小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

「チックをする子にはわけがある」

2010年01月14日 11時15分09秒 | 小児医療
NPO法人日本トゥレット協会 編、大月書店(2003年)

小児科で診療をしていると、時々チックの相談を受けます。
軽いものは環境整備を指導して様子を見ていると治まってくることが多いのですが、声を出す音声チックや複雑な動きが組み合わさるトゥレット症候群は専門医を受診するよう誘導しています。

今回、一般小児科医である私ができることはないかと以前購入したこの本を読んでみました。
著者は複数で、専門の医師から患者さんまで分担して執筆されています。
トゥレット症候群の現況を知るには偏りがなく適切な本だと感じました。

内容は、病気の一般的説明の他、経験談、専門家からの解説が順番に並んでいます。
経験談では、患者さんを抱える家族の大変さがつらくなるほど伝わってきました。
専門医の解説では、私自身の知識がいかに少なかったかを反省させられました。
特に、その病態をドーパミンとセロトニンのアンバランスで説明できることは目から鱗が落ちる思いでした。
待てよ・・・ドーパミンとセロトニン・・・この2つの物質で思い出される専門家の名前があります。
それは瀬川昌也先生。
と、思ったら、なんとこの箇所はその瀬川先生の執筆でした。
私は以前、小児神経学会へ数回参加した経験がありますが、彼はその学会の重鎮です。
先輩から聞いた話では「水戸黄門のような存在」だそうです。

治療について。
単純なチックは様子観察でよいことは頷けます。
トゥレット症候群では薬物治療を行う必要ができてますが、従来使用されてきたハロペリドールは両刃の剣で、使うタイミング・年齢を間違えると長期的に見てマイナスにもなり得ることを知りました。
そのさじ加減は、やはり専門医の診療が必要であることを痛感しました。

印象に残ったところをメモ書きしておきます;

■ 定義
1.単純チック(単純運動チック、単純音声チック)
 不随意的、突発的、急速、反復性、非律動的、常同的に起こる運動、または発声
2.複雑チック(複雑運動チック、複雑音声チック)
 比較的緩徐な、合目的的動作、または短い有意味語、短文、卑猥な言葉、動作

【分類】
・一過性チック障害:持続期間4週以上1年未満
・慢性運動性チック障害:持続期間1年以上
・慢性音声チック障害:持続期間1年以上
・トゥレット症候群:(運動チック+音声チック)持続期間1年以上、汚言症(コプロラリア)の頻度は1/3以下

■ 原因・病態
 本来必要である脳のドーパミン神経系活性の早期低下とそれに続発したと考えられるドーパミン受容体の過剰活動

■ 疫学
・頻度:学童期に約5%の子どもが体験する(トゥレット症候群は1万人に4-5人)
・発症年齢:2~13歳(平均6~7歳)
・性差:男児に多い(男:女=3:1)

■ 症状
 発症が年齢に依存することが特徴:単純チックは年少時から、複雑チックは年長になり発症する傾向がある
 知能指数は大部分正常

・単純チック:幼児期はじめに出現
  運動チック:(肩から上)まばたき、顔しかめ、首振り、肩すくめ
  発声チック:咳、咳払い、うなり、鼻鳴らし、発声
・複雑チック:多くは10歳以降
  運動チック:(手足、全身)顔面、打つ、叩く、跳ぶ、触る、臭いをかぐ、反響動作
  発声チック:単語、文節、汚言、同語反復、反響言語

<症状の特徴>
・リラックスした際に出現、ストレスや精神的緊張時に増強。集中により減弱。
(例)不安や精神的緊張があるときに増強、何かを夢中になってやっているとき、学校で勉強に集中しているときには減少し、気楽にテレビを見ているときには出現しやすくなる、等。
・その発言は抵抗しがたいが、しかし自分の意志で短時間出現を止めることも可能。
・チックが起こる部位にムズムズ感のような感覚の異常が起こることも少なくない。また、動かしたい、声を出したいという衝動、それらをせねばならないという強迫観念が先行することもある。

【併発症】
・AD/HD(注意欠陥/多動性障害):年少児に目立つ
・OCD(強迫性障害):年長児以降に目立つ
・LD(学習障害)
・睡眠覚醒リズム障害:睡眠位相後退現象を示し、夜寝る時間・朝起きる時間が日に日に遅くなり、昼夜逆転を起こすこともある

<一般身体症状および臨床神経学的症状>
① キラキラ星の手の動きが上手にできない(交互変換運動の障害):スポーツの際、野球のピッチャーではコントロールが定まらず、サッカーではPKのコントロールが上手くできない
② 筋緊張異常(猫背、側湾など):背骨の両側にある筋肉の緊張に左右差があるため
③ 閉眼足踏みでは上肢の振りに乏しい
・・・①と②の原因は「大脳基底核の異常」、③の原因はセロトニンあるいはノルアドレナリン神経系の異常。セロトニンとノルアドレナリン神経系は重力に抵抗する菌の緊張と歩行運動の制御に関係している。

■ 診断
 ミオクローヌス、バリスム、溶連菌感染による自己免疫性神経精神障害(PANDAS)との鑑別が必要

■ 治療
 専門家の間でも方針に差があり確立しているとは言い難い。

1.薬物療法
 ドーパミンが足りないがために悪循環となっている病態に蓋をするのが①、本来の循環に戻すのが②の薬ですが・・・

① ドーパミンD2受容体阻害剤(ハロペリドールやピモジド):
 効果は必ずしも一定していない、またその作用がドーパミン神経系の活性を抑制することから、副作用としての大脳基底核の機能障害を増悪させる可能性がある。ドーパミン神経系は10歳代半ばまでの発達過程に於いて大脳の発達に重要な役割りを持つため。思春期以降は問題なし。

② l-Dopa(エル-ドーパ):
 病態の肝である「ドーパミンが足りない状態」を補充する根本療法薬。極めて少量(治療量の40分の1)を使用。しかし、ドーパミン受容体が過敏になっているためチックが増悪する可能性がある。

2.カウンセリング
 環境整備によりチックは軽減するが、後に対人関係障害やOCDほか、常同行動面の障害の発言に繋がる可能性もある。
 「やさしく扱う」ことによりチックは減るが、長期的に見ると社会性が育たないのでよいことなのか悩ましい。

3.併発症の治療
・OCD:原因であるセロトニン神経系活性低下を改善させる→ 日中に覚醒レベルを上げる「日光浴」「上下肢協調運動(歩行、ランニング)」、薬物療法ではセロトニン再取り込み阻害剤(SRI)

■ 予後(長期経過)
・トゥレット症候群:通常6歳頃発症、その後チックはその程度と種類を増し、複雑チックも加わり、10歳代前半にそのピークを迎える。チック症状はその後も持続する場合も少なくないが、概して10歳代後半になると軽減または消失する。進行性の病気ではなく、予後は当初考えられていたより良い。しかし、初期治療・対応が不適切であると10歳代後半以降にもチック症状が残ることも少なくない。


書けば書くほどよくわからなくなってきますが・・・ポイントは「大脳基底核」「ドーパミン神経系」の理解だと気づきました。まとめとして以下の文章を引用します;

 子どもの脳ではドーパミン神経系とセロトニン神経系は、共にそれがコントロールする神経系を発達させる役割を持っている。したがって、乳幼児の脳ではその活性は成人より高く、ドーパミン神経系は成人の6倍以上の活性を有する。この活性は10歳までに急速に低下、15歳までかなりの速さで低下するが、その後の低下はゆっくりとなり、20歳代前半で成人のレベルに達する。
 チック症ではこのドーパミン神経系の年齢変化が健常児より早期(約3年)に進むため、幼少時期で脳を発達させるために必要なドーパミンの量が足りない状態にある(健常者の30~40%)。これが運動系および非運動系大脳基底核の機能的発達を変調させ、大脳基底核が子どもの行動の上に重要な役割をする6歳前後に、その機能的発達の障害をもたらし、運動系では巧緻運動障害、筋緊張亢進を発症、非運動機能の異常は対人関係障害を主体とした異常を発現する。しかし、非運動系大脳基底核の機能の異常は、受容体の過剰出現により大脳基底核の発達に必要なドーパミンが取り込まれたことで軽減される(あるいはその発現が抑えられる)。だが、受容体の過剰発現はチックの出現に繋がる。チックはドーパミン神経系の発達過程に従い10歳前後までは増悪するが、年齢によるドーパミン神経系の活性低下が少なくなる思春期以後は、軽減また巧緻運動障害も軽減する。
 単純チックは、ドーパミン神経系の減少が1年程度早くなった状態と考えることができる。生体にとって1年のずれは補正可能であり、治療を要しない。

 つまりチックの出現は、ドーパミンの活性が足りない状態で幼児期に動かしておくべき非運動系大脳基底核・支障サーキットを駆動させるための脳の防御反応であり、これが「チックをするわけ」である。
 根本的治療は足りないドーパミンの補充につきる。

コメント
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