小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

風邪診療、日本の常識は世界の非常識?

2023年10月02日 07時06分44秒 | 小児医療
2023年10月現在、
日本の診療所ではいわゆる“風邪薬”が品不足で入手困難な状況です。
その理由として、
はじまりは数年前のジェネリック医薬品を扱う製薬会社の不祥事でした。
しかし新型コロナ流行で、風邪薬がたくさん処方されたことも影響し、
現在は慢性的に不足している状態が続きます。

さてこの“風邪薬”について少し考えてみましょう。

まず“風邪”について。
いわゆる“風邪”は「ほとんどが軽症で済む一過性の感染症」のことを呼びます。
その原因の9割はウイルスとされ、残りの1割が細菌(バクテリア)その他です。

そして“風邪”の際に処方される薬が“風邪薬”ということになります。
その内容は…症状を和らげる薬たち。
咳がつらければ咳止め、
鼻水が止まらなければ鼻水止め、
高熱でだるければ解熱剤…

さて、これらの薬は風邪を治してくれるのでしょうか?

答えは「No!」です。
風邪薬は症状を和らげるだけ、
風邪を治しているのは「人間の免疫力」です。

例えば、発熱は風邪症状の最もたるものですが、
これは体温を上げることにより、
悪さしている病原体(主にウイルス)をやっつけている武器です。

なので、熱が下がるまで解熱剤を一日何回も使うのは間違った方法です。
つらいときだけ、体とウイルスの戦いに休憩を入れてあげる、
そんなイメージで頓服する薬です。

抗生物質はどうでしょうか?
抗生物質は最近、抗菌薬と呼ばれるようになりました。
そう、「菌をやっつける薬」です。
つまり、ウイルスには効かないため、
風邪の9割を占めるウイルス感染症には無効、
飲んでも下痢や薬疹などの副作用が問題になるだけです。

でも、日本では子どもが風邪をひくと診療所を受診し、
風邪薬をもらって養生することが一般的です。

では、外国ではどうなのでしょう。

日本のように「風邪を引いたからすぐ受診」という国は例外的で、
まず自宅療養・治療し、
治りが悪かったらそこで初めて医療機関を受診するスタンスが一般的なようです。
その点、日本は恵まれているのでしょう。

イギリスで働いた経験のある医師が、
日本の風邪診療を見て???と感じた記事を紹介します。

イギリスでは解熱剤のみの処方が一般的で、
咳止め・鼻水止めは処方されない、と書いてあります。
なぜかというとエビデンス(有効であるという科学的根拠)が乏しいからです。
代わりに咳止めとしてはハチミツを推奨…。

また、薬好きの日本人→他剤を処方する医療者、
という文化が日本にあることも指摘しています。

これは結構根深いですね。
この文化を変える啓蒙活動を続けて初めて、
薬漬けの風邪診療から脱却できるのかもしれません。


▢ 日本での風邪診療の「カルチャーショック」
~患者満足と医療経営、両立はできないのか?
 佐々江龍一郎:NTT東日本関東病院
2019年12月15日)より抜粋;
 「風邪の患者さんはしっかりお薬を出すと満足してくれるよ」
 日本での風邪の標準診療について、帰国したばかりの私に日本の医師である友人は親切に助言してくれたのだ。2017年のことだ。日本は医療がフリーアクセスということもあり、特に冬場の診療所や中小病院の外来診療は風邪で受診する患者が多い。一般的な風邪の患者の場合、抗生剤(クラリスロマイシンなど)や解熱剤(ロキソニン)、鎮咳薬(コデイン)、去痰薬(ムコダイン)やトラネキサム酸など多剤処方の「セット」で対応するのは合理的だ。
 しかし、患者・医療者の両方の立場で英国で24年間過ごした私にとって、この「風邪に対する多剤処方」はカルチャーショックであった。英国では、風邪の患者に対する処方は解熱薬(アセトアミノフェンやNSAIDs)が中心だ。積極的に鎮咳薬などを出すこともなく、例えば咳嗽に対して最近の英国のNICEガイドラインは、蜂蜜が咳に効く一定のエビデンスがあるとし、5~10mLの蜂蜜と紅茶を混ぜて服用することを推奨している。
 これまで、多様な症状それぞれに対して薬剤を処方し、合わせて5~6種類の薬を約1週間分、計100錠以上の錠剤を処方することも、されることも経験したことがなかった。処方された薬の内服だけで「お腹が一杯」と感じてしまう人もいるのではないか。仮に英国でそうした処方を頻回にすると、地域の処方マネージメントチームが処方データを監視し、指導を受けることになるだろう。

◆「多剤処方が標準」の日本の風邪診療
 ではなぜ日本の風邪診療は多剤処方が標準なのだろう。さまざまな同僚医師に尋ねたところ、「患者は風邪の症状を緩和したくて受診している。処方によって症状が改善すれば患者も満足し、また病気になったときに受診する。その結果、クリニックの売り上げにもつながる」とのことだった。
 確かにフリーアクセスの日本では、患者の十分な満足度が得られないと患者が離れてしまうリスクがある。薬をたくさん処方するのは日本の一つの「文化」であり、患者もそれを求めているという意見もある。少ない処方であれば「過小医療」と捉え、十分な医療を受けられなかったと感じる患者もいるだろう。そして経営的側面から、初・再診料に加えて処方箋料、院内処方なら薬剤料などを算定できることを考慮するのは、診療報酬が決して高くない保険診療では理解できる。
 では、日本の保険診療で患者満足度と医療経営を両立させるには、多剤処方に頼るしかないのだろうか。

◆多剤処方でなければ「過小医療」?
 風邪に多剤処方しないことは、医学的に「過小医療」なのだろうか。
 例えば、American Family Physician のウェブサイトには、風邪に対する薬物療法の最新のエビデンスが分かりやすくまとめられている。「コデインは効果がない」、「抗ヒスタミン単剤では症状の改善はない」、「ムコダイン(カルボシステイン)はプラセボと変わらない」、「ビタミンC、経鼻ステロイドは効かない」とどれも否定的で、これらの推奨度もA判定ばかりだ。解熱薬のみ症状緩和に効果があると唯一推奨されている(A判定)。
 つまり、風邪に対するほとんどの薬物療法には、効果的についての科学的なエビデンスがなく、「良くてもグレー」でしかない。もちろんエビデンスのみでは臨床診療はできない。しかし、風邪に対して解熱薬のみを処方しても、「医学的には決して過小医療ではない」はずである。

◆多剤処方による弊害も
 医療者が良かれと思い風邪に多剤処方をすると、時に「思いがけない副作用」に遭遇することもある。特に高齢患者では、抗ヒスタミン剤の抗コリン作用による急性尿閉や急性閉塞隅角緑内障に気をつけなければいけない。
 鎮咳薬として使われているコデインには呼吸抑制、過鎮静などの副作用があり、英米では12歳以下は禁忌となっている。コデインの大量の摂取は「薬物依存のリスク」にもなり得る。厚生労働省研究班が2018年に行った調査によると、日本の薬物依存の治療を受けている10代の患者のうち40%あまりは、依存のきっかけは違法薬物ではなく、コデインなどの市販薬の大量摂取であったとの報告もある。

◆多剤処方で本当に患者は満足するのか
 ほとんどの風邪に対する薬物療法の医学的エビデンスが「良くてグレー」なのであれば、どのようにすれば日本の風邪患者に多剤処方せずに満足してもらえるのだろうか。
 日本の病院で働いていると、「日本人は薬が好きだ」という医療者側の意見をよく耳にする。確かに欧米に比べ、日本の患者は風邪に対して薬を求める傾向はある。しかしどの国でも「薬が嫌い」な患者も一定数いる。一方で、情報過多の時代の中であれ、適切な医療情報にありつけず、「薬は絶対必要」という間違った固定観念を持った患者も一定数いる。
 つまり、同じ日本人患者でも多様な価値観と解釈モデルがあり、それに応じた説明と処方が適切なはずだ。どんなに医療者が優しい態度で質の良い医療を提供していても、「患者の解釈モデルを理解し、価値観に応じた治療」でなければ患者は満足できない。
◆「風邪の患者との対話は患者満足につながる」
 日本医師会の調査でも「医師の説明」は、受けた医療の満足度に最も大きく影響していることが分かっている。つまり患者の治療に対しての解釈モデルを理解する姿勢を見せ、話し合うことでも患者の満足度は各段に高くなる。
 例えば日常の風邪診療に対して、初診時に抗菌薬をどうしても欲しがる患者にも遭遇する。そのような患者に対して、私は英国家庭医療の後期研修医時代の指導医から「delayed prescription」という方法があることを教わった。抗菌薬を処方するものの、一定期間(数日〜1週間)服用を待ってもらい、症状が継続、増悪した場合に患者の判断で服用してもらう方法である。
 2017年のCochrane Reviewでは、咽頭痛や中耳炎の患者に対する「抗菌薬投与群」と「delayed prescription群」を比較したところ、患者満足度はどちらも同等(91% vs 86%)である一方で、抗菌薬使用率は「delayed prescription群」で有意に減少した(93% vs 31%)とまとめられている。

◆発想の転換が必要
 風邪の診療において対話することは診療時間が増えるので、合理的でないといった医師もいるだろう。しかし風邪の診療でも多少時間をかけて患者が納得できる治療の説明をするだけで、患者の満足度は上がる。それにより、経営面や診療面では医師にとっても満足できる結果になるはずだ。そして増え続ける医療費の観点からも、多剤処方においても数を減らすことや、セット処方でも少ないバリエーションを用意するなどの配慮も効果的だ。
・・・

さて日本の小児科医の中でも、
「薬漬けの風邪診療を脱却しよう」
という動きがあります。

その一つが「抗生物質の適正使用」です。
これは皆さん、耳にしたことがあると思います。
ウイルス感染症に無効である抗菌薬は、
必要な時だけ使いましょう、という動きです。

私の近隣の小児科開業医は、抗菌薬をめったに処方しない医師ばかりです。
しかし、耳鼻科医は当たり前のように「中耳炎予防」と説明して、
患者さんを抗菌薬漬けにしていますね。

耳鼻科学会が作成した「中耳炎診療ガイドライン」なるものがありますが、
それを読むと抗菌薬の使用方法がすごくストイックです。
裏話では「耳鼻科医の抗菌薬乱用を防ぐ目的で作られた」
とささやかれています。

小児科医である私も、
風邪薬脱却を目指しています。

それは、他の医師と少し異なり、
漢方薬を選択することです。

漢方薬は西洋薬と異なり、
「風邪を治す」効果が期待できます。

他院を通院しているけど治らなくて困るという患者さんが流れてきます。
漢方薬に切り替えると、
「効果が実感できた」
という患者さんが多いです。
ただし、「苦い漢方薬を飲む」というハードルが子どもに課せられますが。

例えば柴胡剤という漢方があります。
この柴胡という生薬は、
炎症を抑える作用があります。
つまり、病原体が暴れてダメージを受けた組織を修復してくれるのです。

一方の西洋医学では、
例えば細菌感染に対する抗菌薬投与では、
細菌をやっつけてくれるけど、
細菌が暴れてダメージを受けた組織修復はご自分でどうぞ、
というスタンスにとどまります。

現在、当院外来では約半分の患者さんに漢方薬を処方しています。

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long-covid(新型コロナ後遺症)の実態2023

2023年10月02日 06時41分00秒 | 予防接種
何かと話題になり、気になる“long-covid(新型コロナ後遺症)”。
その実態報告が目に留まりましたので紹介します。

まあ、だいたい予想される範囲の結果ですが、
今回の報告では「感染者と非感染者の症状出現頻度の比較」を導入した点が斬新ですね。
体の不調を訴える人は、コロナ感染にかかわらず一定頻度発生するのが現実です。
非感染者と感染者を比較検討することで、
新型コロナ感染による long-covid の実態がはじめて浮かび上がるのです。

これは、HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)による副反応が検討された時(名古屋スタディ)と同じ手法です。
ワクチン接種後の副反応と訴える人と、ワクチン未接種者での同じ症状の出現頻度を比較しないと、ワクチンの影響が科学的に評価できません。
名古屋スタディでは、ワクチン接種者と未接種者で症状出現頻度が変わらないことが証明され、この結果をもって「HPVワクチンは安全である」と積極的勧奨再開につながりました。

▢ 感染者のCOVID-19罹患後症状、非感染者の2~3倍「3つの住民調査が明かしたLong COVIDの実態」オミクロン株流行期で割合が低く、11.7~17.0%

 新型コロナウイルス感染症の罹患後症状(Long COVID)は、
・成人の方が小児により2~4倍高い。
・感染者は非感染者より2~3倍高い。
・オミクロン株流行期では低い。
・感染前のワクチン接種者で低い。
・症状があった感染者は主観的経済状況が悪化。

 研究は、・・・東京都品川区、北海道札幌市、大阪府八尾市の3つの住民調査からなる・・・ここでのLong COVIDの定義は、WHOの「感染から3カ月経過して時点で、少なくとも2カ月以上持続した症状」を採用している。

ポイント1◇成人が小児より高い
 3つの住民調査全体で見ると、何らかの罹患後症状があると回答した割合は、成人の方が小児より2~4倍高かった。
 3つの住民調査別に症状のある人の割合を見ると、成人については、札幌市(感染時期1~6波に該当)で23.4%、八尾市(同4~6波)で15.0%、品川区(同7波)で11.7%だった。小児については、八尾市(4~6波)、札幌市(1~7波)ともに6.3%だった。

ポイント2◇感染者が非感染者より高い
 3つの住民調査では感染者と非感染者の比較をしている点が特徴の1つ。全体で見ると、感染者のLong COVIDの割合は、非感染者が何らかの症状を有していた割合より、2~3倍高かった。住民調査ごとに見ると、成人の場合、札幌市では感染者が23.4%、非感染者が9.1%、八尾市ではそれぞれ15.0%と4.4%、品川区ではそれぞれ11.7%と5.5%だった。同様に小児の場合は、札幌市で感染者6.3%、非感染者3.0%、八尾市でそれぞれ6.3%と2.2%だった。

ポイント3◇オミクロン株流行期で低い
 COVID-19感染時期による比較では、Long COVIDの割合はオミクロン株流行期(6~7波)の方が他の流行期に比べて低かった。成人の場合、オミクロン株流行期は11.7~17.0%だったのに対し、アルファやデルタ株流行期(4~5波)は25.0~28.5%だった。小児の場合も同様で、オミクロン株流行期は5.8~7.3%だったのに対し、アルファやデルタ株流行期(4~5波)は6.5~13.7%だった。

ポイント4◇感染前のワクチン接種者で低い
 ワクチン接種歴とLong COVIDの関連を調べたところ、成人、小児ともに、ワクチン未接種者に比べて、感染前のワクチン接種者の方がLong COVIDを有する割合が低かった。・・・

ポイント5◇症状があった感染者は主観的経済状況が悪化
 このほかLong COVIDが個人の主観的な経済状況に及ぼす影響についても解析している。その結果、3つの住民調査とも、症状がなかった非感染者に比べて、Long COVIDがあった感染者では主観的な経済状況が悪化していた。また、八尾市(4~6波)と品川区(7波)の調査では、Long COVIDを認めた感染者だけでなく、遷延する症状があった非感染者でも主観的な経済状況が悪化していた。・・・

 今回の研究は、Long COVIDを自覚症状に基づいて評価しており、医学的に評価されたものではない点が限界の1つ。また、若年層や男性で回答率が低い傾向が見られ、結果に影響した可能性も指摘されている。こうした限界はあるものの、住民調査でLong COVIDの実態の一端が明らかになった意義は大きい。特に、感染者と非感染者を比較した点は、Long COVIDを理解する新たな視点となっている。

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