平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

銀河英雄伝説を読む9~「戦争反対」を唱えるのは利敵行為である

2023年05月06日 | 小説
『軍事的勝利は麻薬に似ている。
 イゼルローン占領という甘美な麻薬は、人々の心に潜む好戦的幻覚を一挙に花開かせてしまった。
 冷静であるべき言論機関までが、異口同音に「帝国領内への侵攻」を呼号している。
 政府の情報操作も巧みなのであろうが……』


 イゼルローン要塞占拠で自由惑星同盟は一気に帝国侵攻に傾く。
 かつて日本が、ハワイを攻撃して甚大な被害を与え、シンガポールを占領して、戦線を拡大していった時のように。
 人間の欲望というのは果てしない。
 ひとつのことが成し遂げられると、もっともっとと求めてしまう。
 最後の『政府の情報操作も巧みなのであろうが……』という一文も効いている。
 世論は権力者の情報操作に拠っても作られるのである。

 さて、ここでアンドリュー・フォーク准将が登場する。
 ヤンにライバル意識を持つフォークは、帝国侵攻に慎重なヤンの意見に反対する。

「戦いには機というものがあります」

「敵を過大評価し、必要以上に恐れるのは、武人としてもっとも恥ずべきところ。
 まして、それが味方の士気を削ぎ、その決断と行動を鈍らせるとあっては、意図すると否とにかかわらず、結果として利敵行為に類するものとなりましょう。
 どうか注意されたい」


「そもそも、この遠征は専制政治の暴圧に苦しむ銀河帝国二五〇億の民衆を解放し救済する崇高な大義を実現するためのものです。
 これに反対する者は結果として帝国に味方するものと言わざるを得ません」


「たとえ敵に地の利があり、大兵力あり、あるいは想像を絶する新兵器があろうとも、それを理由として怯むわけにはいきません。
 吾々が解放軍、護民軍として大義に基づいて行動すれば。帝国の民衆は歓呼として吾々を迎え、進んで協力するでしょう」


 フォークの主張は詰まるところ『精神論』だ。
 最後の言葉は特にひどい。
「地の利」「大兵力」「新兵器」──これらこそが戦争で一番重要なものではないか?
 あとは「兵站」。
 しかし、人はこうした勇ましくて美しい言葉に酔い、動かされてしまう。
 仮に現在の日本がどこかの国と戦争して、『戦争反対』を唱えた場合、上記のような言葉が返って来るだろう。
・戦いには機がある。
・反対を唱えるのは利敵行為だ。
・大義はわれわれにある。われわれは解放軍だ。

 これに対してヤンは現実的だ。

 帝国の人民が現実の平和と生活の安定より空想上の自由と平等を求めているという考えは期待であって予測ではない。
 そのような要素を計算に入れて作戦立案をしてよいわけがない。


 そうなんですよね。
 人々が求めているのは日々の平和と生活の安定。
 自由とか平等といったイデオロギーは二の次。
 民主主義国でも抑圧や貧困はあり、民主主義は名ばかりで形骸化してる場合もある。
 フォークは軍人だが、権力者が自分に酔い、美しい言葉、勇ましい言葉を口にした時は注意した方がいい。

 自由惑星同盟の帝国侵攻の動機はこのように無責任で根拠のないものだった。
 これによって自由惑星同盟は破滅に向かっていく。


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4 コメント

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勇ましい言葉に拍手喝采する層 (コウジ)
2023-05-12 15:20:02
象が転んださん

いつもありがとうございます。

そうなんですよね。
外務省はあわてて訂正を求めたようですが、事前の原稿チェックをしなかったんですかね。
この件は本日(5/12)のブログで書きました。

おっしゃるとおり、一国の主が”勇ましい言葉を口にした時は注意すべきであり、これに拍手喝采する一定の層がいるんですよね……。
戦争しても負けるのに……。
返信する
Unknown (象が転んだ)
2023-05-12 13:19:49
岸田首相は米タイム誌に
”(平和主義だった)日本を軍事大国に変える”と語ったらしいですね。
ここまで露骨に安倍路線を忠実に継承されると、日本国民としては呆れ果てるしかないです。

言われる通り
一国の主が”勇ましい言葉を口にした時は注意すべき”ですよね。
返信する
行間から滲み出る嫉妬、やっかみ (コウジ)
2023-05-08 10:12:10
TEPOさん

いつもありがとうございます。

>「イデオロギー」とかいうよりは、もっと私的な功名心に動機づけられていたような気がしています。
おっしゃるとおり、フォークの動機はヤンに対するやっかみ、嫉妬、ライバル意識ですよね。
原作では、心情描写のほとんどない客観描写で、それを表す具体的な描写はないのですが、行間からはそれを感じさせます。

リンチ少将のヤンへの思いはもっと屈折していて面白いですよね。
ヤンへのやっかみというよりは、世の中を斜に構えて見て、ヤンに翻弄される者たちを鼻で笑っているような感じでした。

ラングに関しては、権力志向の、いかにも上にへつらう官僚という感じでしたね。

「銀英伝」は小物、俗物を含めて、しっかり描き分けられている所がいいですね。
天才・英雄に対する小物、俗物の嫉妬。
これを描くことで作品に厚みが出ていますよね。
返信する
「屑みたいな小人」の恐ろしさ (TEPO)
2023-05-07 23:57:02
「イデオロギー的純粋人」や精神論を振りかざす人間は、私にとっても最も共感できないタイプであることはよくご存知かと思います。
昨今の日本社会を見るにつけ、ヤンのような良識的・現実的な見識を備えた軍事の専門家がおられるのであれば、是非そのような人の声に耳を傾けてみたいと思っております。

ところで、フォーク准将は士官学校の成績は優等だったのに、ヤンに差をつけられていたことにコンプレックスを抱いていたように記憶しています。
彼が自らの作戦計画に突き進むに際しては、「イデオロギー」とかいうよりは、もっと私的な功名心に動機づけられていたような気がしています。
つまり、フォーク自身の人物像は「情けないくらいに矮小な」つまらない人間だった印象があります。
しかしながら、彼は無謀な作戦で自由惑星同盟を破滅に導いたばかりでなく、ヤンにとっては最後まで祟る存在でしたね。
私がフォークに感じるのは、「つまらない、屑みたいな小人」の悪意がもつ恐ろしさです。

ヤンが最初に配属された部隊の上官だったリンチ少将にも同様の感覚を覚えます。
彼は自分がエル・ファシルで見捨てた筈のヤンに、逆に成功の踏み台にされることとなった「ダメ指揮官」でした。
しかし、彼はラインハルトの手駒となり、高潔な軍人にしてフレデリカの父であるグリーンヒル大将をクーデターに唆し、結局破滅させたのでした。

他にも、官僚だったラングのような「小物で俗物」ながら結構恐ろしい人間が登場していましたね。
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