にわかに戦意を露わにした高原に対し、死夢羅は得物の大鎌を出すでもなく、相変わらず隙だらけのまま、にやにやと笑みを崩そうとしなかった。
「わしは、お前の計画を邪魔するつもりはない。いや、大いに支援してやっただろう」
「この期に及んで何を訳の分からないことを・・・」
高原は聞く耳持たぬとばかりに気を剣先に集中した。その時である。高原の目の前で、再び死夢羅の姿が奇妙にぶれ、唐突に背が縮み、肉付きと顔色が良くなって、頭髪が後退した。更に衣装まで、黒マントのタキシード姿から、格子縞のはち切れそうなスーツ姿へと変化した。
「ごきげんよう、高原博士」
それは、ドリームジェノミクス社とナノモレキュラーサイエンティフィックの設立運営資金を提供した資産家、嶋田輝の姿に他ならなかった。まりが転がるような甲高い声やちょび髭を右手でいじる癖が、全く本人とうり二つである。
「愚かな・・・。今更そんな変身で私の目は誤魔化されはせんぞ!」
すると嶋田の好々爺とした微笑みが、突然嘲りを伴った不快な笑いに豹変した。
「まだ判らないかね、高原博士?」
「?」
高原の大脳前頭連合野に、不安の色をしたクエッションマークが点滅しはじめた。それを振り切るように高原は言った。
「何が、言いたい?」
努めて冷静さを保つよう、高原は口調を抑えた。だが死夢羅は、その音色の微妙な硬さにほくそ笑んだ。
「判らないかね? そうか、判らないのか・・・」
初めは堪えるような押し殺した含み笑いが、次第にボリュームを上げて高原の鼓膜を不快に乱打した。
「これはいい! あの三人に偉そうに説教を垂れていたお前が、まぁだ判らないと言うのかね! まさに傑作だな!」
「黙れ! 何を言おうともはや貴様に生き残る術はない! ここで貴様を粉微塵にうち砕いてから改めて夢阻害因子をばらまけば、貴様等夢魔共もそれで終わりだ!」
「まだあの鳩共の持つ改変鳥インフルエンザウィルスが、自分の作ったものだと信じているのかね、高原博士?」
「何っ?!」
「やはり、自分の見える世界以外はまるで鈍いな。しょうがない、いつまでも話が見えていないようではわしも楽しめぬからな。教えてやろう。お前の研究資金は、この「私」が出してやったのだ」
資産家の丸い身体を凝視して、それがどうした、と高原は言おうとした。が、その瞬間、高原は、嶋田輝の姿をした死夢羅が一体何を言っているのかを唐突に理解した。三顧の礼で自分を迎え、ここの施設を提供した好々爺の正体を、今突然に理解したのだ。だがそれは、あまりに受け容れがたい屈辱に満ちた内容だった。毎夜怒りを忘れぬようあの悪夢を再現し続け、憎しみと闘志をかき立て続けたその相手が、自分の研究を全面的にバックアップしてくれた恩人だったとは! 内心の驚愕が、剣先の震えを生み出した。心のどこかで、惑わされるな、これも奴の手だ、と警告する理性の声が囁いたが、事実の破壊力は、その程度で再建できるほど生やさしくはない。高原の気が見る間に輝きを失うと共に、嶋田輝の身体を中心とした暗黒の瘴気の力が、急激に増していった。
「お前は夢の遺伝子やドリームガーディアン遺伝子、それにナイトメア遺伝子を研究した。夢魔が人間に取り憑く経路もかなりの部分まで明らかにした。だが、お前は何よりもまずドリームガーディアン遺伝子の発現阻止を第一に考えてくれただろう。吉住の進言、即ちわしの要求に従って。おかげでわしは、充分余裕を持って、夢遺伝子阻止因子の代わりに、DGgene阻止因子を持たせたインフルエンザウイルスを、吉住明に用意させることが出来た。あとはわしの掌で踊っているとも知らず、寝る間も惜しんで仕事に邁進する愚か者を見物していればよかったと言うわけだ。これはこれでなかなかの娯楽だったぞ」
確かに、この事業における最大の障害が、自分以外のドリームガーディアン能力を持つ者達だと注意を喚起したのは吉住明だった。マイクロニードルによる抑止法を提案したのも吉住だ。だが、自分でもそれは考えていた。特にもっとも自分に近い力を持つ少女、綾小路麗夢が、最大の障害になりかねないと危惧していたのだ。だからこそ、少々アクロバットなやり方で自らその能力を封印するために行動した。だが、その事を改めて死夢羅から告げられた今、高原は本当にその考えが自分の発案に基づくものなのかどうか、自信を持って断言することが出来なくなった。死夢羅の笛に合わせて舞っていたと言う事実が、高原を支えていた強固な自信に致命的な傷を付けていたのである。
「おかげでわし自身も知りたかった夢の謎の一端を、お前が解いて見せてくれた。より効率よく、全ての愚かな人間共に悪夢を届ける方法も準備できた。あの厄介な小娘に邪魔されることなく、だ! 高原、全てお前の研究と協力のおかげなのだよ!」
死夢羅はその傷へ丹念に塩をなすり込むように言葉を続けた。
「ああ、もちろんウイルスの毒性も強力なものに改変したぞ。これで多くの人間が高熱を発しながらおぞましき悪夢のうちに死ぬことになろう。それを乗り越えて、辛うじて生き残った者共にも、際限ない悪夢に取り込まれる絶望の未来が残されている。これで、永劫続いた光と闇の最終戦争が、闇の勝利で確定されるのだ。感謝するぞ高原」
死夢羅は、一人呆然と立ちすくむ高原を残して、階段に足を向けた。
「わしは、お前の計画を邪魔するつもりはない。いや、大いに支援してやっただろう」
「この期に及んで何を訳の分からないことを・・・」
高原は聞く耳持たぬとばかりに気を剣先に集中した。その時である。高原の目の前で、再び死夢羅の姿が奇妙にぶれ、唐突に背が縮み、肉付きと顔色が良くなって、頭髪が後退した。更に衣装まで、黒マントのタキシード姿から、格子縞のはち切れそうなスーツ姿へと変化した。
「ごきげんよう、高原博士」
それは、ドリームジェノミクス社とナノモレキュラーサイエンティフィックの設立運営資金を提供した資産家、嶋田輝の姿に他ならなかった。まりが転がるような甲高い声やちょび髭を右手でいじる癖が、全く本人とうり二つである。
「愚かな・・・。今更そんな変身で私の目は誤魔化されはせんぞ!」
すると嶋田の好々爺とした微笑みが、突然嘲りを伴った不快な笑いに豹変した。
「まだ判らないかね、高原博士?」
「?」
高原の大脳前頭連合野に、不安の色をしたクエッションマークが点滅しはじめた。それを振り切るように高原は言った。
「何が、言いたい?」
努めて冷静さを保つよう、高原は口調を抑えた。だが死夢羅は、その音色の微妙な硬さにほくそ笑んだ。
「判らないかね? そうか、判らないのか・・・」
初めは堪えるような押し殺した含み笑いが、次第にボリュームを上げて高原の鼓膜を不快に乱打した。
「これはいい! あの三人に偉そうに説教を垂れていたお前が、まぁだ判らないと言うのかね! まさに傑作だな!」
「黙れ! 何を言おうともはや貴様に生き残る術はない! ここで貴様を粉微塵にうち砕いてから改めて夢阻害因子をばらまけば、貴様等夢魔共もそれで終わりだ!」
「まだあの鳩共の持つ改変鳥インフルエンザウィルスが、自分の作ったものだと信じているのかね、高原博士?」
「何っ?!」
「やはり、自分の見える世界以外はまるで鈍いな。しょうがない、いつまでも話が見えていないようではわしも楽しめぬからな。教えてやろう。お前の研究資金は、この「私」が出してやったのだ」
資産家の丸い身体を凝視して、それがどうした、と高原は言おうとした。が、その瞬間、高原は、嶋田輝の姿をした死夢羅が一体何を言っているのかを唐突に理解した。三顧の礼で自分を迎え、ここの施設を提供した好々爺の正体を、今突然に理解したのだ。だがそれは、あまりに受け容れがたい屈辱に満ちた内容だった。毎夜怒りを忘れぬようあの悪夢を再現し続け、憎しみと闘志をかき立て続けたその相手が、自分の研究を全面的にバックアップしてくれた恩人だったとは! 内心の驚愕が、剣先の震えを生み出した。心のどこかで、惑わされるな、これも奴の手だ、と警告する理性の声が囁いたが、事実の破壊力は、その程度で再建できるほど生やさしくはない。高原の気が見る間に輝きを失うと共に、嶋田輝の身体を中心とした暗黒の瘴気の力が、急激に増していった。
「お前は夢の遺伝子やドリームガーディアン遺伝子、それにナイトメア遺伝子を研究した。夢魔が人間に取り憑く経路もかなりの部分まで明らかにした。だが、お前は何よりもまずドリームガーディアン遺伝子の発現阻止を第一に考えてくれただろう。吉住の進言、即ちわしの要求に従って。おかげでわしは、充分余裕を持って、夢遺伝子阻止因子の代わりに、DGgene阻止因子を持たせたインフルエンザウイルスを、吉住明に用意させることが出来た。あとはわしの掌で踊っているとも知らず、寝る間も惜しんで仕事に邁進する愚か者を見物していればよかったと言うわけだ。これはこれでなかなかの娯楽だったぞ」
確かに、この事業における最大の障害が、自分以外のドリームガーディアン能力を持つ者達だと注意を喚起したのは吉住明だった。マイクロニードルによる抑止法を提案したのも吉住だ。だが、自分でもそれは考えていた。特にもっとも自分に近い力を持つ少女、綾小路麗夢が、最大の障害になりかねないと危惧していたのだ。だからこそ、少々アクロバットなやり方で自らその能力を封印するために行動した。だが、その事を改めて死夢羅から告げられた今、高原は本当にその考えが自分の発案に基づくものなのかどうか、自信を持って断言することが出来なくなった。死夢羅の笛に合わせて舞っていたと言う事実が、高原を支えていた強固な自信に致命的な傷を付けていたのである。
「おかげでわし自身も知りたかった夢の謎の一端を、お前が解いて見せてくれた。より効率よく、全ての愚かな人間共に悪夢を届ける方法も準備できた。あの厄介な小娘に邪魔されることなく、だ! 高原、全てお前の研究と協力のおかげなのだよ!」
死夢羅はその傷へ丹念に塩をなすり込むように言葉を続けた。
「ああ、もちろんウイルスの毒性も強力なものに改変したぞ。これで多くの人間が高熱を発しながらおぞましき悪夢のうちに死ぬことになろう。それを乗り越えて、辛うじて生き残った者共にも、際限ない悪夢に取り込まれる絶望の未来が残されている。これで、永劫続いた光と闇の最終戦争が、闇の勝利で確定されるのだ。感謝するぞ高原」
死夢羅は、一人呆然と立ちすくむ高原を残して、階段に足を向けた。