フォンテーヌの家  わたしのつぶやき

横浜市南区で趣味の会[フォンテーヌの家」 

1月26日(金曜日) 物を処分出来ないのは、戦争の後遺症??

2024-01-26 22:38:17 | 老人一人暮らし

今日も好天気。乾いた空気が気になってます。
わたしの小さな畑に植えていますキヌサヤも、お湿りが欲しいはず…。
それ以上に、空気が乾きすぎているようで、なんとなく落ち着かず…です。

今日も太陽の光が眩しいほどの陽射し一杯でした。
今までずっと貯め込んでいました、印刷物やチラシや新聞や雑誌の切り抜き類の、
処分を決心したのですが、遅々として進まず少々参っています。

ずっと仕舞い込んでいましたが、年齢的にそろそろ終活をしないと…と気が付き、
机の下から引っ張り出し、”処分を前提”に作業開始したのですが、作業が捗らず、
少々、疲れてきています。

一枚一枚、眼を通して仕舞いますから、時間が掛かって当然です。
長女は、散策に行った栞などは、帰宅したら即処分をする…とのこと。
わたしは余り出かけませんので、チラシは何となく大事に保管してしまいます。

新聞の切り抜きも溜まってしまうと確かに邪魔になるのですが、再度読みますと、
何となく捨てられなくなって、再度残してしまいます…。
プリンターで印刷したコピー用紙の裏が未使用でしたら、”裏紙”として保存…。

”ほのぼの編集”をしている頃は、かなり便利に裏紙として、使っていましたが、
編集を辞めたこの頃は、利用価値も無く、貯まる一方ですので少々、困惑気味。


紙類を処分できないのは、小学生の頃、アメリカ産の果物の缶詰が配給され、
その缶詰の缶は、缶の外側に缶詰の中身の絵を描いた紙で覆われていました。
当時は紙も無く、仲良しの友人がその紙の裏を、ノート代わりにしていたのです。
義理の両親でしたので、友人は疎外されていました。

今でもその時の情景を忘れられず、”捨てられないのです。
何時も寂しそうでした。今でも彼のその様子をはっきり覚えています。
中学生になり、間もなく転居。その数年後に亡くなったと人づてに知りました。

随分昔の事ですが、物を捨てない…、精神はその頃の体験からだと、思います。
処分するのなら…、との思いが異様に強く、再利用を常に考えてしまいます…。
わたしの”貧乏性”は、戦争後の生活が要因だったのかも…。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする