小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

アスリートは健康ではない?

2017年10月17日 11時06分41秒 | 医療問題
 体脂肪率一ケタの引き締まったボディ、高い運動能力は健康の象徴です。

 しかし以前、血管外科&漢方医の新見正則先生の講演で、
「トライアスロンは自分を追い詰めるところまでやると健康的とは言えない。トップ選手の中には試合前に帯状疱疹を発症することもあるくらい不健康だ。」
 と聞いて驚いたことがありました。

 そんなタイミングで、トライアスロンの心停止トラブルに関する記事が目に入りました;

■ トライアスロン中の死亡リスクは予想外に高い
HealthDayNews2017年10月1日:Medy
 トライアスロンの参加者がレース中に死亡するリスクは、これまで考えられていた以上に高い可能性が、米アボット・ノースウェスタン病院ミネアポリス心臓研究所のKevin Harris氏らが実施した研究で示唆された。詳細は「Annals of Internal Medicine」9月19日オンライン版に掲載された。
 Harris氏らは今回、米国のアスリートにおける突然死を登録したデータベース(U.S. National Registry of Sudden Death in Athletes)と米国トライアスロン連盟(USAT)のデータを用い、1985~2016年にトライアスロンのレース中に死亡あるいは心停止となった競技者のデータを調べた。
 その結果、同期間に(1)突然死(2)心停止(3)外傷による死亡が計135件発生していた。
 このうちほとんどの突然死および心停止がスイミングのレース中に発生しており、発生件数は90件だった。
 次いでランニング中(15件)、自転車レース中(7件)が続き、レース後のリカバリー中にも8件発生していた。
 このほか、自転車レース中には外傷による死亡が15件発生していた。
 死亡した競技者の85%は男性で、死亡時の平均年齢は46.7歳だった。
 USATの大会への参加者(計477万6,443人)における死亡または心停止の発生率は、10万人当たり1.74人(男性2.40人、女性0.74人)で、男性の死亡リスクは女性の3倍を超えていた。
また、男性では加齢に伴い同リスクが上昇し、60歳以上の男性競技者の場合、死亡または心停止の発生率は10万人当たり18.6人に達していた。
 Harris氏によると、今回の研究で示されたトライアスロン中の死亡リスクは、これまでの推定を上回っているだけでなく、マラソンのレース中の死亡リスクの約2倍に相当するという。
 同氏は「絶対リスクとしてはトライアスロン競技者の死亡リスクは高くはないが、特に40歳以上の男性はこのリスクについて心に留めておくべき」と強調するとともに、「トライアスロンの競技の中ではスイミングのレース中に最も死亡リスクが高まるため、スイミングのために準備を整えておくことは極めて重要」と話している。
 また、一見健康そうでも実際には深刻な心血管疾患があり、激しい運動によるストレスで症状が現れることも考えられるという。
 このため、Harris氏は40歳以上の男性のトライアスロン競技者に対し、レースに参加する前に冠動脈疾患のリスク因子を精査しておくことを勧めている。


 トライアスロンのスイミングでの死亡事故は時々耳にしますね。
 次の記事は、運動中の心停止トラブルと性ホルモンを関連づけた学会発表です。
 やはり過剰な運動負荷は体に悪いようです。

 女性アスリートでも減量と激しい運動の結果、無月経になることが問題視されていますね(「女性アスリートの三主徴」)。

■ 「走り過ぎ」で男性ホルモン低下、心停止に 〜新概念「運動ストレス性低テストステロン症」を提案
2017年10月13日:メディカル・トリビューン
 よこすか女性泌尿器科・泌尿器科クリニック(神奈川県)院長の奥井伸雄氏は、マラソンなどのスポーツ大会で心停止などを起こしたトラブル症例の検討から、「スポーツ大会での心停止は日常生活での過剰な運動による低テストステロン症が原因」とする仮説を第28回日本性機能学会(9月21~23日)で報告した。
 トラブル症例の特徴として、有意なテストステロンの低値、有意に多い運動量、睡眠と性機能の障害が判明したことから、今回の仮説を立てた。同氏は新たな概念として「運動ストレス性低テストステロン症」を提案、スポーツ大会での心停止のハイリスク症例を事前に予測する指標としてテストステロンが有効である可能性があるとしている。なお、この演題は、同学会2017年度最高論文(学会賞)を受賞した。
過剰な運動量と低テストステロンが心停止を誘発?
 奥井氏は、自身が医療班として参加したスポーツ大会でトラブルを起こし、外来受診を促した参加者のうち、同クリニックを受診した40歳代、50歳代の60例についてテストステロンなどを調べた(トラブル群)。過去3カ月間とスポーツ大会でけがの経験がない健常者(正常群:20例)、同クリニックに通院中の加齢男性性腺機能低下症候群(LOH)の患者(LOH群:10例)と比較した。
 その結果、日常の運動量(走行距離)は正常群150±32km/月、LOH群46±11km/月であるのに対しトラブル群では250±51km/月と有意に多かった。また、トラブル群は他の2群に比べ総テストステロンが有意に低かったLOHの診断に使われる症状質問票のaging male's symptoms(AMS)スコアはLOH群で全般的に点数が高く問題を抱えていたが、トラブル群は睡眠と性機能のみで点数が高い特徴があった(表)。

表. 各群の特徴

(奥井伸雄氏提供)

 同氏はこうした知見から運動ストレス性低テストステロン症という概念を立て、該当する患者をさらに検索した。心電図上の変化は乏しいため事前に見つけることが困難などの特徴も明らかになった。また、3カ月安静にすることでテストステロン、貧血、AMSスコアが正常化することも分かった。
 同氏は、日常的な過剰運動が心臓に負担をかけるとともに低テストステロン症を引き起こし、低テストステロン症が性機能の低下を招いたと推測。低テストステロン症がなんらかの影響を与え、スポーツ大会での心停止を引き起こしたと考えている。
 イタリアからの報告では、事前の心血管スクリーニングで特定の人を運動制限させることでスポーツ大会での突然死を25年間で10分の1に減少できた(JAMA 2006; 296: 1593-1601)。同氏は、性機能の問診がハイリスク例のスクリーニングに使えるのではないかとしている。
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「卵を早期から摂取すると卵アレルギーにならない」を誤解していませんか?

2017年10月13日 13時24分04秒 | 食物アレルギー
 数ヶ月前に「離乳食で卵を早期から摂取させると卵アレルギーを予防できる」という報告が医師向けに公表され、話題になりました。

■ 「鶏卵アレルギー発症予防に関する提言」の発表について

 これは対象を限定した研究発表に基づくものであり、一般論として普及させるべきモノではありませんでした。
 しかし現実には、メディアが大きく報道した影響で「健康な子どもでも早めに卵を食べさせた方がよい」という誤解と伴って普及してしまいました。

 その状況に警鐘を鳴らす意味で、日本小児アレルギー学会から先の提言の説明が新たに公表されるに至りました。

 その内容のポイントを挙げますと、

1.対象は乳児アトピー性皮膚炎に限定され、
2.かつ、治療により湿疹がなくなった状態に限定され、
3.1と2を満たす患者に卵を医師の管理下で生後6ヶ月時点で微量摂取からはじめて増量していくプログラムを行ったら卵アレルギー発症率が低くなった。


 ということです。
 つまり、この研究結果からは、
① 健常児
② 治療により湿疹がよくならない乳児アトピー性皮膚炎患者
 は対象にならない
と云うことです。

 さらに云うと、卵を開始する時期、量によっては卵アレルギー発症を防ぐ効果がないという報告もあるので、健常者が「何となく卵を早く食べ始めるといいらしい」というレベルの話では断じてない、ということです。
 誤解なきよう。

「鶏卵アレルギー発症予防に関する提言」の解説:小児科の先生方へ
「鶏卵アレルギー発症予防に関する提言」の解説:患者・一般の皆様へ


 脱線しますが、英国の卵摂取事情に関する記事を見かけたので紹介します。
 イギリスでは赤ちゃんに卵を食べさせなかった、しかし理由はアレルギーではなくサルモネラ感染症が恐いから。
 安全宣言が出されたので、解禁になったらしいです。

■ 英国でも生卵が全面解禁 赤ちゃんも妊婦も食べてOK
2017年10月12日:BBC
 英国ではこれまで生卵の安全性について、乳幼児や高齢者、妊婦は食べてはいけないと言われてきた。しかし英食品基準庁は11日、生産方法や衛生状態が改善したため、品質保証の赤い「ブリティッシュ・ライオンマーク」がついた卵は、誰でも生で食べて大丈夫だと基準を変更した。
 英国では1988年12月、当時のエドウィナ・カリー保健相が「英国の卵はすべてサルモネラ菌に感染している」と発言し、卵の消費量が激減する騒ぎがあった。英国では前年、卵によるサルモネラ菌感染が20件以上起きていた。
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川崎病患者2015年に過去最多を記録

2017年10月12日 07時39分04秒 | 小児医療
 何かが起きているのでしょうか。
 文中に「過去3回(1979、82、86年)の全国的な流行」とありますが、感染症ではないので不適切な表現だと思います。
 私が医者になった頃、この流行の最後の方で、小児科病棟の大部屋の一つが「川崎病部屋」でした。

■ 川崎病患者2015年に過去最多を記録〜2015~16年の川崎病全国調査成績
2017年10月10日:メディカル・トリビューン
 2015~16年の2年間における川崎病患者の実態を調査した「第24回川崎病全国調査」の成績が、日本川崎病研究センター川崎病全国調査担当グループで自治医科大学衛生学教室教授の中村好一氏らによって9月28日に公開された。同調査は1970年以降2年に1回行われてきたが、2015年の患者数は過去最高で1万6,323人、罹患率は大規模な流行が発生した1982年よりも高かった。
従来通り男性で高い罹患率
 同調査では、2015年1月1日~16年12月31日に小児科を標榜する100床以上の病院および100床未満の小児専門病院を受診した川崎病初診患者について、郵送または電子メールで調査を実施。調査対象は1,881施設で、1,444施設から回答があった(回答率76.8%)。このうち、患者報告は965施設からあった。
 その結果、患者数は2015年が1万6,323人(男性9,385人、女生6,938人)、2016年が1万5,272人(同8,675人、6,597人、図)。過去23回の全国調査で報告された患者を含めると2016年末までの患者数は計36万2,710人(同20万9,508人、15万3,202人)になった。

図. 年次別、性別患者数・罹患率

(第24回川崎病全国調査成績)

 2015年と2016年の罹患率(0~4歳人口10万対)はそれぞれ330.2人(男性371.2人、女性287.3人)、309.0人(同343.2人、273.2人)で、2015年の罹患率は過去最高だった。
 患者数の男女比は1.33、罹患率の男女比は1.27で、いずれも男性の方が高く、これまでの結果と同様であった。
罹患率が著明に上昇
 患者数の年次推移を見ると、過去3回(1979、82、86年)の全国的な流行を経た後、1995年ごろから年々増加している。2010年には1万2,755人と1986年の流行年(1万2,847人)とほぼ同数に達した。2013年以降は1万5,000人を超え、過去最大の流行が見られた1982年(1万5,519人)を超えた。
 その後も患者数は増加し続け、2015年には患者数、罹患率ともに過去最高を記録した。2016年には患者数がやや減少(1万5,272人)し、1982年とほぼ同数であったが、罹患率(0~4歳人口10万対330.2人)は1982年(同196.1人)の1.58倍と著明に上昇している。その理由として少子化の影響で罹患率を算出する際の分母となる0~4歳人口が減少したことが挙げられる。
 患者数の月別、季節別の推移を見ると、過去6年間はほぼ同様の季節変動が見られ、秋季(9~10月)に少なく、春季~夏季に増加が見られた。2015年1月には過去最高の患者数であったが、2016年は夏季(6~7月)に少なく、秋季(10~11月)に増加が見られた。
 患者数の年齢分布を見ると、3歳未満の割合が全体の64.1%(男性65.1%、女性62.7%)を占めていた。2015年、2016年の性・年齢別の平均罹患率を見ると、出生直後は低いが、生後9~11カ月時にピーク(人口10万対、男性598.3、女性431.9)に達し、その後は年齢と共に減少する、一峰性の分布が認められた。この傾向はこれまでと同様であった。


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ペットから人に感染する、あなどれない感染症「SFTS」

2017年10月12日 06時06分56秒 | アレルギー性鼻炎
 重症化しやすい重症熱性血小板減少症候群(SFTS)。
 死亡率は約20%!
 本来はマダニに噛まれて感染する疾患ですが、ペットを介した感染もあり得ることがわかってきました。
 先日、野良ネコに噛まれた女性が死亡したことが報告されましたが、今回は飼い犬から、それも噛まれたエピソードはないとのこと。
 
■ マダニ感染症、ペットから人に感染 世界で初確認
2017年10月10日:朝日新聞

 野良ネコによる感染例のニュースも挙げておきます。2017年7月のことでした。
 患者血液との直接接触が原因と考えられるSFTSのヒト-ヒト感染の事例も報告されていると書かれています。
 くわばらくわばら・・・。

■ 具合の悪いネコはSFTSを発症している恐れも〜野良猫に噛まれた女性、SFTSで死亡
2017/8/1 日経メディカル
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2018年シーズンのスギ花粉症予測

2017年10月06日 06時34分51秒 | 花粉症
 早くも2018年シーズンの花粉飛散情報が届きました。

■ 来シーズンの花粉飛散予測は!?天気.jp



 ムムッ、関東地方は160%と多いのですね(T_T)。
 おや?
 こんなニュースも。

■ 来春のスギ花粉は多いか少ないか? 正反対の日本気象協会とウェザーニューズの予想
2017/10/11:J-CASTニュース
来年春のスギ花粉は多いか少ないか。気象予報の民間大手、日本気象協会とウェザーニューズの予想が「まっこうから対立しています」と水卜麻美アナが伝えた。こんなことは初めてだそうだが、どちらにも根拠があるというのだから、花粉症の人は「なんで?」「どちらを信じていいのか」と言いたくもなる。
今月(2017年10月)発表された予想は、日本気象協会が「多い」で、東北から近畿までの広い範囲でスギ花粉が増え、とくに関東地方は前年の2倍になるという。ウェザーニューズは「少ない」で、四国や近畿で減り、とくに関東は半分以下の地域もあると見た。
夏の暑さ、どう評価
根拠は「今年(2017年)7月が全国的に高温のため、花の成長が盛んで、花粉も増えた」(日本気象協会)、「夏前半は猛暑だったが、8月に一転して雨が多かったため、花はさほど成長しなかった」(ウェザーニューズ)という。両社の担当者はそれぞれ「自信がある」「データに基づいている」と強調している。
30年以上スギ花粉を研究している佐橋紀男さんは「たしかに7月の暑さで花は成長したので花粉が多めの傾向はあるが、日本気象協会がいうように東京で2倍まではいかない」と話す。
両社とも年内にもう一度、予想を発表する予定。来年1月には東京都も予想を発表する。


 う〜ん、多いのか少ないのか、予想不能なのですか(^^;)。

 まだ秋なので、現在飛散している花粉はブタクサ、ヨモギ、カナムグラ、それとセイダカアワダチソウです。

■ 花粉症を引き起こす植物と飛散シーズンweathernews

(左からブタクサ、ヨモギ、カナムグラ)




 秋の花粉はスギ/ヒノキの花粉より小さいので、目の結膜や鼻粘膜に付着するだけでなく、期間の奥まで到達しやすいので咳も出やすいとされています。
 毎年この時期になると調子が悪くなる人は、秋の花粉症かもしれません。
 くしゃみ、鼻水、鼻づまり、目の痒み、咳が2週間以上続く場合は、風邪ではなく花粉症の可能性があります。医療機関にご相談を。
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レディー・ガガも苦しむ「線維筋痛症」

2017年10月06日 06時03分37秒 | アレルギー性鼻炎
 「線維筋痛症」という疾患、医師にとっても捉えにくい概念です。
 “痛み”という症状は主観的なので科学的に評価しにくい減少だからでしょうか。

■ 「線維筋痛症」(疼痛.com
■ 「線維筋痛症とは」(線維筋痛症友の会
■ 「線維筋痛症」(リウマチ情報センター

 HPVワクチンの副反応と共通している印象もあります。
 なぜかというと、「日本線維筋痛症学会」の理事長西岡久寿樹氏は、HPVワクチンの副反応を「HANS症候群」として定義したものの、その基準があまりにも非科学的なので医学界では認められていないという現実があるからです。

 漢方治療が効果があるという話も耳にしますね。

■ レディー・ガガも苦しむ線維筋痛症の実態
提供元:HealthDay News:2017/10/06
 先日、米国の人気歌手レディー・ガガが線維筋痛症に苦しんできたことをソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で明らかにした。線維筋痛症に伴う慢性疼痛などの症状を理由に、予定されていた欧州ツアーの延期も決定されている。今回のレディー・ガガのニュースをきっかけに、まだ十分解明されていないこの疾患への関心が高まっている。
 線維筋痛症を発症すると、身体の広い範囲で疼痛が持続し、疲労や睡眠の質の低下、記憶力や集中力の低下などがもたらされることもある。また、光や音への過敏性や不安、抑うつなどの精神症状を伴う場合もある。米ミシガン大学麻酔科学・リウマチ学・精神科学教授のDaniel Clauw氏によると、線維筋痛症でみられる疼痛や障害は、他のどの慢性疼痛を伴う疾患よりも深刻であることが多いという。
 これまで、線維筋痛症に関する研究を主導した経験を持つ米マサチューセッツ総合病院統合疼痛神経画像センターのMarco Loggia氏も、「研究を通じて出会った患者のほとんどが、この疾患によって大きな打撃を受けている。重い症状のため、仕事をしたり、通常の社会生活を送ったりすることが難しい患者もいた」と振り返る。
 線維筋痛症はまれな疾患ではない。米国の非営利団体である全米線維筋痛症・慢性疼痛協会(NFMCPA)によると、この疾患の有病率は世界で4%と推定されており、米国には500万~1000万人の患者がいるという。患者の約80%が女性で、小児期に発症することもあるが、中年期に診断される場合が多い。
 その原因について、米国立関節炎・骨格筋・皮膚疾患研究所は「現時点では明確には分かっていない」としている。ただ、一部の専門家は、線維筋痛症の発症には交通事故などの外傷を伴う出来事や複数回にわたる負傷の経験のほか、中枢神経系の障害、遺伝的素因などが関与しているのではないかとの見方を示している。
 さらにLoggia氏らによると、米国とドイツの研究グループが最近、一部の線維筋痛症患者では末梢の小径神経線維に異常があることが示唆されたと報告している。また同氏の研究グループも、線維筋痛症患者の多くが苦しんでいる慢性背部痛には脳の炎症が関与している可能性があることを突き止めたという。
 ただ、原因がはっきりとしていないために「線維筋痛症の痛みは気のせいだ」と信じている人も多いのが現状だ。Loggia氏は「以前から線維筋痛症患者は疑念や偏見の目を向けられがちで、患者のケアに当たるべき立場にある医師でさえ、そのような態度をとる者がいた。現在も『線維筋痛症患者の痛みは気のせいで、本当の痛みではない』とみなされることは珍しくない」と指摘する。しかし、MRIなどの脳画像検査による研究では、線維筋痛症患者が経験する痛みへの過敏性は実際に存在することが確認されているという。
 線維筋痛症に対する治療法としては、疼痛コントロールを目的にオピオイドによる治療やヨガ、認知行動療法(CBT)などが行われているが、いずれも治癒を導くことはほとんどない。Clauw氏は「線維筋痛症患者が今、一番必要としているのは、より効果的な治療法だ」と強調する。
 今回のレディー・ガガのニュースを受け、Loggia氏は「線維筋痛症患者の多くは診断されないまま症状に苦しんでいるが、レディー・ガガの場合、若いうちに診断されたのは幸いだった。彼女はレディー・ガガだから線維筋痛症であることを早期に認識してもらえ、より適切な治療を受けることができた。しかし、彼女とは置かれた環境が異なる多くの患者にとっては、診察に応じ、真剣に対処してくれる医師を見つけることさえ困難なのが現状だろう」とコメントしている。


<追記>

■ ガガさんの「線維筋痛症」 女性に多く完璧主義は注意
2017/10/20:日経Gooday
 「骨が裂けるような」痛みが特徴の線維筋痛症。実は日本でも潜在的に200万人の患者がいるといわれています
 米国の人気歌手、レディー・ガガさんが活動休止を発表し、「線維筋痛症と闘病中だ」と明かした。日本でも潜在的に200万人の患者がいるといわれながら、あまり知られていない線維筋痛症とは、一体どんな病気なのだろうか? 国際医療福祉大学教授で山王病院心療内科部長の村上正人さんに聞いた。

「骨が裂けるような」激しい全身の痛みが特徴
 線維筋痛症とは、全身の激しい痛みが特徴的な病気だ。痛みは急に発症し、慢性化する。患者の痛みの訴えは「筋肉がひきつれるような」「骨が裂けるような」「全身をガラスの破片が巡っているような」などと表現され、重症な場合には、「痛みで失神してしまう」「布団が背中に当たるのが痛くて、1年も横になって眠れていない」「ものを飲み込むと喉が痛くて食事がとれない」といったケースもあるそうだ。
 「筋肉は骨膜という骨の膜についていて、関節周辺の筋肉が収縮するたびに骨膜を引っ張るため、骨が裂けるような激しい痛みを感じるのです。健康な人でも似たような痛みを一時的に経験することは珍しくありませんが、それが何年も回復せず、全身に起こるのですから、非常につらい病気です」(村上さん)
 骨格筋だけでなく、内臓なども含めて、深いレベルまで全身の筋肉がけいれんのようにひきつれるため、胃腸障害や月経困難症、排尿障害、血流不全など全身に不調をきたす。痛み以外にも、慢性的な疲労感、眠れない、しびれ、こわばり、口の渇き、頭痛、光がまぶしいなど多彩な症状が見られ、うつ病、強迫性障害など精神疾患の合併も少なくない。
 男女比は1対5~8、年齢では30~50代と中高年の女性に多く、国内でも潜在的に200万人の患者がいると推定されているが、そのうち医療機関にかかっているのは5万人程度だという。治療を受けている人が少ない背景には、セルフケアでなんとか付き合っている軽症の人も多いことや、多くの科に関わる多彩な症状が表れることからなかなか診断にたどりつかない、治療がうまくいかずに病院から遠ざかる人もいる、といったことが考えられる。
 他の病気との鑑別という意味でも、各科に横断的な知識を踏まえて総合的な診断が求められる。一般的に次のような米国リウマチ学会の線維筋痛症分類基準(1990年)に沿って診断されるが、2010年にも新しい予備診断基準が発表され両方の基準を参考に診断されている。

・広範囲の痛みが3カ月以上続く
・18カ所の圧痛点(図)を指で押すと11カ所以上で激痛が走る
・原因となるほかの病気が認められない

(c)alila-123rf

■痛み信号を増幅する脳のシステム異常
 線維筋痛症の原因はまだはっきりとは解明されていないが、脳の痛みを感じるシステムに何らかの異常があるのではないかと考えられている。
 「痛みに対する脳の過敏性があり、その背景に中枢神経系の神経細胞の炎症があるのではないかという説が有力です」(村上さん)
 線維筋痛症の患者には、アロデニアと呼ばれる、触覚が痛覚に変わる現象が見られることがあり、ちょっとした接触、服のこすれ、気圧や気温、音や光などの外的刺激を激痛と感じてしまう。このように痛み刺激に過敏になるだけでなく、通常では局所に限定されるはずの痛みが全身に広がる。ということは、「痛み刺激を繰り返し体験することで脳の中枢の炎症が慢性化して、入力された痛みの信号を増幅させるような指令が出されている可能性がある」と村上さんは言う。

■発症や予後には心のクセが関係する?
 線維筋痛症の発症には、2つの段階があると考えられている。多くの場合、最初の段階として、何らかの身体的外傷(手術、事故などの外傷、オーバーワークによる肉体的負荷など)や心的外傷(虐待やショックな体験によるトラウマなど)を負っているという。
 2つ目の段階が、過去の外傷からある程度経過した後に、新たな外傷やストレスが加わることだ。それをきっかけに発症することが多く、背景には、自分の体に負荷をかけ続ける行動パターンになりやすい「過剰な几帳面さ」「強迫性」「完璧性」といった気質が関係しているという。
 「だからこの病気は活動性の低い人には起こりません。患者には共通して、厳しい世界で完全性を求めたり、運動などでも徹底的に鍛えるといった、完璧主義で活動性が高い一面があります」(村上さん)

■心の持ち方を含めた多面的アプローチが重要
 治療は対症療法で、まずは症状に合わせた薬によって痛みを和らげる。神経障害性疼痛(とうつう)緩和薬(プレガバリン)、抗うつ薬、抗けいれん薬などが使われる。
 「一時期に比べれば、何年も病名が分からず苦しむというケースは減って、早めに治療が受けられるようになってきました。しかし、薬物療法の効果は病気全体の6割くらいまで。残りの4割を埋めるには生活全般にわたる改善が関わってきます」(村上さん)
 薬以外には、運動療法や認知行動療法、リハビリテーションなどが行われる。個人個人に合わせた多面的なアプローチが必要だ。
 「運動が効果的と聞くと、休まず徹底的に頑張ってしまう人もいます。症状や背景を総合的に理解して、根本的な心の持ち方から見直していくことが大切です」(村上さん)
 先述のように、痛みの刺激が慢性的に繰り返し脳に伝達されることで、中枢の神経細胞に炎症が起きると考えると、一度痛みが出たときに放置せずしっかりケアをして、悪循環を断ち切ることが大切になる。ケアをしないまま無理に負荷をかけ続けてしまうと、脳に痛み刺激を与え続けることになり、発症につながる。
 ガガさんは病気の公表に当たって「病気の啓発と患者同士の出会いにつながることを願っている」と述べたという。自分はこの病気ではないから関係ないと思っているあなたの中にも、頑張り過ぎる一面や、「完璧にしなければ」「もっと努力しなくちゃ」といった行動上の特性はないだろうか。
 線維筋痛症という病気から、オーバーワーク、オーバートレーニングの危険性を学ぶことができる。ときには立ち止まって自分をいたわることも大切なことだ。特に長引く痛みがあったら要注意。痛みが3カ月以上続く、徐々に強くなる、全身に広がる、一般的な鎮痛薬が効かない、といったことがあったら、早めに受診しよう。線維筋痛症を診療している医師は日本線維筋痛症学会のホームページから検索できる。



■ 線維筋痛症GLが4年ぶりに改訂 〜新たに抗うつ薬(SNRI)、弱オピオイド薬を強く推奨
2017年10月26日:メディカル・トリビューン
 線維筋痛症診療ガイドライン(GL)が4年ぶりに改訂、2017年版が刊行された。2014年に日本医療機能評価機構の医療情報サービス(Minds)が国際的な動向に歩調を合わせた形でGLの定義を変更したことや、臨床で使用できる薬剤が拡大したことなどに対応した。
・新たな治療薬としてセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)デュロキセチン、三環系抗うつ薬アミトリプチリンが最も推奨度の高い「実施する」とされた。
・弱オピオイド薬のトラマドール、トラマドール-アセトアミノフェン配合薬も「実施する」と記載された
ーことなどが主な変更点だ。

アルゴリズムにはEULAR2016を採用
 第9回日本線維筋痛症学会(10月14~15日)で桑名市総合医療センター(三重県)リウマチ膠原病内科の松本美富士氏が「線維筋痛症診療ガイドライン2017」の内容を紹介した。同GLは、MindsのGL作成の手引きに従いGRADE Systemを用い、AGREEⅡによる評価を考慮して国際標準に耐えうるものとして作成された。同学会が日本医療研究開発機構(AMED)研究班と合同で作業を進め、市民・患者代表も参加した。47のクリニカル・クエスチョン(CQ)の他に、疾患の解説とトピックス、診療上必要な資料集も盛り込み、線維筋痛症の教科書として活用できるようにしてある。疾患概念そのものの理解が必ずしも進んでいない現状を配慮し、GLのCQとしては珍しく疾患概念が掲載された。
 診断には、米国リウマチ学会(ACR)の分類基準(1990年)、ACRの診断予備基準(2010年)、Wolfeらの改訂基準(2011年および2016年)が挙げられ、日本人での有用度も高いとされた。新しい基準ほど簡便で使いやすいものの、疼痛よりも随伴症状に重点を置いてあるため、診断には慢性疼痛や精神疾患との鑑別が必要になることに注意が必要だという。
 診断と治療のアルゴリズムに関しては欧州リウマチ学会(EULAR)が2016年に公表したGLのものを採用。治療に関してはまず、患者・家族への教育、情報提供を行い効果が見られなかったときに物理療法を行い、さらに効果不十分なときには個別化治療を追加する流れになっている(図)。

図. 診断と治療のアルゴリズム
1710067_fig1.jpg
(EULARガイドライン2016)

GL普及で均てん化した地域完結型医療の実現に
 疼痛に対する薬物療法では、前回GLと同様、プレガバリンが「実施する」、ガバペンチンは2番目に高い推奨度の「提案する」とされた。抗うつ薬では、アミトリプチリン、デュロキセチンが新たに「実施する」とされたが、ミルナシプランはエビデンスの強さが最も高い「A」だが、わが国では保険適応がないため「提案する」とされた(表)。

表. 薬物療法、非薬物療法のエビデンスと推奨度

薬物療法
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非薬物療法
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(図、表とも松本美富士氏提供)

 非薬物療法で「実施する」とされたのは、認知行動療法と運動療法。「提案する」には、鍼灸と「WAON(和温)療法」が含まれた。
 線維筋痛症を診療できる医療機関はまだ限定的だが、GLを作成した日本線維筋痛症学会は200万人とされる患者に対して、均てん化した地域完結型医療を実現するために同GLの普及を図りたいとしている。
 松本氏は「数年ごとの改訂のために常設委員会の設置も検討していく。また、GL作成メンバーが固定化してきているので、若い学会員の参加を促していきたい」と今後の課題を挙げた。
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