「しむら? あ、あの男が死夢羅なの 」
思わず声を漏らした蘭に答え、それを肯定するイメージが、露わとなった敵意を伴って三人の脳髄に届いた。それに呼応してガラン、と三人の脇の瓦礫が崩れ落ちた。はっとそちらに視線を走らせる三人の頭に、目眩を覚えるほど一段と力強さを増した敵意が流れ込んできた。だが、三人の喜びはその目眩を吹き飛ばすに充分であった。掌に載るほどでしかない小さな姿ではあったが、雄々しくも四つの足を瓦礫に踏ん張るその姿は、三人のこれまでの苦労を労うかのような輝きを伴って、三人の目に飛び込んできたのである。
「アルファ! ベータ!」
二匹は軽く尻尾を振って、三人の呼びかけに答えた。その時だけ強烈な敵意が弛み、再会を言祝ぐ明るいイメージが三人に飛ぶ。だが、同時に死夢羅が微笑んだ途端、アルファ、ベータは改めて低いうなり声を上げ、厳しい視線で交錯する高原と死夢羅を睨み付けた。一方死夢羅は、自分を見つめる一〇本の視線に気づいたのか、一段とおどけるような笑みを刻んだあと、芝居じみた苦しげな声を出した。
「・・・み、見事・・・だ・・・高原・・・」
苦しげな歯ぎしりとともに、息も絶え絶えな死夢羅のつぶやきが高原の耳に流れた。
勝った。
急速に力が減衰し、ほとんど死夢羅に寄りかかるようにして立ちながら、高原は間違いなく確信した。これで好美も浮かばれる・・・。その死夢羅も肉体を支える闇の力を失ってしまえば、もう消滅するより無い。高原は、憎き相手の最後を見届けようと、辛うじて顔を上げて、死夢羅を見た。
(?・・・何故こいつは笑っているんだ?・・・)
突然、傷口から噴き出る瘴気が、渦を描いて死夢羅を取り巻いた。突風にも似た圧力に、高原の身体が思わずのけぞる。見ると、今にも二つに分断され、倒れようとしていた左半身がそのまま何事もなかったかのように直立し、死夢羅の右手が、腹まで達した高原の剣を上から鷲掴みにしていた。
「惜しかったな、高原」
!
高原の驚愕をあざ笑うかのように、死夢羅はぐいと肉体に食い込む巨大な刃を持ち上げた。渾身の力を込めて袈裟懸けに斬り落とした剣が、いともあっさりと抜き取られていく。やがて、肩口からその大剣を抜き取った死夢羅は、ほこりでもはじくようにその剣を左に放り出した。ずん!、と重量に相応しい地響きを伴って、剣の切っ先が床に突き刺さった。
「・・・な、何故だ?」
腹から肩へ、急速に復元していく死夢羅の姿を見つめながら、高原は思わず声を漏らした。確かな手応えがあった。驚異的な力を誇る相手だけに、この一撃だけでとどめを刺せなかったことはあり得るかも知れない。だが、最低でも、しばらくは再起不能になるだけのダメージを与えたはずだ。少なくとも、あのように平気な顔で傷口を復元していくなど、あっていいはずがないのだ・・・。
ほぼ完全に肉体を元通りにした死夢羅は、こりをほぐすように二度三度と首を回し、半ば呆然としている高原に笑いかけた。
「なかなか効いたぞ、高原。これが真に正しき光の力であったなら、さしものわしも危うかったかも知れぬな」
「ど、どう言うことだ」
「お前は確かにDGgeneの発現を高め、その力を駆使してわしを斬った。だが、お前の心はどうだ? 憎しみに満ち、復讐だけを望むどす黒い闇に染まっているのではないか? それではわしを斬ることは出来ぬ。いや、逆にお前のそのおどろおどろしい復讐の念がたぎるほど、それはわしの力となるのだよ。判るか高原。今のお前は、いかに力を揮って見たところで、わしに傷一つ付けることも出来ぬのだ」
言い終えると死夢羅は、堪え切れぬように胸を張って大笑した。
(そ、そんな!・・・愛する者を奪われたこの怒り、恨みが駄目だというのか? 復讐を望んではいけないと言うのか? 何故だ! 何故なんだ!)
そんな高原の心に答えるかのように、死夢羅は笑いを収めた。
「さて、そろそろ余興も幕としよう」
死夢羅のマントが翻って、遂にその右手が突き出された。高原の目に、その手に握られた危険な大鎌のきらめきが映る。同時に奔騰した死夢羅の瘴気が、弱まった高原の結界領域を瞬く間に悪夢へと塗り替えていった。ほぼ同時に高原の重厚な甲冑が、力の象徴でもあった巨大な剣と共に宙に溶けた。今や高原は、ほとんどの力を消耗し尽くし、元のややぞんざいに着こなした白衣姿へと戻っていた。
「お前は、わしの記憶に残すに相応しい面白い男であったよ。では、さらばだ!」
死夢羅の右手が無造作に振り上げられ、一閃の光芒を残して、鎌の切っ先が高原の胸を走り抜けた。強烈な衝撃に高原の身体はひとたまりもなくはじけ飛び、二度三度と床を跳ねると、美奈達の膝元まで転がってようやく止まった。
思わず声を漏らした蘭に答え、それを肯定するイメージが、露わとなった敵意を伴って三人の脳髄に届いた。それに呼応してガラン、と三人の脇の瓦礫が崩れ落ちた。はっとそちらに視線を走らせる三人の頭に、目眩を覚えるほど一段と力強さを増した敵意が流れ込んできた。だが、三人の喜びはその目眩を吹き飛ばすに充分であった。掌に載るほどでしかない小さな姿ではあったが、雄々しくも四つの足を瓦礫に踏ん張るその姿は、三人のこれまでの苦労を労うかのような輝きを伴って、三人の目に飛び込んできたのである。
「アルファ! ベータ!」
二匹は軽く尻尾を振って、三人の呼びかけに答えた。その時だけ強烈な敵意が弛み、再会を言祝ぐ明るいイメージが三人に飛ぶ。だが、同時に死夢羅が微笑んだ途端、アルファ、ベータは改めて低いうなり声を上げ、厳しい視線で交錯する高原と死夢羅を睨み付けた。一方死夢羅は、自分を見つめる一〇本の視線に気づいたのか、一段とおどけるような笑みを刻んだあと、芝居じみた苦しげな声を出した。
「・・・み、見事・・・だ・・・高原・・・」
苦しげな歯ぎしりとともに、息も絶え絶えな死夢羅のつぶやきが高原の耳に流れた。
勝った。
急速に力が減衰し、ほとんど死夢羅に寄りかかるようにして立ちながら、高原は間違いなく確信した。これで好美も浮かばれる・・・。その死夢羅も肉体を支える闇の力を失ってしまえば、もう消滅するより無い。高原は、憎き相手の最後を見届けようと、辛うじて顔を上げて、死夢羅を見た。
(?・・・何故こいつは笑っているんだ?・・・)
突然、傷口から噴き出る瘴気が、渦を描いて死夢羅を取り巻いた。突風にも似た圧力に、高原の身体が思わずのけぞる。見ると、今にも二つに分断され、倒れようとしていた左半身がそのまま何事もなかったかのように直立し、死夢羅の右手が、腹まで達した高原の剣を上から鷲掴みにしていた。
「惜しかったな、高原」
!
高原の驚愕をあざ笑うかのように、死夢羅はぐいと肉体に食い込む巨大な刃を持ち上げた。渾身の力を込めて袈裟懸けに斬り落とした剣が、いともあっさりと抜き取られていく。やがて、肩口からその大剣を抜き取った死夢羅は、ほこりでもはじくようにその剣を左に放り出した。ずん!、と重量に相応しい地響きを伴って、剣の切っ先が床に突き刺さった。
「・・・な、何故だ?」
腹から肩へ、急速に復元していく死夢羅の姿を見つめながら、高原は思わず声を漏らした。確かな手応えがあった。驚異的な力を誇る相手だけに、この一撃だけでとどめを刺せなかったことはあり得るかも知れない。だが、最低でも、しばらくは再起不能になるだけのダメージを与えたはずだ。少なくとも、あのように平気な顔で傷口を復元していくなど、あっていいはずがないのだ・・・。
ほぼ完全に肉体を元通りにした死夢羅は、こりをほぐすように二度三度と首を回し、半ば呆然としている高原に笑いかけた。
「なかなか効いたぞ、高原。これが真に正しき光の力であったなら、さしものわしも危うかったかも知れぬな」
「ど、どう言うことだ」
「お前は確かにDGgeneの発現を高め、その力を駆使してわしを斬った。だが、お前の心はどうだ? 憎しみに満ち、復讐だけを望むどす黒い闇に染まっているのではないか? それではわしを斬ることは出来ぬ。いや、逆にお前のそのおどろおどろしい復讐の念がたぎるほど、それはわしの力となるのだよ。判るか高原。今のお前は、いかに力を揮って見たところで、わしに傷一つ付けることも出来ぬのだ」
言い終えると死夢羅は、堪え切れぬように胸を張って大笑した。
(そ、そんな!・・・愛する者を奪われたこの怒り、恨みが駄目だというのか? 復讐を望んではいけないと言うのか? 何故だ! 何故なんだ!)
そんな高原の心に答えるかのように、死夢羅は笑いを収めた。
「さて、そろそろ余興も幕としよう」
死夢羅のマントが翻って、遂にその右手が突き出された。高原の目に、その手に握られた危険な大鎌のきらめきが映る。同時に奔騰した死夢羅の瘴気が、弱まった高原の結界領域を瞬く間に悪夢へと塗り替えていった。ほぼ同時に高原の重厚な甲冑が、力の象徴でもあった巨大な剣と共に宙に溶けた。今や高原は、ほとんどの力を消耗し尽くし、元のややぞんざいに着こなした白衣姿へと戻っていた。
「お前は、わしの記憶に残すに相応しい面白い男であったよ。では、さらばだ!」
死夢羅の右手が無造作に振り上げられ、一閃の光芒を残して、鎌の切っ先が高原の胸を走り抜けた。強烈な衝撃に高原の身体はひとたまりもなくはじけ飛び、二度三度と床を跳ねると、美奈達の膝元まで転がってようやく止まった。