小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

医師偏在対策としての「開業規制」〜ドイツと日本〜

2025年01月18日 09時21分53秒 | 医療問題
都市部と地方の医師偏在を政治力で強引に行おうとする厚生労働省と、
「自由開業」が補償されてきた歴史を重視する日本医師会の綱引きは、
昔から行われてきてきました。

日本の厚労省はイギリス型のかかりつけ医制度を目指してきましたが、
紹介する記事ではドイツと比較しています。
いろいろな問題に悩みながらも、日本よりは進んだ制度になっている様子。

海外の医療制度と比較検討することにより、
よりよい精度になることを期待したいですね。


▢ 開業規制を導入したドイツで起きたこと医師偏在対策、ドイツの取り組み(前編)
吉田 恵子(独日通訳・青森県立保健大学大学院非常勤講師)
2025/01/17:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 日本では2024年末に「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」(以下、総合的な対策パッケージ)が策定され、今後は、国を挙げて医師の地域偏在や診療科偏在の是正に乗り出すことになった。一方、先んじてドイツではかねてより都市部などで外来診療所の開業規制を行っており、日本のパッケージで示されたメニューと比べると、縛りはずっと厳しい。こうした規制はどれほどの効果を上げているのか。また見えてきた限界は。ドイツ在住の医療ジャーナリスト、吉田恵子氏がリポートする。
 ドイツでは、医師・患者の高齢化や、医師の都会・病院・専門医志向、パート勤務の増加により、過疎地を中心に外来医※1、特に地域医療の要である家庭医の不足が深刻だ。地域・診療科偏在に対し、ドイツでは医師配置計画や経済的インセンティブを用いた対策が行われてきた。

※1:ドイツの外来医療は伝統的に、開業家庭医と、それ以外の開業専門医により提供されてきた。近年増加している外来医療機関の勤務医も、後述の「需要計画」においては開業医同様にカウントされる。本稿では特に言及しない限りは、外来医とは開業医と外来医療機関の勤務医を意味する。

 過疎地での医師不足が深刻化する日本でも、2024年末に総合的な対策パッケージが策定され、今後は、外来医師過多区域での「規制的手法」や、重点医師偏在対策支援区域での「経済的インセンティブ等」による複合的な対策に乗り出した(関連記事)。本稿では前編として、日本の規制的手法に当たるドイツでの医師配置計画、いわゆる開業規制について紹介する。加えて、不足が深刻化する家庭医のイメージ・地位の格上げによる確保策も見ていく。後編では、家庭医不足地区における経済的、またそれ以外のインセンティブ、さらには働き方の変化についてまとめる。

 ちなみに、ドイツでは入院医療と外来医療が明確に区別され、前者は病院、後者は診療所が担当する。診療所が病床を持つことはなく、病院も原則外来を持たない※2。病院勤務医には配置計画はなく、各病院は不足すると外国から医師をリクルートするなどして補っている。家庭医診療所は病院よりアクセスの悪い場所にも配置されており、こうした所では医師の確保はことさら難しい。また、外来医療においてはこれまで1人医師の診療所が中心であった。開業資金を払い、へき地の小さな診療所を承継しようとする医師は外国はもちろん国内にもほとんどおらず、家庭医の地域偏在につながっている。本稿で扱う規制は、外来医療機関を対象とし、特にへき地での医療供給の最後のとりでとなる家庭医診療所にフォーカスを当てる。

※2:現在ドイツでは病院改革が行われている。病院も外来を提供することが可能になる見込みだ。

▶ 需要に応じて地域別に各診療科の医師数を設定
 ドイツには需要計画という外来医配置計画に基づき、全国に17ある公的医療保険適用外来医の団体「保険医協会(Kassenärztliche Vereinigung )」が開業の許可・規制を行っている。需要計画は1990年代前半から都市部などでの外来医数の抑制対策として用いられてきた。具体的には、計画地区内の診療科別医師供給度※3が110%を超えると過多とし、原則その診療科の新規開業を認めない。ただし、既存診療所の承継はできたので、偏在のさらなる悪化は防げたが、問題の解消にはならなかった。

※3:診療科別の医師1人に対する理想的な住民数と、医師1人に対する実際の住民数との比率(ただし年齢構造などで調整)を供給度と呼び、実際の医師数が目標医師数と同じであれば100%となる。110%は医師が過剰にいることを示す(公的医療保険中央連合会)。

 医師過多地区での診療所承継にもルールがある。承継は、既存開業医の開業権の返却、および地域の保険医協会と保険者からなる委員会において「承継が必要である」と判断されることで可能になる。後継者は同じ分野の専門医資格者から公募され、最終的には委員会が法定基準に基づき選ぶ。医師としての活動年数や、医師不足地で連続5年以上保険医(外来医)として働いた経験などが考慮される。家族であることも考慮されるが、継げる保証はないという。選ばれ開業権を得た者は前任者から診療所を買う。
 2012年には全国あまねく住居の近くで医療が受けられるようにと、需要計画改革を行い、配置ルールが主に以下のように改められた(連邦保険医協会Bedarfsplanung)。

▶ ドイツにおける需要計画(外来医配置計画)の概要
・全診療科を医療ニーズに応じ4レベルに分類。ニーズに応じて計画地区を細分化し、地区ごとの目標医師数を定めた。
・最も医療ニーズが高いと位置付けられるのが家庭医。それまでは郡・市単位で計画配置されていたが、結果として広い郡の中心部に医師が集中してしまった。そこで郡を2、3に分け(市の場合は分割されず1地区とされたままが多い)、計画地区を全国372から883へ増やした(図1)。
・次にニーズが高い一般的専門医(小児科、婦人科、眼科、外科など)は全国を郡・市レベルで372地区に、その次の特別専門医(放射線科医、専門内科医など)は96地区、最も特殊な専門医(核医学医、病理医など)は州レベルの17地区に分けて計画地区とした。
家庭医1人当たりの住民数の目安を、全国一律1671人とした。これは他のどの診療科よりも少なく、結果的に家庭医の目標配置数は他専門医より大幅に多い。例えば、一般的専門医の外科1人当たりの住民数は2万6230〜4万7479人、特別専門医の放射線科医は4万9095人、特殊な専門医の核医学医は11万8468人とした。これらの値に基づき計画地区ごとの目標医師数を定める。目標医師数と実際の医師数を基に、計画地区内の「診療科別医師供給度」を算出する。なお、医師1人当たりの住民数や区割りは、その後も、地域の実情に応じて都度修正されている。
・・・
 2015年には、開業規制を強化し、供給度140%を超えた地区では原則、承継も不可とした。ただ、医師数は基本的に退職者に応じて減るしかないため、即効性はない。例えば家庭医の供給度が140%以上だったのは、2014年に8地区あった(Klose/ Rehbein)が、2023年もまだ4地区残っていた。婦人科では計画地区の2割が140%を上回っていた(連邦保険医協会の統計に基づき著者計算)。
 保険医協会によると、需要計画には人気地区で開業できない医師を定員に余裕のある地区に分散する効果はあるという。また、診療科間の数の均衡を専門医教育中に調整する効果もあるようだ。例えばある医師から、「当初は消化器内科を専門にしていたが、専門教育中に需要が高い家庭医に転向した」という話を聞いたことがある。
 需要計画を中心とした医師偏在対策によって、国民の89%が自家用車で5分以内で家庭医を受診できる状態を実現している(連邦政府)。だが、保険医協会によれば、この分散効果も過疎地には及びにくい。医師にとっては、病院勤務や都市部周辺での開業といった選択肢が残されているからだ。過疎地へは、これらの選択肢に劣らないインセンティブを用意して医師を誘致するしかないという。こうした話は後編で紹介する。
 日本における規制的手法(総合的な対策パッケージでは「地域の医療機関の支え合いの仕組み」と表現)では、外来医師過多区域において「新規開業を希望する医療機関に『地域で必要な医療機能』を提供するよう要請を行い、応じなかった場合に勧告および公表を行う」こととなっている。開業を禁じているわけではなく、承継には制限がないため、ドイツと比べると緩い規制である。中長期的に見ても、このままでは都市部の医師はほとんど減らないのではないだろうか。総合的な対策パッケージでは施行後5年をめどに効果検証し、十分な効果が得られなければ、さらなる対策を講じる方針が示されており、ドイツのようなより厳しい開業規制、承継規制、診療科偏在対策が議論される可能性はある。
 過疎地への医師分散については、ドイツ同様、規制的手法だけでは効果を示さないだろう。日本でも大学病院(医局)からの派遣などで不足地を補う従来の手法に加えて、不足地への医師誘導には強力なインセンティブが必要になりそうである。
 ただ、日本も医師偏在対策を行うために、各区域における医師数の過不足の実態把握に本腰を入れ始めたということは注目すべきである。日本とドイツとでは医療の機能分化の形が異なるため、全く同じ形式にはならなそうだが、不足・過多を早期に発見し策を打つために、ドイツのように診療科ごとや、狭い地区単位で医師の所在地が詳細に把握され、「目標医師数」と比較されるような未来も近いと見られる。

▶ 診療科偏在解消─家庭医の格上げとその効果
 地域偏在の解消のため、特に過疎地へ医師を分散させるためには、ドイツにおいても強力なインセンティブが欠かせないというのは、先ほど触れた通りだ(詳細は後編で述べる)。
 では、診療科偏在ではどうか。日本の総合的な対策パッケージでは、病院の外科医不足について触れられているが、それほど踏み込んだ記載はない。一方、ドイツでは家庭医の絶対数が不足していたため、イメージ・地位の格上げによる確保策を講じてきた。
 ドイツは開業医と外来医療機関の勤務医が外来医療を、その中で家庭医がプライマリ・ケアを担う。現役医師42万8500人のうち15万3700人が公的保険適用外来医であり、そのうち5万5300人が家庭医である(連邦保険医協会2023)。
 家庭医とは、総合医療の専門医だ。総合医療の範囲内であれば最初の窓口として自ら患者を診療し、範囲外の診療が必要と判断すれば適切な外来専門医への受診、または入院・リハビリテーションを指示する。英国のような登録制ではないが、国民の9割以上は自らかかりつけ家庭医を決めている(Frankfurter Institut der Allgemeinmedizin)。
 ドイツでは現在、専門医の資格保有者しか公的医療保険適用医として開業できないが、以前は専門医教育を終えていない医師も開業し、家庭医役を果たしていた※4。しかし、医療の専門化が進むとともに、低い地位・報酬に甘んじざるを得ず、家庭医の成り手は減っていった※5。その上、若い医師は、開業資金がかかり時間的拘束も多い開業医を避ける傾向がある。こうして過疎地を中心とした家庭医不足は10年以上前から予測され、需要計画による適正配置や各種インセンティブのほか、家庭医の地位やイメージ向上、労働条件などの改善が行われてきた。

※4:ドイツでは国民の約9割が公的医療保険、1割が民間医療保険に加入している。本稿は公的医療保険制度のみを対象として書かれている。
※5:家庭医数は1999年は5万9000人だったが、その後5万4000人まで減少した。現在は5万5000人程度である(AOK)。頭数はそれほど減っていないが、高齢化とパート勤務医師の増加により、不足度は増している。


 その一方で近年、慢性疾患や健康管理ができる総合医療の専門医が国内外で重要視されるようになった。こうして2003年、総合医療専門医資格が家庭医の開業要件となり、家庭医が専門医に格上げされた(独家庭医協会 2020)。
 アカデミック化も進み、総合医療講座を新設する医学部が増えた。病院だけでなく家庭医診療所での実習も必修科目になり、医学生が家庭医療を体験する機会がつくられた。
 処遇も改善されつつあり、他の専門医の平均に比べ低かった公的保険からの報酬合計額は、今では平均を若干上回っている(連邦保険医協会 Praxisnachrichten)※6。

※6:公的保険適用の診療行為および診療報酬体系は診療科ごとに異なり、外来医診療報酬合計額の平均値は診療科間で差がある。開業医の報酬は通常、公的医療保険からの診療報酬を主体に、民間医療保険や自由診療などからの報酬が加わる。

 教育体制の充実や処遇改善など格上げ努力の結果、まだ十分ではないが総合医療専門医の認定数は再び増え出し、減っていた家庭医数は横ばい・微増傾向にある(連邦医師会)。
 日本では過疎地で1次・2次救急、かかりつけ医を担えるような総合診療医の不足が深刻化している。専門医の育成も徐々に進んでいるようだが、ドイツの例のように地位やイメージ向上、処遇改善などを思い切って行わないと、不足を埋め合わせることはできないのではないか。また、外科医についても、日本が示す施策のように機能集約をした上で、診療報酬改定などによって病院に収益をもたらせる存在にしていくといった検討が必要だろう。

【引用・参考文献】
・吉田恵子 ドイツ過疎地での家庭医確保策. 社会保険旬報 2024;2943:16-22.
・厚生労働省「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」
・Bundesärztekammer 連邦医師会. 医師統計(2023)
・KBV 連邦保険医協会. Bedarfsplanung(需要計画)
・Klose J , Rehbein I. Ärzteatlas: Daten zur Versorgungsdichte von Vertragsärzten. Berlin: Wissenschaftliches Institut der AOK.(2016)
・Bundesregierung 連邦政府. Deutschlandatlas. Erreichbarkeit von Hausärzten: 99 Prozent brauchen mit dem Pkw längstens 10 Minuten.
・Goethe-Universität Frankfurt Frankfurter Institut der Allgemeinmedizin.
・Deutscher Hausärzteverband独家庭医協会 (2020)60 Jahre Deutscher Hausärzteverband e.V.
・KBV 連邦保険医協会. Praxisnachrichten.
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鉄欠乏性貧血 アップデート2025

2025年01月16日 20時14分49秒 | 医療問題
世間でも医療界でも鉄欠乏性貧血でザワついています。
テレビでは多くの体調不良の原因として取りあげられることが増え、
医療界ではまだ貧血になっていない鉄欠乏状態でも治療対象にしようという動きがあります。

それらの情報を、私は一理あるとは思いつつ、すべて信じ込んでいいのかどうか、躊躇しています。

漢方医学では「身体に合う、体が必要とする食べ物は美味しく感じる」という口訣(クリニックパール)があります。
しかし鉄欠乏の患者さんに鉄剤を処方しても「胃がもたれて飲めません」という方が多いのが現実。

これはどういうことなのでしょう?

という意見もあります。

鉄を巡る医療の変遷を、注意深く見守り続けたいと思います。


▢ 鉄剤処方や検査・問診のポイント~「鉄欠乏性貧血の診療指針」発刊
2024/12/25:ケアネット)より一部抜粋(下線は私が引きました);
 
 貧血の7割を占めるといわれる鉄欠乏性貧血。これに関し『鉄欠乏性貧血の診療指針』が2024年7月に発刊された。これまでに「鉄剤の適正使用による貧血治療指針」が2004年から2015年にわたり3回発刊されてきたが、近年では高用量の静注鉄剤をはじめとした新たな鉄剤が普及しつつあることから、鉄欠乏性貧血の診療の改訂が必要と判断され、このたび、タイトルを刷新して発刊に至った。そこで今回、診療指針作成のためのワーキンググループのメンバーである生田 克哉氏(北海道赤十字血液センター)に鉄欠乏性貧血を診断、治療するうえで知っておくべきポイントなどを聞いた。・・・
 本書は以下のように、3つの章と補遺で構成されている。

第I章  鉄代謝に関する総論
第II章  鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の診断指針
第III章 鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の治療指針
補遺  1. 貯血式自己血輸血における自己血貯血
    2. 鉄代謝異常症の遺伝的素因について

▶ 鉄欠乏が進む患者層、現代ならではの問題
 まず、第I章では、鉄の生理作用、人体内での鉄イオンの存在様式、鉄代謝制御の概要などが最新の研究結果を基に見直されており、生田氏によると「鉄代謝全般に関して基礎知識を学びたい先生にも有用となる仕上がりとなっている」という。
 続いて第II章では、貧血に関する疫学が示されており(p.18表II-1-1、p.19図II-1-1)、女性の場合は高齢者に続き30~40代の貧血の割合が高いことが示されている。これについては、「晩婚化によって生涯の月経回数が増えていることが一因と考えられる。患者には時代に応じた薬物治療や栄養学的実践の指導を行う必要があるため、30~40代の貧血を診断した際には、上記の説明を加えて、鉄の重要性について意識を持っていただけるようにしてほしい」と述べた。
 鉄欠乏性貧血の原因の項目(p.24)では、トピックスとして「悪性貧血と鉄欠乏性貧血」が記されているが、一言で貧血と言っても鉄欠乏・鉄欠乏性なのか否かの判断がその後の治療にも大きく左右するため、非常に重要である。
 たとえば、慢性炎症に伴う貧血と鉄欠乏性貧血を判別するうえでは、検査値としてヘモグロビン(Hb)値:低、平均赤血球容積(MCV)値:低、血清鉄を確認されるだろう。ところが、血液中の鉄量はどちらも減少している状態のため、いずれの検査値も両者とも同じ動向を示してしまう。鉄欠乏性貧血を鑑別する際には、鉄の体内蓄積の指標である血清フェリチンが低いかどうかをしっかり確認してもらいたい」と同氏は強調し、「不飽和鉄結合能(UIBC)を測定することで総鉄結合能(TIBC)にも違いが見られ、さらなる鑑別になる」とも説明した。
 ただし問題点として、血清フェリチンが炎症の影響で上昇してしまい、本当に鉄が不足しているのかわからないことがある。病態生理的に慢性炎症に伴う貧血はヘプシジンの測定が鑑別に有用であるが、現時点では保険適用はないため、現状はさまざまな病態や検査マーカーを組み合わせて判断してほしい。
 なお、微量元素の銅や亜鉛も臨床症状によって過不足の判断が難しい項目であるが、貧血の原因となっている場合があるため、貧血の原因が特定できない時には微量元素の測定も推奨していきたい(p.33)」と話した。

▶ 鉄剤の処方時にうっかりしやすいこと
 鉄剤を処方する前に確認しておくべき第III章は、治療方針、鉄剤による治療開始前に患者へ説明しておくべき事項、治療薬の種類、治療効果や鉄剤が効かなかった場合の対応方法について網羅されており、新薬である経口剤のクエン酸第二鉄水和物錠(商品名:リオナ)、注射剤のカルボキシマルトース第二鉄(同:フェインジェクト)やデルイソマルトース第二鉄(同:モノヴァー)の製品特徴に触れている。「新薬については、発売の経緯や特徴がわかりやすくなるよう意識して構成し、本邦における各薬剤の臨床試験については、コラムで紹介する形にして読みやすさを考慮した」と説明した。
 さらに、鉄剤の処方時の注意点については、「たとえば循環器領域において、『静注鉄剤の入院率や入院期間への有用性に関する論文』が海外で報告されているが、この研究対象は鉄欠乏ではあるが貧血患者ではない。日本での鉄剤の保険適用はあくまで“貧血がある場合”に限るため、鉄剤を処方する際には鉄欠乏性貧血の診断基準を満たすかどうかを確認する必要がある」と指摘した。なお、実際の投与量や切り替えタイミング、どのような場面での処方が適切なのかは、今後、実臨床からの声をくみ上げて検証・反映させていく予定だという。
 このほか、領域別(腎臓内科、消化器内科、産婦人科、小児科)の鉄剤使用法を示している点が本章の特徴である。

▶ 鉄欠乏性貧血を問診で疑う際、注意したい症状
 問診時の注意点として、同氏は「軽い貧血でもおざなりな対応をせず、鉄剤服用後のモニタリング(たとえば、3ヵ月に1回の通院時で血算以外に血清フェリチンを確認)を行い、鉄剤を漫然投与せず、必要に応じて中断し経過観察することも重要」とし、「鉄欠乏性貧血患者が問診時に訴える症状として、氷をガリガリ食べる異食症が散見される。また、脚のつりむずむず脚症候群に関しても患者本人からの訴えはないものの、問診してみると症状を有している場合があるため、治療モニタリングのためにもこれらの症状がカギとなることを理解しておいてほしい」と症状を探るポイントを説明した。
 さらに、鉄欠乏性貧血患者の特徴として「自覚症状や特異的症状がないことも多いため、だるさ(倦怠感)があったり、自律神経失調症と診断されたりした方はHb値に問題なくても実は…という場合がある。気象病月経前不快気分障害などを自覚する方には鉄欠乏性貧血を疑い、実際に鉄欠乏性貧血を認めた場合には、軽度の貧血であっても鉄剤を処方すると患者さんが見違えるくらい元気になることがある」とコメントした。

▶ 改訂に至った経緯
 最後に、生田氏は改訂の背景について「鉄代謝に関しての新たな知見は集積しているが、鉄欠乏性貧血に関する目立った研究的視点が加わっていなかったため、なかなか改訂に至らなかった。しかし、近年に新たな経口鉄剤や静注鉄剤が登場したことで、今後の鉄欠乏性貧血の診療もそれらを見据えたうえで方針を決定する必要があることから、第3版では対応しきれなくなった」とし、「今回の改訂ではMinds方式を取ることができなかったが、項目立てからしっかり見直し、各領域の専門家が独立して執筆を担当していた第3版に対して、本書はワーキンググループ全体で見解を統一させた。ありふれた疾患であるゆえ、新たな知見が出そろわない、海外でも高いエビデンスを持って適切な治療の推奨ができない、各国で使用する鉄剤が異なるなどの要因がありMinds方式が取りづらく従来の方式を踏襲した」とガイドラインではなく指針に留まった旨についても説明し、「ぜひ、日常診療で本書を役立ててもらいたい」と締めくくった。

<参考文献・参考サイト>
・日本鉄バイオサイエンス学会編. 鉄欠乏性貧血の診療指針. フジメディカル出版;2024.
・日本鉄バイオサイエンス学会:「鉄欠乏性貧血の診療指針 第1版」の刊行について

・・・ちなみに漢方では貧血を「血虚」という概念で捉えます。
血虚の症状は以下の通り(寺澤の“血虚”スコア)です。
一部共通する症状がありますね。

・集中力低下
・不眠/睡眠障害
・眼精疲労
・めまい感
・こむらがえり
・過少月経、月経不順
・顔色不良
・頭髪が抜けやすい
・皮膚の乾燥と荒れ、あかぎれ
・爪の異常:爪がもろい、爪がひび割れる、爪床部の皮膚が荒れてサ サクレるなどの症状
・知覚異常:ピリピリ、ズーズーなどのしびれ感、ひと皮被った感じ、知覚低下など
・腹直筋急痙

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カスハラ患者は診療拒否できる?

2024年12月08日 13時40分30秒 | 医療問題
医療現場では年々、“カスハラ”が増えて話題になっています。

当院でも経験があります。
・時間外に来て「診てくれるまで帰らない」と座り込む。
・受付で大声で怒鳴り、周囲が萎縮。
等々。

また、ネット上の口コミは匿名であることを利用して、
悪口を書き込む方もいらっしゃいます。

まあ、こちらの言葉が足らないとか、
説明しても理解してもらえなかったとかの要素も無きにしも非ずですが・・・。
大抵、「自分の希望通りの診療が受けられなければ逆上する」タイプと感じています。

例えば、「食物アレルギーの検査をしてください」という患者さんはやっかいです。
なぜかというと、「検査だけでは食物アレルギーかどうか判断しにくい」という事情があり、
それを説明して理解してもらうのが大変だから。

「ある特定の食物を食べると毎回、同じ症状が同じ経過で発症する」
これが食物アレルギーです。
症状が出たり出なかったりは違います。

そして現行のアレルギー検査は感度・精度が不十分なため、
陽性に出ても食べて無症状のこともあり、
陰性に出ても食べると症状が出ることもあります。

近年はアレルゲンコンポーネントを利用することにより、
一部の食物では検査の精度が上がってきましたが、
まだすべての食物に対してできるわけではありません。

・・・以上のようなことを説明するのですが、
複雑なので理解不十分な患者さんが、
「どうしてやってくれないんですか!」
と怒ったり、泣いたりするのです。
この“泣いたり”の場合は大抵、
保育園から検査の指示が出て板挟みになっている例が多いですね。
保育園側の知識レベルも問題で、啓蒙が必要です。

さて、カスハラ患者を診療拒否できるか?
と言う記事が目に留まりましたので読んでみました。

う〜ん、微妙ですねえ。
迷惑行為で困る患者も「緊急性あり」「他院で診療不能」であれば拒否できないとのこと。
その二つを満たしていない場合、正当な理由(診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合)があれば、その時点で初めて診療拒否ができるとのこと。
信頼関係ですか・・・
ネット上に悪い口コミを書いて当院を信頼していないのに、
また来院した場合は、拒否していいってこと?

以前、こどもの喉を観察する際に、
私の顔につばを吐かれたことがありました。
コロナ以前のことです。
そうとう、イヤだったんでしょうねえ。
お母さんもばつが悪かったのかしばらく来院しなかったのですが、
ほとぼりが冷めたらまた通院しています。
迷惑行為ではあるけど、信頼関係はなくなっていない・・・かな。

<ポイント>
・医師法19条1項は診療義務(応招義務)について定めており、「正当な事由」がある場合に限り、診療拒否ができる、としている。
・患者の迷惑行為が「正当な事由」に該当するかについては、厚生労働省が通知を出している(「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」、令和元年12月25日医政発1225第4号)。
・前項によると、迷惑行為の態様に照らし、「診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合(※)には、新たな診療を行わないことが正当化される」とされている。
※ 例)「診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等」が挙げられている。ただし、緊急対応が必要な場合は除かれており、緊急対応が必要な例として「病状の深刻な救急患者等」が挙げられている。
・診療拒否をした場合に損害賠償責任が認められるかどうかについても同様の判断基準が用いられている。具体的には、
(1)信頼関係が喪失しているかどうかという正当性があること、
(2)緊急で診療を行う必要性がないこと、
(3)他の医療機関による診療可能性があること。
──が判断基準となっている。
・問題はやはり(1)の証明。どんな迷惑行為があったのかも具体的に医療記録に記載しておく。その際「暴言」と記載するだけではなく、何を言われたのかを具体的に記録する。また「大声」とだけ記載するのではなく、例えば「廊下に響きわたるほどの大声」など、声の程度が分かるよう詳細な記載も証明に役立つ。


▢ 医療現場のカスハラ、診療拒否できるのはどんなケース?
桑原 博道 福田 梨沙(仁邦法律事務所)
2024/12/03:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 東京都で2024年10月、全国初のカスタマーハラスメント防止条例が成立しました(2025年4月に施行)。もっとも同条例には迷惑行為を行ったカスタマー(顧客)に対する罰則はなく、実効性の確保が課題となりそうです。
 カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)には、医療現場も苦しんできました。特に医療現場では診療義務(応招義務)が課せられており(医師法19条1項)、カスハラ対策として「迷惑患者の診療拒否はできるのか」が問題となっています。そこで迷惑患者に対する診療拒否が問題となった最近の裁判例を挙げ、どういう場合に診療拒否ができるのかを考えてみたいと思います。

【事例1】救急搬送されてきた患者からカスハラを受けたケース
 女性患者が病院に救急搬送されてきました。担当した医師は問診を行い、心エコー検査を行うと説明。すると患者は突然、「なぜ男性医師がやる必要があるのですか。信じられない。看護師さんの業務範囲じゃないんですか」と激高しました。医師が心エコー検査は看護師の業務ではないと説明しても、「そんなの信じられない」と大声を出し、医師による心エコー検査を激しく拒絶しました。そのため、患者の同意を得て、女性看護師が心電図検査を実施しました。心電図検査では異常はありませんでした。
 医師は患者の夫に対し、今回のような症状の場合、基本的には精神疾患も診られる病院に搬送依頼したほうがよいと思うことや、今後、同様の症状でこちらの病院を受診しても、検査を拒否する以上、責任ある診断ができないことなどを説明しました。しかし患者は大声を上げ、「納得できない」「ここを動かない」「帰らない」「今すぐ点滴をしてください」などと主張しました。さらに帰宅を促す夫の髪を引っ張ったり、顔をたたいたりしました。
 医師は状況が変わらない場合には警察の介入もやむを得ないと判断し、その旨を看護師に伝えました。看護師は患者と夫に対し、「患者が帰らない場合には警察に相談させてもらうことになる」と告げました。そうしたところ、患者と夫は病院を立ち去りました。
 その後、患者は病院を開設する医療法人に対し、医師が患者の治療を拒否したことが不法行為に当たるとして、患者の精神的苦痛に対する慰謝料150万円等の支払いを求める訴訟を提起しました。
 この事例について、裁判所は「医師は違法に患者の診療を拒否したとはいえず、不法行為が成立するとは認められない」と判断し、患者の請求を棄却しました(札幌地裁令和5年4月26日判決)。このように判断した理由として、心電図検査に異常は認められず、緊急に医学的処置を行う必要性があったとは認められないため、患者が求めていた点滴治療を行う必要性も認められないことを挙げています。さらに、患者の言動は、著しい迷惑行為となっていたことからすると、医師が治療を行うために必要な医師と患者との信頼関係を築くことができないと判断。それ以上の診療を拒絶したことは、医師法19条1項の趣旨を踏まえても社会通念上相当であったといえるとしています。

【事例2】慢性疾患の患者が高圧的な態度で抗議してきたケース
 患者はA医院で糖尿病の治療を受けていましたが、A医院への定期的な通院が仕事の都合上、困難であったため、B病院に対する診療情報提供書が作成されました。しかし患者はその後速やかにB病院を受診せず、糖尿病の治療を中断しました。患者がB病院を受診したのは、診療情報提供書が作成されてから3年以上が経過した後でした。患者はその後もインスリンなどが不足した際や、血糖値が高くなった際などに処方を受けるためにB病院に来院はするものの、糖尿病・内分泌内科への通院は不定期でした。また通院しても、血液検査などの必要な検査を金銭的な理由から拒否したりすることがありました(その一方で患者は頻繁に飲酒をしていました)。さらに処方されたインスリンを指示通りに注射しないようなことや、血糖値の自己測定を指示通りに行わないようなこともありました。
 ある日、患者は友人と飲酒していましたが、インスリンが切れていることを思い出し、B病院へ足を運び医師の診察を受けました。医師は患者に血液検査が必要であると説明。しかし患者は手持ちが十分でないことを理由に血液検査を断り、次回の診察の際に血液検査を受けると言いました。これに対し医師は、それではインスリンを処方することはできないので、血液検査を改めて受けるよう告げました。これに対して患者は医師に対し、高圧的な態度で「金がないんだよ」「こっちが言うようにインスリン処方すればいいんだよ」「うるさい、採血はできない」などと大声で主張しました。
 そのため医師は、翌月に血液検査を実施することを条件に、血液検査を実施することなく、インスリンなどを処方しました(これに対して患者は、裁判で声を荒げたり、大きな声を出したり、高圧的な態度を取ったりしていないと供述しています。しかし裁判所は、こうした供述はカルテの記載と整合していないので認められないと判断しています)。
 B病院は、これ以上患者の診療を継続することは困難であると判断しました。そこで医療相談室長が患者に電話して、B病院への出入りを禁止すると伝えました。しかし患者は出入り禁止を告げられた当日中にB病院に来院し、酩酊状態のまま医療相談室長を呼び出し、呼び捨てにしつつ大声で抗議をするとともに、院長を出せなどと訴えました。また自ら警察に連絡し、警察官に臨場を要請しました。結局、患者は自ら臨場を要請した警察官に連れられてB病院を離れました。
 患者はその翌日、B病院に電話をかけ、応対した医療相談室長に対し「診療を拒否することはできない」「暴言を吐いたり脅したりはしていない」と抗議しました。また患者は同日、再度B病院に電話をかけ、応対した職員に対し「本件は裁判になるから事実確認が必要であり、可能であれば院長からも話を聞きたい」などと言いました。その後も患者は繰り返しB病院に電話をかけ、自らの言い分を述べたり、治療の継続を求めたりしました。しかしB病院はその後も患者の診療を拒否しました。
 その後、患者は医療相談室長に対し、治療を受けることを妨害された精神的苦痛に対する慰謝料として150万円の支払いを求めるとともに、B病院を開設する医療法人に対して、糖尿病インスリン注射等の治療行為の実施を求める訴訟を提起しました。
 この事例について、裁判所はB病院が患者との間の診療契約を解除し、患者に対する今後の治療を拒否すると判断したことは、「医師法19条1項の趣旨を十分に参酌したとしてもなお、社会通念上是認することができない不当な行為であると認めることはできないというべきである」と判断し、患者の請求を棄却しました(東京地裁令和4年8月8日判決)。
 このように判断した理由として、患者が受けていた治療は糖尿病という慢性疾患に関するものであり、直ちに患者の生命・身体に危険が生じるものではなく、その治療に当たって緊急性があるとはいえないこと。また、糖尿病の治療が行える医療機関はB病院以外にも多数あり、B病院が診療を拒否したとしても、他院で糖尿病の治療を受けることが十分に期待できる状況にあったこと。そして患者は、自らの糖尿病の治療に協力的ではなく、そのような状況下において、血液検査を求める医師に対して高圧的な態度で、医師の診療方針に大声で反発したことなどを挙げています。
 これらを踏まえ、裁判所は「この時点において、B病院と患者との間で信頼関係を維持することは困難な状況にあったといえ、B病院が患者に対する今後の糖尿病の治療を拒否すると判断したとしても、やむを得ない。そしてその後における患者の態度からすると、その後も患者の治療を拒否したこともまた、やむを得ない」としました。

【事例3】患者がプレゼントを持参したケース
 ある夏の日、女性患者がX病院に救急搬送されてきました。通勤中に転倒し、上口唇挫創、下口唇挫創、四肢擦過傷の傷害を負っていました。男性医師(形成外科医)は上口唇の縫合処置等を実施。またその後2回、上口唇のレーザー治療を行いました。そして2回目の治療を行い約1カ月経過した2月のとある日に、患者から「義理チョコではありません」などと記載されたメッセージとともに、手作りのお菓子などを渡されました。それまでも高級チョコレート、高級紅茶ティーバッグ、クリスマスカード、クリスマスプレゼントなどを渡されていました。
 さらに患者は3月に自転車事故により右手切創の傷害を負い、Yクリニックを受診しました。患者はYクリニックの医師に、「X病院の医師から上口唇の縫合処置を受けた」と伝えました。それに伴いYクリニックの医師は、X病院の医師宛てに縫合を目的とする紹介状を作成しました。患者は4月、この紹介状を持参してX病院を訪れ、上口唇の縫合処置等を施した医師による診療を希望しました。しかし当該医師から診療を受けられませんでした。患者は5月に、再びX病院を訪れ、当該医師による診療を希望しましたが診療を受けることはできませんでした。
 その後、患者は当該男性医師に対し、診療行為を拒否したことが不法行為に当たるなどとして、300万円の支払いを求める訴訟を提起しました。
 この事例について、裁判所は診療拒否が不法行為に当たるとは言えないと判断し、患者の請求を棄却しました(東京地裁令和4年3月10日判決)。裁判所はまず、前提として、医師による診療拒否が不法行為に当たるか否かは、医師法19条1項の趣旨を踏まえて社会通念に照らして判断されるべきであり、具体的には、(1)緊急の診療の必要性の有無、(2)他の医療機関による診療可能性の有無、(3)診療拒否の理由の正当性の有無──などの事情を総合考慮して判断するのが相当としました。
 この前提に立った上で、本件を見ると(1)~(3)のいずれも認められないと判断しました。
(1)の緊急の診療の必要性の有無については、患者の傷害である右手切創についてはYクリニックの医師からX病院の医師宛てに縫合を紹介目的とする紹介状が作成されたものの、Yクリニックにおいて直ちに縫合処置が実施されなかったことから、緊急の診療の必要性があったとは認められないことを理由に挙げています。
(2)他の医療機関による診療可能性の有無については、患者の右手切創に対する縫合処置は当該医師しか行えないものではなく、他の医療機関によっても行えることから、他の医療機関による診療可能性がなかったとも認められないとしました。
(3)診療拒否の理由の正当性の有無については、当該医師が患者の診療を行わなかった理由は他の患者を診療する予定があっただけでなく、患者から高級チョコレート、高級紅茶ティーバッグ、クリスマスカード、クリスマスプレゼントなどをもらい、さらには『義理チョコではありません』などと記載されたメッセージとともに手作りのお菓子等をもらったことから、患者から交際を申し込まれたと思い、患者とは距離を置いたほうがよいと考えたことにあったと認められ、このような理由からすれば、当該医師による診療拒否の理由には正当性があったといえると判断しました。

【事例4】診療拒否が違法とされたケース
 ある女性患者が不妊治療のため、クリニックでの受診を開始しました。しかし看護師がクリニック外で患者と個人的に接触し、さらに治療方針に影響を与える発言をしてしまいました。このことがクリニックで問題視され、診察を担当していた医師は患者とその夫に対し、正式に謝罪しました。
 ところがその後、看護師の身の回りで次のような出来事がありました。クリニックから帰宅途中のこと。看護師は見知らぬ女性から「●さんですか」「患者さんに悪いことをしたと思っていないのですか」などと声をかけられました。これに対し、クリニックで話をしたいと提案しましたが断られました。また看護師はこの女性を撮影しましたが、携帯電話を奪われ、写真データを消去されました。このことを看護師はクリニックに報告し、警察署にも相談しました。
 医師は患者に電話し、「患者の知り合いと名乗る女性がクリニックから帰宅途中の看護師に声をかけ、看護師が当該女性を携帯電話で撮影したところ、この女性が携帯電話を奪い、もみ合いになりながら、この女性により同写真のデータが削除されるという事件が発生した。看護師が警察に被害届を出したため、今後、診療はできない」と伝えました。以降、患者は、クリニックでの診療を受けなくなりました。
 その後、患者と夫はクリニックを開設する医療法人に対し、診療を不当に拒否されたとして慰謝料600万円等を求める訴訟を提起しました。
 この事例について、裁判所は次のように判断しました(東京地裁令和3年3月30日判決)。まず看護師と見知らぬ女性とのクリニック外でのトラブルがあったことは、事実であると考えられると指摘。しかし「この事件について、患者が関与したことを裏付ける的確かつ客観的な証拠はない。それにもかかわらず、患者から適切に事情聴取をしないままに、直ちに患者の診療を拒否したことについては、その手続において不適切な点があったといえる。またこの事件が発生したことをもって患者と夫に帰責することはできない」としました。
 そのため、この事件の発生を理由に患者とクリニックの間の信頼関係が損なわれたものとは認められないと判断。患者の診療内容が不妊治療であって、その緊急性は高くなく、他の病院においても同程度の水準の治療を受けることが可能であったからといって、診療拒否に正当な事由があったものと認めることはできないとしています。
 一方でクリニックのスタッフからすれば、この事件への患者の関与を疑うことについて、無理もない面もあると言及。またクリニック内部において、患者の診療の続行について一定の抵抗感が生じたこともうかがわれ、診療拒否に至ったことについて、全く理由のないものであったともいい難いと認定。さらに診療拒否後もクリニックは、患者との間で不妊治療を継続することができる方途を模索しており、患者に対し一定の条件の下で診療を再開する内容の提案を行っていたことを指摘しています。
 これらを踏まえ、「この診療拒否の違法性は一定程度に留まるというべきである。その上、不妊治療自体はクリニック以外においても受診することが可能である。そこで患者の被った精神的苦痛に対する慰謝料としては20万円が相当である」と判断し、この限度で患者の請求を認めました。

▶ 診療拒否をした場合の損害賠償責任、「3つの判断基準」を留意
 医師法19条1項は診療義務(応招義務)について定めており、「正当な事由」がある場合に限り、診療拒否ができる、としています。患者の迷惑行為が「正当な事由」に該当するかについては、厚生労働省が通知を出しています(「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」、令和元年12月25日医政発1225第4号)。これによると、迷惑行為の態様に照らし、「診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合(※)には、新たな診療を行わないことが正当化される」とされています。そして、「※」の例として、「診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等」が挙げられています。ただし、緊急対応が必要な場合は除かれており、緊急対応が必要な例として「病状の深刻な救急患者等」が挙げられています。
 この解釈は行政上の解釈ということになりますが、事例1~4の通り、裁判上、診療拒否をした場合に損害賠償責任が認められるかどうかについても同様の判断基準が用いられています。具体的には、(1)信頼関係が喪失しているかどうかという正当性があること、(2)緊急で診療を行う必要性がないこと、(3)他の医療機関による診療可能性があること──が判断基準となっています。そのため、事例4のように、(2)や(3)が認められても、(1)がないことを理由として損害賠償責任が認められることがあります。
 したがって診療拒否をする場合には、3つの判断基準を一つひとつ検討する必要があります。最も判断に迷うのは、(1)と思われますが、厚生労働省からの通知で挙げられている例のほか、事例1や事例2のような暴言や身勝手な治療・検査の求め、事例3のような好意をうかがわせる行動も(1)に含まれると考えてください。
 また3つの判断基準は、いざというときに証明もできるように準備しておく必要があります。このうち(2)は医療記録の記載で証明できますし、(3)もインターネット検索などで証明できます。問題はやはり(1)の証明です。そこで事例2のように、どんな迷惑行為があったのかも具体的に医療記録に記載しておきましょう。その際「暴言」と記載するだけではなく、何を言われたのかを具体的に記録しましょう。また「大声」とだけ記載するのではなく、例えば「廊下に響きわたるほどの大声」など、声の程度が分かるよう詳細な記載も証明に役立ちます。その一方で裁判例4のように、患者自身の関与が証明できないにもかかわらず診療拒否をすることは要注意です。
 さらに診療拒否の方法ですが、ここで挙げた事例ではすべて口頭(電話を含む)で行われています。しかしより慎重を期すならば、3つの判断基準、特に(1)の証明(医療記録にある具体的な記載内容)を念頭に置いた文案を作成し、弁護士にもチェックしてもらい、文書で通知する方がよいものと考えます。
 なお事例4のように、医療者が医療機関外で患者と個人的に付き合うことに端を発するトラブルも頻繁にありますので、患者との個人的付き合いは控えましょう。過剰なプレゼントや贈答についても、関係性が壊れた後にはプレゼントや贈答の受領を持ち出されてトラブル化しやすいので、受領は控えましょう。受領を断ることで関係性が壊れることを心配する医療者もいますが、そのことのみで患者と医療者としての関係性が壊れるとは思えません。



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あなたに合う食物線維は?

2024年08月13日 06時47分03秒 | 医療問題
「便秘対策には食物線維をたくさん摂りましょう」
と繰り返し言われてきました。近年は、
「不溶性食物線維だけでなく水溶性食物線維も大切です」
という論調になってきました。

そして最近ようやく、食物線維の種類について言及されるようになりました。
以下の記事を紹介します。

結論は、
「腸内細菌叢は人それぞれなので、その人に合った食物線維も人それぞれ」
(食物繊維の摂取によって短鎖脂肪酸の産生が増えるか否かは、その人の腸内細菌叢によって左右される)
という、収拾のつかないものでした。

■ 最適な食物繊維は人それぞれ
HealthDay News:2024/07/31:ケアネット)より一部抜粋(下線は私が引きました);
 これまで長い間、食物繊維の摂取量を増やすべきとするアドバイスがなされてきているが、食物繊維摂取による健康上のメリットは人それぞれ異なることが報告された。単に多く摂取しても、あまり恩恵を受けられない人もいるという。・・・
 食物繊維は消化・吸収されないため、かつては食品中の不要な成分と位置付けられていた。しかし、整腸作用があること、および腸内細菌による発酵・利用の過程で、健康の維持・増進につながる有用菌(善玉菌)や短鎖脂肪酸の増加につながることなどが明らかになり、現在では「第六の栄養素」と呼ばれることもある。また糖尿病との関連では、食物繊維が糖質の吸収速度を抑え、食後の急激な血糖上昇を抑制するように働くと考えられている。そのほかにも、満腹感の維持に役立つことや、血圧・血清脂質に対する有益な作用があることも知られている。
 本研究では、食物繊維の一種である難消化性でんぷん(resistant starch;RS)を摂取した場合に、腸内細菌叢の組成や糞便中の短鎖脂肪酸の量などに、どのような変化が現れるかを検討した。59人の被験者に対するクロスオーバーデザインで行われ、試行条件として、バナナなどに含まれている難消化性でんぷん(RS2と呼ばれるタイプ)と化学的に合成された難消化性でんぷん(RS4と呼ばれるタイプ)、および易消化性でんぷんという3条件を設定。5日間のウォッシュアウト期間を挟んで、それぞれ10日間摂取してもらった。
 解析の結果、難消化性でんぷんの摂取によって腸内細菌叢や短鎖脂肪酸などに大きな変化が生じた人もいれば、あまり変化がない人、または全く変化がない人もいた。それらの違いは、腸内細菌叢の組成や多様性と関連があることが示唆された。研究者らは、「結局のところ、ある人の健康状態を腸内細菌叢へのアプローチを介して改善しようとする場合、どのような種類の食物繊維の摂取を推奨すべきか個別にアドバイスしなければならない」と述べている。
 論文の上席著者であるPoole氏は、「過去何十年もの間、全ての人々に対して一律に食物繊維の摂取を推奨するというメッセージが送られてきた。しかし今日では、個人個人にどのような食物繊維の摂取を推奨すべきかを決定する上で役立つであろう、精密栄養学という新しい学問領域が発展してきている」と述べている。今回の研究でも、食物繊維の摂取によって短鎖脂肪酸の産生が増えるか否かは、その人の腸内細菌叢によって左右される可能性が浮かび上がった。また意外なことに、難消化性でんぷんではなく易消化性でんぷんの摂取によって、短鎖脂肪酸が最も増加していた。短鎖脂肪酸は、血糖値やコレステロールの改善に寄与することが明らかになりつつある。
 研究者らは、個人の腸内細菌叢の組成を把握することで、その人がどのようなタイプの食物繊維に反応するのかを事前に予測でき、その結果を栄養指導に生かせるようになるのではないかと考えている。「食物繊維や炭水化物にはさまざまなタイプがある。一人一人のデータに基づき最適なアドバイスを伝えられるようになればよい」とPoole氏は語っている。

<原著論文>
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ナノプラスチックはすでにあなたの体に侵入している。

2024年08月06日 07時58分48秒 | 医療問題
プラスチック…もはや人類に欠かせないマテリアルです。
でも自然界で分解されないことから、
巡りめぐって人類に悪影響を及ぼすことが判明してきました。

こちらの記事を紹介します。

<ポイント>
・ペットボトル入り飲料水には、1リットル当たり平均で約24万個のナノプラスチック粒子(※)が含まれている。
・米国で人気のある3種類のペットボトル飲料水(ブランド名は非開示)を調べたところ、1リットル当たり11万~37万個のプラスチック粒子が検出された。検出された粒子の90%はナノプラスチックで、残りはマイクロプラスチックだった。
・ナノプラスチックは非常に小さいため、体内を移動し、血液や肺、心臓、脳などに入り込む可能性がある。
・ナノプラスチックは腸内で炎症反応を引き起こし、細胞や組織のバランスを崩す酸化ストレスの原因になる可能性がある。
・ナノプラスチックは代謝障害を引き起こす可能性がある。
・ポリスチレンナノプラスチックは、死亡率の増加や成長障害、生殖異常、胃腸機能障害の原因になる可能性がある。

※ ナノプラスチック:プラスチック廃棄物の処理によって生じる、長さ1マイクロメートル未満の微粒子で、マイクロプラスチックより小さい。

■ ペットボトルの水は危険? 米研究で多数のプラスチック粒子を検出
Arianna Johnson | Forbes Staff 
 ペットボトル入り飲料水には、1リットル当たり平均で約24万個のナノプラスチック粒子が含まれていることが明らかになった。米コロンビア大学の研究チームが8日、米科学アカデミー紀要(PNAS)に発表した。
 ナノプラスチックとは、プラスチック廃棄物の処理によって生じる、長さ1マイクロメートル未満の微粒子で、マイクロプラスチックより小さい
 研究チームが米国で人気のある3種類のペットボトル飲料水(ブランド名は非開示)を調べたところ、1リットル当たり11万~37万個のプラスチック粒子が検出された。検出された粒子の90%はナノプラスチックで、残りはマイクロプラスチックだった
 ボトル内からは、ペットボトルの素材であるポリエチレン(PE)やポリエチレンテレフタレート(PET)のほか、発泡スチロール容器の素材であるポリスチレン(PS)など、最も一般的な7種類のプラスチックが検出されたが、最も多かったのはナイロンの一種であるポリアミド(PA)だった。だが、この7種類のプラスチックは、飲料水の中で見つかったナノプラスチックの10%に過ぎない。今回の研究では、残り90%のナノプラスチックの種類を特定できなかったが、種類によっては、1リットル中に数千万個含まれている可能性もある。
 PETとPEはペットボトルの包装材に含まれているため、保管や輸送中に包装材から放出されると考えられているが、他の5種類のプラスチックは飲料水の製造前または製造中に混入するとされた。
・・・
 ペットボトル飲料水に含まれるプラスチックの量については、これまで複数の研究が行われてきたが、その推定値には1マイクロメートル以下のプラスチックは含まれていなかった。つまり、ナノプラスチックは研究の対象外だったということだ。例えば2018年の研究では、ペットボトル飲料水1リットル当たり平均325個のマイクロプラスチック粒子が検出されたが、ナノプラスチックは含まれなかった。
 環境保護団体アースデイによると、米国人は年間約500億本のペットボトル飲料水を購入している。学術誌「環境科学と技術」に昨年掲載された論文では、1日に2リットルのペットボトル入り飲料水を飲む人は、年間約4兆個のナノプラスチックを摂取することになるとされた。
 ナノプラスチックは非常に小さいため、体内を移動し、血液や肺、心臓、脳などに入り込む可能性がある。ナノプラスチックについてはまだ完全に解明されていないが、反応性が高く、大量に存在し、体内の多くの場所に浸透することができるため、マイクロプラスチックより危険性が高いとする専門家もいる。ナノプラスチックは腸内で炎症反応を引き起こし、細胞や組織のバランスを崩す酸化ストレスの原因になる可能性がある。2021年の研究では、ナノプラスチックは代謝障害を引き起こすとされた。ポリスチレンナノプラスチックは、死亡率の増加や成長障害、生殖異常、胃腸機能障害の原因になるとも考えられている。

<関連記事>
▢ 「BPAフリー」の哺乳瓶から大量のマイクロプラスチックが赤ちゃんに 不当表示で米2社提訴
Arianna Johnson | Forbes Staff
▢ 動脈中のマイクロプラスチック、心臓発作と脳卒中のリスクを高める可能性
Leslie Katz | Contributor

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「熱中症ガイドライン」が改訂されたらしい(2024年)。

2024年08月06日 06時53分10秒 | 医療問題
「熱中症分類」、昔は単語でした。
しばらく前に単語から数字(I度、II度、Ⅲ度)に変更されました。

しかしいくら解説を読んでも、私にはピンときませんでした。
各分類の線引きが曖昧なんです。

一時期、熱中症関連の書籍・資料を読みあさり、
納得できるものに出会ってまとめたのがこちらです。

チェックポイントは「吐気の強さ」と「意識状態」。
これが問題なければ様子観察可、
問題あれば医療機関受診(救急搬送を含めて)。

吐き気+だるさ(+意識正常) → 涼しいところで休んで少量頻回の水分補給
嘔吐頻回+グッタリ(+意識正常) → 医療機関受診し点滴を
意識レベル低下 → 無条件に救急搬送!

とシンプルなフローです。

さて、「熱中症ガイドライン」なるものが存在し、
それが今年(2024年)改定されたという情報が入ってきました。

記事を参考に紹介します。
読んでみると、I度とII度は意識障害の有無で区別し、集中力・判断力の低下がなければ現場で様子観察、怪しければ医療機関へ、とあります。
一見、わかりやすそうなのですが、臨床現場ではどうでしょう。

熱中症を心配する患者さんから訴えられることは、
・暑いところで活動していて熱が出てだるそう。
・汗をたくさんかいている、あるいはかいていないから心配。
が多いです。

ガイドライン2024の分類に「発熱」という単語を探すと・・・IV度のところにしかありません。
では熱があればすべてIV度というと、そんなことはないでしょう。
I度、II度の発熱はどうなっているんですか?と問いたい。

「発汗」という単語を探すと・・・多量の発汗がI度にあります。
ではII度〜IV度では発汗はどうなっているんですか?と問いたい。

<ポイント>
・改定されたガイドライン2024では熱中症の重症度分類や診療アルゴリズムを変更したほか、熱中症患者の身体を冷却する「Active Cooling」の定義などを見直した。
・改訂前の重症度分類では、I度(軽症)、II度(中等症)、III度(重症)の3段階としていたが、ガイドライン2024では、より重症な患者の分類として新たに「IV度(最重症)」を導入。
【I度】めまい、立ちくらみ、生あくび、大量の発汗、筋肉痛などの症状があるが、意識障害は認めない患者。
 → 現場で対応可能。
【II度】頭痛や嘔吐、倦怠感、虚脱感、集中力や判断力の低下が見られるJCS≦1の患者。
 → 医療機関での診察が必要、Passive Coolingを行い、不十分ならActive Coolingの実施のほか、経口的に水分・電解質の補給を行う(経口摂取が困難なときは点滴を利用)。
【Ⅲ度】中枢神経症状(JCS≧2、小脳症状、けいれん発作)、肝・腎機能障害、血液凝固異常のうちいずれかを含む状態。
 → 入院治療の上、Active Cooling(※)を含めた集学的治療を考慮。
【qIV度】表面体温40.0℃以上(もしくは皮膚に明らかな熱感あり)かつGCS≦8(もしくはJCS≧100)。
【IV度】qIV度に該当した患者にはActive Coolingを早期開始しつつ、深部体温の測定を早急に行い「深部体温40.0℃以上かつGCS≦8」に該当する例。
 → Active Coolingを含めた早急な集学的治療を実施。

※ Active Cooling:何らかの方法で、熱中症患者の身体を冷却すること。氷嚢、蒸散冷却、水冷式ブランケットなどを用いた冷却法、ゲルパッド法、ラップ法、(近年登場した)体温管理機器を用いる冷却方法。冷蔵庫に保管していた輸液製剤の投与(エビデンス不十分)、クーラーや日陰の涼しい部屋での休憩はActive Coolingではなく、「Passive Cooling」の範疇。

■ 日本救急医学会が「熱中症診療ガイドライン2024」を公表
加納 亜子=日経メディカル
2024/07/30:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 日本救急医学会の熱中症および低体温症に関する委員会は2024年7月25日に「熱中症診療ガイドライン2024」を公表した(日本救急医学会のウェブサイトはこちら)。改訂は約10年ぶりとなる。ガイドライン2024では熱中症の重症度分類や診療アルゴリズムを変更したほか、熱中症患者の身体を冷却する「Active Cooling」の定義などを見直した
 改訂前の重症度分類では、I度(軽症)、II度(中等症)、III度(重症)の3段階としていたが、ガイドライン2024では、より重症な患者の分類として新たに「IV度(最重症)」を導入した。
 広く用いられてきた改訂前の「熱中症診療ガイドライン2015」における重症度分類では、「(1)深部体温≧40℃、(2)中枢神経障害、(3)暑熱環境への曝露──の3つを満たすもの」を重症と定義した「Bouchama基準」に、腎障害や肝障害、播種性血管内凝固症候群(DIC)などの症状を判断基準に加えた上で、その状況に至るまでの諸症状・病態を一連のスペクトラムとして「熱中症」と総称し、必要な処置のレベルに応じてI度~III度に分類していた。だが、入院加療が必要な「III度」の定義が幅広く、軽度の意識障害(JCS 2程度)のみに該当する場合から昏睡やDICなどの多臓器不全を呈する致死的状態までを同じ範疇で定義している状態だった。
・・・ガイドライン2015の重症度分類における「III度」の重症者のうち、「表面体温40.0℃以上(もしくは皮膚に明らかな熱感あり)かつGCS≦8(もしくはJCS≧100)」をqIV度と定義。現場ではまず、qIV度に該当する患者を迅速にスクリーニングするよう求めた。その上で、qIV度に該当した患者にはActive Coolingを早期開始しつつ、深部体温の測定を早急に行い「深部体温40.0℃以上かつGCS≦8」に該当すれば「IV度」、深部体温が39.9℃以下であれば「III度」に振り分ける流れとした。
 そのほか、めまい、立ちくらみ、生あくび、大量の発汗、筋肉痛などの症状があるが、意識障害は認めない患者は「I度」と設定。頭痛や嘔吐、倦怠感、虚脱感、集中力や判断力の低下が見られるJCS≦1の患者は「II度」中枢神経症状(JCS≧2、小脳症状、けいれん発作)、肝・腎機能障害、血液凝固異常のうちいずれかを含む状態を「III度」とした。
 重症度分類の見直しに伴い、診療アルゴリズムも変更した(図1)。I度は「現場で対応可能」II度は「医療機関での診察が必要」としてPassive Coolingを行い、不十分ならActive Coolingの実施のほか、経口的に水分・電解質の補給を行うよう求めた(経口摂取が困難なときは点滴を利用)III度では「入院治療の上、Active Coolingを含めた集学的治療」を考慮し、IV度では「Active Coolingを含めた早急な集学的治療」を実施するよう求めている。

図1 熱中症診療ガイドライン2024の診療アルゴリズム(熱中症診療ガイドライン2024から引用)

 また、Active Coolingについては、改訂前の「熱中症診療ガイドライン2015」では氷嚢、蒸散冷却、水冷式ブランケットなどを用いた従来の冷却法、ゲルパッド法、ラップ法など細かく個別の冷却方法を記載していた。近年、体温管理機器を用いる冷却方法が開発されていることを受け、ガイドライン2024ではActive Coolingを「何らかの方法で、熱中症患者の身体を冷却すること」と定義。包括的な記載に統一した。
 ただし、冷蔵庫に保管していた輸液製剤の投与、クーラーや日陰の涼しい部屋での休憩はActive Coolingではなく、「Passive Cooling」の範疇だと記した。また、冷蔵庫に保管していた輸液製剤の投与は薬剤メーカーで推奨された投与方法ではなく、実際の液温が不明であり、重症熱中症患者への有効性を示すエビデンスがないことにも言及した。また、重症例(III~IV度)への治療法については、Active Coolingを含めた集学的治療を行うことを推奨(CQ3-01:弱い推奨、エビデンスの強さB〔中等度〕)している。
 なお、ガイドライン2024はMinds(Medical Information Distribution Service)診療ガイドライン作成マニュアル2020(Minds2020)に準拠した形で作成した。定義・重症度・診断、予防・リスク、冷却法、冷却法以外の治療(補液、DIC、治療薬)、小児関連の5分野から24個のクリニカル・クエスチョン(CQ)を設定。システマティックレビューの結果がそろった段階で、執筆担当者14人で推奨決定会議を行った。満場一致で合意した場合はCQからバックグラウンド・クエスチョン(BQ)やフューチャー・リサーチ・クエスチョン(FRQ)へ変更し、推奨決定会議の経過は解説文に記載した。


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代理母出産の今(2023年8月)

2023年08月12日 04時37分29秒 | 医療問題
代理母出産…日本ではあまり肯定的に語られませんが、
世界を見渡すとビジネスとして成り立っています。

実は知り合いの女性が、ウクライナで代理母出産を経験した話を聞きました。
ロシアによるウクライナ侵攻が始まる直前にウクライナ入りし、
赤ちゃんを受け取ったタイミングで侵攻が始まり、
命からがら逃げてきた、という驚くべきストーリーでした。

それ以来、
「代理母出産、日本の状況・世界の状況はどうなっているんだろう?」
という素朴な疑問を持ち続けてきました。

世界の現状を伝える記事が目に留まりましたので、紹介します。

<ポイント>
・代理母出産は急速に増えている。
・増加の背景には、非伝統的な家族形態に対する社会の見方の変化や医療技術の進歩がある。不妊症の広がりや子どもをもちたい同性カップルの増加し、それに加えて、著名人らの支持や専門病院の増加のおかげで生殖の選択肢としての認知度が高まってきたことが背景にある。
・代理母出産には2種類ある;
1.妊娠代理出産(ホストマザー)…体外受精した受精卵を代理母の子宮に移植して妊娠・出産する。
2.伝統的代理出産(サロゲートマザー)…代理母の子宮に人工授精で精子を注入して妊娠・出産する。
・費用は国により異なるが、500万円~1000万円(~2000万円)が多い。
・代理母出産の利用を公表した有名人;クリッシー・テイゲン(モデル)、のエリザベス・バンクス(女優)、アンダーソン・クーパー(ジャーナリスト)、パリス・ヒルトン、カーター・リウム、クリスティアーノ・ロナウド(サッカー選手)、キャメロン・ディアス(女優)
・世界各国の状況:
(アメリカ)1970年代からビジネスモデルが始まったが、代理出産産業は厳しく規制され、ネブラスカ州やルイジアナ州、ミシガン州など、代理出産を違法としている州もいくつかある。ニューヨーク州では2021年2月に発効した法律で合法化されたばかり。
(イギリス)代理母がボランティアの場合のみ代理出産が認められており、報酬をともなう代理出産は違法になる。
(カナダ)同上。
(ウクライナ)昨年2月にロシアの侵攻を受ける前まで、米国に次いで世界で2番目に大きい代理出産市場だった。侵攻以降は、ジョージア(グルジア)とキプロスが需要を吸収し、一部はメキシコを中心とした中南米が吸収している。
・代理母になりたい人と代理母を探している人の出会いを支援するオンラインサービスも登場している。

う~ん、もはやこの勢いは止められない感じですね。
倫理的な判断は保留のまま…。

▢ 代理出産が世界的ブームに セレブも続々利用、市場規模2032年に10倍へ
Mary Whitfill Roeloffs | Forbes Staff
2023.07.22:Forbes Japan)より抜粋;
商業的な代理出産が世界的なブームの様相を呈している。米調査会社グローバル・マーケット・インサイツによると、市場規模は2032年に1290億ドル(約18兆円)と2022年比で10倍近くに膨らむ見通しだ。不妊症の広がりや子どもをもちたい同性カップルの増加のほか、著名人らの支持や専門病院の増加のおかげで生殖の選択肢としての認知度が高まってきたことが背景にある
女性にお金を払って自分の子どもを産んでもらう代理出産をめぐっては、裕福な人らによる女性の搾取につながるという倫理的な懸念もある。
・・・
インドの調査会社IMARCは代理出産が広がっている理由として、医療技術の進歩や非伝統的な家族形態に対する社会の見方の変化を挙げている。
・・・
◆ 費用はいくらかかる?
代理出産には、体外受精した受精卵を代理母の子宮に移植して妊娠・出産する「妊娠代理出産(ホストマザー)」と、代理母の子宮に人工授精で精子を注入して妊娠・出産する「伝統的代理出産(サロゲートマザー)」の2種類がある。
ニューヨーク州保健局によると、米国でホストマザーを利用する場合、弁護士費用や医療費、仲介業者への手数料、代理母への報酬などを合わせて6万〜15万ドル(約840万〜2100万円)かかるという。CNBCによると、費用はジョージアでは4万〜5万ドル(約560万〜700万円)、メキシコでは6万〜7万ドル(約840万〜980万円)程度とされる。
・・・
◆ 各国の状況は?
米国では1976年に初めて合法的な代理出産契約が結ばれたとされ、1980年に合法的に報酬が支払われた初の代理出産が行われた。ワシントン・ポストによると、1983年時点で代理出産は儲かるビジネスになっており、国内に10の仲介業者が存在していた。費用は2万〜4万5000ドルほどだったという。
グローバル・マーケット・インサイツによると、不妊治療の進歩、子どもをもつ年齢の高齢化、非伝統的な家族の増加などを背景に代理出産産業は成長を続けている。
米国の代理出産産業は厳しく規制され、ネブラスカ州やルイジアナ州、ミシガン州など、代理出産を違法としている州もいくつかある。ニューヨーク州では2021年2月に発効した法律で合法化されたばかりだ。カナダと英国では代理母がボランティアの場合のみ代理出産が認められており、報酬をともなう代理出産は違法になる。
ウクライナは昨年2月にロシアの侵攻を受ける前まで、米国に次いで世界で2番目に大きい代理出産市場だった。ニューヨーク・タイムズは、ロシアの脅威が現実のものになるなか、妊婦たちが転居を余儀なくされたり、外国の夫婦が代理母と会って赤ちゃんの安全を確保するため、危険を冒して紛争地に入ったりしていると昨年5月の記事で伝えている。
CNBCによると、以降は主にジョージアとキプロスが需要を吸収しているという。一部の需要はメキシコをはじめとする中南米にも流れているとみられ、メキシコのリゾート地カンクンの業者は、ウクライナでの戦争の影響で昨年の代理出産契約数は前年比20〜30%増えたと話している。
代理母になりたい人と代理母を探している人の出会いを支援するオンラインサービスも登場している。昨年、不妊治療を専門とする医師のブライアン・レビンと元代理母のブリアンナ・バックが立ち上げたマッチングアプリ「Nodal」は、マッチングプロセスに代理母側がもっと主体的に関われるようにするもので、代理母を探している家族に代理母が直接連絡をとることができる。



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命の価値に優劣をつけることができますか?

2020年03月20日 16時54分47秒 | 医療問題
新型コロナウイルスが世界を席巻しています。
日本は爆発的流行を免れていると日本政府や専門家会議が発言していますが、しかしPCR検査を限定的にしか行っていないため実態は不明であり、科学的・疫学的なデータは存在しません。

現在最も勢いのあるのはイタリアです。
そこでは医療崩壊が起き、「60歳以上には気管内挿管できない」という命の選別が行われているという記事を目にしました。

木村正人(在英国際ジャーナリスト)  2020/3/11

さらに本日(3/20)、「80歳以上は治療しない」という信じがたい文章をみることになります。

Erica Di Blasi 2020/3/20(AFPBB News)

人間は追いつめられると、命の価値に優劣をつけて切り捨てる判断を迫られることがあります。
この事実を、日本人であるあなたは受け入れることができますか?

先日、相模原のやまゆり学園集団殺人事件の植松聖被告に死刑判決が出ました。
彼は「話のできない障害者は社会に必要ない」という考えのもとに凶行に走りました。
もちろん、世論は「信じられない」「狂っている」「死刑判決がふさわしい」というものでした。
しかし私は、この表面的な世論が腑に落ちず、素直に受け入れることができません。

もしこれが極限状況であった場合、同じ評価ができるでしょうか。
新型コロナウイルス感染が蔓延して医療崩壊が起きた場合、命の選択を迫られた場合・・・。

実は戦後、われわれ日本人自身が、障害者を見捨てて餓死に追い込んだ歴史的事実があります。

□ 「ある知的障害者たちの戦中戦後記」(NHK:ハートネットTV)2016年放送

これを知っていた私は、相模原事件やイタリアの高齢者切り捨て医療を複雑な気持ちで見ざるを得ません。

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医療裁判における薬剤添付文書の位置づけ

2019年10月07日 07時08分28秒 | 医療問題
 一般に、医療(保険診療)で用いる薬剤の使い方は、その薬の説明書である「添付文書」に従います。
 しかし、時代を経ると、病気とその治療に対するスタンスが変わり、添付文書の内容が古く感じられることもしばしば。
 その際に参考になるのが「ガイドライン」で、各専門学会が公表しています。

 さて、薬の副作用で後遺症が残ったという医療事故が起きた場合、その薬剤が添付文書上は対象疾患に適応がなかった、でもガイドラインには記載があった、という場合、どうなるのでしょう。
 法律違反になるのか、それともその時の標準治療として認められるのか・・・臨床現場での悩みです。

 この点に関して、医療問題専門弁護士さんの書いた記事を見つけました。
 結論から申し上げると、

・医師は添付文書に記載された注意義務を必ず順守しなければならないものではないが、それに反する措置を取った場合には、その合理的理由を明らかにする必要がある。

・医療機関の主張する理由が当時の医療水準に照らして合理性を有していれば、過失は認められず、医療機関において合理的理由が説明できないのであれば、過失が認められることになる。

・添付文書と異なった使用方法であったとしても、“特段の合理的な理由”があれば、医師の過失は推定されない、その使用方法が診療ガイドラインの推奨に則していた場合には、“特段の合理的な理由”があることの有力な根拠になり得る。


 ということのようです。

 私が困っているのが漢方の使い方です。
 例えば麻黄湯。
 この薬は、「乳児の鼻閉」に適応があります。かぜ気味で鼻がズコズコ・フガフガつらそうなときに、この漢方薬を練って口の中になすりつけ、その直後におっぱいで飲み込ませると鼻づまりが改善するのです。
 ところが困ったことに、麻黄湯の添付文書には「小児に対する安全性は確立されていない」とも記載されています。
 ???
 「乳児の鼻閉」に適応があるのに「小児に対する安全性は確立されていない」とはどういうこと?
 使っていいの、それともいけないの?

→ 製薬会社のMRさんに何回質問してもうやむやな返事しかもらえません。

 二つ目の記事にあるように「添付文書は、製造業者や輸入販売業者が責任を問われないようにするために、わずかでも危険性があれば使用上の注意事項に記載しており、それに従っていると、重症患者や緊急を要する患者等に処方する薬がなくなってしまう」
 という現実があります。
 現場に責任を丸投げしているのですね。
 大きなストレスです。


添付文書とガイドラインで異なる記載、どちらを優先?
2019/7/10:日経メディカル
桑原 博道 淺野 陽介(仁邦法律事務所)
 医薬品の使用が関係する医療訴訟で、医師の過失などを判断する材料として医薬品の添付文書が重視されることはご存じかと思います。
 実際、この点については有名な最高裁判例があり、「医師が医薬品を使用するに当たって添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される」としています(1996年1月23日判決)。
 この最高裁判例について少し解説しますと、一般の医療訴訟では、医師の過失を証明する責任は原告(患者側)にあり、医師の過失が推定されることはありません。しかし、添付文書と異なった使用をした場合には、そうした使用について「特段の合理的理由」がない限り、医師の過失が推定されるという判断が示されたわけです。
 ただし、「特段の合理的理由」があれば医師の過失は推定されないため、医師側としては「特段の合理的理由」があるかどうかが重要になります。医薬品の使用が関係する医療訴訟では、この考え方が現在の裁判実務を支配しています。

◇ 禁忌だったにもかかわらず過失を否定
 他方、学会などが関わって多くの診療ガイドラインが作成されていますが、中には医薬品の使用に関する添付文書の記載と診療ガイドラインの記載とが異なっている場合もあります。では、こうした場合、どちらを優先すべきでしょうか。
 この点について、裁判例を3つ紹介します。
 1つ目の裁判例は、脳出血急性期の患者に対し、カルシウム拮抗薬のペルジピン(一般名ニカルジピン)の静脈内注射をしたものの、当時(2005年9月)のペルジピンの添付文書では、頭蓋内出血で止血が完成していないと推定される患者や、脳卒中急性期で頭蓋内圧が亢進している患者については、使用が禁忌であったという事例です。
 2013年11月13日岡山地裁判決は、このケースにおける投与は2005年9月時点の添付文書上、禁忌だったとした上で、こうした禁忌事項には科学的根拠がなく、海外のガイドラインと矛盾しているとしました。さらに、国内の使用状況とも合致せず、ペルジピンに代わる脳出血急性期に安全で有効な降圧薬がないという理由で、2008年に日本脳神経外科学会から見直しの要求がなされ、2009年7月にはペルジピンの添付文書から本件禁忌事項が削除された点を指摘。これらの事情からすると、本事例で添付文書の記載に従わず、ペルジピンの静脈内注射をしたことについては「特段の合理的理由」があり、過失は認められないとしました(結論も請求棄却)。

◇ 「ガイドラインで推奨、保険適応なし」の場合は?
 2つ目の裁判例は、妊娠高血圧症候群(PIH)の管理目的で入院していた妊婦がHELLP症候群を発症し、子癇発作を併発したのに対し、硫酸マグネシウムを投与しなかったことの過失が問われた事例です。診療ガイドラインでは、重症のPIHの妊婦に対して分娩後に硫酸マグネシウムを予防投与することが推奨されていましたが、こうした投与について保険適応はありませんでした。
 こちらの事例について2009年12月16日名古屋地裁判決は、子癇発作の予防措置として硫酸マグネシウムの投与が有効との報告があることや、PIH管理ガイドラインの2009年版においても、保険適応はないものの副作用に注意しつつ、重症PIHの妊婦の分娩後に予防投与することが推奨されている点を指摘。一方で、上記の各報告やガイドラインにおいても、全ての子癇発作が予防できるとまではされておらず、子癇の予防目的での投与としては保険適応がないことを考えると、標準的な予防法であるとみるのは困難であるとし、予防措置として硫酸マグネシウムを投与しなかったからといって過失は認められないとしました(他の点で過失が認められ、結論は約8400万円の賠償命令)。

 3つ目の裁判例は、関節リウマチ患者に対するリウマトレックス(一般名メトトレキサート)の投与中に発熱や咳嗽、呼吸困難が認められたのに対し、その時点でリウマトレックスの投与を中止しなかったことの過失が問われた事例です。添付文書には、投与開始後に発熱、咳嗽、呼吸困難などの異常が認められた場合には、速やかに検査をし、リウマトレックスの投与を中止するとされていました。また、関節リウマチ治療におけるメトトレキサート(MTX)ガイドラインにおいても、急に発熱、咳嗽、息切れ、呼吸困難が見られた場合には投与を中止することが記載されていました。
 こちらの事例について、2015年10月22日さいたま地裁判決は、添付文書や診療ガイドラインに投与中止の記載があり、さらには同様に記載する文献や論文も多くあるので、合理的な理由がない限りはリウマトレックスの投与を中止すべきであるとの判断を示しました。
 裁判で医師側は、(1)リウマチの治療の必要性を整形外科に確認し、必要性を肯定する回答を得た、(2)リウマトレックスを中止するとリウマチ性の肺炎を悪化させる可能性がある――ことを、「合理的な理由」として挙げました。しかし裁判所は、(1)については、本件で整形外科の医師がリウマチ治療のためにリウマトレックスの投与継続の必要性があると回答したとは言えず、(2)については、被告(病院側)の意見書作成医が、リウマトレックスはリウマチの関節症状には奏功するが肺症状に奏功するというエビデンスがないと証言していると指摘。投与を中止しなかったことに合理的理由があるとはいえず、過失が認められるとしました(死亡と過失との因果関係は否定され、「死亡時点でなお生存していた相当程度の可能性がある」という「相当程度の可能性」の理論により660万円の賠償命令)。

◇ 添付文書とも診療ガイドラインとも異なる場合は…
 これらの裁判例から、次のことが分かります。まず、添付文書と異なった使用方法であったとしても、「特段の合理的な理由」があれば、医師の過失は推定されないわけですが、その使用方法が診療ガイドラインの推奨に則していた場合には、「特段の合理的な理由」があることの有力な根拠になり得るということです。
 1つ目の裁判例は、このパターンに該当しますが、事案発生後の事情として、添付文書の記載が変更になったことも裁判所の判断に影響を及ぼしたと言えそうです。ちなみに、この事例で添付文書の変更が行われたのは、学会からの具体的な根拠に基づく見直し要求が背景にあったようです。疑問に思われる添付文書の記載に対しては、学会として見直しを要求することが有用なようです。
 次に、診療ガイドラインで推奨される治療を行わなかったとしても、保険適応がなければ過失が認められない場合があるということです。2つ目の裁判例は、そうした判断を示したものですが、判決では、診療ガイドラインで全ての子癇発作が予防できるとまではされていないことを指摘していますので、診療ガイドラインで推奨される治療を行わない場合には、推奨の意味合いも含めて考慮した方がよさそうです。
 最後に、3つ目の事例は添付文書とも診療ガイドラインとも異なった治療を行ったもので、そのことをもって直ちに過失を認めたものではありませんが、結論としては過失を認めています。こうした治療を行う場合には、患者の特性などの具体的事情からやむを得ないと言えるのか、慎重に議論や考察をしておいた方がよいでしょう。



「添付文書に従わないと裁判で負ける」の誤解
2019/9/24:日経メディカル)より抜粋
大島 眞一(奈良地家裁所長)
 医薬品は、これに添付する文書等に用法、用量、その他使用および取り扱い上の注意などを記載しなければならないとされています(医薬品医療機器等法52条1項)。では、医師がその注意義務に反することをした場合に、過失は認められるでしょうか。
 これに関する判決として、最高裁平成8年1月23日判決(民集50巻1号1頁)があります。

1 事案の概要
 虫垂炎に罹患したX(当時7歳5カ月)がY病院で虫垂切除手術を受けました。手術中に血圧低下による心停止に陥り、蘇生はしたものの重大な脳機能低下症の後遺症が残りました。
 Xに対し使用された麻酔薬(0.3%のペルカミンS)の副作用として、注入後に血圧低下を来す例があることは、かなり古くから知られていました。昭和30年代にはこれによる医療事故も多発したため、腰椎麻酔中は「頻回」に血圧の測定をする必要があるということ自体は臨床医の間で広く認識されていましたが、「頻回」とはどのくらいの間隔をいうのかは一致した認識があったとは言えませんでした。
 そこで昭和47年から、ペルカミンSの添付文書に、麻酔薬注入後10分ないし15分までの間、2分間隔で血圧の測定をすることが注意事項として記載されるようになりました。もっとも、本件で問題となった昭和49年当時の医療現場では、必ずしも2分間隔での血圧測定は行われておらず、5分間隔で測定すればよいと考える医師もかなりいたようで、本件でも、医師は5分間隔で測定するように指示していました。

2 判決
 最高裁は、次の通り述べて、患者側の請求を棄却した名古屋高裁判決を破棄し、差し戻しました。
 医師が医薬品を使用するにあたって添付文書に記載された使用上の注意義務に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される。仮に当時の一般開業医が添付文書に記載された注意事項を守らず、血圧の測定は5分間隔で行うのを常識とし、そのように実践していたとしても、それは平均的医師が現に行っていた医療慣行であるというにすぎず、これに従った医療行為を行ったというだけでは、医療機関に要求される医療水準に基づいた注意義務を尽くしたことにはならない。

3 解説
 医療用医薬品の投与を受ける患者の安全を確保するため、最も高度な情報を有している製造業者または輸入販売業者は、医薬品の効能や危険性を明記し、医師等に必要な情報を提供することが義務付けられています。ですから、医薬品を使用する医師には、添付文書に記載された注意事項に従って使用すべき注意義務があるといえます。
 もっとも、この点については医師から根強い批判があります。「添付文書は、製造業者や輸入販売業者が責任を問われないようにするために、わずかでも危険性があれば使用上の注意事項に記載しており、それに従っていると、重症患者や緊急を要する患者等に処方する薬がなくなってしまう」「併用禁止、併用注意とされていても、いろいろな病気を併せ持っている患者には併用せざるを得ないことがある」「患者の病態や体質等に応じて、医薬品の効用と副作用を踏まえて処方するのが医師であり、添付文書が医師の判断に優先するのは不当である」――などというものです。
 臨床の現場においては、特に緊急性を要する場合には、ある程度の危険を覚悟で、添付文書の内容に反して即効性のある処方をすることもあるようです。もっとも、上記最高裁判決の事案は、血圧測定を2分間隔ですべきであったのに5分間隔でしていたというもので、容易に使用上の注意義務に従うことができ、それにより不都合がなかったと考えられるケースですので、緊急性を要する場合の用法外の使用などとは性質が異なります。

◇ 医療水準に照らして「合理性」があるか
 本判決は、医薬品の添付文書について一般論を展開していますが、添付文書の記載事項も様々であり、事案によって異なると解すべきです。添付文書の内容に従わず、悪しき結果が生じて裁判になると敗訴するものと思われる方もいらっしゃるようですが、必ずしもそうとは限りません。
 添付文書の「警告」や「禁忌」の場合、あるいは、今回紹介した事例のように内容が一義的で明確な場合(注射速度等の数値で規定されているもの)については、それに反すると、過失があったと推定できます。しかし、例えば添付文書の記載事項の1つである「特定の背景を有する患者に関する注意」(投与に際して他の患者と比べて特に注意が必要な場合などの記載。平成29年6月8日厚生労働省医薬・生活衛生局長通知参照)に反して投与したケースであれば、具体的な投与の状況や患者の状態を検討しないことには、当該投与につき過失があったかどうかは判断できません。
 また、投与を受ける患者の個体差、病態の内容・程度は千差万別ですから、添付文書に記載された使用上の注意とは異なった取り扱いをすることに合理的理由が存する場合もあり、あるいは患者の生命を守るためにあえて危険を冒して治療行為をすることが是認される場合もあります。
 したがって、裁判において過失の有無を判断する際には、医師が添付文書に反する医療行為をした理由を十分に検討する必要があるといえます。その判断要素としては、
(1)当該疾患の重大性や他に有効な治療法がないなどといった「治療の必要性」に関する事情、
(2)当該医薬品の使用に伴う副作用の内容、程度、頻度
――を総合的に考慮して判断することになると考えられます。
 まとめますと、医師は添付文書に記載された注意義務を必ず順守しなければならないものではありませんが、それに反する措置を取った場合には、その合理的理由を明らかにする必要があるといえます。医療機関の主張する理由が当時の医療水準に照らして合理性を有していれば、過失は認められませんし、医療機関において合理的理由が説明できないのであれば、過失が認められることになると考えられます。
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消費税増税と医療費の関係

2019年10月07日 06時24分25秒 | 医療問題
 一般には知られていませんが、保険診療は消費税と無縁です。
 しかし、医療機関が購入する薬剤やワクチン、医療機器、消耗品などには当然、消費税がかかります。
 つまり、消費税が増税しても、それを収入に反映させることができないしくみになっており、経営が苦しくなります。

 医療の他に消費税が回収できない分野ってあるのでしょうか?

 今回(2019年10月)、消費税10%にアップする際、さすがに保険診療も消費税を徴収してよい、と変革されるだろうと思ってきましたが、なしのつぶてで、結局なにも変わりませんでした。
 その辺の事情を扱った記事を見つけました。
 
 皆さん、窓口負担が増えたからといって「便乗値上げだ!」と勘違いしないでください。
 適正な改定です。
 なお、保険診療外の費用は、各医療機関で自由に決められるため、消費税増税分が反映されます。


消費税10%で医療費も値上げ なぜ?
2019.9.25:読売新聞
 (田村良彦 読売新聞専門委員)
◇ 2年ごとの通常改定とは別の「臨時の値上げ」
 10月1日から消費税が10%に引き上げられるのに伴い、医療機関の初診料なども値上げされる。保険のきく医療費は非課税のはずなのに、なぜ値上げされるのだろうか。
 公的医療保険の値段は、国が一律に定めている公定価格だ。保険点数は1点が10円で、通常、2年に1回改定される。前回の改定は2018年4月だった。次回は2020年4月に予定されており、今回の値上げは2年ごとの改定の間に行われる「臨時の値上げ」ということになる。

◇ 初診料は60円、再診料は10円アップ
 10月から値上げになるのは、初診料や再診料のほか、入院にかかる基本料や管理料、保険薬局の調剤基本料などが対象だ。
 たとえば、初診料は現在の2820円から2880円に、再診料は720円から730円に引き上げられる(窓口負担はその1~3割)。



◇ 消費税10%で医療費も値上げ なぜ?
 薬剤費などを除く診療報酬本体の改定率は、プラス0・41%(医科0・48%、歯科0・57%、調剤0・12%)。薬価や材料費は実勢価格による引き下げも合わせた改定が行われる。

◇ 消費税引き上げ→医療機関にとって負担増
 消費税が上がると、なぜ保険点数が引き上げられるのか。
 医療機関は、物品などを業者から仕入れる際に消費税を支払っている。一般的な小売業であれば、小売価格に消費税を上乗せして消費者から徴収したうえで差額を納付する仕組みで、実質的な負担はないこれに対し、保険の診療費は非課税であるため、医療機関が患者から消費税を徴収することはできない
 この結果、医療機関が仕入れに際して支払った消費税分の金額は、医療機関の負担になっている。税率が8%から10%に上がれば、医療機関の仕入れにかかる負担もその分増えることになる。

◇ 医療機関の負担増を診療報酬で補填
 消費税による負担分の 補ほ填てん を求める医療側に対し、国は、診療報酬の改定に上乗せする形で対応。税率が5%から8%に引き上げられた2014年4月の診療報酬改定においても、増税による医療機関の負担増分を含めた引き上げが行われている。ただしこの時は、通常の2年ごとの改定と同時だったため、患者側にとっては、消費税増税による値上げという印象は薄かったかもしれない。
 実は、今回の診療報酬改定の作業中、前回の5%から8%に上がった際の改定による補填が不十分だったとの検証結果が明らかにされた。このため、今回の改定にあたっては、税率が5%から8%に上がった部分も含めた、5%から10%の部分について、より正しい補填となるように点数の見直しを実施したとしている。

◇ 差額ベッドやセカンドオピニオンの料金は?
 消費税率の引き上げが影響するのは、これだけではない。保険適用外の費用で消費税の対象となっているものは、税率アップがそのまま患者の負担増となる可能性がある。
 たとえば、治療法の決定などに際して別の医師の参考意見を聞くセカンドオピニオン。原則、保険適用外だ。
 国立がん研究センター中央病院(東京都)によると、同病院のセカンドオピニオン外来は、60分で現在の4万3200円(税込み)から、4万4000円(同)になる。差額ベッド代についても、たとえば従来1日3万7800円(税込み)の部屋は、3万8500円(同)といった具合に、消費税の2%アップに伴って10月から値上げされる。

◇ 診断書などの文書代、おむつ代なども
 保険適用外で実費徴収が認められている費用の例としては、次のようなものなどがある。
 ・おむつ代や病衣貸与代、テレビ代や理髪代、クリーニング代などの日常生活上のサービスにかかるもの
 ・診断書などの文書の費用や、カルテ開示の手数料など
 ・在宅医療にかかる交通費や薬剤の容器代
 ・インフルエンザなどの予防接種や美容形成の費用など
 実際の負担額は医療機関によっても異なるが、消費税の課税対象となっているものは10月から税込み費用が上がる可能性がある。それぞれの医療機関で確認したい。


 
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