私が小児科医になって30年以上経ちました。
舌小帯短縮症の扱いは時代により変遷してきたことを実感します。
研修医の頃は、新生児期に膜状の薄い舌小帯はハサミで切っていました。
たまにそこに血管が通っている赤ちゃんがいて、
切ると出血することもありました。
数年後、画期的な論文が出ました。
3000例の赤ちゃんの舌小帯を観察し、
舌の先が伸びるので切る必要がない、という内容です。
それを根拠に、新生児期のランダムな舌小帯切り行われなくなりました。
生活に支障が出るほど舌小帯が短い場合、
つまり哺乳や発音に問題が発生する例には、
乳児期以降に切除することになりました。
この時期は全身麻酔が必要です。
ですから、舌小帯のリスクと全身麻酔のリスクを天秤にかけて、
手術が必要かどうか検討することになり、
耳鼻科医の中でも手術に対する温度差があります。
さて、近年の考え方はどうなっているのでしょう?
参考になる記事が目に留まりました。
学会レベルでも私が例示した論文以降、2000年代前半までは、
「切らない方がよい」
とされ、しかし2000年代後半以降は、
「支障があれば切るべきだ」
と流れが変わってきたものの揺れ動いていて、
現在もまだ“解決した”とは言えない状況のようです。
■ 舌小帯短縮症、正しい知識で早期治療
~哺乳に支障、切開手術で改善~
~哺乳に支障、切開手術で改善~
(2023/05/16:時事メディカル)より抜粋;
◇舌先がハート形に
舌の裏側の中央にある舌小帯という水かきのような膜が口の底に固定され、舌の動きが制限される先天性の異常を言う。舌先を持ち上げられない、舌を唇より前に出せない、舌を出すと膜が引きつれて舌の先端部分がハート形になる、などの症状がある。
赤ちゃんの時期だと母乳を上手に吸えないため、授乳が頻回になり、特に夜間は母親にとってつらい。赤ちゃんは舌を乳頭に絡ませることが難しく、十分な量が飲めないため、栄養不足になる恐れもある。イライラした赤ちゃんが歯茎で乳頭をかむと周辺に傷ができ、授乳のたびに痛むため、母親は精神的にも追い詰められるケースが多い。乳腺炎にもなりがちで、障害は多岐にわたる。
そうした子どもは離乳食期以降、かみ砕いたり、飲み込んだりする動作がうまくできない。食べ物が喉に詰まりやすく、飲み込めずに吐き出してしまうことがある。3歳を過ぎると発音がはっきりしない「構音障害」と診断されることも。「異常が出る前に舌を自由に動かせるようにしてあげたいと考えています」と話すのは、手術による治療を推奨している新百合ヶ丘総合病院の小児外科医、伊藤泰雄氏だ。
みんなができるのに自分だけできないと感じるのは非常につらい。例えばソフトクリームやペロペロキャンディーがなめられない、うどんやラーメンなど麺類をうまくすすれない、トランペットやクラリネット、リコーダーなど音を出す楽器を上手に吹けない、舌足らずなしゃべり方になる、などだ。
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幼児期にこうした思いをせずに済むよう、伊藤医師はできるだけ乳児期に処置しているという。米国アラバマ州で同疾病を専門的に診療している小児歯科医師による2018年の著書「舌小帯短縮症」では、新生児の4~10%に出現するとしており、「決して珍しくはないのですが、舌の裏側なので親が気付きにくい上、小児科医もしっかり診ていません」と伊藤医師。
見つけ方で最も分かりやすいのは、舌先がハート型にくびれているかどうか。泣いて大きな口を開けても舌先が上がらないなどがポイントだ。先に触れたが、母乳がうまく吸えない、体重が増えない、乳頭痛があるなど、哺乳に関する心配事や問題がある場合は舌をチェックしてほしい。
◇どうしたら治るのか
効果がある治療の一つとして、伊藤医師は手術で舌小帯を切開し、舌を自由に動かせるようにする方法を提案する。舌は筋肉でできた運動器であるため、使わなければ成長・発達せず、逆に退化する。動く範囲が制限されていると機能を十分に発揮できないのは明らかで、伊藤医師は「成長とともに自然に治るわけではない。舌小帯切開で改善が見込まれます」と強調する。
とはいえ、手術に伴うリスクはゼロではない。出血、痛み、術後の感染症や再癒着などが挙げられる。「まれに見られる痛みや傷による感染には鎮痛剤や抗生剤で対応します。帰宅後、万が一出血した場合を想定し、ご家族に圧迫止血法を指導しています」(伊藤医師)。幼児は全身麻酔で手術するため数日の入院が必要だが、乳児の場合は圧迫止血で縫合もせず日帰りできる。術後30分で授乳も可能だ。処置する時期が早ければ早いほど、リスクは少なく済む疾病と言える。
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年間200件ほど手術している新百合ヶ丘総合病院の集計によると、再癒着率は全体の7~8%に見られるというが、「再癒着防止のため、指で舌を持ち上げる切開創のストレッチを保護者に行ってもらっています。術後1週間と1カ月の外来受診で癒着があるときは、指による剝離で治すことが可能です」と伊藤医師。しっかり対応してもらえるようだ。
◇患者が相談できない
2001年、日本小児科学会が「舌小帯短縮症に対する手術的治療に関する現状調査とその結果」を発表し、その中で「舌小帯短縮症と哺乳の関連は習慣的考え方で、学問的根拠はない」と記した。これ以降、母乳は飲めなくてもミルクが飲めて体重が増加していれば、舌小帯を診察したり、切開手術を検討する小児科が減少した。しかし05年以降、米英など諸外国は方針を転換。世界保健機関(WHO)は09年、米小児科学会は17年、哺乳障害がある赤ちゃんに舌小帯短縮が見られる場合、切開手術で改善すると発表し、見直しが進んでいる。一方、日本国内は特段の議論なく現在に至っている。
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「生後すぐ哺乳不良を自覚し、産院退院後に小児科を受診しても、搾乳での授乳や調乳への移行を勧められたり、体重増加が順調なら様子見と言われてしまったり。母乳育児に取り組もうとしている母親にとって、納得できる形の対応でないのが実情と聞いています」と伊藤医師は表情を曇らす。この流れを変えるため、さまざまな論文を発表するなど手を打ってきたが、まだ手応えはないという。
ただ、少し動きもある。18年に日本歯科学会が「口腔(こうくう)機能発達評価マニュアル」を発表し、哺乳・摂食・構音障害がある舌小帯短縮症は手術対象という姿勢を明らかにしている。手術の実施を表明している小児外科医や、伊藤医師ら数少ない専門医への紹介状を書いて相談を促す小児科医が出てきたという。
現在国内で舌小帯切開手術をしている医療機関は関東地方に集中していて、全体の数は少ないとみられる。特に、乳児の手術を受け入れている施設は首都圏に限られる。伊藤医師は「地域によって医療に格差が生じていると言えます。現状、全国どこでも治療が受けられるわけではない上に、国内に二つの異なった治療指針が存在している状態なのです」と憂慮する。
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