わがきつる かたもしられず くらぶやま きぎのこのはの ちるとまがふに
わが来つる 方もしられず くらぶやま 木々の木の葉の 散るとまがふに
藤原敏行
自分が来た方向さえわからない。くらぶ山では木々の木の葉が散って視界を紛らせてしまうから。
「秋歌」収録の歌ですから、舞い散って視界を遮り、来た道すらもわからなくしてしまうのは赤く色づいた紅葉でしょう。そのまま想像すると、暗い山の中で真っ赤な葉が舞い散る幽玄な情景が思い描かれますが、それは美しくライトアップされた現代の光景を無意識に思ってしまうためでしょうか。あるいは、月明かりだけが照らす中で紅葉の葉が舞い落ちる情景は、より一層幻想的であったのかもしれませんね。
ちはやぶる かみよもきかず たつたがは からくれなゐに みづくくるとは
ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 韓紅に 水くくるとは
在原業平
多くの不思議なことがあったという神代でも聞いたことがない。竜田川が韓紅色に水を括り染めにしているとは。
0283 ですでにご紹介しましたが、百人一首(第17番)にも採られた名歌。「くくる」は括り染め(=絞り染め)にするという意味で、真っ赤な紅葉の葉が水面を覆うばかりに流れている様子を、竜田川が水を韓紅色の絞り染めにしていると描写し、またそんな光景は神代の時代まで遡っても聞いたことがないと、いささか大げさとも思える賛辞を贈っています。関東在住の私は竜田川に行ったことはありませんが、それほどまでに美しい紅葉を一度はこの目で見てみたいものですね。^^