蒼白を生じた場合は失神、顔面が赤くなった場合はてんかん」という鑑別点が示されました。
 経験からして、肯けます。
 意識障害の患者さんを見た際、徐脈なら失神、頻脈ならけいれん発作、と鑑別診断の本で読んだ記憶がありますし。

 成人では多い「側頭葉てんかん」は小児ではあまりいません。
「患者はなんとなく懐かしい感覚を覚える」のですか・・・不思議ですね。

 次に失神患者の重症度判定について。
 心原性>非心原性、が基本であり、これは心電図でトリアージ可能です。

失神患者の高リスク基準
 通常の診察では異常所見を認めない場合、病歴聴取や身体所見(血圧測定を含む)、心電図検査などで高リスク所見(⇩)の有無を確認し、患者のリスクを階層化する。高リスク所見がなければ、低リスクと判断できる。低リスク失神の原因としては、血管迷走神経性失神などの反射性失神がある。




 起立に伴う失神はそれだけで高リスク所見(心原性失神)から外れますね。心電図で異常がなければ、なお安心です。
 下記のように、前兆・前駆症状が目立つと反射性、前触れなく突然始まると心原性が疑われます。失神が発生した状況・環境でもある程度判断可能ですね。

心原性失神と反射性失神の鑑別(⇩)
 反射性失神では前駆症状として、熱感や口渇、胃部不快感や吐き気、あくび、めまい、頭痛などが生じる。前駆症状が10秒以上続く場合は反射性を強く疑う心原性失神では動悸や胸痛などの症状を伴う場合もあるが、一般に前駆症状は乏しく短時間で失神に至る
 失神時の状況や症状も鑑別に役立つ。
 反射性失神は起立時や座位、混雑した通勤電車内での強制立位、歯科治療中の緩やかな角度の座位といった状況で起きやすく、不快な光景や音、臭い、長時間の起立、臥床・座位後の急激な起立、脱水、入浴などが誘因になる。
 これに対し、心原性失神は体位に関係なく、就寝中や起床時、運動中・後によく起こる。




 さて次は、私の疑問の中核である“反射性失神”と“起立性低血圧性失神”の鑑別です。
 おおっ! なんと、私の疑問に対する答えが書いてあるではありませんか。

反射性失神と起立性低血圧による失神の鑑別
 反射性失神は失神患者の6割程度を占める頻度の高い失神であり、何からのストレスにより誘発される。
 また、失神患者の1~2割を占める起立性低血圧による失神と診断する上で有用なのが、起立時血圧の測定だ。起立3分以内に収縮期血圧が20mmHg以上低下するなどの基準を満たせば起立性低血圧と診断できる。また、起立時に心拍数の変動を見ることは、血管迷走神経性失神と起立性低血圧の鑑別に役立つ。起立性低血圧患者は脈が速くなって血圧が下がる傾向があり、反射性失神患者は脈が遅くなり血圧が下がる傾向がある。


 ここでも脈拍数・心拍数がポイントになります。
 血圧低下は共通ですが、
(起立性調節障害)頻脈傾向
(反射性失神)徐脈傾向

 なるほど、なるほど。

心因性失神を疑うポイント
 心因性失神患者は、周囲に誰かがいる時に発作を生じ、けがをすることはまずない。心因性の失神患者の9割は閉眼しており、失神やてんかん発作で閉眼している患者は3~4割ほどとのデータがある。そのため、発作時に閉眼していたからといって心因性と断言できないが、開眼していれば心因性は除外しやすい。


 心因性失神は“周囲にアピール”することがポイントなので、1人でいるときは発症しません。
 昔は“ヒステリー発作”と呼ばれており、私も担当したことがあります。
 周囲がつれなくするとこれ見よがしに病棟で失神する中学生女子に悩まされました。

 次は、反射性失神の生活指導についての記述です。

反射性(血管迷走神経性)失神の生活指導
 血管迷走神経性失神は、発作時に前兆を伴うことが多い。そのため前兆出現時に失神を回避するような行動を取るよう指示する。「しゃがみ込めば、脳への循環血液量が増すので失神を回避できる。前兆が出現したら、しゃがんだり横になる」と説明する。反射性失神は脳の位置が心臓より高い場合に発生するが、心臓と脳の高さが同じになれば自然に回復する
 反射性失神では、再発が防げなくても、けがをしないよう導くことが最低限必要。
 仕事中などで、しゃがんだり横になることが難しい場合は、下に示す失神回避法を伝えたい。座位では両腕を組み引っ張り合う、足を交差させて組む、立位では足を動かすなどだ。足や腕に力を入れて筋肉を収縮させると、筋肉の収縮で静脈内の血液が上半身に戻りやすくなる。これらの回避法により、血管迷走神経性失神の再発は約8割減ることが明らかになっている。




 さらに前項で出てきた「チルト訓練」がイラスト解説されていました。

再発予防に効くチルト訓練:2012年に保険適用
 血管迷走神経性失神の治療として、ガイドラインではクラスIIa(有益であるという意見が多い)の推奨ながら、再発抑制効果が高いのが「起立調節訓練法(チルト訓練)」だ(下図)。チルト訓練による血管迷走神経性失神の再発予防効果は高い。チルト訓練とは、踵を壁から15cmほど離した状態で、壁に頭から背中、臀部までを密着させた状態で起立し、その状態を30分間保つというもの。
 血管迷走神経性失神の場合、チルト訓練開始後数日は、途中で気持ち悪さを訴え、30分間訓練を継続できない患者がほとんど(血管迷走神経性失神の診断に活用できる)。気分が悪くなったり、前兆が出現したら、その時点で訓練を中止し、翌日また同様の訓練を繰り返す。
 当初30分間起立できない患者でも、1日2回の訓練で、徐々に起立時間が長くなり、10日前後で30分間続けられるようになる。チルト訓練で30分立っていられるようになれば、血管迷走神経性失神を再発することはまずない
 再発抑制効果が高いものの、患者の継続率が低いのが同訓練の課題となっている。チルト訓練を中止すると、1週間もしないうちに再発する患者がいる。朝夕30分の訓練時間を確保するのは患者にとって難しいので、30分起立できるようになった段階で訓練回数を1日1回に減らして継続させるとよい。下半身さえ動かさなければ、テレビを見たり本を読みながらでも効果は得られる。




 これらの体操とチルト訓練は、NHK-Eテレの健康番組の中でも解説されていました。
 次は起立性低血圧による失神の生活指導です。

起立性低血圧】欠かせない服用薬チェック 適切な塩分・水分摂取を。
 起立性低血圧による失神も血管迷走神経性失神と同様に、自律神経を介して生じる。そのため、不眠や疲労などの精神的・肉体的ストレスが発症に関与するといわれている。脱水による循環血液量の低下も起立性低血圧を誘発する。
 起立性低血圧による失神の場合、患者指導として推奨されるのは、立位や座位への急激な体位変換を避けること。また、誘因となる薬剤の中止や減量も推奨される。


 ここで、反射性失神と起立性低血圧による失神の生活指導内容を比べてみましょう。
 左(表5)が反射性失神、右(表6)が起立性低血圧による失神の生活指導です;


 
 誘因、誘因となる薬物はほぼ同じですね。
 違うのは、具体的な対応法。
 反射性失神は、立位をとってしばらくしてから生じるので、気配(前徴)を感じたら対策(しゃがみこむ、横になる)をとる。
 起立性低血圧による失神は、急に立ち上がらない。
 まあ、当たり前と言えば当たり前ですが・・・。

 あ、小児の失神の項目もありました。主に前大阪医科大学准教授の田中英高Dr.による解説です。

小児の失神の約8割はOD(起立性調節障害)によるもので、その原因が心疾患である割合は成人に比べて圧倒的に低く、海外では2%程度と報告されている。

 あれ? 最初のグラフでは全然なかったのに・・・いきなり8割ですか?
 この矛盾はなんなのだろう・・・誰か教えてください。

小児の起立性調節障害
 失神を初発として受診する患者もいるが、よく聞いてみると、朝起きるのがつらい状況が続いていたなど、ODを疑う所見がある患者がほとんど
 ODは自律神経の機能低下で生じ、立ちくらみや全身倦怠感、朝の食欲不振などとともに、立っていると気分が悪くなったり、失神したりする。10歳代の罹患率が高く、軽症を入れると中学生の2~3割程度がOD疑いで、そのうち検査でODと確定診断できるのは約半数、重症は全体の1%程度。
 ODの診療の進め方としては、日本心身医学会による「小児起立性調節障害診療・治療ガイドライン」が参考になる。同ガイドラインは、失神の既往や失神疑いがある小児に対して、心電図や脳波検査を行い問題がないことを確認した後に、「新起立試験」によるODのサブタイプ判定を推奨する。

新起立試験
 安静臥位から起立させ、その後の血圧回復時間を測定するもの。健常者では起立後、一過性に血圧低下を生じるが、直ちに回復し、臥位よりやや高い血圧で安定する。
 一方OD患者では、
(1)起立直後に強い血圧低下を来して血圧回復が遅延
(2)血圧低下を伴わず心拍数が増加
(3)起立中に突然血圧低下と起立失調症状が出現
(4)起立直後の血圧は正常だが、起立3~10分後に収縮期血圧が臥位時より低下
──などの異常が認められる。


 確かに、「心拍数増加(頻脈)」とは書いてあるけど、「心拍数低下(徐脈)」という単語は見当たりませんね。
 問題点としてあえて挙げたいのは、「小児起立性調節障害診療・治療ガイドライン」はネットで閲覧できません(約5000円の書籍購入が必要)。さらに「新起立試験」もネットで閲覧できません。
 つまり、一般開業医の扱う疾患ではなく、確定診断と管理は専門医あるいは病院レベルで行うべし、という高飛車なスタンスが見え隠れします。
 以前、「熱性けいれんガイドラインがネットで閲覧できないのはおかしい!」とブログに書いたら、ほどなくして公開されたことがあります。今回も密かに期待しましょう。

起立性調節障害の生活指導
 OD治療の基本は、疾病教育と非薬物療法だ。
 疾病教育として田中氏は患児がわかりやすいよう、「ODは正常よりも血管収縮力が弱かったり循環血液量が少ないために起立時に脳への血流が低下する病気」と解説している。脳への血流が低下するため、立ちくらみや失神を生じるとし、循環血液量を増やすために水分をたくさん取るよう指導している。具体的な水分摂取量は毎日1.5~2L。筋力が付くと下肢や腹部への血液の貯留が改善するため、運動の重要性も伝えている。「患児は皆運動不足で、足の筋力が弱い。少しでも筋肉を使うよう、室内はつま先で歩くよう指導している」と田中氏は言う。さらに、食塩を1日3g(梅干し2個分)余分に取り、弾性ストッキングを起床後から夕方まで着用するよう指示する。
 立ちくらみや気分不良の予防法として、起立時は頭を下げたまま30歩移動するとよいという(図A)。OD患者は起立後30秒以内に倒れることが多いが、「動き始めれば、筋肉のポンプ機能で血液が頭に行きやすくなる」と田中氏は説明する。



 ガイドラインは中等症以上の患者に、ミドドリンなどを用いた薬物療法を推奨するが、田中氏は「薬だけでは効果は期待できない。水分を十分取り、筋力を強くし、保護者には子どもにストレスを掛け過ぎないよう指導することが一番大事」と強調する。
 重症の患児は治癒まで4~5年が必要だが、軽症は適切な生活指導により短時間で治癒しやすいとのこと。10歳代の失神の原因として一般的なODへの適切な対応を実践したい。


 
 以上、「朝礼で倒れた思春期女子は反射性失神なのか、それとも起立性調節障害なのか?」と題して、2回に渡り書いてきました。
 集めた情報では、時間経過と脈拍数で判断できそうです。

(反射性失神) 起立後30分以内、徐脈傾向
(起立性低血圧)起立後30秒以内、頻脈傾向


 まず、時間経過からは反射性失神の可能性大。
 さらに(新)起立試験で起立後の脈拍変化を見れば鑑別可能と思われます。
 起立試験で明らかな異常を検出できない場合、あるいは起立後の徐脈を認めた場合はチルト試験を行うと、診断が確実になりますね。
 治療に大きな違いを見いだせませんでしたが、反射性失神に対する“チルト訓練”は手応えがありそうです。
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(その1)朝礼で倒れる思春期女子は「反射性失神」か、それとも「起立性調節障害」か?

2019年09月14日 08時48分15秒 | 小児医療
 小学生高学年〜中学生女子が「朝礼で倒れて意識を失いました」という相談を時々受けます。
 従来、思春期特有の自律神経失調症である起立性調節障害を念頭に置いて診療してきました。

 しかし、2012年に発表された「失神の診断・治療ガイドライン」(合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本救急医学会,日本小児循環器学会,日本心臓病学会,日本心電学会,日本不整脈学会)を読むと、「反射性(神経調節性)失神」に当てはまるのではないか、と感じました。このガイドラインには起立性調節障害の記述が見当たらず、起立性調節障害の成人版とも言える起立性低血圧による失神が、反射性失神とは別項目で論じられています。つまり、「起立性低血圧」(≒起立性調節障害)と「反射性失神」を別のものとしているのです。



 一方、馴染みのある起立性調節障害の項目を読むと、起立性調節障害の中の一型として「血管迷走神経性失神」が位置づけられています。
 微妙な表現ですが“神経調節性”と“血管迷走神経性”は同じようなものと考えてよいのでしょう(学会間で用語の統一をしていただきたいものです)。
 
 これはどういうことでしょうか?
 起立性調節障害と反射性失神の関係を明らかにすべく、手元の資料とネット検索で探ってみました。

 まずは失神から鑑別診断を始める、「失神の診断・治療ガイドライン2012年改訂版」(JCS2012)から。
 失神(syncope、faint)の定義は、

失神とは「一過性の意識消失の結果、姿勢が保持できなくなり、かつ自然に、また完全に意識の回復が見られること」
「意識障害」を来たす病態のなかでも、速やかな発症、一過性、速やかかつ自然の回復という特徴を持つ 1 つの症候群であり、前駆症状(浮動感、悪心、発汗、視力障害等)を伴うこともあれば伴わないこともある。共通する病態は「脳全体の一過性低灌流」(脳循循環が6〜8秒間中断されれば完全な意識消失に至り、収縮期血圧が60mmHgまで低下すると失神に至る。また脳への酸素供給が20%減少しただけでも、意識消失を来たす)である。


 失神様の症状は多岐にわたりますが、このガイドラインでは「本ガイドラインは欧州心臓病学会(European Society of Cardiology: ESC)のガイドラインに倣い,脳全体の一過性低灌流 によるものを失神として扱うこととする」との前提。
 鑑別を要する病態を表にまとめています;



 つまり、脳卒中とかてんかんは失神に含まれないのですね。
 そして、失神の種類を大きく3つに分けています。

1.起立性低血圧による失神(9%)
2.反射性(神経調節性)失神(21%)
3.心原性失神(10%)


 前述のように、1と2が別項目になっていますね。
 頻度については以下の記述;

 米国Framingham 研究における失神の原因別頻度は,
・心原性が10%
・血管迷走神経性が21%
・起立性低血圧が9%
・原因不明が37%。

 欧米のhospital-based studyの報告は,主にED(emergency department)を受診した失神疑いの一過性意識障害患者を対象としており,原因別頻度は、
・心原性失神が 5〜37%
・反射性(神経調節性) 失神が 35〜65%
・起立性低血圧が 3〜24%
・原因不明が 5〜41%

 年齢別では、若年者では反射性(神経調節性)失神の頻度が高く、高齢者では心原性失神、起立性低血圧の頻度が高くなる傾向を認める。




 あれ、全体的に起立性低血圧(≒起立性調節障害)の頻度は低く、さらに若年者(ここでは40歳以下)では起立性調節障害ではなく反射性失神の頻度が高い、とあります。
 私のイメージと少々異なります。

 失神による外傷の頻度は、

 我が国の報告では,救急搬送された失神患者の 17%が外傷を合併していた。ED 受診者を対象とした欧米の報告では、外傷の合併率は 26〜31%、うち骨折等の重症外傷が 5〜10%、打撲や血腫等の軽症外傷が 21〜25 %であった。

 診断の項目では、

 反射性(神経調節性)失神や起立性失神では臥位・立位の血圧測定あるいはチルト試験を行う

 とあります。この“チルト試験”は起立性調節障害のガイドラインでも出てくる用語ですね。
 さて、各論です。

【起立性低血圧】

 これまでの本学会の失神ガイドラインでは、起立性低血圧については、主にいわゆる古典的起立性低血圧(classical orthostatic hypotension)の診断・原因疾患を述べてきた。しかし、臨床的には起立性低血圧による失神は、起立不耐症(II─ 3. 体位性起立頻脈症候群の項参照)を伴う反射性(神経調節性)失神とその症状・病態が共通することが多い。このことは表 9 のごとく、ESC 2009 のガイドラインで強調されている。古典的起立性低血圧は、仰臥位または坐位から立位への体位変換に伴い、起立 3 分以内に収縮期血圧が 20mmHg 以上低下する
か、または収縮期血圧の絶対値が 90mmHg 未満に低下、あるいは拡張期血圧の 10mmHg 以上の低下が認められた際に診断される。失神の原因疾患としての起立性低血圧には、初期起立性低血圧(Initialorthostatic hypotension)、遅延性(進行性)起立性低血圧[delayed
(progressive)orthostatic hypotension]、体位性起立頻脈症候群[postural(orthostatic)tachycardia syndrome:POTS]も含まれている(表 9)。




 「起立性低血圧による失神は、起立不耐症を伴う反射性(神経調節性)失神とその症状・病態が共通することが多い
 これです、これ!
 ここが混乱の元。
 まあ、似ていることをGL作成者も認めているのですね。
 表を眺めると、立位をとってからの発症時間が異なることに気づきます。
 そして診断には「起立試験」「チルト試験」が必要と書かれています。
 しかし、似たような病態の疾患概念をこう並べられても、理解しにくいこと甚だしい。正しく見分けられる人がいるんでしょうか?

 起立性低血圧をきたす病態の表は、



 見ているだけでうんざりしますが・・・成人では薬剤性や基礎疾患の有無を確認する必要があるのですね。
 思春期小児では、主に(1)特発性自律神経障害、の①純粋自律神経失((Bradbury-Eggleston 症候群)がほとんどと思われます。
 
 一般に、起立性低血圧の診断には能動的立位 5 分間が推奨されているが、約 3 分間の起立で起立性低血圧の 約 90%が診断可能である。起立性低血圧に伴う失神の症状は、朝起床時、食後、運動後にしばしば悪化する。食後に惹起される失神は殊に高齢者に多く、食後の腸管への血流再分布が原因とされる。

 起立性低血圧の治療について;

クラスI
1. 急激な起立の回避
2. 誘因の回避: 脱水,過食,飲酒等
3. 誘因となる薬剤の中止・減量: 降圧薬、前立腺疾患治療薬としてのα遮断薬、硝酸薬、利尿薬等
4. 適切な水分・塩分摂取(高血圧症がなければ,水分 2〜3L/ 日および塩分 10g/ 日)

クラスIIa 2
1. 循環血漿量の増加: 食塩補給、鉱質コルチコイド(フルドロコルチゾン 0.02〜0.1mg/ 日分 2〜3),エリスロポエチン
2. 腹帯・弾性ストッキング
3. 上半身を高くした睡眠(10度の頭部挙上)
4. α刺激薬: 塩酸ミドドリン 4mg/ 日 分2、塩酸エチレフリン 15 ~ 30mg/ 日分3


 ああ、表になっていました;



 基本的には生活上の注意で、薬物療法は起立性調節障害に使われるものと同じですね。
 治療が同じだったら、疾患名を区別する必要がどこまであるんだろう?
 さて次は、反射性失神の項目を読んでみましょう。

【反射性失神】
 
 まず、用語の確認。

 本改訂版では、失神の発生に自律神経反射が密接に関係している
1.血管迷走神経性失神(vasovagal syncope)
2.頸動脈洞症候群(省略)
3.状況失神(situational syncope)(省略)
 を反射性失神(神経調節性失神)と総称する。


1.血管迷走神経性失神
 血管迷走神経性失神は、様々な要因により
・交感神経抑制による血管拡張(血圧低下)と
・迷走神経緊張による徐脈が、
 様々なバランスをもって生じる結果、失神に至る。
 さらに細かく、
(1) 一過性徐脈により失神発作に至る心抑制型(cardioinhibitory type)
(2) 徐脈を伴わず、一過性の血圧低下のみにより失神発作に至る血管制型(vasodepressor type),
(3) 徐脈と血圧低下の両者を伴う混合型(mixed type)
 に分類される。


 ハイハイ。分類好きですねえ。ますますわかりにくくなります。

 患者の多くは、程度の差はあれ発作直前に前駆症状として頭重感や頭痛・複視、嘔気・嘔吐、腹痛、眼前暗黒感等の何らかの前兆を自覚している。失神の原因となる徐脈には洞徐脈洞停止が多いが、房室ブロックもまれではない。 我が国では血管抑制型や混合型による発作頻度が比較的高いが、欧米ではむしろ心抑制型の発生頻度が高い。

 “前駆症状”や“前徴”は鑑別の際に大切です。
 それよりもここで気になったのは“徐脈”の実体で、「洞徐脈」はわかるけど、「洞停止」「房室ブロック」などの明らかな不整脈も入っていることです。

 血管迷走神経性失神は、長時間の立位あるいは坐位姿勢、痛み刺激、不眠・疲労・恐怖等の精神的・肉体的ストレス、さらには人混みの中や閉鎖空間等の環境要因が誘因となって発症し、自律神経調節の関与が発症に関わっている。血管迷走神経性失神は体動時に発生することは少なく、立位あるいは坐位で同一姿勢を維持しているときに発生しやすい。失神発作は、日中、特に午前中に発生することが多く、失神の持続時間は比較的短く(1 分以内)、転倒による外傷以外には特に後遺症を残さず、生命予後は良好である。

 血管迷走神経性失神を疑う臨床的に有用な所見には、
(1) 前兆としての腹部不快感
(2) 失神の初発から最後の発作の期間が 4 年以上
(3) 意識回復後の悪心や発汗
(4) 顔面蒼白
(5) 前失神状態の既往がある
このような失神発作時の状況から血管迷走神経性失神を疑うことができる(この失神の診断と治療効果の判定にはチルト試験が有力である)。


 まるで起立性調節障害の解説を読んでいるようです。
 病態生理の項目を読んでいても、用語がたくさん羅列されてわかりにくく、さらに「この病態だけでは説明しきれないことがある」とも書いてあるので、理解することをあきらめました。
 シェーマの方がまだわかりやすい;



 このチルト試験は、X線の造影検査をするような大がかりな器械が必要なので、開業医院ではできず、病院レベルの検査です。

 必要な場合(⇩)は紹介することになります。

チルト試験(head-up tilt test)の適応
クラスI
1. ハイリスク例(例えば外傷の危険性が高い、職業上問題がある場合)の単回の失神と,器質的心疾患を有しないかもしくは器質的心疾患を有していても、諸検査で他の失神の原因が除外された場合の再発性失神に対するチルト試験
2.血管迷走神経性失神の起こしやすさを明らかにすることが臨床的に有用である場合のチルト試験
クラスII a
1. 血管迷走神経性失神と起立性低血圧の鑑別
2. 明らかな原因(心停止、房室ブロック)等が同定されているが、血管迷走神経性失神も起こしやすく治療方針への影響が考えられる例
3. 運動誘発性あるいは運動に関係する失神の評価
クラスII b
1. てんかん発作と痙攣を伴う失神の鑑別
2. 再発性の原因不明の意識消失の評価
3. 精神疾患を有する頻回の失神発作例の評価


 ここにもマイ・キーワードが出てきました。
 降らすIIa-1 に「血管迷走神経性失神と起立性低血圧の鑑別」とあります。
 やはり、似ているけど区別する必要がある病態ということですね。

 さらにこのような記述もありました;

 血管迷走神経性失神のみならず、様々な原因による起立性低血圧、体位性起立頻脈症候群等起立不耐症(orthostatic intolerance) を伴う自律神経機能異常にチルト試験の適応がある。一方、外傷を伴わず、その他のリスクが高くない単回の失神発作で、血管迷走神経性失神の特徴が明らかなもの、他の特別な失神の原因が明らかで血管迷走神経性失神の起こしやすさが治療方針に影響しないものには適応となり難い。

 チルト試験の実際は、結構大がかりな検査です。
 検索したら動画を見つけました;

ヘッドアップティルト試験

1) チルト試験(head-up tilt test)
1 方法と感度・特異度
 チルト試験の方法は施設により相違がみられ、統一されたプロトコールはない。検査結果を左右する因子として、
(1) 傾斜角度
(2) 負荷時間
(3) 薬物負荷の有無と薬物の種類
(4) 判定基準の差
 が挙げられる。
 チルト試験は傾斜角度が急峻なほど、負荷時間が長いほど静脈還流量が減少し失神の誘発率(感度)が高くなるが、特異度は低下する。原因不明の失神例に施行されたチルト試験の陽性率は、60〜80 度の傾斜でチルト単独負荷では時間が 10〜20 分間で 6〜42 %と低く、負荷時間を 30〜60 分と延長しても 24〜75%にとどまる。
 イソプロテレノールは、心収縮力の増強(β1 刺激)との血管拡張(β 2 刺激)による静脈還流量の減少が反射性失神を誘発しやすくする。イソプロテレノール負荷を併用した場合に陽性率が 60〜87%と高くなるが、偽陽性率も高くなり特異度は 45〜100%とばらつきが大きい。
 ニトログリセリン負荷チルト試験の感度は 49〜70%〜特異度は 90〜96%である。
 その他には硫酸イソソルビド、エドロフォニウム、アデノシンが用いられる。具体的方法は表 12を参考にする。




2 評価(チルト試験に対する反応様式)
 チルト試験の判定は、血管迷走神経神経反射による悪心、嘔吐、眼前暗黒感、めまい等の失神の前駆症状や失神を伴う血圧低下と徐脈を認めた場合に陽性とする。陽性基準としては収縮期血圧 60〜80mmHg 未満や収縮期血圧あるいは平均血圧の低下が 20〜30mmHg 以上としているが,一定の基準はない。
 ESC ガイドライン 2009では、器質的心疾患を有しない例において、
・反射性の低血圧・徐脈が誘発され失神が再現される場合に血管迷走神経性失神と診断し(クラス I)
・器質的心疾患を有する例においても反射性の低血圧・徐脈が誘発され失神が再現される場合は血管迷走神経性失神と診断する(クラスII a)。
 ただし器質的心疾患を有する例においては、チルト試験の陽性所見により診断する前に不整脈や他の心血管系失神の原因の除外が必要である(クラスII a)。
 低血圧や徐脈を伴わない意識消失が誘発された場合は,精神疾患による“偽失神” の診断を考慮する(クラスII a)ことが推奨されている。
 チルト試験で誘発される血管迷走神経性失神は心拍数と血圧の反応から 3 つの病型に分類される(表 13)。



 さて、血管迷走神経性失神の治療です。

クラスI
1. 病態の説明
2. 誘因を避ける: 脱水、長時間の立位、飲酒、塩分制限等
3. 誘因となる薬剤の中止・減量: α遮断薬、硝酸薬、利尿薬等
4. 前駆症状出現時の失神回避法

クラスII a
1. 循環血漿量の増加: 食塩補給,鉱質コルチコイド(フルドロコルチゾン 0.02〜0.1mg/日分2〜3)
2. 弾性ストッキング
3. 起立調節訓練法(チルト訓練)
4. 上半身を高くしたセミファウラー位での睡眠
5. α刺激薬(ミドドリン 4mg/ 日分2)
6. 心抑制型の自然発作が心電図で確認された、治療抵抗性の再発性失神患者(40 歳以上)に対するペースメーカ(DDD、DDI)

クラスII b
1. β遮断薬: プロプラノロール 30〜60mg/日分3、メトプロロール 60〜120mg/日分3 等
2. ジソピラミド 200〜300mg/ 日分2=〜3
3. チルト試験で心抑制型が誘発された、治療抵抗性の再発性失神患者(40歳以上)に対するペースメーカ(DDD、、DDI)


 治療薬では、交感神経作動薬でも、α-刺激薬とβ-遮断薬というベクトルが異なる薬剤が併記されているのが不思議です。この辺は、循環器専門医に管理をお願いした方が安全ですね。
 非薬物療法の失神回避方法は参考になります;

2)非薬物治療
1 失神回避方法
 反射性(神経調節性)失神の前兆を自覚した場合には、その場でしゃがみ込んだり横になったりすることが最も効果的である。それ以外に、
(1) 立ったまま足を動かす
(2) 足を交差させて組ませる
(3) お腹を曲げてしゃがみ込ませる
(4) 両腕を組み引っぱり合う,
等の体位あるいは等尺性運動によって数秒から 1 分以内に血圧を上昇させ、失神発作を回避あるいは遅らせ、転倒による事故や外傷を予防することができる


(日経メディカルより)

2 失神の予防治療
i) ペースメーカ治療(省略)
ii) 起立調節訓練法(チルト訓練)
 Ector が初めて本治療法の有効性を報告し、チルト訓練と命名した。チルト台を使用せず自宅等の壁を利用して自分で起立訓練を行う起立調節訓練法としても報告されている。本治療法は薬物治療の必要性がなく、また自宅や職場でも自分で安全にいつでも行うことができる。
 起立調節訓練法は,
・両足を壁の前方 15〜20cm に出し
・臀部、背中、頭部で後ろの壁に寄りかかる姿勢を 30 分 継続する

ものである。これを 1 日に 1〜2 回、毎日繰り返す。多くの失神患者は,トレーニング開始直後は壁に寄りかかる姿勢で 30 分間起立することはできないが、毎日これを繰り返すことにより起立持続時間は徐々に延長し、トレーニング開始後 2〜3 週間で 30 分間立てるようになる。起立調節訓練中は下半身を決して動かしてはいけないことを患者に伝えておく(筋肉収縮が働き静脈還流が増加するから)。いったん30分間の立位維持姿勢が可能となると、その後は 1 日 1 回 30 分間の 起立調節訓練を毎日継続させることで失神発作の再発は長期にわたって予防される。1 日 1 回のトレーニングが有効性と継続性の面から血管迷走神経性失神の治療手段としてふさわしい。この治療法が有効であるのは、立位負荷直後の交感神経機能の亢進がトレーニングによ って有意に抑制されるためと考えられる 。



(日経メディカルより)

 起立調節訓練法はNHK-Eテレの今日の健康「起立性調節障害」でも紹介されていました。1日30分、壁に背中を付けて寄りかかるだけの訓練で数週間後には明らかな改善が得られるとすれば、試す価値が大いにありますね。

 ここで気づいたのですが、チルト試験の目的の中にあった「血管迷走神経性失神と起立性低血圧の鑑別」の解説が見当たりません!
 その後、読み進めると項目12に「小児の失神」という項目がありました。その最初に、

1.反射性失神、自律神経失調症、起立性低血圧
 小児、特に思春期の失神の原因として最も多い。反射性失神の項を参照のこと。


 これだけ?
 それに反射性失神と起立性低血圧が一緒にされているし・・・ガッカリです。
 結局私の疑問は解決せず、モヤモヤしたものが残りました。

 心原性は小児ではまれで、検査で鑑別可能と思われますので省略します。

 次に「体位性起立頻脈症候群」という項目。徐脈ではなく、頻脈になるのですね。立ったときに動悸を訴える、けど血圧は保たれるのが特徴のようです。

体位性起立頻脈症候群】(POTS:postural orthostatic tachycardia syndrome)
 本症候群は失神を来たすことは一般的にはないが、病態生理は血管迷走神経性失神に類似している。
 チルト試験で異常な心拍数の増加を示し、多くの場合起立 2 分以内に心拍数が 120〜170/ 分まで増加 する。
 POTSとほぼ同義語とされる特発性起立不耐症 (idiopathic orthostatic intolerance)の有病率は少なくと も 1/500 以上にのぼり,全米で 50 万人以上の患者がいる とされる。患者の大半は 15〜50 歳、平均年齢は 30 代前半であり、男女比は 1:4〜5 で若年女性に好発する。成人の慢
性疲労症候群例の 25〜50%に POTS が認められる。
 症状:立位に伴う動悸、ふらつき、疲労感、全身倦怠感が主体であるが、多彩な症状を認める。これらの症状は脳血流低下に基づくものであり、正確な機序は不明である。静脈還流量の減少、過換気やそれに伴う低 CO2 血症による脳循環調節の異常、脳動脈収縮が、めまいや眼前暗黒感、頭痛等の症状の原因となる。発汗や顔面紅潮等の交感神経刺激症状、悪心等の迷走神経刺激症状もみられ、さらに振戦やパニック障害のような不安神経症状を呈する。皮膚への血流低下により、四肢特に下肢のチアノーゼがみられることが多く、下肢に広汎に広がりまだら模様を呈する。



 診断:表 15(⇩)に診断基準を示す。起立もしくはチルト 5 分以内に臥位に比べ心拍数が30/ 分以上増加するが、起立性低血圧を認めない。この際に臨床経過と同様なめまい、立ちくらみ、視野異常、動悸、振戦、脱力感等多彩な起 立不耐症の症状がみられる。




 “動悸”という訴えで、起立性低血圧や反射性失神とは鑑別可能ですね。
 さて、14 番目に「採血と失神」という項目を見つけました。思春期女子の懸念事項の一つなので取りあげます。

14 採血と失神
 採血時(献血を含む)の合併症の中で失神発作は最も頻度の高い合併症であり、血管迷走神経反応(vasovagal reaction:VVR)によって発生すると考えられている。
 VVRは軽症と重症に分けられるが(表18⇩)、一般献血者を対象とした日本赤十字社の統計によると、献血時に発生した軽症VVRの発生頻度は0.76%(男性 0.605%、女性 1.012%)、重症 VVR の発生頻度は 0.027 %(男性 0.021%、女性 0.036%)である。VVRの発生は採血開始5分以内に発生することが最も多いが、採血中または採血前にも発生する。心理的不安、緊張もしくは採血に伴う神経生理学的反応によって発生する場合が多い。症状には個人差があるが、軽症から放置により重症に進行し、気分不良、顔面蒼白、痙攣、尿・便失禁に至る。




危険因子:
 VVR におけるハイリスクと考えられる献血者には下記のような特徴がある。ハイリスクに該当する場合にはあらかじめ十分な注意が必要である。反射性(神経調節性)失神患者には、病歴で採血時失神の既往のある患者が比較的多い
(1) 初回輸血
(2) 前回献血から間隔のあいた場合
(3) 若年
(4) 失神の既往(強い立ちくらみや反射性(神経調節性)失神の既往、過換気症候群を含む)
(5) 献血に対する強い不安感や緊張感(採血時の合併症経験))
(6) 強い空腹、食べ過ぎ、強い疲労感、睡眠不足
(7) 体重・血圧(※)等が採血基準の最低値・最高値(特に女性)
(8) 献血後、身体に負荷のかかる予定(急ぎの移動、重労働、激しいスポーツ等)
(9) 衣類等により体を強く締め付けた状態
(10) 水分摂取不足


※ 献血の血圧基準は収縮期血圧が90mmHg以上

予防と処置・対応;
 採血の方法、採血室の温度、環境、献血者の緊張度や体調が影響する。定期的に採血施行者の教育訓練を実施し、専門的知識を備え、応急処置について熟知し、迅速な対応を計ることが重要である。合併症を起こした献血者に対しては、その場で症状が回復しても注意を怠らず、電話等によりその後の状況を把握する。処置および対応は,以下のように行う。

(1) 医師の診察を受けさせる
(2) 献血者に安心させるように声をかけると同時に仰臥位にして頭部低位にする
(3) 症状の改善がなければ採血を中止する
(4) 衣服を緩め、足元を保温する
(5) 脈拍を測定し、適宜血圧を測定する
(6) 悪心がある場合はゆっくりと深呼吸させ、嘔吐に備えて顔を横に向け容器等の準備を行う
(7) 失神した場合は、名前を呼ぶ等声をかける
(8) 舌根沈下の恐れがある場合は、気道の確保を計る
(9) 血圧低下が続く場合、医師の指示により適宜補液等を行う
(10) 回復後は水分補給を行い、十分休養させる
(11) 医師の判断により帰宅させる。状況に応じてタクシーを利用するか、付き添って送り届ける
(12) 症状によっては医療機関を受診させる


 なるほど。
 思春期女子に予防接種をする際は、あらかじめ危険因子をチェックし、当てはまるならベッドに寝かせて接種し、しばらく様子観察してから帰宅してもらう、という方法がよさそうです。

 以上、「失神の診断・治療ガイドライン2012」の拾い読みでした。
 結局、「反射性失神」と「起立性低血圧による失神」の鑑別は迷宮入りです。
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小児科におけるオンライン診療の必要性

2018年10月24日 07時10分32秒 | 小児医療
 オンライン診療とは、患者さんが来院せずにインターネットを使って診療することを言います。
 当院では今まで導入してきませんでした。
 理由は「直接の診察なしに、診断・治療することなんてありえない」という単純なものです。

 ただ、重症心身障害児を診療している医院では必要だと感じてきました。
 患者さんが来院するには多くのエネルギーを費やすからです。
 実際に導入している医院は「在宅医療」をしている診療所が多いと思います。
 でも当院はそのような患者さんを診療していません。

 しかし、2018年4月に診療報酬体系が改定され、注目を浴びるようになりました。
 はて、導入した方がよいのかな? 
 私の疑問は解決するのかな?
 と気になり出しました。

 「オンライン診療」の基礎知識を引用;

■ オンライン診療は進むの?2018.4.28:m3.com)より抜粋
 オンライン診療が広がり始めたのは、2015年以降です。医師法は原則として対面診療を想定していますが、厚生労働省は1997年に離島などの遠隔地では電話などによる遠隔診療が可能との通知を出し、2015年には離島などに限定しないとの方針を打ち出しました。さらに2017年にはテレビ電話やメール、SNSなどを組み合わせた診療も違法ではないとの通知を出し、オンライン診療向けの専用のシステム・サービスを提供する事業者も増えてきました。
◇ 今回の診療報酬改定で変わったこと;
 診療報酬改定以前、オンライン診療は「患者からの求めによる電話等再診」として算定されていました。再診料は72点で、医学管理料は加点されませんが、実施要件は比較的緩く、実施しやすいものでした。
 一方、今回の診療報酬改定では、一定の要件を満たせば、「オンライン診療料」として70点、「オンライン医学管理料」として100点を算定できるようになりました(「オンライン診療料70点、医学管理料100点」「オンライン診療、情報通信機器の費用は別途徴収可」などを参照)。
 ただ、初診から6カ月の間は毎月同一の医師により対面診療を行い、かつ初診から6月以上経過していること、連続する3月は算定できないこと、また施設基準として、緊急時に30分以内で診察可能な体制を有していることなどの要件が厳しすぎるとの指摘があります。一方、今改定で、再診料の見直しも行われ、「定期的な医学管理を前提として行われる場合は算定できない」とされ、定期的なオンライン診療を再診料で算定することもできなくなりました。当面、オンライン診療の大幅な普及は難しいと見られています。


 なるほど。
 開業医にとっては下線部の「緊急時に30分以内で診察可能な体制を有している」は無理そうですね。
 どうも厚労省は医者に「24時間体制で働け」と言いたいようです。
 日本政府主導の“ブラック職業”ですね。

 余談ですが、昨今、大学医学部入試で女子学生の差別が問題になっています。
 大学側の理由は「数にならないから」です。
 実際に、私が勤務医の頃、女性の小児科医は5年で8割が現場を退いていました。
 過酷な勤務状況に絶えられなかったのです。
 その頃思ったことは、
 「このような勤務状況であることを医学部受験生に知らせておいて欲しい」
 「同時に、勤務環境を改善して欲しい」
 でした。
 二つとも、改善されていませんが・・・。
 以上、脱線話でした。


 さて、オンライン診療で小児科関係の記事はないかと検索したら、下記の記事が目にとまりました。
 なるほど、なるほど。
 読んでみて、自分の外来にも少ないながらオンライン診療が有利な患者さんがいることがわかりました。
 当院では処方の上限を1ヶ月に設定しています。
 状態が安定しているけど通院が必要な中高生は確かに大変そうで、いつの間にか来なくなってしまうことがまれではありません。
 このような患者さんはオンライン診療の恩恵を受けることができそうです。

 例えば、喘息の定期治療をしている患者さん達。
 小学校まではスムーズに通院できるのですが、中学生・高校生になると部活その他で忙しくなり、夕方6時までの診療時間には来院しにくいのです。病状が安定していれば、自ずと通院から足が遠のきがち。
 しかし、喘息のくすぶりがなくなるわけではないので、きっかけがあればまた喘息発作が出てきます。とくに運動ですね。
 すると、「これ以上走ったら苦しくなる」と運動を患者さん自らセーブしがちになり、実力が発揮できなくなります。
 それが日常化すると、本人も慣れてしまってセーブしていることを忘れてしまい、「調子よい」と思い込んでしまうのです。
 これは危険です。
 このような治療不十分な患者さんが、突然悪化して呼吸困難・意識消失して救急車騒ぎを起こすのです。
 しかし喘息発作状態なのに、患者本人が調子悪く感じていない・・・ゆゆしき問題です。

 このようなリスクを回避するために、通院のハードルを下げるという意味で、オンライン診療は有意義だと思いました。
 また、下記記事の文中にあるように、喘息の他にも「アレルギー性鼻炎、花粉症、舌下免疫療法、慢性じんましん、夜尿症、便秘」なども病状が安定していれば対象疾患に入りそうです。
 あとは、オンライン診療システム導入と維持に必要な投資と、患者数を天秤にかけて導入を検討することになりますね。


「子どもとオンライン診療」より抜粋
2018年05月05日:朝日新聞
黒木 春郎(外房こどもクリニック院長)

◇ 医療保険でオンライン診療が提供可能に
 本論を執筆中の2018年2月7日、中医協(中央社会保険医療協議会)から診療報酬改定案の答申がなされた。そこに、「オンライン診療料」と「オンライン医学管理料」に代表される項目が新設されている(詳細は中医協答申*1を参照)。これにより今後オンライン診療が、外来診療・入院・訪問診療に次ぐ4つ目の診療スタイルとして、広く普及されていくことを期待する。

【2018年度改定でのオンライン診療への対応】
(新設)オンライン診療料
(新設)オンライン医学管理料
(新設)オンライン在宅管理料・精神科オンライン在宅管理料
 対面診療の原則の上で、有効性や安全性などへの配慮を含む一定の要件を満たすことを前提に、情報通信機器を用いた診察や、外来・在宅での医学管理を行った場合に算定できる。


◇ 電話などによる再診の見直し
 患者などから電話などによって治療上の意見を求められて指示した場合に算定が可能であるとの取り扱いがより明確になるよう要件を見直す(定期的な医学管理を前提とした遠隔での診察は、オンライン診療に整理)。

◇ オンライン診療とは具体的にどのようなものか
 オンライン診療とは、インターネットに接続されたパソコン画面上で行う診療である。ビデオチャットを通じて医師と患者さんはコミュニケーションをとる。予定の時刻に、インターネット環境を備えた場所で、患者さんにパソコンやスマートフォン、タブレットなどを前にして準備してもらう。
 医師もオンライン診療システムを立ち上げ、カルテ情報を開いて、モニター画面を通じて患者さんと向き合う。画面上で児と保護者と面談し、児の表情などを確認し、経過を確認する。医薬分業の場合は処方箋を郵送する。
 筆者のクリニックでは処方箋の有効期限を1週間と通常より長くしてある。医師と患者さんとの関係が安定しており、児の状態も視診と問診で診断・治療が可能な状態であれば、ビデオチャット上での診療は医学的に十分可能である。診察は予約制で急性疾患には対応しない。オンライン診療が可能かどうかは医師が判断する。
 厚生労働省が3月30日に公表した「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(指針)では、オンライン診療推進という理念がありながらも、同時に抑制するかのような制約も見受けられる。オンライン診療の悪用を防ぐために精密な文言を作らなければならないという制度設計側の主張は理解できる。今回の改定が完璧なものでないことは仕方がない。むしろオンライン診療実践者が事例を多数上げて、オンライン診療の優位点を社会発信することが大切となる。その上で2年後の保険制度設計がより緻密に、時代に応じたものとなることを期待する。
 患者さんにとっては通院の労力が軽減され、その結果アドヒアランスも向上する。一方、医療側からは、オンライン診療システムを立ち上げて閉じる時間を考えると、対面診療の方がやや効率的である。改定前(2018年2月時点)の保険制度では運営上はやや不利であるが、当院では患者通院支援のシステムとして採用した。システムそのものは、複数のベンチャー企業がサービスを提供しており、導入は容易である。

◇ オンライン診療の理念・経緯・現状―地域医療の新しい概念
 筆者のクリニックでは2016年6月にオンライン診療を導入した。筆者がオンライン診療を導入した理由は、それが地域医療に大きな変革を及ぼす可能性を直感したからである。新しい地域医療の概念という点では、十数年前の「在宅医療」制度の登場が想起される。それまでも「往診」という概念こそ存在したが、その後に在宅医療という概念が一分野として確立した。同様に、入院診療・外来診療・在宅診療と並んで、オンライン診療が一つの分野として確立すると予想される。
 これまでの医療との違いは患者さんが自分の都合の良い場所から医療へアクセスできることにある。これまでの外来診療では、患者さんは医療機関へ出向かなければ患者になれなかった。オンライン診療はそこが異なる。このことは医療の概念の大きな変化の潜在的可能性を思わせる。先に述べたように、今回の診療報酬改定でそれが具体化された。

 オンライン診療の適応に関して、筆者は以下2点を考える。

① 問診と視診で診察が可能な場合
② 医師患者間の信頼関係が成立していること

 小児科では、状態の安定した気管支喘息・神経発達症・重度心身障害・てんかん・アレルギー性鼻炎・舌下免疫療法・慢性じんましんなどが対象となり、さらに夜尿症便秘なども挙げられる。
 オンライン診療に対する否定的な意見として、「医師の診療は五感を通して行うものであり、ビデオチャットでは診療は成立しない」というものがある。しかし、上記の要件を満たせば、対面診療にオンライン診療を取り入れることは可能であるばかりか、患者の利益の大きなものである。
 米国では、telemedicineとしてさまざまな形のオンライン診療が、すでにかなり広く行われている。医師と患者との遠隔健康医療相談、認知行動療法、カウンセリング・心理療法、慢性疾患の教育におけるオンライン診療の利用などについて報告されている*2。
 米国とわが国では医療制度が根本から違うので、比較は難しい。今回のオンライン診療料、オンライン医学管理料の新設およびそれの条件づけは、個人的な解釈だが、まずもってオンライン診療というものを制度に取り入れることを優先したもので、厚労省としては完璧な報酬規程を作るよりも、オンライン診療についてのさまざまな懸念に配慮したものを作ってスタートさせたのだと考える。したがって2年後の次回改定では、オンライン診療の事例を検討して、実情に即した規定となっていくものと考えている。さまざまな懸念とは、無診診療や医療機関の届け出の無意味化、従来医療機関と保険者のみが把握していた個人の診療内容がシステム業者を介することで漏出しないかとの危惧など、多岐にわたる。これらについて、2年間かけて、特に事例の積み上げを通して、制度設計をしていくのだと思っている。
 わが国でも、さまざまな取り組みが開始されている。福島県南相馬市の市立小高病院では、オンライン診療を用いた在宅診療を導入している。点在する患者さんを看護師が回り、血圧・脈拍などを計測し、タブレットを立ち上げて、患者さんと病院の医師をつなぐものである。
 また東京都心では、オンライン診療を活用して、精神科診療や慢性疾患の治療を行っているクリニックもある。患者さんは職場に近い都心のクリニックを受診し、再診以降は適宜オンライン診療を用いるわけである。都心から遠い自宅からのアクセスが可能となる。禁煙外来での有効性が示されている。舌下免疫療法でもオンライン診療によるアドヒアランス向上が報告されている。
 福岡市では、福岡市医師会の全面協力によってオンライン診療を導入した在宅医療を進める地域実証実験が開始されている*3 *4。福岡市は短い期間でオンライン診療の地域モデルとなった。今回のオンライン診療料の新規算定にこの地域実験が果たした役割は非常に大きなものだったと思う。
 ビデオチャットを利用した遠隔健康医療相談事業がある。これは医療行為ではなく相談事業であり、小児科医が保護者や患者さんの医療上の相談に乗るものである。相談者は、スマートフォンなど自分が使い慣れた機器で、自分のアクセスしやすい時間に相談できることが特徴である。この「小児科オンライン」という相談事業を展開している株式会社Kids Publicは、産後ケアとしての「小児科オンライン」の有効性の評価を目的として、成育医療研究センター、横浜市栄区との産学官連携による実証実験に参加している。

◇ 小児医療ならではの必要性
 日本の出生率は年々減少し、小児人口も漸減している。一方、小児科外来患者数は漸増している。また、小児救急電話相談件数は年々増加しているが、小児救急患者は軽症が多いのが特徴である*5。これは小児疾患の構造変化と保護者の意識の変容、助成も含めて小児医療へのアクセスが容易になったことなどが要因として挙げられる。
 子どもの数は減っている。小児科外来患者数は漸増、救急外来は軽症者が多く、そして救急相談は増加している。これは何を意味するのであろうか。小児科の需要は小児人口の減少にもかかわらず増加している。では、小児科の医療資源はどうであろうか。小児科医師数は漸増、医療施設は漸減である。ここで医師の偏在という問題がある。医師数は各自治体間で大きな差があり、また各自治体内部でも偏在は著明である*5。医師数の偏在、小児医療の需要の増加、そして小児疾患の構造変化が現在の小児医療の背景である。
 人口減少モードへの突入を受けて、政府は「子育て世代包括支援」を掲げている。小児医療の向上は患者さんとご家族の生活の質を上げることにつながる。国を挙げての「子育て支援」の今こそ、小児医療を充実させるべき時である。当院でのオンライン診療の経験を図に示す。当院の特性もあるが、冒頭に提示した症例にように遠方の患者さんから近隣の方までさまざまな事例がある。

◇ 制度上の小児科領域における課題
 先に示したように今回の診療報酬改定で、オンライン診療料、オンライン医学管理料新設が提案された。対象は表に示すように限られた疾患である。

表 「オンライン診療料」「オンライン医学管理料」


 この中で小児科診療に関連が高いものは、小児科療法指導料、てんかん指導料などであるが、日常診療ではこれらに含まれる疾患は限られる。また、改定での電話再診の見直しを考えると、上記対象疾患以外の新規患者に対してオンライン診療の開始が困難になることが懸念される。
 オンライン診療は小児医療との相性が良く、患者さんとその家族への利点は大きいものである。国を挙げての「子育て支援」といわれる中、オンライン診療に関しても小児科への配慮が望まれる。
 なお、オンライン診療料が算定可能な対象は初診から6カ月以上を経過した患者さんで、連続する3カ月は算定できないとされる。詳細は中医協答申*1や厚労省通知を参照されたい。また、今後制度の変更はありうることを付記する。

<総括>
1. オンライン診療により、患者さんの利便性は向上し、医療の質は上がる。
2. また物理的な距離を超えた医療が実現される。
3. それらにより、新しい地域医療概念となる可能性がある。
4. 現状では小児医療は偏在している。小児医療の充実には、医療へのアクセスの改善が必要である。
5. 子育て支援の中心に、小児医療の充実が置かれることが望まれる。


<参照文献>
*1 厚生労働省「個別改定項目について」. 中央社会保険医療協議会総会(第389回) 答申について. 2018年2月7日. p.395-400. http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000193708.pdf (accessed 2018-04-03).
*2 Bryan L. Burke Jr; R. W. Hall; the SECTION ON TELEHEALTH CARE. Telemedicine: Pediatric Applications. Pediatrics. 2015, 136(1), e293-e308. Doi: 10.1542/peds.2015-1517.
*3 平成29年度厚生労働科学特別研究事業「情報通信機器を用いた診療についてのルール整備に向けた研究」(研究代表者 武藤真祐). 2018年2月8日. http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000193829_1.pdf (accessed 2018-04-03).
*4 ICTで「かかりつけ医」を強化、福岡市で実証開始. 2017年4月25日. 日経デジタルヘルス. http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/042507328 (accessed 2018-04-03).
*5 厚生労働省「小児医療に関するデータ」. 第1回子どもの医療制度の在り方等に関する検討会 子どもの医療に関する現状について. 2015年9月2日. http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12401000-Hokenkyoku-Soumuka/0000096261.pdf (accessed 2018-04-03).
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大人用薬、子どもへ適応促進

2018年10月19日 11時33分47秒 | 小児医療
 日本では新薬が発売されても成人向けで、小児への適用はないことが多く、その後何年かしてやっと許可されるのが一般的です。
 仕方がないことなのかな、とあきらめてきましたが、あるとき、アメリカでは新薬開発の際に小児の治験も義務化されているので、成人と小児の両方で同時に許可されるのが一般的であると耳にして驚いたことがありました。

 下記記事を読むと、日本政府もようやく重い腰を上げて取り組むようですね。
 期待しましょう。

■ 大人用薬、子どもへ適応促進...厚労省、製薬会社の治験支援へ
2018年10月18日 読売新聞
 大人で使用が認められた薬を子どもにも適切に使えるようにするため、厚生労働省は、薬の適応を子どもに広げるための臨床試験(治験)を促進する方針を固めた。採算性などで二の足を踏む製薬企業に対し、経済的なメリットを与えるなど、開発意欲を刺激する方策を打ち出す。
 大人で効果が確かめられた薬でも、子どもでは作用の仕方などが異なり、予期せぬ副作用が出る恐れもある。子どもに適した使い方や量を探る必要があるが、一般的に患者が少なく採算が合わないことなどから、企業は適応を広げるための治験に消極的とされる。
 このため厚労省は、子どもに適応を拡大するための治験については、優先審査の対象にして開発期間を短くしたり、市販後は他社が後発薬を申請できない期間を延ばしたりするなど、企業が取り組みやすい環境を整備する。

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最後の希望 人工肺ECMO(Extracorporeal membrane oxygenation)

2018年10月18日 18時26分50秒 | 小児医療
 昨年、埼玉小児医療センターPICUの植田育也先生の講演を聴きました。
 その際、「当センターではECMOを搭載した救急車があります」とコメントされ、驚きました。
 ああ、日本の医療もここまで来たんだ、と感慨深く拝聴しました。

 ECMO, Extracorporeal membrane oxygenation(体外膜型人工肺)とは、肺が病気で酸素を取り込めないときに、血液を体外に一度出して酸素を与え、体内に戻す装置です。
 それを稼働させている間に肺が回復すれば、役割終了。

 ふと、昔録画した以下のNHKドキュメンタリーを思い出し、視聴しました。

 スウェーデンのカロリンスカ病院にはECMOセンターがあり、国内にとどまらず国外からも患者を受け入れ、ECMOを使わなければ生存率20%の患者さん達を治療し、生存率71%に上げるという驚異の数字を誇る施設です。

 新生児のMAS(胎便吸引症候群)の患者さんがクローズアップされました。
 アイルランドで生まれ、肺炎で酸素が取り込めないため、危険な状態です。
 そこにスウェーデンから医師達が迎えに来て、ECMOを装着してスウェーデンに移送し、10日間の治療を経て再びアイスランドに戻ったという奇跡。

 実は四半世紀前、私は某小児医療センターのNICUで働いていました。
 そのときにもMASの患者さんに何人か出会いました。
 しかし手を尽くしても半分くらいしか救命できませんでした。

 ああ、あのときECMOがあったら・・・。



■ 最後の希望 人工肺ECMO ~スウェーデンの大学病院で~
2014年8月28日:NHK-BS
 ECMO(体外式膜型人工肺)とは、患者の血液を一度体外に出し、酸素を与えて体内に戻す装置。患者の肺を休ませることができ、その間に肺の回復が促される。重度の怪我や極度に体力を消耗している場合に用いられ、危篤患者にとってはECMOが最終手段となることも少なくない。
 ECMOの権威であるカロリンスカ大学病院(スウェーデン)のパルマー医師は、人工肺に対する偏見や批判にさらされながらも、80年代から世界に先駆けて開発に取り組んできた。彼のチームは、ECMOが必要とされるなら国境を越えてでも患者の元へ急行する。
 アイルランドで生まれたばかりの赤ちゃんソフィーは、肺の機能が低下していて呼吸ができない。危機的状況の中、専用機にECMO装置を積んで駈けつけるパルマ-医師たち。診察の結果、ECMOを使って肺の回復と成長を待てばソフィーが生き延びる可能性は十分あるとわかった。早速人工肺の装置につながれたソフィーは、そのまま専用機でストックホルムのECMOクリニックに搬送される。
 新生児ソフィーのケースを中心に、一人でも多くの患者を救おうとする医療チームの取り組みを追う。

原題:ECMO,The Final Chance
制作:Lidén Film (スウェーデン 2013年)
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災害時のこどものアレルギー疾患対応パンフレット(日本小児アレルギー学会作成)

2018年09月11日 16時11分34秒 | 小児医療
 日本アレルギー学会が作成した「災害時のこどものアレルギー疾患対応パンフレット(改訂版)・ポスター」が公開され、ダウンロード可能です。
 患者さんおよび関係者の方は是非ご利用ください。

 

 私がアレルギー診療で注意していることをひとつ記しておきます。

 食物アレルギー患者さんは、食べて蕁麻疹が出たり、咳き込んだり吐いたりとイヤなエピソードを経験すると、その食材が嫌いになって完全除去を続ける傾向があります。
 でも昨今、自然災害による避難所生活が珍しくなくなってきた日本列島に住んでいると、いざという時に何がどこまで食べられるか知っておく必要があります。
 例えば、食パンなら1枚は大丈夫だけど、2枚では症状が出てしまう、とか。

 なので、食物アレルギー患者さんには「どこまで食べられるか知っておくことが災害対策」と説明し、必要であれば経口負荷試験目的で病院を紹介しています。

□ 子どものアレルギー学会、災害対応まとめたパンフ公開
(2018年09月10日:朝日新聞デジタル)
 日本小児アレルギー学会は、地震で生活環境が変わり、症状の悪化を招くこともあるとして、対応策をまとめた「災害時のこどものアレルギー疾患対応パンフレット」をホームページ(http://www.jspaci.jp/)で公開している。
 ぜんそくの子どもで、電動の吸入器を使って薬を服用している場合、「スペーサー」という補助具ならば電源がいらない。スペーサーが手に入らなければ、紙コップの底に穴を開けて代用することも可能という。
 アトピー性皮膚炎では、「毎日のシャワーや入浴は治療の一部」と呼びかける。環境の変化で悪化しやすいため、普段と同じか、少し強めのステロイド入り塗り薬の使用を勧めている。
 「炊き出し」や食料品の提供で注意が必要なのは、食物アレルギー。善意でもらい、知らずに子どもが食べてしまうこともあるので、事前に注意を促すことも必要だ。「ぐったりしている」ほか、「ゼーゼーする」「持続する強いおなかの痛み」も重い症状で、すぐに医師に知らせる。
 パンフレットでは周囲の人にも、「治療に必要な電源や水、スペースを優先して利用させてください」と呼びかけている。学会では、メール相談窓口(sup-jasp@jspaci.jp)も設けている。名前、年齢、性別、住所、電話番号、かかりつけ医の明記が必要という。

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子どもが頭をぶつけたので心配・・・

2018年09月05日 10時00分51秒 | 小児医療
 という相談をよく受けます。
 心配なのは頭部打撲による「頭蓋内出血」なので、小児科より脳神経外科領域ですが、重症感がなくとりあえず医者の意見を聞きたい・・・と受診されるのでしょう。

 診察で気になる所見があるときは迷わずCTのある病院へ紹介しています。
 一見して元気な患者さん(こちらがほとんど)に対する私の説明は、

・現時点で意識障害・けいれんなどの重い神経症状はないので緊急性を要する状態ではありません。
・ただし、脳内の細い血管が切れるとすぐに症状が出ないこともあります。
・頭部打撲後1ヶ月は注意して様子観察し、気になる症状(ぼーっとしやすい、吐きやすい、転びやすい)や今までできていたことができなくなったりした病院を紹介しますから、また来てください。


 という感じです。

 さて近年、子どもの頭部打撲傷に対する診療ガイドラインが複数の国で提案されるようになりました。
 とくに頭部CTの適応が議論されています。
 日本ではあまり注目されていませんが、頭部CTは放射線被曝により発がんリスクが存在します。
 諸外国ではコストともに、発がんリスクも評価における大きな要素です。
 資料によると、

<頭部CTによる被曝と発がん>
・2〜3回のCT → 脳腫瘍発生リスクが3倍
・5〜10回のCT → 白血病発生リスクが3倍(脳腫瘍/白血病の発症率は10万人中2.8/4.5)

 有名なのは米国の「PECARN」、カナダの「CATCH」、英国の「CHALICE」。
 他にも英国の NICE guideline(NICE clinical guideline 176 Head injury. Jan 2014)というのもあるらしい。
 ガイドライン作成ブームの火付け役は「PECARN」(Kuppermann による Lancet 論文)。
 現場の診療の参考になるのかどうか、記事を集めて読んでみました;


□ 頭部外傷患児に対する不要なCT検査を回避できる予測ルールが確立された
2009.10.15:ケアネット:菅野守:医学ライター
 新たに導出された予測ルールを用いれば、頭部外傷後の子どものうち臨床的に重大な外傷性脳損傷(ciTBI)のリスクが低い患児を同定して、不要なCT検査を回避できることが、アメリカCalifornia大学医学部Davis校救急医療部のNathan Kuppermann氏らPECARN(Pediatric Emergency Care Applied Research Network)の研究グループによって明らかにされた。外傷性脳損傷は子どもの死亡および身体障害の主要原因であり、脳手術など緊急の介入を要するciTBIの患児を迅速に同定する必要がある。頭部外傷小児に対するCT検査は、放射線被曝による悪性腫瘍のリスクがあるため、CTが不要な低リスク例を同定する方法の確立が切望されていた。Lancet誌2009年10月3日号(オンライン版2009年9月15日号)掲載の報告。

◇ ciTBIを除外する年齢別の予測ルールを導出し、検証するコホート研究
 PECARNの研究グループは、CTが不要な低リスク例の同定法の確立を目的に、頭部外傷患児を対象にプロスペクティブなコホート研究を行った。
 対象は、頭部外傷受傷後24時間以内の18歳未満の子どもで、Glasgow 昏睡スケールのスコアが14~15の患児とした。ciTBI(外傷性脳損傷による死亡、脳手術、24時間以上にわたる気管内挿管、2泊以上の入院)に関する年齢特異的な予測ルールを策定し、その妥当性を検証した。
 北米の25の救急施設から42,412例が登録された[2歳未満の導出集団(derivation population)8,502例、検証集団(validation population)2,216例、2歳以上の導出集団25,283例、検証集団6,411例]。CT所見は14,969例(35.3%)から得られ、376例(0.9%)でciTBIが検出され、60例(0.1%)で脳手術が施行された。

◇ 検証集団で、2歳未満、2歳以上のいずれにおいても、高い陰性予測値と感受性を確認
 2歳未満の患児におけるciTBI除外の予測ルールとして、
1)健常な精神状態
2)前頭部以外に頭皮血腫がない
3)意識消失がないあるいは5秒以内の意識消失
4)損傷の発生機序が重度でない
5)触知可能な頭蓋骨骨折がない
6)親の指示に従って正常な動作ができる
が導出された。
 検証集団におけるこれらの予測ルールのciTBIに関する陰性予測値は100%(1,176/1,176例)、感受性も100%(25/25例)であった。2歳未満のCT検査施行例694例のうち、この低リスクのグループに分類されたのは167例(24.1%)であった。

 2歳以上の患児におけるciTBI除外の予測ルールとしては、
1)健常な精神状態
2)意識消失がない
3)嘔吐がない
4)損傷の発生機序が重度でない
5)頭蓋底骨折の徴候がない
6)重篤な頭痛がみられない
が導出された。

 検証集団におけるこれらの予測ルールのciTBIに関する陰性予測値は99.95%(3,798/3,800例)、感受性は96.8%(61/63例)であった。2歳以上のCT検査施行例2,223例のうち、この低リスクのグループと判定されたのは446例(20.1%)であった。
 検証集団では、2歳未満および2歳以上の予測ルールのいずれにおいても、必要な脳手術が施行されなかった例は1例もなかった。
 以上の知見により、著者は「これらの検証された予測ルールを用いれば、ルーチンのCT検査が不要なciTBIのリスクが低い患児を同定することが可能である」と結論し、「予測ルールは患児を不要な放射線被曝から保護し、頭部外傷後のCT検査の意思決定において、医師および家族とって有益なデータをもたらす」と指摘している。


<原著論文>
Kuppermann N et al. Identification of children at very low risk of clinically-important brain injuries after head trauma: a prospective cohort study. Lancet. 2009 Oct 3; 374(9696): 1160-70. Epub 2009 Sep 14.



□ 軽症に見える小児の頭部打撲にCT検査は行うべきか?
2012/1/12 石垣恒一=日経メディカル オンライン
 症例数や統計学的な妥当性は大事だが、あまりにこだわると、読む論文はほとんどなくなってしまう。研究のオリジナリティーなどにも目を配り、「論文は愛をもって読む」ことを標榜する福井大総合診療部教授の林寛之氏。そんな林氏に、読破した大量の論文の中から、一読推奨という救急領域の論文を紹介してもらった。
 まず、「ここ数年で一番のヒット」と評するのが、一見軽症の小児の頭部打撲にCT検査を行うべきか否か、その判断基準を検討した論文9(次ページの「林先生のおすすめ論文リスト」参照)。小児への被曝のリスクを考えれば、CT検査は避けるに越したことはない。けれども、外傷性脳損傷を見逃すのは怖い…。現場でしばしば遭遇する逡巡に、指針を示そうとしたものだ。
 基準作成の検討に用いたのは、鈍的頭部外傷から24時間以内に北米の25の救急部を受診した18歳未満の患者4万2412人(平均年齢7.1歳)。その結果、2歳未満の頭部外傷についてCTをどう適用するかの考え方を示したのが図5だ。図の左側の7つの条件がクリアできれば、重篤な脳損傷であるリスクは0.02%。「こういったデータを親御さんに提示できれば、『CTはいらなさそうですね』といった説明の材料になる」。頭をぶつけてたんこぶをこしらえた子どもは頻繁に訪れる。「CTがない医療機関でこそ、参考にできる論文だと思う」(林氏)。
 図5右下を見ると、最終的にはCT適用の「判断」が求められることとなり、検討項目には「医師の裁量」「親の希望」が含まれている。「これを見て『な~んだ。結局同じじゃないか』と思うかもしれないけれど、逆に、実際の臨床を理解する人が研究しているという、リアリティーを感じる」と林氏は評価する。

図5 軽症と見られる頭部外傷(GCS=14,15)に対するCT 検査適用の考え方(2歳未満)
(論文9) Lancet 2009;374:1160-70. より改編引用。「2 歳以上」については、ぜひ原著を参照されたい。



<原著>
・Kuppermann N, et al. Lancet 2009;374 :1160-70.
Identification of children at very low risk of clinically-important brain injuries after head trauma : a prospective cohort study.



□ 頭部CTの適応はどのように決めていますか?
2013/10/23:日経メディカル
 15歳以下の子どもの頭部外傷時にCTを撮る基準について、小児科の指導医の先生にPECARN studyというのを教えてもらいました。他にもいくつかstudyがあるみたいですが、親がしっかり監視してくれるという条件のもとで、なるべく被曝を避けるようにするのが現代の流れだということです。子どもは余命が長いこともあり、CTで悪性腫瘍発生率が有意にあがってしまうわけですね。
 PECARN studyは次のようにまとめられています。
 ciTBI (clinically important Traumatic Brain Injury:外傷性脳挫傷)除外基準によると、陰性予測値は、2歳未満で100%、2歳以上で99.95%だったそうです。これなら以下の基準を満たす小児はCTを撮らなくてもよさそうです。

<2歳未満>
1)健常な精神状態
2)前頭部以外に頭皮血腫がない
3)意識消失がないあるいは5秒以内の意識消失
4)損傷の発生機序が重度でない
5)触知可能な頭蓋骨骨折がない
6)親の指示に従って正常な動作ができる

<2歳以上>
1)健常な精神状態
2)意識消失がない
3)嘔吐がない
4)損傷の発生機序が重度でない
5)頭蓋底骨折の徴候がない
6)重篤な頭痛がみられない
(PECARN study: Kuppermann et al, Lancet(2009);372;1160)

 訳に関しては、こちらも参考にしました。論文で推奨されているAlgorithmはこちらでも参照できます。



□ 3つの小児頭部外傷ルール、診断精度が高いのはどれ?/Lancet
2017/04/21:ケアネット:医学ライター 吉尾 幸恵
 頭部外傷の小児において、CT検査の適応を臨床的に判断する3つのルール(PECARN、CATCH、CHALICE)は、デザインされたとおりに使用された場合の感度は高いことが、オーストラリア・王立小児病院のFranz E Babl氏らが行った前向きコホート研究(APHIRST)による検証の結果、明らかになった。これら3つのルールは、CT検査を行うべき頭部外傷患児の同定に役立つが、これまで外部検証や多施設大規模比較試験は行われていなかった。著者は、「今回の結果は、ルールの導入を検討している医師にとって、重要な出発点となる」とまとめている。Lancet誌オンライン版2017年4月11日号掲載の報告。

◇ 頭部外傷小児約2万例で、3つのルールの診断精度を検証
 APHIRST(Australasian Paediatric Head Injury Rules Study)は、2011年4月11日~2014年11月30日に、オーストラリアおよびニュージーランドの10病院において行われた。対象は、救急診療部を受診した18歳未満のあらゆる重症度の頭部外傷患者で、PECARN(2歳以上と2歳未満で層別化)、CATCH、CHALICEの各ルールに特異的な転帰(それぞれ、臨床的に重大な外傷性脳損傷[TBI]、神経学的介入の必要性、臨床的に重大な頭蓋内損傷)を予測する診断精度を評価した。
 検証コホートで、ルールごとに選択基準および除外基準を満たした集団においてルール特有の予測変数を算出。2次解析では、軽度頭部外傷患者(グラスゴー・コーマ・スケール[GCS]:13~15)を対象とした比較コホートにおいて、ルール特有の予測変数を用いて臨床的に重大なTBIの診断精度を算出・評価した。

◇ 感度はPECARNが優れるものの3つのルールで診断精度に差はない
 計2万137例が解析され、このうちCT検査が行われたのは2,106例(10%)、入院は4,544例(23%)、脳神経外科手術施行83例(<1%)、死亡15例(<1%)であった。PECARNは、2歳未満5,374例中4,011例(75%)、2歳以上1万4,763例中1万1,152例(76%)、CATCHは4,957例(25%)、CHALICEは2万29例(99%)に適用された。
 検証コホートの解析において、感度が最も高かったのは、2歳未満に対するPECARN(感度100.0%、95%信頼区間[CI]:90.7~100.0、38/38例)、ならびに2歳以上に対するPECARN(99.0%、95%CI:94.4~100.0、97/98例)であり、次いでCATCH(高リスク予測因子のみ:95.2%、95%CI:76.2~99.9、20/21例/高リスクと中等度リスク予測因子:88.7%、95%CI:82.2~93.4、125/141例)、CHALICE(92.3%、95%CI:89.2~94.7、370/401例)の順であった。
 軽度頭部外傷患者1万8,913例を対象とした比較コホートの解析において、臨床的に重大なTBIの感度は同等であった。両解析における陰性的中率は、3ルールすべて99%以上であった。
 なお、著者は、「PECARNの主要評価項目である臨床的に重大なTBIを、評価項目として用いたため、PECARNルールに好ましい結果に偏った可能性がある」と指摘している。


<原著論文>
Accuracy of PECARN, CATCH, and CHALICE head injury decision rules in children: a prospective cohort study(Lancet)



□ ソファから落ちて頭をぶつけた男児に頭部CT?
2017/9/15 中西奈美=日経メディカル
 Choosing Wiselyキャンペーンで指摘された、時に患者に不利益を与える価値の低い検査。日常診療で遭遇しがちな肺血栓塞栓症、蕁麻疹、頭部外傷の症例を基に、実際に検査をどう賢く選んでいくかを実際に考えてみよう。

Q C君に頭部CT検査を実施する?
ケース3:C君、5歳男児。
 「ソファから落ちて床に頭をぶつけた」と母親に付き添われて外来を受診。落下直後、C君は火がついたように泣いたが、数分で泣きやんだという。受診まで特に変わった様子はなく、看護師とも楽しそうに話している。一方、母親は「頭のことなので、CTを撮ってほしい」と強く要望している。
【所見・既往歴など】
 殴打した部分に皮下組織の毛細血管から出血した痕があるが、血腫は認められない。
 母親からの聴取で、意識障害や嘔吐などはなかった。
 ソファ面の高さは50cm。落下から5時間程度たっている。
 既往歴、手術歴なし。

※ 出題:田波穣氏(埼玉県立小児医療センター放射線科)

 子どもが転倒し、壁や床に頭部を殴打することは日常起こりやすい事故。小児科や内科、救急外来では自分の状態を言葉で説明できない子どもを抱え、保護者が不安を募らせ駆け込んでくる場面によく遭遇するのではないだろうか。
 特に、ケース3のように頭部に関わる疾患や外傷の場合、母親をはじめとする家族が画像検査を望むことは少なくない。ここではC君の母親が要望する軽度の頭部外傷に対するCT検査について考えてみたい。
 「CT検査は小児においても画像診断のモダリティーになりつつある」と埼玉県立小児医療センター(さいたま市中央区)放射線科の田波穣氏は話す。装置やソフトウエアの進歩により、被曝線量の少ない撮影が可能になってきたが、CT検査はいまだ医療放射線被曝の主な要因となっている。
 小児の被曝に関しては、

(1)一部の放射線誘発性癌に対し、小児は成人よりも2~3倍脆弱である、
(2)小児は平均余命が長く、小児期の放射線曝露に関連する発癌が寿命に影響を与える可能性がある、
(3)放射線誘発性癌は長い潜伏期を経て増大することが多く、そのスピードは腫瘍の種類および被曝線量によって変化する

──という特徴がある。
小児では特に適応の正当化と線量の最適化が重要」と田波氏は言う。いずれも検査をオーダーする主治医と患児の家族が、リスクとベネフィットを理解した上で実施を検討しなければならない。

図1 軽度の頭部外傷に対するCT検査適用フローチャート(多施設共同研究「PECARN」の結果、Lancet. 2009;374:1160-70.より改変)




(ちなみの原著のフローチャートはこちら)


 特に、意識喪失やめまい、嘔吐などといった神経学的な異常を伴わない軽度の頭部外傷後にCT検査が必要かどうかは、「PECARN」と呼ばれる多施設共同研究から図1のように提案されている。他に、CHALICEルールやCATCHルールも、感度の高い基準として評価されている。
 C君の意識レベルを示すGCS(Glasgow coma scale)は15であり、頭蓋骨折や神経学的な所見も認められない。母親がCT撮影を望んでいるが、被曝のリスクを説明し納得してもらい、検査を行わないことが妥当だと田波氏は判断した。母親には、重症の可能性は低いため、被曝のリスクを説明し、検査を行うべきではないことを伝えた。また、帰宅後も目を離さず様子を確認し、嘔吐や痙攣、傾眠、頭痛の悪化などが認められた場合にはすぐに外来を受診するよう指導した。

A 頭蓋内出血などの危険性は低いため、被曝のリスクを重視し、CT検査は行わない。



参考
Glasgow Coma Scale


★ 意識障害の評価;
 15点:正常
 14−13点:軽度
 12−9点:中等症
 8点以下:重症。
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「近視との戦い〜“大流行”は止められるのか〜」

2018年08月01日 15時10分26秒 | 小児医療
「近視との闘い ~“大流行”は止められるか~」
初回放送:2018年6月5日(火)午前0時00分~
再放送:2018年7月31日(火)午後5時00分~

内容紹介
 アジアを筆頭に、欧米さらに途上国の現代っ子のあいだで爆発的に増える文明型疾患=近視。その原因となる遺伝子や生活環境などを探り、最新の知見と予防・治療法を紹介する。
 2050年までに5億人が視力を失うと警告する科学者がいる。若者の8割以上が近視の中国では、目を机に近づけないように姿勢を矯正するバーを教室に導入。近視の原因となる遺伝子は100種類以上あるとわかり、特定は困難とされているが、戸外で過ごす時間が長い子どもは近視になりにくいという意外な調査結果も注目を集める。瞳孔を開かせるアトロピン目薬が人気のシンガポールなど、各国での試行錯誤の例も数多く紹介する。

原題:The Myopia Boom
制作:ARTE France / Scientifilms(フランス 2017年)




 近視は感染症ではないので「流行」という表現は適当ではありませんが、でも爆発的に増えていることは確かです。
 その原因は何なのでしょう?

 まず遺伝子が注目されました。
 しかし、候補遺伝子は100以上発見されたものの、それだけでは説明できません。
 短期間の間に人類の遺伝子が世界レベルで変異することはあり得ないからです。

 「目の近くで近くで本やマンガを読んだり、テレビを見たりしてはいけません!」と小さい頃から言われ続けていました。
 現在ではパソコンやスマホもそうですね。
 でも、解決には至っておらず、近視は増え続けています。

 アメリカの研究者が、子どもたちの視力と生活環境を10年間にわたりフォローしました。
 当時悪化因子と考えられていた「近くでモノを見る」ことを証明しようとしたのです。
 しかし、その行為の多い少ないで近視の発生率に差は出ませんでした。

 唯一、有意差が出たのが「外でどのくらいの時間を過ごすか?」という質問項目です。
 1日2時間以上、屋外で過ごす子どもは、近視の発生が明らかに少なかったのです。

 その後の研究で、波長の短い紫の光が近視予防によいことがわかりました。
 「網膜に十分な光を当てることにより、視機能が正常に発達する」という単純明快な答。
 「近くを見る作業が悪い」のではなく、「暗い室内で過ごすのが悪い」だったのですね。
 台湾では、この医学論文を読んだ医師が「外で過ごそう」運動を始め、実際に効果が出て現在は国レベルの対策となり、台湾では近視の子どもが漸減してきているそうです。

 外で過ごす分には、タブレットやスマホを使っても問題ないとのこと。

 しかし残念なことに、一旦近視になってしまうと、外で多くの時間を過ごすよう努めてもその進行は止まらないそうです。
 そこで登場するのが医療行為。
 角膜の屈折率を調節して焦点を網膜に合うようにする手術は短時間で済みますが、費用が数十万円と高い。
 近年注目されているのが低濃度アトロピン点眼薬です。
 これから国際的に広がることが期待されます。

 以上、目から鱗が落ちた内容でした。

 
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