小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

小児アトピー性皮膚炎へのプロトピック®軟膏、がんリスク増大のエビデンスなし

2020年05月28日 07時04分49秒 | 予防接種
現在、アトピー性皮膚炎の軟膏治療はステロイドとタクロリムス(商品名:プロトピック軟膏)の二本柱です。

プロトピック軟膏は、ステロイド軟膏で心配になるような副作用がありません。
プロトピック軟膏が登場した際、「アトピー性皮膚炎患者の人生を変える薬」と高く評価されましたが、
動物実験で皮膚がんの発生の報告があり、かつ実臨床でも「リンパ腫」という皮膚がんの症例報告がされたため、
患者さんに処方する際には「癌化の報告例がある」ことの説明を義務づけられ、かつ使用量の制限も盛り込まれました。
そのため、プロトピックだけで治療することができないというジレンマが発生しています。

しかしこれは日本のみのルールで、諸外国ではそのような義務づけはありません。
動物実験では人体では考えられないほど血中濃度を上げたことと、
人の症例報告も非常にまれであり、自然発生と頻度に差がないため、
「制限の必要なし」と判断されたのです。

この事実を持ってしても、日本の厚生労働省のスタンスは変わりません。
「一度決めたことを変更できない」日本の因習がハードルになっています。

さて、私の専門である小児科領域では2歳以降に使用が許可されています。
前述の通り全身に使用することはできませんので、適応としては、
「2歳以降で顔面アトピー性皮膚炎の難治例」
となりますか。

私は主に乳児のアトピー性皮膚炎を診療していますが、目の周りの湿疹はやっかいです。
ステロイド軟膏を使う場合、皮膚の副作用以外に目への副作用も考慮する必要があります。
眼圧が上がる緑内障のリスクがあるのですね。
明らかなデータは見当たらないのですが、「連続使用は1〜2週間にとどめる」のが通例。
しかし、ステロイド軟膏使用を躊躇して目を掻き続けると、今度は白内障のリスクが上がります。
高齢者の白内障ではなく、物理的刺激による外傷性白内障という病気です。

こんな現状の中、以下のニュースが目に留まりました;

(2020.5.27:ケアネット)
長期安全性を前向きに検討した「APPLES試験」から、米国・ノースウェスタン大学のAmy S. Paller氏らによる、タクロリムス外用薬を6週間以上使用したAD児におけるその後10年間のがん罹患率のデータが示された。観察されたがん罹患率は、年齢・性別等を適合した一般集団で予想された割合の範囲内のものであり、著者は「タクロリムス外用薬がAD児の長期がんリスクを増大するとの仮定を支持するエビデンスは見いだされなかった」と報告している。
<原著論文>
・Paller AS, et al. J Am Acad Dermatol. 2020 Apr 1. [Epub ahead of print]

医学論文なので表現が回りくどいけど、単純に「プロトピックを使ってもガンは増えなかった」との結論です。
このような報告を積み重ね、いずれプロトピックの使用制限が解除されることを切に願います。

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乳児アトピー性皮膚炎のスキンケアの重要性を再確認

2020年05月17日 10時38分02秒 | 予防接種
近年、小児におけるアレルギー疾患の相互関係が整理されてきました。
そのベースとなる考え方は「二重抗原曝露説」です。

この概念は、アレルゲンとなり得るものが、
・口から入ると消化吸収されてエネルギーとなる
・皮膚の炎症部位から入ると体が異常反応を起こしてアレルギー反応を引き起こす
というものです。
つまり、
・たくさん食べたから食物アレルギーになるのではない
・湿疹でバリア機能が壊れた皮膚からアレルゲンが入り込むとアレルギー体質になる
ということです。

なので、アレルギー疾患はアトピー性皮膚炎(≒かゆみを伴う乳児湿疹)からはじまり、
その炎症部位から
・食物アレルゲンが侵入すれば食物アレルギーを
・花粉アレルゲンが侵入すれば花粉症を
・ダニアレルゲンが侵入すれば喘息・アレルギー性鼻炎を
引き起こすことがわかってきました。
昔は現象でしか観察できなかった「アレルギーマーチ」が、
根拠を持って説明される時代になったとは、感慨深い。

つまり、「諸悪の根源はかゆみを伴う乳児湿疹(≒アトピー性皮膚炎)」ということ。
小児科専門医とアレルギー専門医の両方の資格を持つ医師は、
乳児湿疹の治療に熱心に取り組んでいます。

当院も例に漏れず、約3年前から積極的に取り組んできました。
すると、食物アレルギーの検査をすることが激減し(残念ながらゼロにはなりませんが)、
二重抗原曝露説が正しいことを実感しています。

さて、今年(2020年)は新型コロナ流行に伴う自粛ムードの中、各学会がすべて中止や延期となっており、専門知識のアップデートがしにくい状況になっています。

知識再確認&復習の目的で、有用な情報満載のとあるブログ「小児アレルギー科医の備忘録〜子どものアトピー性皮膚炎に対するスキンケアをエビデンスから考える」の内容をメモしてみました;

<メモ><メモ><メモ><メモ><メモ><メモ><メモ><メモ>

・アレルギーマーチのエビデンス
乳児湿疹・アトピー性皮膚炎があると、次に続くアレルギー疾患のリスクが高くなる;
 → 喘息のリスクが2〜3倍
 → アレルギー性鼻炎のリスクが2〜3倍
 → 食物アレルギーのリスクが6倍

・医療者にとっても患者にとってもアトピー性皮膚炎の正しいスキンケアを指導・マスターすることは簡単ではない。

・スキンケアの基本は「洗う」「塗る」の二つに集約されるが、後者を正しく行うことがなかなかできない。それは「ステロイド軟膏はたっぷり塗らないと効かない」ものの「ステロイド軟膏を怖がって塗ってくれない」という現実があるから。この考え方の影響か、保湿剤でさえも十分に塗らない患者さんも少なからず存在します。

・スキンケアを正しく行うためには、医療者がチームとなって指導する必要がある。そして以下の質問にも答えなければならない。

Q. そもそもアトピー性皮膚炎に保湿は必要?
A. はい。アトピー性皮膚炎の湿疹をステロイド外用薬で略治させた後に保湿剤を継続使用するとアトピー性皮膚炎の再燃が1/3に抑えられれます(6週間観察したデータ)。

Q. 兄弟がアトピー性皮膚炎の場合、生まれてすぐ湿疹ができていない状態から保湿を始めるとアトピー性皮膚炎のリスクは減るの?
A. はい。しっかり保湿するとアトピー性皮膚炎になる確率が2/3になります。
皮膚のバリア機能を示す指標であるTEWL(経皮水分蒸散量)を赤ちゃんで測定すると、生後1週間いないのおでこのTEWLが高いほどアトピー性皮膚炎になりやすいことがわかっています。すなわち、TEWLが高い赤ちゃんは保湿しないと約8割がアトピー性皮膚炎を発症しますが、毎日十分に保湿すると、TEWL低置の赤ちゃんとアトピー性皮膚炎発症率は同じになりました。
※ ただし、家族でアレルギー疾患のあるハイリスク乳児の場合のデータで、家族にアレルギー疾患歴のない赤ちゃん、TEWLが正常の赤ちゃんでは差がありません。

Q. 入浴した方がいい?
A. 実は、医師の間でも「洗う vs. 洗わない」論争が続いています。
(例)
・アメリカの小児科学会は「洗わない方がよい」。
・アメリカのアレルギー学会、アメリカの皮膚科学会は「洗った方がよい」。

なぜこうなっているのか・・・診療で経験する患者さんの年齢や重症度が違うためと説明されています。それにより悪化因子が異なり、重症化するほど皮膚には黄色ブドウ球菌が高率に検出されるようになり、これは食物アレルギーの発症リスクにもなるという研究報告もあるため、重症患者をたくさん見ている医師ほど「洗う」ことを推奨することになります。

Q. 石けんはどう使う?
A. 石けんは改善要因だけでなく、悪化要因にもなり得ます。肌を清潔にしてくれますが、すすぎが不十分で残ってしまうと刺激物になります(特に陰イオン界面活性剤)。
基本的には「肌に合うモノを探して見つける」ことになります。泡タイプのボディーソープがお勧めです。量を使いすぎないというメリットがあり、泡で撫でるように、あるいはマッサージするように洗うと肌にやさしいのでお勧めです。

Q. 夏、汗をたくさんかいたらシャワーを浴びていいの?
A. はい。冬は乾燥、夏は汗がアトピー性皮膚炎の悪化因子です。夏のシャワー浴でかゆみが減ることが報告されています。
汗の中には「マラセチア」というカビの成分が含まれており、マラセチア特異的IgE抗体は大人のアトピー性皮膚炎の重症度と比例することが報告されています。
ただし、石けんを使うのは1日のうち1回だけにした方がよいとされていますので、昼間にシャワーを追加するときはお湯で流すだけにしましょう。

Q. ワセリンとヒルドイドはどちらがよい?
A. 実はデータがありません。その理由は、海外ではヒルドイド(=ヘパリン類似物質)がほとんど使われていないからです。
日本の現状としては、使用感や季節、重症度で決めています。

(例)当院の場合
冬はプロペト(眼科用ワセリン)、春秋は親水クリーム、夏はベルツ水(グリセリンカリ液)
ドライスキンがひどいときはプロペト、治療でよくなったらご希望のクリーム/ローションタイプへ。
なお、ヒルドイドは一時「成人女性が美容目的で処方を希望して医療費を圧迫している」と社会問題化し、保険診療内では制限されています。ホントに必要な患者さんにとっては迷惑な話ですね。

市販の保湿剤には食べ物のエキスが混ざっているモノがありますが、これは避けた方がよいでしょう。食物アレルギーを惹起する可能性があります(“茶のしずくの事件”)
(例)
・セタフィル・モイスチャライジング・クリーム(アーモンドオイル入り)
・セタフィル・モイスチャライジング・ローション(アボガドオイルあるいはマカデミアナッツオイル入り)

Q. 保湿剤は入浴後、どれくらいで塗ればいい?
A. 「入浴後、すぐ塗るように」と指導されることが多いと思いますが、最近入浴後すぐと入浴90分後での皮膚水分量に差が無いおいう研究結果もあるそうです。

※ 当院では「入浴後汗が引いたら保湿しましょう、冬は10分、夏は30分が目安です」と説明しています。
また、保湿剤は1日何回塗るのがよいか、という質問も多いのですが、回数を変えて比較検討した臨床研究はほとんどありません。各国のガイドラインでは共通して「1日複数回」の保湿剤塗布を推奨しています。

保湿剤の塗布量に関しては、研究は見当たりませんが、ガイドラインには「十分量」と書かれており、なかでも欧州皮膚科学会ではFTU(フィンガーチップユニット)より多い量で記載されています。

Q. 保湿剤とステロイド外用薬はどちらを先に塗るといい?
A. これも多い質問です。最近の比較試験の報告では「どちらが先でも同じ」という結果でした。

※ 私がアレルギー専門医を目指した頃(四半世紀前)は「保湿剤を塗り広げた後にステロイド外用薬をポイントで塗る」と書かれていました。それからしばらくして、皮膚科専門医は「ステロイド外用薬を先に塗る人が半分」と知り愕然としました。さらに時間が経って、現在の「どちらが先でも変わらない」に落ち着いた感があります。実際に患者さんを見ていると、湿疹と正常皮膚の境界がわからない場合はステロイドと保湿剤を混ぜて処方し、全体に塗ってもらっています。協会がはっきりわかる場合は、塗り分けるか、保湿剤を先に塗ってもらいます。つまり、ケースバイケースで指導を変えています。


<追記>

上記のメモのネタにさせてもらったブログ「小児アレルギー科医の備忘録」の管理者が書いた本「子どものアトピー性皮膚炎のケア」(堀向健太著、内外出版社、2020年発行)が出版されているのに気づきました。
メモ以外の情報を、追加メモしておきます。

・アトピー性皮膚炎の遺伝性
アレルギー疾患のない両親の子がアトピー性皮膚炎になった:27%
両親の片方にアレルギー疾患がある:38%
両親ともにアレルギー疾患あり:50%

・赤ちゃんのアトピー性皮膚炎は自然に治る?
7割の患者さんが年齢と共に改善するが、
残りの3割を放っておくと年齢と共に治りにくくなり、
食物アレルギーや喘息などほかのアレルギーも引き起こしやすくなる。
(例)湿疹のあった乳児は、その後の卵アレルギーの発症リスクが5.8倍

・アトピー性皮膚炎赤ちゃんの体の洗い方
よく泡立てた石けんで素手で洗う。スポンジは刺激が強すぎる。
なでるように洗うだけでは足りない、肌を傷つけない程度に素手で「もむように」洗う。
たるみ・シワをしっかり伸ばして洗う。
目は上から下へまぶたが閉じるように洗い、目に入って痛がる前に素早くシャワーですすぐ。
すすぎの目安は10秒が目安。

なお、入浴が有効なアトピー性皮膚炎患者は約3割という報告もあり、洗うことに反対する医師もいることも事実。

・保湿の効果・実績
保湿を十分行った場合(①)とそうでない場合(②)を比較すると、再度悪化するまでの期間は、①89日、②27日という報告あり。
保湿をしっかり行うと、ステロイド外用薬を42%減らせたという報告あり。

・保湿剤のタイプ
「エモリエント」→ 皮脂膜のイメージ
「エモリエント」+「保湿成分」=「モイスチャライザー」

・天然のオイルは安全か?
天然オイルはそれに対するアレルギーになる可能性がある。
とくに食品成分が含まれている保湿剤は勧められない。

・全身に軟膏を塗るのに、小さじ何杯分が必要?
(乳児)小さじ1杯
(幼児)小さじ2杯 ・・・3-5歳
(児童)小さじ3杯 ・・・10歳
(中学生)小さじ4杯

・容器に入っている外用薬を直接手・指でとって使用してはいけない。
必ずスパチュラか小さじスプーンを使用すべし。

・虫除けの使い方
皮膚への刺激は、ディート>イカリジンの印象。
(ディート配合製品)
 6ヶ月未満は禁止
 6ヶ月〜2歳:1日1回
 2歳〜12歳未満:1日1〜3回
※ アメリカでは生後2ヶ月以降では30%以下のものなら使用可能
(イカリジン配合製品)年齢制限なし
※ 天然成分の虫除けは20分程度しか効果が持続しないことに注意。
※ 虫除けをしみこませたリストバンドは無効との報告あり。

・日焼け止めの種類
お勧めはノンケミカル製品、SPF15-20、紫外線散乱剤>紫外線吸収剤。
紫外線吸収剤の方がかぶれやすいという報告がある。
※ SPF(Sun Protection Factor)は紫外線のうちUVBをブロックする指標、
PA(Protection Grade of UVA)は紫外線のうちUVAをブロックする指標。
・・・SPFが高いとPAも高くなる傾向があるので、ふだんはSPFを参考にすればOK。

・季節によるアトピー性皮膚炎の悪化
ある調査では、夏に悪化しやすい子どもと冬に悪化しやすい子どもがほぼ同数。
運動時の汗でアトピー性皮膚炎が悪化する子どもが4割以上
汗にはマラセチア(カビの一種)が含まれており、アトピー性皮膚炎が悪化するとマラセチアに対するアレルギーを獲得することがある。すると、汗をかくとよりかゆくなりやすくなる。

・紫外線はよい?悪い?
一般に悪化するイメージが持たれているが、実は治療に応用されている。アトピー性皮膚炎の皮膚では表面まで痒みを強くする神経が伸びており、紫外線はその神経の働きを弱める可能性が指摘されている。

・入浴と入浴剤
38〜40℃が適当。熱すぎるお湯は痒みを悪化させる。
保湿効果を謳った入浴剤では十分な効果は出ないと報告されている。

・適切な湿度と加湿器
60%以上を推奨する医師もいるが、その湿度ではダニが繁殖するので単純に判断できない。加湿器に関する研究も乏しい。

・衣類の素材
綿や絹がよいとされているが、科学的根拠は乏しい。
素材よりもチクチクゴワゴワして肌を刺激するものは避け、肌触りのよい柔らかい感触のものを選ぶべし。
アトピー性皮膚炎の皮膚は軽い刺激でも強い痒みを感じやすい。

・洗剤と柔軟剤
陰イオン系洗剤を使う場合は残留洗剤を減らすべく、すすぎ回数を増やすべし。
柔軟剤も一概に悪いとはいえない。使った方が皮膚症状・自覚症状が改善したという報告もある。

・ミトンの使用
塗った軟膏がミトンととれてしまったり、皮膚を痛めてしまう可能性がある。
爪をきちんと切って、指先にワセリンをたっぷり塗ることを推奨(かゆいところに自分で塗ってくれる)。

・ステロイド外用薬を毎日塗るとだんだん効かなくなる?
→ 十分な強さの外用薬が適切な量で使用されていないケースがほとんどであるが、確かに毎日使い続けると、ステロイド受容体が減ってくることで効果が低くなる可能性も報告されている。

・ステロイド外用薬のリバウンドは、やっぱりある?
ステロイド外用薬を塗って湿疹が改善したら「徐々に」減らすことが大切。突然中止すると再度悪化することはよくあり、これは「リバウンド」ではなく治りきっていなかっただけ。
一方、長期間ステロイド外用薬を続けている患者さんが突然中止すると、急激に悪化し激烈な症状になることがあり(特に成人の顔面)、こちらは「リバウンド」といえる。

・・・ステロイド外用薬のリバウンドを正式に認めた皮膚科医の意見を初めて聞きました。

・ステロイド外用薬は皮膚を薄くする。
ステロイド外用薬は、角層のブロックの柱である線維芽細胞を少しだけ弱める。長くステロイド外用薬を使い続けることで、その柱が崩れて屋根と床がくっついてしまい、皮膚が薄くなる。
実際にIII群ステロイド外用薬を4週間毎日塗り続けると、皮膚のバリア機能を表す指標が下がってくることが報告されている。

<毎日同じ箇所に使い続けたときの安全期間>
顔・首・デリケートゾーン→ 2週間以内(全群)
その他の部位→ 2週間以内(1群)、3週間以内(II群)、4週間以内(III群)

・ステロイド外用薬の副作用に色素沈着はない。
暑い季節に直さ日光に当たると赤くなった後に“日焼け”という色素沈着が残る。
湿疹(赤く炎症を起こした状態)を治療した後に黒ずんだ皮膚になることも同じ原理。

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“麻疹ワクチンと自閉症”に関するコクランレビュー

2020年05月17日 06時44分50秒 | 予防接種
ワクチンの副反応は常に話題になる一方で、なかなか結論が出ません。
なぜでしょう?
それは、副反応とされる症状とワクチンの関係を示す科学的根拠に乏しいからです。

大抵は、「ワクチンを接種した後にこういう症状が出たから副反応だ」という主張です。
「ワクチンのこの成分が体のここに作用してこの症状が出た」という証明は皆無。
逆に「関係ないことを証明する」ことは「悪魔の証明」とも呼ばれ、こちらも難しいことで有名です。

そこで登場するのが「統計学」という学問。

例えば、新しい薬が効くかどうかを調べたいときに、その薬を飲んだ〇万人と、その薬を飲まない〇万人を設定し、ターゲットとなる症状がどうなったか調べたとします。
飲んだ人の方が飲まない人と比べて明らかに症状がよくなったひとが多い(これを統計学的に“有意差”があると表現します)場合は、この薬は“有効”と判定されます。
逆に飲んだ人と飲まない人で差がなければ、この“無効”と判断されるので認可されません。
誰も効かない薬を飲みたくありませんよね。

ワクチンの副反応でも同じように考えられます。
ワクチンを接種した〇万人と接種しない〇万人を比較して、副反応とされる症状の出現に差があるかどうかを調べ、差があれば副反応の可能性大、なければ否定的となります。

社会問題化している子宮頸がんワクチンの副反応に関しては、この調査が済んでいます。
小児科医の間で有名な名古屋スタディがそれです。
この研究は「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会愛知支部」という団体が名古屋市に調査を要望し、それを受けて行うことになったものです。そして「ワクチン接種者と被接種者の間に症状発現の差がない」→ 「副反応とされる症状はワクチンとは関係ない」という結果になりました。
つまり、子宮頸がんワクチンは安全であることが“統計学的”に証明されたのです。

子宮頸がんワクチンの副反応は世界中を見渡しても社会問題になっているのは日本くらいのようですが、より以前には「麻疹ワクチンが自閉症の原因ではないか」と英国発で全世界(主に欧米)を揺さぶったウェイクフィールド事件がありました。
その後“統計学的”に否定されたのですが、一度人の心にしみつがネガティブなイメージはなかなか払拭できず、今でも世界のあちこちでくすぶっていて、それが麻疹ワクチンの接種率低下につながり、さらにワクチンで減らせたはずの麻疹で死亡する子ども達が減らせないでいます。

この件に関して先日、目にとまった医学ニュース、
は画期的な内容でした。

“麻疹、流行性耳下腺炎(おたふく風邪)、風疹、水痘(水ぼうそう)のワクチンは極めて効果が高く、自閉症などのリスクはないことが、計2,348万668人の小児を対象とした138件の研究のレビューで明らかにされた。詳細は「Cochrane Review」4月20日オンライン版に掲載された。”

コクラン・レビューは世界最高レベルの医学誌で、現代医学のスタンダードを創り出しているといっても過言ではありません。
調査対象の数字が2000万人を越え、麻疹ワクチンが自閉症と関係ないことが明らかにされたのです。
このデータの前では、どんな反論も無意味です(科学を信じるという条件付きですが)。

人間、目の前で起きたことにとらわれるのは仕方がないことです。
しかし、それを一般化するには根拠が必要です。
科学を無視して主張すると混乱を来します。
それによって被害を被る人も出てきます。

ワクチンでの例を出せば、
「麻疹ワクチンを打つと自閉症になる」というデマに踊らされて接種を控えたために、
麻疹に罹って命を落とした子ども。
「子宮頸がんワクチンを打つといろんな副反応に悩ませる」という情報に踊らされて接種を控えたために、将来子宮頸がんを罹患して子どもを産む前に子宮を失う女性。

実際に、親の判断で子宮頸がんワクチンを受けなかった若い女性たちが、
と訴える動きも出てきています。

人間、目の前の出来事にとらわれがちですが、
一般化するためには、それによる影響を受ける人たちにも思いをはせることも必要かと。

マスコミも騒ぎ立てるだけではなく、
よりよく生きるための正しい情報提供をしていただけたらと思います。
日本国民のほとんどが「子宮頸がんワクチンの怖い副反応」は知っていても「名古屋スタディ」は知らないでしょ。

<参考>
Vaccines for measles, mumps, rubella, and varicella in children.
JournalThe Cochrane database of systematic reviews. 2020 04 20;4;CD004407. doi: 10.1002/14651858.CD004407.pub4.AuthorCarlo Di Pietrantonj, Alessandro Rivetti, Pasquale Marchione, Maria Grazia Debalini, Vittorio DemicheliAbstract
BACKGROUND : Measles, mumps, rubella, and varicella (chickenpox) are serious diseases that can lead to serious complications, disability, and death. However, public debate over the safety of the trivalent MMR vaccine and the resultant drop in vaccination coverage in several countries persists, despite its almost universal use and accepted effectiveness. This is an update of a review published in 2005 and updated in 2012.

OBJECTIVES : To assess the effectiveness, safety, and long- and short-term adverse effects associated with the trivalent vaccine, containing measles, rubella, mumps strains (MMR), or concurrent administration of MMR vaccine and varicella vaccine (MMR+V), or tetravalent vaccine containing measles, rubella, mumps, and varicella strains (MMRV), given to children aged up to 15 years.

SEARCH METHODS : We searched the Cochrane Central Register of Controlled Trials (CENTRAL) (the Cochrane Library 2019, Issue 5), which includes the Cochrane Acute Respiratory Infections Group's Specialised Register, MEDLINE (1966 to 2 May 2019), Embase (1974 to 2 May 2019), the WHO International Clinical Trials Registry Platform (2 May 2019), and ClinicalTrials.gov (2 May 2019).

SELECTION CRITERIA : We included randomised controlled trials (RCTs), controlled clinical trials (CCTs), prospective and retrospective cohort studies (PCS/RCS), case-control studies (CCS), interrupted time-series (ITS) studies, case cross-over (CCO) studies, case-only ecological method (COEM) studies, self-controlled case series (SCCS) studies, person-time cohort (PTC) studies, and case-coverage design/screening methods (CCD/SM) studies, assessing any combined MMR or MMRV / MMR+V vaccine given in any dose, preparation or time schedule compared with no intervention or placebo, on healthy children up to 15 years of age.

DATA COLLECTION AND ANALYSIS : Two review authors independently extracted data and assessed the methodological quality of the included studies. We grouped studies for quantitative analysis according to study design, vaccine type (MMR, MMRV, MMR+V), virus strain, and study settings. Outcomes of interest were cases of measles, mumps, rubella, and varicella, and harms. Certainty of evidence of was rated using GRADE.

MAIN RESULTS : We included 138 studies (23,480,668 participants). Fifty-one studies (10,248,159 children) assessed vaccine effectiveness and 87 studies (13,232,509 children) assessed the association between vaccines and a variety of harms. We included 74 new studies to this 2019 version of the review. Effectiveness Vaccine effectiveness in preventing measles was 95% after one dose (relative risk (RR) 0.05, 95% CI 0.02 to 0.13; 7 cohort studies; 12,039 children; moderate certainty evidence) and 96% after two doses (RR 0.04, 95% CI 0.01 to 0.28; 5 cohort studies; 21,604 children; moderate certainty evidence). The effectiveness in preventing cases among household contacts or preventing transmission to others the children were in contact with after one dose was 81% (RR 0.19, 95% CI 0.04 to 0.89; 3 cohort studies; 151 children; low certainty evidence), after two doses 85% (RR 0.15, 95% CI 0.03 to 0.75; 3 cohort studies; 378 children; low certainty evidence), and after three doses was 96% (RR 0.04, 95% CI 0.01 to 0.23; 2 cohort studies; 151 children; low certainty evidence). The effectiveness (at least one dose) in preventing measles after exposure (post-exposure prophylaxis) was 74% (RR 0.26, 95% CI 0.14 to 0.50; 2 cohort studies; 283 children; low certainty evidence). The effectiveness of Jeryl Lynn containing MMR vaccine in preventing mumps was 72% after one dose (RR 0.24, 95% CI 0.08 to 0.76; 6 cohort studies; 9915 children; moderate certainty evidence), 86% after two doses (RR 0.12, 95% CI 0.04 to 0.35; 5 cohort studies; 7792 children; moderate certainty evidence). Effectiveness in preventing cases among household contacts was 74% (RR 0.26, 95% CI 0.13 to 0.49; 3 cohort studies; 1036 children; moderate certainty evidence). Vaccine effectiveness against rubella is 89% (RR 0.11, 95% CI 0.03 to 0.42; 1 cohort study; 1621 children; moderate certainty evidence). Vaccine effectiveness against varicella (any severity) after two doses in children aged 11 to 22 months is 95% in a 10 years follow-up (rate ratio (rr) 0.05, 95% CI 0.03 to 0.08; 1 RCT; 2279 children; high certainty evidence). Safety There is evidence supporting an association between aseptic meningitis and MMR vaccines containing Urabe and Leningrad-Zagreb mumps strains, but no evidence supporting this association for MMR vaccines containing Jeryl Lynn mumps strains (rr 1.30, 95% CI 0.66 to 2.56; low certainty evidence). The analyses provide evidence supporting an association between MMR/MMR+V/MMRV vaccines (Jeryl Lynn strain) and febrile seizures. Febrile seizures normally occur in 2% to 4% of healthy children at least once before the age of 5. The attributable risk febrile seizures vaccine-induced is estimated to be from 1 per 1700 to 1 per 1150 administered doses. The analyses provide evidence supporting an association between MMR vaccination and idiopathic thrombocytopaenic purpura (ITP). However, the risk of ITP after vaccination is smaller than after natural infection with these viruses. Natural infection of ITP occur in 5 cases per 100,000 (1 case per 20,000) per year. The attributable risk is estimated about 1 case of ITP per 40,000 administered MMR doses. There is no evidence of an association between MMR immunisation and encephalitis or encephalopathy (rate ratio 0.90, 95% CI 0.50 to 1.61; 2 observational studies; 1,071,088 children; low certainty evidence), and autistic spectrum disorders (rate ratio 0.93, 95% CI 0.85 to 1.01; 2 observational studies; 1,194,764 children; moderate certainty). There is insufficient evidence to determine the association between MMR immunisation and inflammatory bowel disease (odds ratio 1.42, 95% CI 0.93 to 2.16; 3 observational studies; 409 cases and 1416 controls; moderate certainty evidence). Additionally, there is no evidence supporting an association between MMR immunisation and cognitive delay, type 1 diabetes, asthma, dermatitis/eczema, hay fever, leukaemia, multiple sclerosis, gait disturbance, and bacterial or viral infections.

AUTHORS' CONCLUSIONS : Existing evidence on the safety and effectiveness of MMR/MMRV vaccines support their use for mass immunisation. Campaigns aimed at global eradication should assess epidemiological and socioeconomic situations of the countries as well as the capacity to achieve high vaccination coverage. More evidence is needed to assess whether the protective effect of MMR/MMRV could wane with time since immunisation.

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狩猟採集民族の食生活と腸内細菌

2020年05月16日 06時55分33秒 | 予防接種
録画してあった、
(2020年2月2日放送、日本テレビ)
を見たところ、大変興味深い内容だったのでメモしておきます。

取材対象はアフリカはタンザニアのハッザ。
グローバル化した現在でも、昔ながらの狩猟採集生活を続けています。

その民族の男女5人ずつのウンチを日本に持ち帰り、理化学研究所のウンチ博士辨野先生に腸内細菌を分析してもらいました。

すると、いわゆる善玉菌の代表であるビフィズス菌はほとんどいませんでした。
では腸内細菌叢が悪いかというと、そういうわけでもなく、
体によい「酪酸」を産生する菌がたくさんあってビフィズス菌の代わりをしているとのこと。

また、腸内細菌叢の健康度は、腸内細菌の種類の多さで表現されるそうなのですが、
その指標が現代日本人よりも高く、優等生レベル。

“タンザニアの狩猟採集民族・ハッザの便の解析結果を見た理化学研究所の辨野さんは、ビフィズス菌がとても少ないと驚いた。ビフィズス菌は免疫力を高める効果があるとされる善玉菌、数が増えることで悪い働きをする悪玉菌が減少すると考えられている。日本人の平均が5~10%近くなのに対して、ハッザは10人中8人が0.1%未満で、最高でも1.23%だった。ビフィズス菌は乳製品や豆類の摂取で増加するが、ハッシュはそれらを食べていなかった。ハッザはビフィズス菌の少なさを腸内細菌の多様性で補っていた。ハッザは食物繊維を多く摂取するため、免疫系に作用し炎症やアレルギーを抑える“酪酸”を作り出す善玉菌を持っていると考えられる。調査の結果、ハッザの腸内環境は素晴らしいことが判明した。”

驚いたことに、取材班の男性がハッザと飲食を共にした1週間の前と後でウンチを調べたら、
その指標が正常下限から正常上限を上回り健康になったことが確認されました。

そして一番の興味は、ハッザが何を食べているか?
狩猟採集生活というと、獣の肉中心と考えがちですが、それは思い込み。
弓矢による狩りが毎回成功するとは限らず、
その場合は野生のイモやトウモロコシに加えて様々な木の実を食べていました。
むしろこちらが日常かもしれない。
バオバブの実も食べていた!
蜂蜜とか蜂の子も当たり前のようにバクバク。
中でもトウモロコシの粉をお湯で練った「ウガリ」は主食という位置づけ。

狩猟採集民族でも穀類を主食にしていることは意外であり、驚きました。
比率にすると、肉が30%、イモと木の実が70%とのこと。
私としては、「蛋白質・脂質・炭水化物」の比率も知りたかったのですが、
残念ながら、そこまでの突っ込みはありませんでした。

この方面の研究が進んで、
「人間にとって最適の食生活とはどんなものか?」
がわかってくるといいですね。

糖質制限の提唱者である江部康二先生は、その著書の中で、
「食生活を1000年遡ったら玄米食にたどり着いた」
「食生活を10000年遡ったら炭水化物制限にたどり着いた」
と書いていますが、狩猟採集生活でも炭水化物を食べていない訳ではない、とこの番組を見て知りました。
もしかしたら、炭水化物摂取を限りなくゼロに減らすのは不自然なのかもしれない。
難治性てんかんの治療食として昔から「ケトン食」がありますが、治療的・例外的という位置づけの方が適当かもしれない。
江部先生の意見を聞きたいところです。

<参考>
・「狩猟採集民の腸内細菌 Gut bacteria of human hunter-gatherers」(Nature Communications,2014年4月16日) 
→ 番組と同じくハツァの便を分析した論文。取材はこれをネタにしたのかな?

・「狩猟採集民から古代の腸内細菌が見つかる」〜炭水化物の消化を助け、繊維質を分解する種と近縁
(2015.4.1 ナショナル・ジオグラフィック)
→ こちらは南米のアマゾン流域で狩猟採集生活をしているマツェス族の腸内細菌叢を調査した報告。
特徴として「トレポネーマ属」の細菌が多く発見され、これは梅毒などの病気の原因になる一方で、ブタ、ウシ、シロアリなどが持つ、炭水化物の消化を助け、繊維質を分解する種と近い関係らしい。
評価は微妙だけど、昔は食物繊維を分解する役割を担っていたトレポネーマが、食生活の変化によりその役割を終了して減少し、今はまれな存在隣、病気を起こす細菌と認識されるに至る、といったところでしょうか。
彼らの食生活は「ジャガイモのような塊茎、プランテーン(バナナの一種)を主食にしており、その他、魚、サル、ナマケモノ、ワニなど、ジャングルに住む動物のタンパク質を摂取」しているとのこと。
ムムッ、ここでも炭水化物が主食になっている!




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