学問空間

「『増鏡』を読む会」、第10回は3月1日(土)、テーマは「二条天皇とは何者か」です。

「国民怒りの声」と有権者の「より良き選択」

2016-10-10 | 岸信介と四方諒二
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2016年10月10日(月)10時22分21秒

筆綾丸さんが省略された「革命と言い切ってもいいかもしれない」の後の部分を補うと、

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……普通のクーデターならば打倒される側である権力者が、みずから権力を用いて体制を破壊している。とても奇妙な構図です。しかし、やっていることは憲法の停止と、その憲法下にある体制の転覆である点は変わらない訳です。
 このまま、日本国憲法が遵守されない状態が定着し、近代憲法の枠組みから逸脱している、個人の権利も保障されない新憲法が成立してしまったとしたら、後世の歴史の教科書は自民党による「無血革命」があったと書くことになるかもしれません。
樋口 ええ。
小林 この動きを止めるのに、まだ幸いなことに「投票箱」というものが機能しています。それが機能しているうちに、我々の憲法を奪還し、権力が憲法を遵守する体制に戻さないことには……。
樋口 この日本でなにが起こっているのかを知る機会があれば、有権者は、より良き選択をしてくれると信じています。いや、有権者は、この状況を知る義務があるのです。
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となっていますね(p213以下)。
長谷部恭男氏が石川健治氏の提唱する「7月クーデター説」を支持していることを知って私はけっこう驚いたのですが、小林節氏の場合は「やっていることは憲法の停止と、その憲法下にある体制の転覆」という具合に更にヒートアップして、とうとう「革命」に転化してしまったのですね。

「日本という国を殺そうとしているのが安倍政権」(by 長谷部恭男氏)

そして『「憲法改正」の真実』出版後、自ら新しい政党「国民怒りの声」を創設して参議院議員選挙に立候補し「投票箱」の機能を確かめようとした小林節氏は、個人で78,272票、「国民怒りの声」全体で466,706票という素晴らしい成績で落選し、「国民怒りの声」はあえなく消滅、ご本人は<「憑き物」が落ちたように政治に興味がなくなった>そうですね。

読売新聞、参院選2016 開票結果【比例代表】国民怒りの声
日刊ゲンダイ、2016年8月16日、小林節「自民党改憲草案を糺す」<第1回>

まあ、「革命」を防ぐために立ちあがったのなら、もう少し頑張って欲しいような感じもしますが、有権者の「国民怒りの声」など国政の場には全く不要、という「より良き選択」がここまで鮮やかに示された以上、もはや続けても無駄、という判断も賢明かもしれません。
さて、複数の著名な憲法学者が唱える「クーデター」「革命」という表現に私が抱く素朴な違和感は、安倍首相は別に「投票箱」、即ち代表民主制、憲法に基づく民主的な議会政治を破壊してはいないし、破壊しようともしていないのに、なぜ「クーデター」「革命」なのかな、というものです。
樋口氏は、

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▼立憲主義の軽視で起きたナチスの台頭

樋口 ところが、ここが大事なのですが、民主主義だけでは、社会は不安定になるし、危うい方向にも向きやすい。
小林 そうそう!
樋口 世界でもっとも有名で、かつ重要な例を挙げれば、ナチスドイツの登場の仕方です。ナチスが台頭したときのワイマール憲法は、国民主権に基づく民主主義でした。いきなりクーデターでナチスが出てきたわけではないのです。民主主義的な選挙によってナチスが第一党になり、首相になったヒトラーがワイマール憲法そのものを実質的に無効化してしまった。【中略】
 ワイマール憲法のもとで、民主主義が暴走し、憲法の基礎を成していた基本的人権が破壊され、ドイツ民族の優位といったイデオロギーが跋扈するようになった。立憲主義を軽視すると、そういったことが起きてしまうのです。
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という具合に、あっさり要約すると<安倍はヒトラー、自民党はナチス>なのだと主張する訳ですが(p43)、ヒトラー登場前のドイツで平穏な「国民主権に基づく民主主義」が機能していたかというとそんなことは全然なく、世界大恐慌下の経済的混乱の中で、ナチスと共産党の左右両翼がそれぞれ強大な武装組織を保有し、凄絶なテロを繰り返すという騒然たる社会情勢だった訳ですね。
そして、「民主主義的な選挙」の結果、共産党よりはナチスの方がマシなのでは、というドイツ国民の消極的な選択がなされると、その後、ナチスはいったん掌握した権力を断固として手放さず、「ワイマール憲法そのものを実質的に無効化」した訳です。
しかし、現在の自民党には旧憲法下の政党に見られたような「院外団」程度の暴力組織も存在せず、安倍首相も議会制民主主義への敵意など一切持たず、選挙に負けたら政権を新しい多数党に引き渡すことが明らかであるのに、<安倍はヒトラー、自民党はナチス>と言い募る複数の憲法学者を見ていると、私には「デマゴーグ」という言葉以外の適当な表現が浮かんで来ません。

>筆綾丸さん
>丸島説は着実に学界に受容されているようですね。

丸島和洋先生も『真田丸』の時代考証ですっかりメジャーになりましたね。
ツイッターでの大河ドラマ解説が評判らしいのですが、何故か私はブロックされているので見ることができません。
もしかしたら丸島先生に嫌われているのカモ、と悩む今日この頃です。

※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。

ふたつの学説 2016/10/09(日) 18:23:19
小太郎さん
映画『シン・ゴジラ』に関して、後日、分厚い研究書が出版されるかもしれないですね。

樋口・小林両氏がクーデター説で意見が一致しているところをみると(213頁~)、石川説がジワジワと浸透していることがわかりますね。
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小林 樋口先生は政治に直接つながる発言には、学者としてきわめて抑制的な方でいらっしゃるから、こういう表現は使われないかもしれませんが、憲法擁護義務のある権力者が憲法を擁護せず、違憲立法まで行うこの状況はは、クーデターと言っていい。
樋口 歴史の常を考えると、クーデターというのは、軍隊など実力部隊の戦力を背景に、政府を制圧して非常事態宣言を出したりして、憲法を停止して、そこからクーデター派の独裁がはじまるわけです。安倍政権の場合は逆に、権力を掌握して独裁的に国会運営をして、実質的に憲法停止状態をつくってしまうということになっている。
小林 ええ、ですから、権力者による「静かなるクーデター」です。革命と言い切ってもいいかもしれない。(後略)
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キラーカーンさん
国王と所有権が inviolable et sacré で共通するのは、いまひとつピンと来なかったのですが、なるほど、法的には同一の発想に基づくのですね。inviolable はともかくsacré は法に馴染まない語で、「天皇ハ神聖ニシテ・・・」とくると、法を超越した神懸かり的な世界に迷い込んだような眩暈を覚えますね。神聖はただの法律用語にすぎない、と認識するのは、法学部出身者には自明のことかもしれませんが、一般にはかなり難問のような気がします。

神田千里氏『戦国と宗教』の以下の記述を読むと、丸島説は着実に学界に受容されているようですね。
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 ところで、大名同士の戦争は、一方が他方を滅ぼすに至るまで続く場合がある反面、相互の和睦協定締結で終息する場合も珍しくない。また、他の大名との戦争に明け暮れているちょうど同じとき、別の大名とは友好関係をもち、同盟を結んで援軍を要請する事例は枚挙にいとまがない。つまり戦争は大名相互の、いわば「外交」関係の一部でもある。大名の「外交」関係を規定する重要な要素の一つが「面目の維持」であるという丸島和洋氏の指摘のように、戦争もまた戦国大名の対外的な「面目」から発生する場合が珍しくなく、武田信玄の信濃国侵攻にもこうした側面がある。(3頁~)
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「第二章 一向一揆と「民衆」」で、浄土真宗(本願寺派)は別に反権力的な教団ではない、と神田氏は論じていて、とても面白く思いました。
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