小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

学校健康診断、内科診察の着衣・脱衣問題 〜開業小児科医のつぶやき〜

2022年07月31日 06時14分32秒 | 学校健診
ふと、中学校の学校医の依頼が舞い込みました。
引き受けるつもりですが、以前から気になることがあります。

それは「内科診察の際の着衣・脱衣問題」。

思春期女子はデリケートな世代で、
「学校検診で上半身裸にされた」
とトラウマになったり、
「学校検診で男性医師に胸を触られた、セクハラ行為だ!」
とクレームが出てきたりで、
結構メディアを賑わせています。

何が問題なのか、
どうするのがベストなのか、
私なりに調べ考えてみました。

医師の側から見ると、
批判的な発言の背景には、
学校健診が何を目的に行われているのか理解が足りない、
と思われる場面が多々あります。

まず、学校検診の内科診察では何を診ているのか?

1.心臓と肺の異常の有無
2.胸郭異常の有無
3.脊柱側弯の有無

等々。
これは学校医が勝手に決めることではなくて、
児童生徒等の健康診断マニュアル」(平成27年、日本学校保健会)で決められています。
その項目一覧表です;


「脊柱・胸郭」「心臓」はすべての学年に入っている項目であり、
省略することはできません。

一つ一つ見ていきましょう。
まず1の「心臓と肺の異常の有無」。
これは聴診器を皮膚に直接当てて心臓の音を聞きます。
聴診器とは音を増幅して聞く器械であり、
周囲が静かでないと聞き落とすことがあります。
むろん、服の上からでは摩擦音などが混じり、感度と精度が落ちます。
聴診器を当てる場所は以下の通り;


(「聴診の基本」)より

心臓の位置と聴診部位がわかるイラストですが、
実際の肌感覚がわかりにくいのでもう一つ、

(「基礎看護技術I」)より

上図のように、心音の聴診部位は左胸(女性では乳房)を横切ります。
つまり、
・聴診部位がブラジャーで隠れていたり、
・直接見えない状態で聴診器を不正確な部位に当てたり、
・Tシャツの上から聴診器を当てたりすると、
本来のオーソドックスな診察より情報量が不足し、
病気の見落とし率が上がります。

ふつうの外来診察でも恥ずかしがって心臓の聴診が十分できないことがあります。
そんなとき私が思うことは、
「乳腺組織がなければこのストレスがないのになあ」。

話を元に戻します。
実際の学校健診時はこんな感じ;

(「学校検診マニュアル」沖縄県南部地区医師会)より

皆さん、心電図検査を受けたことはありますか。
検査の際に、上半身裸になりますよね。
それと同じことです。

2の胸郭異常について。
胸の中央が凹む漏斗胸、逆に盛り上がる鳩胸などがあります。
基本的に目で見て(視診で)判断する病気であり、
重度の場合は手術を考慮します。
これもTシャツや運動着で上半身が見えない場合は、診断できません。

3の脊柱側弯について。
これが問題なんです。
健康調査票(保健調査票、問診票)で事前に家庭でチェックするようになりましたが、所詮素人なので「見逃し率27%」と報告されています。
医師が観察する際は「前屈位で肩甲骨の高さが7mm以上左右差」があるかないかを検出する必要があります;

(「学校検診における運動器健診の実際」栃木県医師会 長島公之先生)より

このような微妙なレベルなので、背中に下着とか服があれば情報不足で判断しきれません。

さて、側湾症とはどんな病気なのでしょうか。
こちらにわかりやすく書いてありますので参考にしてください。

概略を述べますと、
学校検診で見つかる側湾症は原因不明の「特発性側弯症」が多く、
思春期では女子に圧倒的に多く、成長が止まるまで進行する傾向があります。
頻度は思春期女子の2-3%(思ったより高い?)。
症状はまず審美上の問題、そして腰痛や肺機能低下など。
軽症は経過観察ですが、重症になると手術が必要になることがあります。



つまり、
・側湾症は思春期女子に多く、
・進行性であり、
・重度の場合は手術が必要になる病気である、
という中学生女子をターゲットにしたかのような病気です。
学校検診は、この特発性側弯症を早期発見して手術を回避するという役割があるのです。

しかし、恥ずかしいという理由で着衣のまま学校診断が行われると「見逃し」が発生し、訴訟問題(学校医が訴えられる!)に発展したこともあります。


1の「見落としリスク」は家庭での27%より低いものの、医師の視診でも17%と報告されています。どのように診察したのか、不明です。

注目すべきは2の「思春期女児に対する実施の難しさ」です。
学校検診を毎年うけていたのですが、風邪で受診した病院で「脊柱側弯症」と診断されてしまいました。
「えっ、学校検診では引っかからなかったの?」というのが自然の反応ですが、学校医は「思春期の女子に裸の背中を出させることはできず、脊柱健診はしていない」と回答したとのこと。
生徒・保護者の希望により着衣での診察を容認したことが逆に攻められているのです。

じゃあ、どうすればいいんですかあ?
・・・なんだか、揚げ足を取られているような印象。
まあ、学校健康診断が儀式化され、やっつけ仕事になっているという現状があぶり出されたトラブルですね。

学校健診の目的を「病気を症状を自覚しないレベルで早期発見する」
に置くなら、オーソドックスな診察法(脱衣)をすべきでしょう。
それを望まないなら着衣でも何でもどうぞご自由に、と言いたくなります。
その場合は、あとで病気が見つかっても学校医に責任をなすりつけないでください。

と喉まで出かかっているのですが、ケンカ別れになってもまずいので、学校側へいくつか提案してみました。

・女子の診察は女医が担当するよう手配する。
 → 需要に見合う女医さんの数が足りません。

・器械(モアレ画像)を導入する。
 → 全国的には導入する学校がありますが、まだ一般的と言うほど普及はしていないようです。



・事前の説明プリントで「病気を見逃さないための内科診察は脱衣が基本です。希望により着衣も可能ですが、情報不足により病気を見落とすことがあります」と家族・本人に周知してもらい、実際の診察の際は希望スタイルで行う。
 → これが双方の事情を斟酌した現実的な選択でしょうか。

こちらの東京都議会への陳情書によると「児童生徒には学校健診を受ける権利がありますが、義務はない」と断言しています。
つまり「受けたくなければ受けなくてもよい」のです。

これは画期的な解釈!
もう一つ選択肢が思い浮かびました。

・診察を受けたくなければ拒否してくださってかまいません。
 → その代わりにかかりつけ医で健診を受けて書類を書いてもらってください。

上記陳情書には「人権侵害」とか「セクハラ行為」とかの強い言葉が並んでおり、学校健診の意義についてはほとんど触れていません。
こういうクレームのハードルが低くなったご時世で、形骸化・儀式化された学校健診に私は意義を感じられません。

学校健診は流れ作業で“やっつけ仕事”で済ませることもできますが、
“自覚のない(つまり自ら受診しない)病気を早期発見”する重要なシステムとして、細心の注意を払って行うべきものと捉えることもできます。

生徒と保護者は何を求めているのでしょうか?
早期発見の価値を認めず、儀式としか捉えていないと感じるのは、
私だけ?

ああ、引き受けたくなくなってきたなあ・・・。

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ASD(自閉症スペクトラム障害)早期診断・療育のメリット〜1歳半検診の重要性

2022年07月24日 09時30分35秒 | 乳幼児検診
先日、発達障害に関するWEBセミナー(講師は神尾陽子Dr.)を視聴しました。
勉強にはなったのですが、一本調子で2時間近く話し続けるので、
どこがポイントなのかわかりにくく、集中力が持ちませんでした(^^;)。

まずは「フ〜ン、なるほど」と感じた点;
・発達障害は一つの診断名ですむことは少なく、いくつかの要素を持っていることが多い。
・療育開始が早いほど予後がよい。
・1歳半頃に徴候が現れるので、1歳半検診は重要。
・“共同注意”という概念を理解しチェックの際に用いるべし。
等々。特に“共同注意”に重点を置いて説明されていました。

気になるポイントを備忘録としてメモしておきます。

▢ 発達障害への対応
・発達障害は単独の診断名ではなく一つ以上の特性を示すことが多い(ASD+ADHD+DSD・・・)
・発達障害の大多数に併存精神障害を認める→ 支援は一律ではなく個別の特性に応じて行うべき
・発達障害の症状/特性は早期に始まり、ライフコースに渡る。
・対応はまず、養育者の理解を促すこと(育児支援、心理教育)
・そして自己理解へ(上手につき合う)

本来「病名」とは、それをつけることにより治療や生活指導に役立つもの。
いくつも病名がつくような病態なら、その付け方が適切ではないのでは?と思ってしまいます。

現在の精神疾患は「DSM-5」に基づいて分類・診断されていますが、
これは症状を集めて診断するアナログ的手法です。

その背景として、遺伝子診断が日進月歩の現代医学を以てしても、
精神疾患は分類しきれない・整理できないのが現状、と耳にしたことがあります。

いずれにしても、発達障害を含めて精神疾患の病名は、
遺伝子異常による分類が確立するまでは、
これからもコロコロ変わることが予想されます。

▢ ASD早期療育の中長期的なメリット
・一部(25%)にASD症状の著明な改善を認めた(改善群)。
・改善群全員が3歳までに療育を受けていた。
・一般的に開始が早いほうが効果が大きい。
・複雑化してからだと回復に時間がかかる。
・良好なメンタルヘルス(併存障害なし、服薬治療なし)。
・良好なQOL。

早期発見・早期療育が有効であることを強調されていました。
「早期薬物治療開始」ではありません。

▢ ASDはいつからわかるか?
・1歳前ではまだわからない。
・0歳からよく知っているからといって後の発達障害診断を否定できない。
・1歳6ヶ月〜2歳で十分な情報があればわかる。
・全般的な発達の遅れがあればわかりやすい。
・わかりにくい子どももいる(女児、こわがり、発達の良好な子)
・家族歴があればハイリスク。

最近、1歳半検診と3歳児健診を担当するようになったので、
発達障害について基本的なことを勉強中の私です。

1歳半検診でグレーゾーンの子どもを拾い上げ、
保険相談〜療育につなげることの重要性を再認識させていただきました。 

▢ 幼児期の主なASD症状

A. 社会的コミュニケーションおよび対人的相互交流の障害
・“共同注意”が少ない。
・非言語的コミュニケーション(アイコンタクト、身振り、表情)が少ない。
・言葉の後れ、会話にならない、同じ言葉を繰り返す。
・ともだちをつくれない、ごっこ遊びをしない、ひとり遊び。

B. パターン化した行動、興味の限局、感覚過敏
・行動の切り替えの困難、初めての場所、ものへの不安、抵抗。
・新しいことを嫌がる、特定のもの、話題への没頭、興味
・聴覚、触覚などの感覚過敏

今まではなんとなくチェックしていた“指差し”が、
これほど重要であるとは・・・。
 
▢ 1歳時のASDスクリーニング
〜社会性をチェックし「出現しているはずの行動が出現していないこと」を問題視する。

(通常は1歳になるまでに出現している行動)
・アイコンタクト
・他児(兄弟以外)への関心
・微笑み返し
・呼名反応
・人見知り

(通常は1歳6ヶ月までに出現している行動)
・共同注意行動
・身近な大人の動作や言語の模倣

(あればASDを疑うべき行動)
・感覚的な遊びに没頭する
・音や触覚に過敏

▢ “共同注意”の概念
・他者とモノ・コトに向ける注意をシェアすること。
・自分の気持ちを他者の気持ちに重ねることの始まり。
・生後10ヶ月頃からみられるようになる。
 10ヶ月児の通過率:約50%
 1歳6ヶ月児の通過率:100%

▢ 実際の共同注意に関する質問項目

(質問)あなたが部屋の中の離れたところにあるおもちゃを指さすと、お子さんはその方向を見ますか?
★ 質問の意図:指差し追従(他人の指差しに応答する)できるかどうか

(PASS例)お母さんがモノを指さすと、
・指でさされたモノを見る。
・自分もそれを指でさす。
・それを見て、何かそれについて言う。
・もしお母さんがそれを指さして「ほら!」と言えば見る。

(FAIL例)お母さんがモノを指さしても、
・無視する。
・部屋中をキョロキョロ見回す。
・(モノではなく)お母さんの指を見る。

(質問)◯◯ちゃんは、興味を持ったモノを指をさして伝えますか?
★ 質問の意図:興味の指差し:要求の指差しではなく、興味を持っていることを表現するために指差しをするかどうか。1歳6ヶ月児の通過率100%。応答の指差しと区別する必要あり。

(PASS例)
・自分にとって面白いモノを指さして教える。
・お母さんの注意を興味あるモノに引くために指差しする。
例)空を飛んでいる飛行機、道路を通っている大きなトラック、地面の上を這っている虫など

(FAIL例)
・指差ししない、または、時々しか指差ししない。
・要求の指差しはするが、興味を指し示す指差しはしない。

(質問)◯◯ちゃんは、お母さんに何かを見てもらおうとして、モノを見せに持ってきますか?
質問の意図:要求ではなく、共有目的でモノを見せに持ってくるかどうか。1歳6ヶ月児の通過率:92.9%。

(PASS例)◯◯ちゃんはお母さんに見せようとして、
・**を持ってくる。
例)絵やオモチャ、自分が描いた絵、自分が摘んだ花、自分が見つけた虫など

(FAIL例)
・・・モノを持ってくるが、見せるためかどうかは分からない。
例)本(読んでもらうため)、オモチャ(動かす、修復のため)、お菓子(袋を開けて欲しいなど)

“共同注意”の概念は、
「興味のあること・モノを他人と共有することが楽しい、うれしい」
という「人間関係を気づく基本となる感情」なのですね。
 
▢ 日本語版「M-CHAT
・乳幼児期自閉症チェックリスト修正版。
・H30年度診療報酬改定により、検査D283:発達及び知能検査の「操作が容易なもの」(80点)として保険収載。
・対象年齢:16〜30ヶ月
・23項目 親記入式質問紙(はい・いいえ)
・日本語版の特徴:イラストの説明あり
・国内外の大規模研究で、健診場面での有用性が実証済み
 2段階(質問紙→ フォローアップ面接)>質問紙のみ・・・擬陽性例が減る
 2段階 陽性的中率 43〜46%(日本)、54%(アメリカ)
・海外の主要なガイドラインで推奨されている。

▢ A. 社会的障害(M-CHAT)
(園での友達関係)
・ひとり遊びを好む(周囲に子どもがいてもお構いなし、あるいは、周囲に子どもがいる場を避ける)
・自分からは仲間に入らないが、誘われると受け身的に参加する。おとなしい子や年下の子となら遊べる。
・自分から仲間に参加するが、自分のやり方を強要するのでケンカとなり、嫌がられる。
(情緒的反応性)
・他者に無頓着(マイペース)
・他者の気持ちに敏感だが(こわがり?)、意図は分からない。
(言葉の理解)
・言語理解は言語表出と比べて悪い(しゃべるけれども言われたことは理解できない)
・自分の関心のあることしか話さない。
・要求と関連して話しかける(質問に答えることもある)
・言語理解はしているが、答えられない。
・やりとりが目的の会話はできない。

▢ B. 限局・反復的様式と感覚反応(M-CHAT)
・苦手な感覚(聴覚・触覚・視覚・味覚・嗅覚)のために苦手な場面、活動がある。
・今している活動を止めることの抵抗、あるいは新しい活動への切り替えの困難・不安のために、集団生活がストレスになる。
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